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理想論者と引き籠り  作者: 軌跡
10/19

捕食者

 先制権は哲心に回った。

 全開の一撃。案の定、半人半牛の巨漢は横に躱している。勢い余って壁に激突し掛けるが、膂力で強引に制御した。


「――オオオォォォ!!」

 猛進は弾丸、あるいは衝撃の塊か。

 撃墜は出来ない。連結砲は連射性能を度外視した性能だ。この一瞬は、肉体の能力に掛けるしかない。

 哲心の正面、片足が宛ら杭のように打ち込まれる。

まさに震脚。荒れ狂うエネルギーは斧を伝い、斬撃すら生じさせかねない勢いだ。

 首を刎ねんとする一閃を、その場で屈んで回避する。


「連結解除……!」

 局地的な暴風。打ち付けようとする風の圧力を頭上に仰ぎ、敵の懐で二撃目を放つ。

 近距離専用の魔砲は架空生物を打撃し、確かに両足を浮ばせた。

 しかし殺気は健在している。

 大気を裂いて突っ込んできたのは、持ち手のいない斧だった。隙すら突かない投擲には半身を捻るだけで十分過ぎる。

 だが、そんな一瞬の隙さえも。


「――!」

 超人の前には、数分の機会だったに違いない。

 振り下ろされる鉄拳。咄嗟に魔方陣を掲げるが、その負担は莫大だった。

 一瞬で罅割れる盾。

 人間の拳であれば容易く弾くソレを、ミノタウロスは力でもってねじ伏せる。陣の悲鳴は哲心の悲鳴。精神による産物である以上、内への痛みは避けられない。

 割れた。


「っ、ぐ――」

 胸を絞るような痛みと、崩れた姿勢。即座に二枚目を滑り込ませるも、堪えるだけの魔力がない。

 連続する破砕の声と、直撃により吹き飛ぶ人の矮躯。胸に仕込んだ三枚目が、どうにか役割を果たしていた。


「っ……!」

 受け身を取る余力はどうにかある。

 それでも視線を上げた先、魔手が無情にも目前へ。哲心の細首を圧し折ろうと、鋭利な五指に殺意を乗せている。

 愚直と、そう呼んでも差支えない程に。


「舐めるな……!」

 カウンター風味の一撃が炸裂する。

 爪は擦過すらしない。組み上がった連結砲が、早撃ちにおいて上回った。

 満足できる手応え。ミノタウロスは光の瀑布に消え、奥の壁へとぶち込まれた。

 崩れる瓦礫は土煙りが覆っていく。哲心が足止めを行った場面の再来だ。が、今回崩れているのは一枚だけ。時間稼ぎとして考えるなら、本当にお粗末なものだろう。

 故に、気を抜く暇などありはしない。


「……!」

 打ち払われる灰色の境界。哲心は駄目押しと言わんばかりに、再度使用可能になった連結砲を叩き込む。

 ミノタウロスは直進することしか能がないイノシシのようだった。我が身を省みることもせず、破壊の口内へ突貫する。

 ――結果論になるが、それは自信の表れだったのかもしれない。

 飛ぶ鳥すら落とす勢いの半人に、罅のような何かが走っていく。

 風船のように膨らむ身体。溢れる光に、直感が警笛を鳴らしていた。


「!?」

 黒い帆の、軍船。

 宙に浮かんだ箱舟は、その船頭を挑戦者に向けている。

 展開する魔術は哲心と同じく魔方陣。これまでの鬱憤を晴らすべく、雨のような魔砲が襲い掛かる。

 量は比較するでもない。動いていようが止まっていようが、遅かれ早かれ蜂の巣だ。

 船を撃墜する他に、生き残る術はなかった。


「……っ! 二層連結! 上!」

 躱した爆風を追い風にして、船底へと一直線。そこなら比較的弾幕は薄い。

 船の高度は三十メートルの空中。ビルにして七、八階の高さだ。連結砲を使えば、余裕で貫通を狙っていける。問題はそれまで耐えられるか否か。

 睨み合う両者。突き出した左手が、五指の中に船を見た。


「行けっ!」

 先手必勝。反動に心地良さすら覚えながら、人の神秘を捻り出す。

 さしずめ、光は獲物を狙う鮫。頭上を突き破らんと、全速力で駆け抜ける。


「!?」

 呆気ないぐらいの貫通だった。

 魔砲は次々に船の素材を飲み込み、木々の繊維を断裂させる。

 しかし。


「な……」

 照準は変わりなく、哲心で動いていた。

 確実に崩壊は進んでいる。なのに以前と変わらないのは、核と呼べる部分がない所為か。

