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理想論者と引き籠り  作者: 軌跡
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理想論者

 脱力感から復帰した後、状況は少し変わっていた。

 向こうには膝を付いたクラフト。その奥にある門は、魔力の流れを失っている。発動者である彼が、供給するエネルギーを失った所為だろう。


「くそっ、何かフワフワしてるな……」

 身体の軸が定かではない、と例えるべきだろうか。目眩とまでは行かないが、とにかく自分が分かり辛い。

 魔術を断っていると、次第に症状も薄れていく。

 消滅現象と比較すれば身体には何の異常もない。霊体化したことでの異物感には、次第に慣れると信じよう。


「さて……」

 動かないクラフトへ、哲心は歩を進める。

 彼の双眸は虚ろに宙を泳いでいた。目的が失敗した故か、魔力を使い果たした反動か。どちらにせよ、直ぐに会話を成り立たせるのは難しそうだ。

 正直、鞭でも打ってやりたい気分ではある。が、そこで鬼になっては彼と同族だ。相手が悪だから自分の悪も許されるなど、正義には程遠い考えである。

 もちろん、既に痛めつけてはしまった。正当防衛だと詭弁は用意しておこう。

 忘我に浸る彼を残して、開いたままの門へと近付く。

 底抜けに白い穴。本来は清純な色だろうが、あまりの濃密さに狂気すら感じる。

 しかしこの向こうに、スズリはきっといる筈だ。

 哲心は送り返された立場。つまるところ彼女は命の恩人で、礼くらいは言っておきたい、とも考える。あの謎空間ではまともに言えなかったし。

 どだい完全に門が休止したわけではない。核であるスズリが内側にいるのだから、放っておけば再燃する。

 チャンスはその前。過ぎた場合は妹の楓同様、殺害を覚悟せねばならない。


「は――ぁ」

 ようやっと、呼吸音が聞こえた。

 静かに反転して、彼に聞けることは聞こうと決める。

 しかし魔術師の成れの果ては、同情を起こしかねないほど哀れだった。


「あ、あああぁ――があああぁぁぁぁ!!」

 頭を抱え、突然に身悶えする男。

 哲心は愚か、専門の魔術師でも出来ることはなさそうだった。


「私は誰だ、私は誰だ俺は誰だ俺は俺は僕ボク僕――」


「……」

 さもありなん、他人の魂を喰ってきた反動だろう。寧ろクラフトという自我を保っていたこと自体、称賛に値する行為かもしれない。

 恐らくは一生あのまま。治療する目処がついたとしても、人格は復元できないだろう。

 あるいは最初から、彼は彼ですら無かったのか。


「自分を見失うって、まさにその通りだな」

 呻き声に背を向けて、再び門を覗き込む。

 途端。


「っ!?」

 巨大な腕が、反対側まで伸びていった。

 狙いはクラフト。情緒不安定に陥っていた彼は、赤ん坊のように叫ぶだけ。狼らしい雄々しさは何処にもない。

 ほんのわずかな静寂が、嵐の前準備だった。

 走る稲妻。門からは黒々とした火炎が爆ぜ、広間を地獄の業火で覆う。

 熱が及んだ先から、建物の崩壊は始まった。無事なのは哲心を含む門の周囲だけ。摂理の圧倒的な侵略を望める、たった一つの特等席。

 打ち上げるような衝撃が、足の裏から響いてきた。

 床を掴む、何処までも無垢な純白。原初の風景が支配する場にあって、なるほど妙なくらいお似合いだ。

 星が定めた一つの目的。

 それだけのために存在するモノ。

 正真正銘の、死神。


「――、――」

 白亜の巨人。名をヒトクイ。

 誰に求められたわけでもない終わりが、その姿を現した。


「……は」

 声にあった音は、自分でもよく分からない。

 ヒトクイは上半身の一部しか出ていなかった。が、それだけで要塞と勘違いするような巨大さ。彼にとっては幅数十メートルの広間さえ窮屈だ。

 額には人型の像。女性のような輪郭をしているのは、決して勘違いではないだろう。

 あそこに、スズリがいる。

 まだ間に合う。全身が出てくる前であれば、アレは消滅させられる。

 魔方陣の展開と同時に、だがヒトクイは意思を見せた。

 視界一杯に広がる掌が、哲心を圧し潰そうと降ってくる。

 一目で回避は無駄だと分かった。思考は十三門、すべての魔法陣を再度連結する。――力での抵抗など、無駄なことだと知りながら。

 直撃の瞬間、魔力の凝縮は当たった先から砕けていた。

 照射を続けてもただの悪足掻き。敗北の先送りが、自分に許される義務だった。


「ぐ……っ」

