白い黒猫と消えた眼鏡の行方
◆1◆
暗闇で里中にスポット。
里 黒猫は、何故人から嫌われるのだろうか。もちろん好きな人もいるだろうが、それよりも、目の前を横切られると不吉なことが起こるという話から嫌う人だっているだろう。それらの人は、何故数多くいる猫の中で、わざわざ黒猫を嫌うのだろうか。他の猫との違いは、その黒く染まった毛の色だけだというのに…。
里中、舞台を歩き回りながら語る。
里 毛の色が黒くなければ、その人たちは黒猫を嫌わなかったのだろうか。
里中、はけながら。
里 なんて、ただの戯れ言だけれど。
暗転。
◆2◆
明転。教室のセットがあらわになる。チャイムが鳴り、アナウンス。
ア 清掃開始に時間です。生徒の皆さんは速やかに清掃を始めてください。清掃の無い人は直ぐに部活に、それ以外の人はとっとと帰りましょう。
後藤、教室に入ってくる。
後 こんちわーっす。…あれ、まだ誰も来てないか。
後藤、適当にくつろぐ。しばらくしたら高山、入ってくる。
高 こんにっちわー!
後 おっす高山。
高 あ、おっす後藤。今日は早いんだね。
後 まあ…今日は掃除に行ってないからな。
高 え、なんで? さぼり?
後 ちげぇよ。
高 じゃあなんでよ。さぼりでもないくせにあんたが掃除やんないで来るなんてありえないでしょ。
後 お前の中で俺は一体どういう人間になってんだよ。てゆーか、それを言うならお前だって今日は早いじゃないか、掃除始まったのついさっきだぞ? さぼりか?
高 さぼりよ。
後 最低か!?
高 冗談よ冗談。この程度の嘘にひっかかるなんて、あんたもまだまだね。
後 何がまだまだなんだよ…。
高 別に何でもいいじゃない。
後 ってか、さぼったってのが冗談なら、お前こそなんで掃除もしないでここに来てるんだよ。
高 あんたが教えてくれたら教えてやってもいいけど?
後 俺はただ単に、掃除場所が男女交代のところになっただけだ。ほら、月が変わったから掃除場所も変わっただろ? それでそういうところになって、今日の当番は女子なんだよ。
高山、驚いたような顔。
後 ん? どうした?
高 いや、ちょっと驚いてて。
後 そんなにおかしな話でもないのにか?
高 違うわよ、私もあんたと同じだったから。
後 同じって…掃除場所が交代制ってことが?
高 そういうこと。
後 なんだそうなのか。こういうのが一緒になるって、なんか珍しいな。
高 そうね。…そういえば、珍しいといえば、今日は里中先輩は来てないわね。
後 里中先輩? 言われてみればそうだな。今日は俺が一番乗りだったし。
高 いつも一番に来ては何かと意味深なことを言うくせに、なんで今日はいないのかしら?
後 さあ? 何かと変な人だし、気にしても仕方ないんじゃないだろ。
高 それもそっか。あ、珍しいことといえばもう一つ。
後 何?
高 あんた、今日はメガネしてないのね。
間。
後 ……え?
高 ……え?
後 えっと…メガネが、なんだって?
高 いや、だから、あんた、今日はメガネしてないのね…って。
後 いやいやいや、俺がメガネをしてないだって? ほら、よく見てみろよ、メガネならここにあるだろ?
高 いやだから見たうえで言ってるんですけど!?
後 何そんな世迷言を……。
後藤、メガネを直す仕草をする。空振り。
後 嘘……だろ……!?
高 はあ!? あんたまさか、今の今まで気付いてなかったの!?
後 全然気付いてなかったよ!
高 嘘だろはこっちの台詞だわ! なんでたかがメガネ如きが無いことに気付かないのよ! 目の辺りの感覚でわかるでしょうが!
後 な、何を! だ、大体なお前! メガネって長いこと掛けてるとだんだん掛けてること忘れてくるんだぞ、気付かないのも無理ないだろが!
高 忘れるって…はあ、そんな馬鹿あんたしかいないわよ。
後 んな!? 馬鹿とはなんだ馬鹿とは! お前この客席のメガネ掛けてる人全員に謝れよ!
高 客席?
間。
高 客席って何、なんのことよ。
後 べ、別になんだっていいだろうが。なんでもねえよ。
高 なんでもなくないでしょうが、素直に教えなさいよ。
後 だからなんでもないっつってんだろ!
高 嘘おっしゃい!
後 嘘じゃねえよ!
高 嘘よ!
後 嘘じゃない!
高 嘘よ!
後 嘘じゃない!
高 嘘よ!
後 嘘じゃない!
高 嘘よ!
後 あーもういい加減にしろ!
後藤、手近な机を強く叩く。
高 あ、その……ごめんなさい。
高山、後ろ向いてすすり泣く演技。後藤気まずい。
後 あー…すまん、高山。強く言いすぎた…。
高 ……マジ泣きだと思ったぁ? 残念、嘘泣きでしたっ!
後 こいつタチ悪ぃ!
高 あははは! それにしてもこんな手口にひっかかるなんて、あんた本っ当に単純! あーおかしい。えっと? (盛大にカッコつけて)すまん高山、俺が悪かった。だっけ? 面白いからもう一回、もう一回やってよもう一回!
後 もう一回って三回言われたって絶対やんねえよ! それにそんなにカッコつけた覚えもねぇ!
高 はいはいごめんごめんって。
後 まったく……あれ、さっきまでなんの話してたっけか?
高 あんたのメガネの話でしょうが。
後 ああ、そうだったそうだった。
高 そういえば、あんたいつからメガネ失くしてたのよ。
後 いつから、か?
