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理想論者と引き籠り  作者: 軌跡
11/19

被害者

 あれだけの怪我をすれば、連れて行かれる場所なんて決まっている。

 もっとも、哲心の負傷は魔術に関するものだ。一般の病院を利用することは出来ず、必然的に魔術同盟が管理している施設を使う。


「……ふむ、特に異常はありませんね」


「そうですか」

 スズリも一応、人狼との戦いで攻撃を受けた身。厳哲に念を押されて同行している。

 頭は哲心のことで一杯だった。医者の質問には懇切丁寧返していくが、心ここにあらずな態度は消し切れない。

 今後について女医から軽い説明を受けた後、スズリは診察室を後にした。

 市立図書館地下、徳理支部の一画。医療用の区画はそこに存在している。

 と言っても病院のような雰囲気はない。大体にして専用の設備もなく、ベッドが置かれただけの部屋だ。


「はあ……」

 私の所為で、と反射的に思ってしまう。

 彼は今、意識不明の真っ只中。詳しい状態は聞いていないが、一先ず命に別状はないらしい。挽肉同然だった左腕も、専門家がきちんと元に戻したとか。

 大団円ではないが、バットエンドにもならなかった。

 神谷領の出来事について、スズリは概ねそんな感想を懐いている。確かにヒトクイの犠牲者は出たが、それを悲観する権利など自分にはない。

 報告を聞いた時は、少しだけ安堵してしまったからだ。


「――とにかく、神谷さんの顔だけでも見に行きましょうか」

 このまま帰ったら目覚めが悪い。家に帰っても居心地は悪いだろうけど。

 厳哲から聞いた病室は直ぐそこだ。コンクリートの床から反響する足音は、無人の廊下を好き放題に駆け回る。

 念のためノックをすること、二度。


「はい?」

 どこかで聞いた、透明な少女の声が返ってくる。

 綺麗な人なんだろう、と直感させるような音。しかし胸中にあるのは、戸惑いと気まずさだけだった。

 ノックした以上は逃げるわけにもいかず、恐る恐るドアを引く。

 やはり、と言うべきか。

 一般人である筈の親友、衿口要。

 ピクリとも動かない哲心の前で、彼女は椅子に座っていた。


「――やっほ。お見舞い?」


「え、あ」

 彼女はいつも通りの楽天的な表情。幼馴染が死線を彷徨ったことに、一抹の不安も懐いていない。あるいは、心の奥底に仕舞っているだけなのか。


「……」

 沈黙は優しい。口を開いた瞬間に罵声が来るなら、さも当然の感覚だろう。

 しかし、それは両者に共通していなかった。悲観で面持ちを固めるスズリに対し、要は無言で背を向ける。今の貴方に興味はないと、子供だましの芝居を見たように。

 世界から外されたような気がして、足音は勇ましく彼女の横へ。

 死人も同然に眠っている哲心の顔が、自分の不誠実を批難している。


「驚いたでしょ? あたしがここにいるなんて」


「――」

 世間話程度の、気軽な抑揚。

 スズリは立ったままの姿勢で頷いた。要の横顔を直視する覚悟も、今はない。

 明確過ぎて、困ってしまうくらいの理由で。


「あたしね、父さんが魔術師なんだ。でも母さんの方は、魔術師の血が大分薄れてる家系でね。あたしには殆ど、才能が遺伝しなかったわけ」


「……あの、お母様は――」


「うん、巻き込まれちゃった。他の皆もそう。領民で生き残ったのはあたしだけみたい」


「――」

 聞くだけで、心の十字架が重くなる。

 悲観的な様子をまったく見せないところも、スズリにとっては足枷だ。消えられるのなら消えてしまいたい。きっと要は、彼にしか話したいことを話してくれないだろうし。

 適任者は目下、夢の世界。彼女が平穏を取り戻すまで、長くはない時間が必要になる。


「――スズリが悪いわけじゃ、ないんだよ?」


「え……」


「手遅れだっただけ。もう仕方がなくて、誰かが犠牲にならなきゃいけなかった。嘆いた人も怖かった人もいるだろうけど、いつかは通る結末だったんだよ」

 仕方ない。

 要は自分へ言い聞かせるように、何度も言葉へ頷いた。どこか、悔しさを滲ませて。

 だからだろう。


「――それは、おかしいことです」

 言える筈もない本音が、スズリの喉を震わせた。

 止めろと冷静な自分が囁く。火に油を注ぐぞ、と。


