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理想論者と引き籠り  作者: 軌跡
1/19

出迎え

 日常の区切りは、電子音一つの値打ちしかない。

 教室に戻ってきた担任は、手短に連絡事項を告げて放課後を迎えた。前後の教室も同様らしく、徐々に喧騒が染み出していく。

 生徒達の活動は様々だ。部活動に行く者、帰宅する者、雑談に勤しむ者。

 命の数だけ個性があり、選択された未来がある。


「――」

 教室の最後尾では、それを微笑ましく眺めている少女がいた。

 挨拶を交わす知人には丁寧な言葉を。性別で差異で対応は変わらない。入学して二年目なのだから、慣れてもいる。

 ただ男達の網膜には、友好以外の情念も宿っていた。それは羨望であり支配欲であり、一言で現せば興味なのだろう。

 彫刻のように整った顔立ちは、日本人の女性と雰囲気を異にする。身体つきの方も同様で、年齢にしてはメリハリの付いたスタイルだ。

 赴きは女神と呼ぶに相応しい。加えて裏表の無い性格。澄んだ瞳は、向けるだけで人の汚れを払うだろう。悪意を向けようものなら、途端には恥を覚えるかもしれない。

 その意味では、美少女と評するよりは美女。彫刻や絵画の題材も似合いそうだ。


「それじゃあファティナさん、また」


「ええ、また明日」

 名前すら知らない生徒だが、これにも優雅な態度は崩さない。

 正直、面倒に思わないわけではなかった。が、彼らが好意的に接してくれる以上、無下にするのも無礼ではある。


「スズリーっ」

 教室の前から名前を呼ばれた。

 荷物を纏めつつ視線を上げれば、明るい面持ちの少女がいる。

 お陰で集まる視線は倍増しだった。しかし中には、幾つかの嘆息すら混じっている。幼馴染の少年がいるらしい彼女は、男達にとってターゲット外でもあるらしい。


「今日の放課後、空いてる? ちょっとさ、美味しいそうなケーキ屋さん見つけたんだ。あたし一人で行くのも寂しいし、良かったら一緒にどうよ?」


「御免なさい要。私、今日は用事があるんですの。外に迎えも来てまして……」


「ああ、あれ?」

 親指で示すのは外の校門。明らかな部外者が、腕を組んで棒立ちしている。

 体格の良い、スーツ姿の男性だった。加えて髪の色は金。黒髪であるスズリ以上に、注目を攫う容貌だ。


「ひょっとして彼氏? 見てきた生徒から聞いたんだけどさ、結構な美系らしいじゃん?」


「いいえ、古い知り合いですわ。今日はまあ、護衛と言ったところですわね」


「お嬢様となると大変だねー。で、こっそり愛情を抱いたりは?」


「しませんわよっ! ……そもそも要だって、人のことを気にしている場合ですの? 噂の幼馴染とは、上手くいっているんですか?」


「えっ、いや、彼は別に……」

 言いながらも、要の頬は朱色で濡れる。

 その様子は、傍から見ても誤魔化しようがない段階だった。付き合っているという噂も、火のないところに煙は立たない、である。


「早く告白すればいいじゃありませんの。相手の詳細は知りませんが、貴方のような女性を断るとは思えませんわ」


「……でもその、恋人になる必要はないかなーって。現状でもあたしは満足だしさ」


「そんな呑気なことを言っていると、お邪魔虫が入りますわよ?」

 貴方の方にね、とスズリは内心で呟いた。

 要もスズリに劣らず、学校では有名な生徒だ。

 人懐っこい性格もあって、顔の広さでは軍配が上がるだろう。何度か告白されたこともあると聞く。が、その絶壁を突破した猛者は未だにいない。

 要の幼馴染に対する愛情は完成している。ときおり食事を作ったりと、通い妻のような状態になっているとか。


「……気になるんですけど、その幼馴染は女性に人気があったりしませんの?」


「うーん、多分無いと思うよ? 見た目の通り無口だし、容姿も比較的地味というか……」


「意外ですわね……」


「? 何が?」


「いえ、大したことではありませんわ」


「そう?」

 会話の波が一旦途切れ、スズリは下校の準備を再開する。要の方は校門の知人に興味を向けっぱなしだ。

 ふと視線を上げると、神妙な面持ちの彼女が映る。

 普段は子犬のように騒がしく、愛らしさを撒き散らしている親友、衿月要。しかし太陽に照らされる横顔は、目が眩む程に凛々しかった。

 髪を短く揃えている所為もあるだろう。創作の世界に登場する、女騎士を見ているような気分。こんな女性に尽くされるなら、男性はさぞ幸せに違いない。この瞬間に彼女を始めて見ても、確実にそう思っただろう。