 反動は直ぐに帰ってくる。陣は限界まで駆動し、容赦のない負担と化すばかり。

 霊体という精神が剥き出しの哲心にすれば、魔術の負担は全身を襲う激痛でしかない。 数枚の陣が砕け、堪えていた膝がくず折れる。

 誰か、助けてくれ――。

 息を呑み込む暇すら無い刹那。

 概念を退治しようとした蠅が、身分相応に圧殺される。


「よくぞ堪えた!」


「!?」

 打撃音を連続して響かせたのは、石で作られた壁。

 厳哲だった。

 魔術はすべてヒトクイの顔面を捉えている。注意を逸らすため、ありったけの数が叩き込また。

 致命傷には至る筈もない。しかし無機質な眼光は、新たな獲物へ害意を移す。

 それが唯一の隙だった。

 間髪入れず走り出す哲心。雪崩れに相応しい轟音は後ろから。厳哲は辛うじて防げているが、一秒先まで続くかどうかも分からない。


「……!」

 そこへもう一本、白い魔手が疾走した。肉親の安否と救助へ、思わず意思が反射する。

 代役は、数多の魔術が担ってくれた。

 見知った声と顔。支部の防衛さえ放り出して、仲間と共にやってきた者達だ。要の姿もそこにある。

 感謝は胸の中に。零距離での魔砲に願いを込めて、少女の輪郭へと到達する。


「――お見送りに来たぞ、お嬢様」

 短く。

 二人はただ、再会を祝福した。




 数日後。

 徳理支部に起こった結末と共に、スズリは神谷家を訪れていた。

 支部での戦闘自体は、名門派の勝利に終わっている。革新派が手を出すこともなく、中立は敗北を余儀なくされた。

 拠点の消失は、土地の消失を意味している。

 名門派は徳理支部を掌握。革新派との戦いにおける、最前線として活用する予定だ。

 そんな展開に不満を鳴らす神谷領では、交渉の末に引っ越し作業が行われていた。目指すは隣県。住み慣れた場所からの退去を、誰もが飲まねばならなかった。

 それでも全員が返ってきたことには、彼に感謝しても足りないと思う。


「……私にも責任はありますし、手伝いはしませんと」

 インターホンを鳴らせば、遅れて足音が聞こえてきた。

 顔を見せたのは、どうにか友好を保てている衿月要。自宅の方は既に準備を終えているらしく、荷物作りが下手な男衆を応援に来ている。


「――おっす。手伝いに来たんだよね?」


「ええ、まあ。出来ることがありましたら、遠慮なく仰ってください」


「んーと、それじゃあ――」

 思案する要は、随所に戸惑いを隠せない。


「居間の方、来てくれる? あたしと一緒に作業して欲しいんだ」


「畏まりましたわ」

 お邪魔しますと一言入れて、要の後を追っていく。

 案内された居間には誰もいない。哲心や厳哲は他の部屋を整理しているようだ。

 家族が一番過ごしただろう場所。備品は殆どが撤去されており、古めかしい木の床が剥き出しになっている。


「新居の方は、もう決まったんですの?」


「うん。向こうの支部がね、殆ど用意してくれて。まあここみたいに森の中とは言わないけど、自然豊かな場所らしいよ?」


「そうでしたか……」

 つい、感情を出して安堵する。

 込められた思いを察してか、二人の空気は沈鬱なものに変わっていた。病室でも体験した疎外感が、形状記憶合金のように復活する。お互いに言葉を探しているのが、唯一の温もりを持っていた。

 と。


「おおー! 懐かしいのう。こりゃあお主が五つの頃じゃったかな? あー、こっちは確か、小学校の入学式じゃったかの。あとこれは――」


「おい爺さん、集中して片付けしろ。そんな調子だから、荷作りが今日になるんだぞ。要とスズリに謝れ」


「ぬう、それはいかん……」

 二階で中断された時間が、孫の注意で再会する。

 その光景を思い浮かべたのか、要は穏やかに笑っていた。


「だってさ。あたし達も動こうか」


「ですわね」

 棚から食器を取り出し、紙で包んでは段ボールの中へ。案外とかなりの量がある。一人で整理していたら、予定した時間を過ぎてしまいそうだ。


「……ところでどう? そっちの調子は」


「変わりありませんわ。皆さん、結構勝手にやってくれて。一時は内部分裂も危ぶまれたんです」

 さも当然の結果だった。組織のトップ、スズリの両親を拘束した事実が、大きな溝を作っている。

 反逆者と忠義者。名門派はその二つに別れ、しかし早々に決着へ至っている。


「どうもクラフト――あ、今回の元凶ですの。彼は名門派の半数近くを掌握していたようですが、もとも反感は買っていたらしくて。私の両親を捉えたことが原因で、彼の支持者からも離反する者が出ているそうですわ。まあ、本人は行方知れずですが」