「領地にいた人々にも、生きる権利があった筈。それを一方的に否定する行為など許されません。……命は、みんな平等なのですから」

 己へ言い聞かせるように。一言一言噛み締めながら、スズリは目前の責任と向き合った。

 言葉だけの虚ろな行動。納得させるには手遅れの、分かり易い矛盾を告げる。


「……死んだ人が戻って来ないこと、スズリは分かってるよね?」


「ええ」

 彼女は首を縦に振ると、胸の内を吐き出すように嘆息した。


「さっきの内容を自覚してるなら、あたしはこれ以上何も言わない。……スズリにだって、家族のこととか、立場があるもんね」

 だからさ、と彼女は小声で前置きを作る。


「この部屋から出ていって」


「――」


「スズリの所為じゃないのは分かってるけどさ、納得できるわけじゃないの。哲心だって、ここに来るのが少しでも遅れてれば死んでたかもしれない。……あたし、貴女のことを肯定できないと思う」


「分かりました」

 それは両親の教えであり、正義を選んだ果てにある縁切り。

 今でも尚、正しいと。

 そう思える自分の価値観は、果たして壊れているのだろうか?

 しかし根付いた心の色は、一生の間消えないもの。スズリ・ファティナという人間の本質は、衿口要と相容れない。

 それだけの話だった。




 心は不思議なくらい落ち着いている。

 支部の最上階。人混みと呼ぶにはまだまだ足りない大広間の中を、スズリは顔を上げて進んでいる。

 自宅に帰りたいところだが、現実にはそうもいかない。クラフトに命を狙われた後なのだ。自分に原因があるとは言え、直ぐに顔を出すのは気が引ける。

 なので、中立である徳理支部の宿泊施設を借りることになった。数日間の滞在が許可されている。無論、好意的な態度とは言い難いけれど。

 故に施設へ向かう前、会っておくべき人物がいる。彼の手助けがなければ、屋根の下で眠ることも出来なかったのだ。

 向かうのは会議場。クラフトと密会した例の場所こそ、普段は彼の仕事場である。

 見張りに事情を話し、不満と共に通されること数秒。


「おお、スズリ君か」

 呑気なようで隙のない、深みのある抑揚が語り出す。

 声の主、神谷厳哲は上のフロアにいた。他には誰もおらず、スズリを囲う円卓は彼に独占されている。

 威厳を最小限に抑えつつ、厳哲は適当な場所に腰を降ろした。

 孫が大怪我をしたというのに、心配する様子は皆無だ。要のように感情を押さえ付けてもいない。実に泰然としていて、彼の負傷を無関係と切り捨てそうでもある。

 血の繋がりを感じながら、スズリは静かに頭を下げた。


「此度の手配、感謝致しますわ。……中立の立場を揺さぶるような願いで、面目次第も御座いません」


「なに、困った時はお互い様じゃ。哲心が起きていれば、同じような対策を取ったじゃろうしの」


「……」


「おっと、今のは軽率じゃったか。すまんすまん」


「い、いえ……」

 言葉を選んでいただけのつもりが、いらぬ気遣いをさせてしまった。

 再び沈黙するのを避けようと、スズリは未解決の疑問を掻き集める。


「ヒトクイの被害は、どうなりましたか?」


「領地にいたほぼすべての人間が行方不明となった。残っているのはワシと哲心、それに要君の三人。残りを救助するのだとすれば、奴らが魂と肉体を消化するまでの数日が勝負となる」


「そうですか……」

 謝罪したい欲求に駆られるが、結末を知る以上は堪えるだけ。最優先で実行すべきは今後の計画についてだ。

 一番の関心事は自分自身の道だが、決断を下せる精神状況にはなかった。


「これから、徳理支部は如何なる対応を?」


「それはまた未定じゃな。ヒトクイの活動がいつ止まるかも分からん。……まあワシを含む支部管理者の意見は、概ね固まったところじゃが」


「と、申しますと?」

 伝え辛いことなのか、老人は僅かに目を泳がせる。


「――クラフト・ライヘルツ、及びファティナ家に対し専守防衛と取らせてもらう。神谷領ほか、無数の領地が攻撃を受けたそうじゃからな。数日中に攻撃を仕掛けるとの情報もある」


「つまり、革新派へ手を貸すと?」


「違う。独自の勢力として、彼らに対抗するだけじゃ。今までは来る者拒まずじゃったが、それが変わるだけのこと。……二年前のいざこざもある。徳理支部の者にとっては、予想していた展開じゃな」