 友人ながら、羨望さえ向けたくなる。スズリは家庭的な性格も、技術も持っていないからだ。


「今日のお弁当は自作でしたの?」


「そりゃあね。朝早くに起きたから、時間も余裕だったし。スズリは作んないの?」


「殆ど学食で済ませていますもの。朝は苦手ですしね」


「後で苦労しそうだねえ……」


「ええ。一人暮らしなんて、まず出来っこありませんわ」

 スズリは準備を終えて廊下へ。辺りは完全に放課後の空気で染まっていた。興味の数々を潜り抜けながら、一直線に昇降口へと近付いていく。

 校門を平行線から見据えれば、護衛がスズリの姿に気付いた。特に挨拶は交わさず、テキパキと靴を履き替える。

 要は先に外へ出たが、校門まで同行する魂胆らしい。制服のポケットに手を突っ込み、鼻歌を歌いながら待っている。


「……」

 彼女はスズリに背を向けていた。

こちらが近付いていく間も、ただ一点を凝視している。教室で見た表情と同じ雰囲気で。


「どうかなさいました?」

 通っていく生徒の波が途切れた今、有力な対象は一人だけだ。目立つことを避けたいスズリとしては、この一言で話題を逸らしたい。


「……何か、ただ者じゃなさそうだね、あの人」


「――」

 預言宛らの感想。スズリは努めて平静を装い、嘆息混じりに解答する。


「護衛ですから。私達にとって慣れない気配の持ち主でも、必然ではありませんこと?」


「別にそこを言ってるわけじゃないんだけどねー」


「で、ではどのような?」


「敵意、かなあ……」

 くるりと要は振り向き、破顔しながらそう言った。

 思わず冷や汗が流れてしまう。親友の言葉は、強い自信で満ちていた。正体に勘付いたとは思えないが、妙な興味を懐かれても困る。


「――それだけ、気を使ってくれているのでしょう。昔から、やるなら徹底する方でしたから」


「ならスズリは幸せ者だね」


「仕事上で、の一言を付け加えても結構ですわよ?」


「ありゃりゃ。大変、って言い変えた方が良かったか」

 放たれる抑揚に裏はない。普段通りの無邪気な少女が、スズリの前を歩いている。

 校門へ近付くにつれて、要の感想には共感するばかりだ。護衛である青年の周囲は、今にも弾けそうな警戒心で固まっている。鉄面皮で動く視線も威圧感たっぷりだ。


「んじゃあたしはここで。お仕事、頑張りなよー!」


「――」

 駆け足で去っていく彼女は、青年の方に一瞥すら向けなかった。

 周囲に人はいない。遠慮は不要だと、批判を込めた吐息が零れる。


「学校では目立たないように、と釘を刺しておいた筈。車の中で待機しておくべきではありませんの?」


「くく、気に掛ける程ではなかったがね。そもそも、彼らに何を知ることが出来ると? 所詮、虚ろな世に生きる者達でしかないのに」


「……学友を侮辱するのは、少々控えて頂けますか?」


「おっと、これは失礼」

 表現には謝意の欠片も無いが、この男に何を言っても無駄だ。凝り固まった主張を曲げることはすまい。

 気苦労を感じつつも、スズリは目前の高級車へ乗り込んだ。運転はもちろん先程の彼。現代社会に批判を漏らしつつも、技術の扱いだけは習得している。


「――それでクラフト。私はこれから、交渉に赴けば宜しいと?」


「そうなる。私の同行は禁じられている故、今回は君一人だ。頑張りたまえ」