 砲門は倍以上に増幅し、豪雨同然に降り注ぐ。

 足を止めている哲心に避ける術はない。故に、僅か数メートルの空中へ指示を飛ばす。

 撃ち終えた連結砲は分裂し、直ぐに盾として機能した。が、止むことのない連打に成す術はない。大きくなる亀裂が、魂を次第に蝕んでいく。

 割れた。

 殺到する地獄の手招き。守護者としての矜持故か、頭を向けた残骸も哲心目掛けて降ってくる。

 僅か数秒後の未来を描いて、しかし諦観など出来なかった。

 動力がない? そんなもの知ったことか。破壊しても動き続けるというのなら、手っ取り早い対策が一つある。


「木っ端みじんに吹き飛ばせばいいんだろ……!」

 自分への叱咤で、魔力の駆動に熱を入れた。

 ストックしていた魔方陣も破壊されたお陰で、哲心は気絶の一歩手前。これ以上の辛抱はかけなしの綱渡りだ。

 それでも一撃。後先どうなっても構わないから、この軍船だけは落としてみせる。

 適材適所と言った以上、意地に賭けても退くものか。


「がっ、ぐ……」

 直撃する無数の弾丸。だが動かない。肉体の問題以前に、本体を引き付けなければ目的は達せないのだ。

 最大火力の連結砲は強引に作り上げている。他に出来ることと言えば、魔力を一気に流し込んで砲身を再構築するだけ。必要な充電の時間を、後がない力技で解決する。

 中途半端は許さない、と哲心の感覚が告げていた。

 弾の一部分は砲門が防いでくれる。が、すべてを捌くには至らない。


「くそっ……!」

 左手を支える右手の感覚が消えた。

 足が、胴が、着弾の衝撃に耐えながらも神経を消していく。例えるなら死の間際。呼吸のタイミングを間違えれば心臓が止まるような、崖っぷちに立っている。

 今度は顔。

 意識が飛んだ。

 しかし標的は目の前に。肉体の状態も分からないまま、歪な笑みを射手は浮かべる。

 ――旗の色一つでテセウスの父は死ぬという。

 軍艦の旗は黒い。不吉な、不幸を告げるに足る色合い。

 だが、それを返さずして意味はない。

 尖頭に抉られる魔方陣。

 最速の距離だった。


「吹き飛べえええぇぇぇぇ!!」

 眼光と砲撃が、強く神代の巨体を射抜く。

 直後には閃光が空気を染めた。豪快に終わりを迎える船。僅かな木片も残すまいと、魔力は扇状に広がっていく。

 順調に、速やかに。砕かれるだけの末路で、眺める瞳は泰然自若。

 照射は一秒続けるだけでも、全身を絞られるような感触があった。それでも手は止めない。汗の一滴すら使い尽す覚悟で、肉体の要素を魔に奉じる。

 そしてようやく、最後の木片が光に消えた。


「――は」

 何となく。

 倒れたい欲求を抑えて、迷宮の奥を凝視する。

 陰影は数体のミノタウロス。両手に持った斧が脅威の証拠だった。鼓膜に伝わる鳴き声も、危機のリアリティを増させている。

 絶望する力すら今は残っていない。立っているだけでもやっとなのだ。目蓋には重石をぶら下げているようで、一刻も早く睡眠欲に身を委ねたい。


「ったく……」

 それでも腕を上げてしまうのは、愚か者の極みだろうか。

 鉄壁の迷宮。

 その意味を、ようやく理解できた気がする。




 森の中。現実の世界に戻って、スズリは目的地へひた走る。

 視界の隅には白い巨人が映っていた。先日に遭遇した二体と、比較しようもない巨躯。加えて名門派が攻撃している以上、領地の人々も逃げられるかどうか。


「――っ」

 踵の向きを、どうしても逸らしたくなってしまう。

 しかし優先すべきは結界の解除だ。彼が逃がしてくれた以上、スズリも恩を返さなければならない。――直後、仇で酬いる結果になったとしても。

 神谷の屋敷までは後少し。後方には、未だ歪んだ空間が鎮座している。お陰で動機はくっきりと勇壮に。

 しかし、たった一つの人影で歩みが止まる。

 影は堂々たる出で立ちだった。ヒトクイの方を無言で見つめ、対策を施す様子もない。


「クラフト……!」


「何かね、その驚きようは。私の企てが余程意外だったかな?」

 くく、と笑いを堪える主犯。日中のやり取りから、スズリもそう驚いているわけではない。

 だが心情と現実は別だった。ましてや、彼の浮かべている嬉々とした顔が恐ろしい。躊躇も戸惑いもなく、一方的な殺害を見逃そうとしている。