「二年前……?」

 怪訝な面持ちの少女に、厳哲は名前通りの頷きを見せた。目はいつになく真剣で、同時に戸惑ってすらいる。

 彼が問題の当人でないことは何となく分かった。除去法で導き出されるのは孫の哲心。

 深入りするべきかどうか、スズリは僅かに俯いて考える。自分が拒めば、厳哲は告発の苦労を背負うこともないのだ。

 しかし彼の動機、原点に興味を持っている自分がいて。


「何があったのか、教えて頂けませんでしょうか?」

 力になれるのではないかと。身の程を知らないまま、スズリは口を開いていた。

 尚も厳哲は口を紡いでいる。突いた頬杖と定まらない視線が、迷いの量を比喩していた。


「……既に終わったことではある。それでも聞きたいと?」


「はい。私とてファティナ家の一員。身内の犯した罪は、正しく理解する必要がありますわ」


「……」

 ややあって、分かった、と彼は首を振った。

 呼吸の後に紡がれる音は、何かを懐かしむようでもある。


「――哲心はな、つい最近まで魔術師の活動に精を出しておった。徳理支部で名を知らぬ者はいない実力者でな。ワシと息子も、あやつの願いを果たそうと必死になっておったよ」


「願い、ですか?」


「一人でも多くの者を救う。……哲心の願いはそんな、子供らしい小奇麗な世界でな」

 ドクン、と心臓の音が跳ね上がる。

 少し前まで彼とスズリは、同じ志を懐いていた。


「学校こそ休みがちじゃったが、ワシらも哲心も疑問には思わなかった。それで家族団欒の時間が減っても、一時的なことだと未来を信じていた。――それが突然、二年前に終わったわけじゃな」


「……」


「突然の出来事だった。大量のヒトクイが出現し、神谷領と徳理支部を強襲。連中に対し明確な対策を持っていなかった我々は、直ぐに窮地へ追い込まれた。哲心の妹、神谷楓を攫われるオマケ付きでな」


「――」

 どんな反応すればいいかも分からない。

 結局それらの出来事は、自分の仲間達が関わっているから。


「任務での出張先から、哲心は飛んで帰ってきた。しかし、事態は既に手遅れ。ヒトクイは妹の魔力を媒介にし、次々と現実に出現し始めた。……止めるには、根本の命を断つしかない」

 後は予想の通りじゃ、と厳哲は告白を結ぶ。

 少女は既に俯いていた。分からない。どうしてあの迷宮で自分を逃がしたのか、心の内側がまったく読めない。

 復讐には正当性がある筈だ。一人娘であるスズリを殺せば、最高の意趣返しにもなる。

 そして今また、同じ過ちを犯された。迷宮に閉じ込められた段階で、そういう結果は分かっていた筈だ。

 人狼から救ってやる必要も、絶対なかった筈なのに。

 どうして彼は、加害者を生かすような真似をしたのだろう。


「妹を殺せと迫られた時、あやつは必要性を理解した。が、同時に拒みもした。満足に動けるのは、哲心一人だったというのにな」


「他の魔術師は……?」


「皆、孫に期待する程度には疲弊しておったよ。元々、戦闘用の魔術師は少なかったのでな。……誰が花の蕾を燃やすか、それだけの話じゃった」


「……出来たのですか? 神谷君は」

 厳哲は考え込んだ上でかぶりを振った。悔恨の念を、瞳の先に乗せながら。


「当時は十五の少年、肉親を殺すことなど出来やせぬ。故に、負傷した魔術師たちが自滅覚悟で攻撃した。結果は、見るに堪えないものじゃったが」


「っ……」


「時間の経過と共に犠牲者は増える一方。……そこで哲心は決断した。自らの手で妹を殺し、塞ぎこむようにもなった。どこで自分が間違えたのか、とな。――しかし流れは止まらんかった」

 一息。


「名門派はな、犠牲になった魔術師の中に自分達の仲間がいたと、謂れのない批難をワシらに浴びせた。その責任を負ったのがワシの息子、つまり哲心の父じゃ。アレが自決することで、ようやく責任から解放された」


「お、お母様の方は……」


「心労により病死しておる。どうも、相当な嫌がらせを名門派――ファティナ家から受けたようでな」

 ここに来て。

 歯を食いしばった厳哲の目から、黒い炎が湧き始める。


「哲心は二重の責め句を味わった。自分が徳理にいれば良かったのではないかと、魔術同盟の任務なんぞ、何の救いも齎さなかったと」


「それが――」

 無関係を決めた、彼の動機。

 過去の犠牲で理解した、守るべき人々への謝罪だった。


「以上が、二年前の出来事、怨嗟の理由じゃ。……これまで名門派は息子の死で不干渉を約束してくれたが、それも既に終わった。彼らを信用する者は一人もおるまい」


「……道理です」


「理解して頂けるなら何よりじゃ。故に、余り長期の宿泊をさせることが出来ぬ。ワシ一人が我慢できても、他多くの魔術師は違うじゃろうからな」

 悄然と返答を残して、スズリは踵を返した。

 会議場の先にある喧騒へ、憎悪の厚みを感じながら。

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