「ええ、尽力致します」

 決意を推すべく、車のエンジンが唸りを上げた。

 発進して数分も経たぬ間に、車は群衆の一片となっていく。町の中心に近いため、昼も夜も見せられる光景だ。陣頭を指揮する信号のサインには、一団もこれ以上なく忠実である。

 背後を振り向けば、両脇の開発に負けじと背を伸ばす校舎があった。

公立良歩高校。数年前に建てられたばかりのそこは、色白の壁で存在感を放っている。

 入学の仕切りはそう高くない。平均的で、幅広く生徒の募集を募っている。悪く言えば無個性で、外に流れてしまう学生を捕まえられなかったりするのだが。

 そういう意味も含めて、スズリのようなお嬢様は希少だった。実際、中学時代の担任には、もっと上の高校を目指せと言われている。もちろん即座に断ったが。

 何かとこの町――徳理市にいた方が、都合は良い。生活の面でも一先ずは便利だ。

 動き出した車は、町の繁華街を通過していく。

 並んでいる店舗には、全国チェーンを展開する有名どころから様々。良く言えば賑やかで、悪く言えば個性がない。他の都市でも同じ空気は感じることが出来る。

 案の定、バックミラーに映るクラフトの顔は不機嫌だった。

 彼、と言うよりもスズリの知人には、こういった手合いが多い。職業柄と言うべきだろうか。中身の無い文明品に対して、彼らは過剰な反応を起こす。


「……いい加減慣れませんこと?」

 同情と呆れを混ぜ合わせて、クラフトに疑問を投げる。

 帰ってきたのは明確な嘲笑だった。間接的に自分の日常が笑われているようで、スズリは眉間に皺を作る。


「正直、無理な話だな。我々にとって、一般人はただの傀儡だ。その分際で領域を悪戯に広げるなど、無礼もいいところではないかね?」


「止めに掛かるべきではありませんの? 人の堕落を憂うならば」


「難しいな。道具に頼って日々を過ごしている人間が、それを奪われたらどうなると思う? ――依存度が高い者ほど泣き喚くだろう。まるで赤子のように」


「それは現状への自虐ですの?」


「ふふ、一本取られたな」

 何てことも無いように、クラフトはそこで話を終えた。

 想定通りの回答には溜め息しか出ない。彼のことを嫌うつもりはないが、擁護できない偏見だ。彼らは努力をし、幸福になれると信じているからここまで来たのに。それを認めらやらずに何を認めるのだろう。

 町を行く人々の笑顔、苦労、焦燥。

 どれも無礼だとは思わないし、寧ろ興味をそそられるぐらいだった。

 感情を共有し、理解する。人間が社会を作ることの原動力ともなるものだ。獣は群れから外された時に孤独となるが、人間は敵であっても手を結ぶことが出来る。

 これから向かう交渉についても、絆を深めるために必要なこと。

 中心地を抜けると、周辺を囲う小高い山々が見えてくる。建物の数も目に見えて減っていた。

 この瞬間だけは、クラフトの意見に否を叫びたい。徳理市は自然との領域にしっかり線を引いている。無思慮に人間だけの繁栄を求めているわけではない筈だ。


「……」

 もっとも、スズリとて十七歳。大人に脱皮しつつある思考は、論点の掘り返しを子供染みていると一蹴した。

 目的地である山の手前には、深い森が広がっている。住人でも近付くことがない、正真正銘の自然の領域。遥か昔には神隠しの噂がある程で、現在もホラースポットの一つに数えられているとか。