 あるいは、それこそ正義なのか。

 突如として上がった悲鳴に、スズリは思案から舞い戻った。


「全滅するのは時間の問題だな。森の周辺は、同胞たちで包囲している。脱出することなど出来ないし、外からの介入も時間が掛かるだろう」


「……」


「無言ということは、同意してくれるのかね? お嬢様」


「出来ません。そもそも、このヒトクイは貴方がたが呼び出したものでしょう? 責任を他人へ押し付けるなど、言語道断ですわ」


「我々とて悪意があるわけではない。ヒトクイは一定のサイクルで出現する。生贄が用意できた時に捧げておかねば、危険を持ち越すだけではないかね?」


「それは……」


「大体、私を止めるにしろ、現実に迫っている脅威はどうする? 同意しなければ、他の人間が死ぬだけだ」

 だが断る――哲心なら、某漫画家ばりに反論したかもしれない。

町の人々が犠牲になっている様は見ているし、それを不幸だとも感じている。見えない死神に、人々は怯えることしか出来ないのだから。

 故にここで目を瞑らねばならない。大義名分も揃っている。

 しかし。


「――彼らを犠牲にしていい理由が、正当だとは思えません」


「正気かね?」

 失望したと、クラフトはこれ見よがしに肩を竦めた。

 スズリも、彼の態度には同意を送りたい。今の自分はどうかしている。目先のことだけではなく、もっと全体像を見なければならないのに。

 迷いは消えない。様々な恐怖が渦を巻き、混乱の位置を定めていく。

 それでも、構えた霊刀は降ろさなかった。


「今の私は代理人のような存在。彼の意思で、脱出する道を頂いたのです。……それ讃えるべき務めから、貴方が正論だろうと屈するわけには参りません」

 一夜限りの騎士道精神。

 正面にいる人喰い男は、混じり気のない蔑視を向けるだけだ。


「いいのかね? 結界を解除するのが目的のように見えるが」


「……御冗談を。どちらであろうと、通すつもりは無いのでしょう?」


「おっと、これは一本取られたな」

 笑う彼に緊張感はない。余裕だけで雰囲気を固めている。

 対峙するスズリも心境は大差なかった。クラフトの魔術が攻撃性に高くないことは小耳に挟んでいる。名門派の中で有力な戦力であるこちらに、負ける道理は微塵もない。

 しかし油断は程々に。勢い余って転倒したのでは、勝利したところで格好が悪い。


「――?」

 スズリは気付く。彼の周囲に、ある筈のない霧が立ち込めていると。

 結界の余波――には見えなかった。姿を覆い隠すようなソレは、明らかに別種の魔術であることを比喩している。

 不安に駆られて、急遽攻撃を仕掛けた直後。

 霧の中にクラフトは消えた。しかし刃を振り下ろすまで一秒足らず。対策を講じようと、間に合わせない確信はあった。


「ふ――!」

 身体を捻る。魔力の刃は、いとも容易く蒸気の壁を引き裂いた。

 何か、得体の知れないモノに防がれるまでは。

 スズリが目を見開いている間、徐々に霧は晴れていく。

 霊刀を掴んでいるのは、幹よりも太い腕だった。

 明らかに人の物ではなく、かと言ってミノタウロスでも、ヒトクイでもない。隆起した筋肉に共通点がある程度だろうか。

 顔は、霧を押し退けるように露わになる。

 イヌ科の顔。牙は刃物同然の鋭さで、今にも少女の柔肌へ喰いつこうとしている。

 体格は人間に近い。というより現に、後ろ脚だけで身体を起こしていた。


「人狼!?」

 本日二度目になる幻に、スズリは喫驚の声を上げる。

 馬鹿な、と頭が否定する前に身体が動いた。即座に霊刀を引き抜き、改めて一閃を叩き込む。

 しかし。


「――!?」

 人間という器の産物は、際限を知らない幻想の前に折れた。

 驚く声も上がらない。客観的な自分が、必死に現実を受け入れる。

 身体が掬い上げられたのは、直後だった。

 数メートルの弧を描いて飛ぶ視界。魔術によって強化された肉体でも、持て余す程の打撃だった。


「っ、う……」

 生々しい音を立てて、地面の上をスズリは転がる。

 腹部には鈍痛が残っている。小細工がなければ内臓破裂、あるいは風穴でも空いていただろうか。敵が本物の化け物であることに、今更ながら呆れてしまう。