「対立に影響はないの?」


「影響がないどころか、結束が強まったような感じです。父もより活動的になりましたし……名誉欲や支配欲など、痛みを得て余分なものが無くなったのでしょう」

 これを聞いて、哲心は名門派どう思うだろう。

 痛みによる学習へ彼は肯定的だった。今回の出来事は、まさにそれを象徴している。同盟全体の抗争は終わらないが、名門派の団結は強くなった。

 当り前だ、と。合点する彼の顔が脳裏に過る。

 なら、いつか。

 考えの違う二つが一つになる希望も、語ってくれるかもしれない。


「要達の元へ戦火が飛び火しないよう、努力は尽くさせて頂きますわ。誠心誠意、ね」


「……頑張って、って言った方が友達らしいかな。応援してるよ」


「時々はこちらにいらしてくださいね? 一般人の出入りは許してもらえるでしょうし」


「じゃあ哲心と一緒に行こうかな?」


「そ、それは危険ですので、止めてくださいっ」


「あはは、勿論」

 悪戯っぽい笑みも、今日でしばらく見納めだ。

 上の方はある程度終わったのか、さっきから行き来を繰り返している。足音はきびきびと力強く。無駄な脇道に勤しむこともない。


「あたし、ちょっと手伝ってくるね。スズリはこっちお願い」


「了解ですわ」

 廊下に出ていく彼女が、世話好きな母親にさえ見えてきた。

 何処か遠い世界のように、作業の音色は響いている。穏やかで、希望を信じる逞しさが。


「お?」


「あ」

 休憩がてらだろう、居間に入ってきたのは哲心だった。私服の袖を巻くっており、如何にも掃除中な雰囲気を窺わせる。


「悪いな、わざわざ来てもらって。そっちも忙しいんだろ?」


「私はいなくても大丈夫ですから。……その、お身体の方は?」


「特に問題はない。寧ろ気になるのはそっちだぞ」


「同じ返答しか返せませんわよ?」

 手短な頷きが返ってくる。内容と同じ素っ気なさには、彼らしいと納得するだけだった。


「今後の目的はどうするんだ?」

 真面目な議題は一切変えず。しかし緩やかな情緒で、彼はスズリの中心を問うた。

 色々な出来事があった後だ。ここ数日、悩んでいた当の対象でもある。

 回答すれば、事件以降にする初めての宣言。思いを改めて定めてくれる、分岐点だった過去となる。

 慎重に。言葉を頭の中で描いて、少女は決別を口にした。


「……続けようとは、考えています。誰かの希望を叶えたい思いは、きっと捨てられないでしょうから」


「覚悟はしてるのか?」


「無論です。今の時代、幸福の在り方は多種多様。それ故に争いが生じるのも、避けられませんわ」

 なら。

 願いは現実を、好都合に解釈する。


「私自身が、少しでも皆の共通点に近付くしかありません。幸い、権力者の娘ですし」


「……そうか。まあ、俺はとやかく言わないよ」


「え、ええ」

 なるべくな、と小声で聞こえたのは気の所為だろうか。

 しかし決別は決別だ。一度は倒れた今でも、彼と同じ方向には進めそうにない。

 哲心は、過去を未来に変えるだけの勇気がある。

 担ったのは人間賛歌。どんな後悔も、自分を作る糧なのだと。失敗した少年は、失敗を認めることから走り出した。

 それが神谷哲心という輝き。しかし生憎、スズリはまだまだ子供だ。夢に生きたい青臭さを捨てるには時間が掛かる。

 ファティナ家も名門派も、これから長々と存続し続けるだろう。

どれだけの人間を集めて、どれだけの人間を巻き込むのかは分からない。けれど新しく人が来るなら、変わる瞬間も確かにあって。

 それが訪れた時、この名前が拠り所になれるなら。

 夢を見続けた価値は、いつか必ず見出せる。


「そういえば、昼食はどうなさるおつもりで? そろそろ時間ですが」


「ああ、弁当でも買ってこようかと思ってる。用意するにも材料が無いしな」


「では、私がコンビニで買って来ましょう」


「いいのか?」

 二つ返事でスズリは快諾する。財布も一応持ってきているし、ついでに奢ってしまおう。

 善は急げ。時間を開けると止められそうな気もして、玄関へと踵を向ける。哲心も後を追ってきた。

 特に意見はしてこない。靴を履き始めた後ろで、粛々と見送りの番を買っている。


「気をつけて行けよ? 町中なんだから」


「子供じゃありませんし、心配ご無用ですわ。……それでは」



 行ってきますと、ありふれた挨拶を。



 帰ってくる厚意は、本当に素朴なものだった。


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