 車は道なき道を進んでいく。枝葉で車体が傷つくことも、クラフトは一切頓着しない。

 太陽の光は緑の向こう。バックミラーに映るのは木々の壁で、異常な雰囲気を催していた。これなら神隠しの噂も現実味を帯びてくる。

 まだ日は高い。が、この場に限っては、暮れたところで関係がなさそうだ。


「足元には注意したまえ」


「ええ」

 形だけの忠告に頷いて、スズリは土の感触に立っていた。

 何も聞こえない。小鳥の鳴き声も、寂寥感を際立たせる枝葉の音も。

 案内人のクラフトは蝋燭を手にしていた。懐中電灯にすればいいものを、彼なりの意地だろうか。車に鍵を掛けることもなく、二人は無言で森の奥へ。

 ふと、何の脈略もなく現れた物がある。

 壁だった。

 高さは頭上を覆う木々を突き抜けるほど。どう考えたって登れるものではない。入口らしい部分も見当らず、完全な行き止まりだった。

 しかしクラフトは動じない。五指で壁に触れ、一言。


「ファティナ家の者だ。スズリ様をお連れした」

 瞬間、壁に穴が開く。

 その大きさは四、五人が同時に入れる程。心霊現象のような突然の展開だった。


「――さて、ここから先はお嬢様一人で向かってもらう」


「……万が一戦闘になった際、加減する必要はありませんわよね?」


「無論だ。そのために、結界で外と内が隔離されている。街中で暴れる方が好みなら、逃げ回ってくれても構わないが」


「そんなこと、願う筈ありませんわ」

 ムッとなって、スズリは蝋燭をひったくった。

 蝋が飛び散るのでは、と後になって不安になるが、運良く被害は生じない。


「それでいい。あと本日の夜は、向こうで世話になってきたまえ。そういう展開になるだろうしな」


「ど、どういうことですの!?」

 というか、さすがに失礼ではないだろうか。

 しかしクラフトは背を向けると、そのまま車に戻っていく。挙句ヘッドライトで辺りを照らして、ゆっくり向きを変え始めた。

 文句は認めない。そんな意思表示を痛感して、スズリは壁の穴へと振り返る。

 穴と言っても、長さは無いに等しかった。大股で跨げる程度で、岩やコンクリートの感触は帰ってこない。


「……クラフト、本当に――」

 穴は、綺麗さっぱり消えていた。

 既に分かっていたことだが、壁は魔術の品であるらしい。故に、ここから先は魔窟も同然。現代社会に距離を置き、ひたすら自分自身を探求する者達の世界。

 とは言え怯むつもりはなかった。スズリとて、魔術師の家に生まれた身。人外の現象には慣れている。


「でも、暗闇が光に変わることはありませんわね……」

 右手の蝋燭に縋っても、視界は良好と言えなかった。

 壁の内側は相変らず無音。カラスの鳴き声でもした方が、まだ自然を感じられただろう。


「責任を持って送り届けるのが、使用人の役目ではありませんの……?」

 誰が聞くわけでもない愚痴。張り詰めた警戒は、独り言でも囁かなければ続かない。

 正直、暗闇は苦手だった。見えないだけで自分勝手な想像をしてしまう。幼少期、両親から再三危ないと言われたのも原因だ。

 これではクラフトのことを注意できない。事実に適わない価値観で決めているのは、スズリとて同じこと。人の気配でも感じれば、我慢しようはあるのだが。


「そ、そうですわ、携帯……」

 要と雑談に興じれば、少しは励みになるだろう。

 しかし案の定と言うべきか、電波は圏外を示していた。原因はさっきの壁。結界として辺りを隔絶しているため、電波が届いてこないのだ。

 それでもスズリは携帯を仕舞わない。保存している写真があれば、現実逃避には十分。

 そんな時だった。

 森の奥に、強烈な閃光を認めたのは。

改行など、読みにくい点がございましたら一言お願いします。

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