 三半規管の乱れと格闘しながら、どうにか立ち上がった先。


「あ――」

 人狼の爪と牙が、スズリの終わりを告白する。

 どうしようもない。呼吸同然の殺意が、ただでさえ危うい足元を震わせる。

 しかし強く開いた目が、諦観を頑なに拒んでいた。

 擦過する前足。辛うじて成立した回避に、スズリは粉骨砕身で挑みかかる。

 素の霊刀では皮膚を貫通できない。ならば選ぶ方法は一つだけ。


「はああぁぁぁ!!」

 迷宮の壁を串刺しにした、数十メートルの大剣が霊刀を包む。

 必殺の斬撃。スズリにとっての切り札は、既に回避不可能な位置だ。これからどんな対策を施したところで、まとめて粉砕してご覧に入れよう。


「っ!!」

 両手の手応え。逆光に照らされる人狼の顔は――特に、何の変化もない。

 それでも敵は飛んでいた。会心と評して良い威力が、彼を衝撃で弄ぶ。

 だが、視界の奥。


「な、何故……」

 敵は、ゆらりと立ち上がっていた。

 瞬間、彼の威容が人間に戻る。今度は霧ではなく、魔方陣で周囲を覆って。

 二種類目の魔術。二つ目の人間性の具現化。

 意表を突いた出鱈目が、スズリの視界を塞いでいた。


「っ……!」

 生きているのは習慣だけ。意思の代わりに、肉体が回避を命令する。

 隣りを走っていく魔砲はフェイクでも何でもない本物だった。過去の経験、哲心の魔術を見ているからこそ断言できる。

 奥にいるクラフトは得意顔。


「私の魔術は、人の魂を喰うことでね。お陰で複数の魔術を扱うことが出来る」


「こ、殺したのですか……!?」


「無論だ。人間など、刃物一本で刺殺できる。……ああ、この人狼化は非常に便利な能力だったよ。何せ――」

 二度目の変化は即座だった。

 隣接する威容。突き込まれる拳を躱し、擦れ違いざまに一閃を送る。

 振り抜いた――そんな感覚は、次の正対で打ち消された。やはり、という納得も一緒に。

 人狼は無傷。恐らく、元になった魔術師が高齢だったのだろう。魂の完全な固定化によって、鉄の防御力を得ている。

 野生の幻獣が特別な防御力を持っているとは聞いたことがない。迷宮のミノタウロスは別にしても、スズリの一撃を耐えられる領域ではない筈だ。直前に哲心から聞いた話もあって、他の結論は導けない。

 ならばどう対策するか。力で捩じ伏せられない以上、この相手は鬼門でしかない。


「っ――」

 諦めの悪い反撃。

 今度は躱そうとも防ごうともしなかった。余裕綽々で刀身を掴み、握力だけで圧し折ってくる。持ち主の方も、身を包めたいような痛みに襲われていた。

 次は網膜には、諦観と恐怖が座る。

 光が人狼を攫う、その直後までは。


「大丈夫か!?」


「え、あ」

 スズリは答えるよりも先に、人狼の行方を目で探る。が、あの濃密な敵意も、非現実的な輪郭も見当らない。消えていく霊刀の残滓だけが、数秒前からの差異だった。


「っ!?」

 現れた哲心は、まるで亡霊のように。

 いや、事実そうだと言っても大差ないだろう。左腕は潰れ、四肢としての名残を有していない。他の部位についても、概ね同じ状態だった。

 どう見たって五体不満。しかし彼の顔は、安心感で緩み切っていて。


「し、神谷さん!?」

 疲れた、と。

 血を尾のように引きながら、重力任せに倒れていた。

 森の一角からは悲鳴。ヒトクイの姿も、枝葉の向こうに見えている。クラフトが去ったところで安心は出来ない。

 後ろからは軍靴の響き。哲心は彼らに任せようと、声の方角へ四肢を飛ばす。

 既に決着はついたのか、森は昨夜と同じ静寂で染まりつつあった。純白の人形こそ唯一の異物。日常への帰還を、阻害している当のモノ。


「要……!」

 辿り着いた先には親友がいた。

 彼女を庇う男性の姿。手には魔術と思わしき槍を握っているが、既に満身創痍。

 一切の抵抗なく、捕食者の掌へ収まった。

 嚥下する。

 後は祭りの名残だった。ヒトクイは一時の満腹を喜んで、元いた場所へと帰っていく。

 無残に破壊された住宅だけが、暴力の名残だった。

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