高 そうよ。目の辺りの感覚でわかんなかったとしても、無いのはメガネなんだから見えずらくなるでしょ? いつからそうだったのって訊いてるの。
後藤、考えこむような仕草。目の前に手を持ってきて近づけたり遠ざけたりなんだりかんだり。
後 いや、見えるわ。
高 ああ、そうなの?
間。
高 何言ってんの!?
後 本当だ!?
高 え? 何、見えてるって!?
後 お、おう、見えるんだなこれが。
高 …これ何本?(指を立てる。何本でもいい)
後 …〇本。
高 これ何本?
後 〇本。
高 ここ何本?(下を指差す)
後 ニッポン。
高 見えてるじゃねえか!
後 だからそう言っただろ。
高 なんでよ!?
後 …あっ。
高 何か思い出した?
後 そういえば今日俺コンタクトだったんだ。
間。
高 なんで気付かないのよ!?
後 だだだだってなお前! コンタクトって長いことつけてるとだんだんつけてること忘れてくるんだぞ、気付かないのも無理ないんだぞ!
高 メガネと一緒にするんじゃねえ!
後 ごめんなさい!
高 まったくもう……。
須 こんちゃーっす。
須川、教室に入ってくる。
高 あ、須川先輩、こんにちわ!
須 おお、その声は高山、ということはここは部室で合ってたのか。
後 え? 須川先輩、どうかしたんですか?
須 後藤もいるんだな。…あれ、里中は? 来てないのか?
高 里中先輩なら珍しくまだ来てないですよ。今部室にいるのは私と後藤の二人だけです。
須 そっか。皆いてくれたら都合が良かったんだけどなあ。
後 だから須川先輩、どうしたんです?
須 いや、お前らさ、俺のメガネ…知らない?
暗転。
◆3◆
スポット。里中が出てくる。耳にスマホを当てている。
里 もしもし母さん? …どうしたじゃない、先に電話してきたのはそっちだろう。早く帰って来いって言うのになんの説明もしないで。…そんなこと? こっちだって部活があるんだ、そんなこと程度で済まされるのはどうにも癪に障るんだが。…いや、その言い方、どう考えても謝る気ないだろあんた。で、肝心の用件は…。…何? 猫を…拾った?
暗転。
◆4◆
明転。2幕のラストとまったく同じな構図。
高 メガネって…あの、メガネ?
須 そう、メガネ。
後 視力の低下した人が掛けたりする?
須 うん、メガネ。
高 漢字で書くと眼に鏡の?
須 イエス、メガネ。
後 背中に通った骨?
須 …うん? セボネ?
高 手段の別の言い方は?
須 えっと……あ、テダテ?
後・高 『所さんの…』?
須 『…メガテン』! お前ら途中から楽しくなってきてんな!?
須川、客席に向かって言う。
須 メガネだよメガネ、最初の方は合ってたのになんでいちいちボケたがるんだお前らは!
高 いや、そういう須川先輩だってボケてるじゃないですか!
後 そっちは客席ですよ。
須 客席?
後 あーいえお気になさらず。
高 私達はこっちですって。
須 こっちって?
須川、逆を向く。
高 何逆向いてるんですか、こっちですよこっち。
後 違う意味でボケてません?
須 なんだと高山ぁ!
須川、なんかよくわかんない方を向く。
高 話聞いてます先輩!?
後 ボケないでくださいよ!
須 何が?
後 トボケないでくださいよ!
須 はいはい、こっちねこっち。
須川、ちゃんと二人の方を向く。
高 やっと向いてくれましたか。
須 あ、合ってた?
高 適当だったんですか!?
後 やっぱいろいろボケてるんじゃないですか先輩。
須 なんかいつにも増して後藤がひどい気がするんだが。
高 気のせいじゃないですか?
須 あっなんか高山もひどい。
高 それで須川先輩、なんでしたっけ、メガネが失くなったんでしたっけ?
須 ああそうそう。そうなんだよな。
後 奇遇ですね先輩、さっき俺達もメガネがどーのこーのって話してたんです。
須 メガネってなんでまた。
高 珍しくこいつが今日はコンタクトで来てて、メガネはどうしたんだって感じで少し。
須 あれ、後藤今日はメガネしてないのか。
後 その様子だと先輩はあまり見えてないみたいですね。
高 これ何本ですか?(適当に)
須 ん? 〇本!(はずす)
高 本当に見えてないんですね。
後 部室来る時もふらふらしてましたし。
須 そうそう、困った事にお前らも輪郭と制服の色が微妙にわかるだけで、正直どっちが後藤でどっちが高山なんだかわかんないくらいでな。
高 そこまで見えないもんなんですか?
須 簡単に言うなら…極端な寄り目がブレてない感じだ。
後 表現わかりにくいですね。
須 うるさいな、お前ほどじゃないよ。
後 なんかひどい!?
高 何したらそんなに視力落ちるんですか…。
須 何したらっつってもなあ…俺は小学生の頃からメガネだったし、あんま昔のこと過ぎて覚えてないよ。そういえば、後藤ってなんでメガネなんだ?
後 俺ですか?
須 ああ。
後 俺は中学の頃からですけど、理由っつってもなあ…せいぜい、ゲームのやり過ぎくらいしか思いあたりませんね。
高 ゲーム?
須 まあありきたりだよな。ちなみに何のゲーム?
後 はまってたのはポケモンです。
高 ポケモン!?
後 夏休みは一睡もせずにやるほどでしたし、夏休み中初めてゲーム機の電源を消したのは一週間前でしたね。
須 甘いな後藤、俺は最終日まで粘ってたぜ。
高 須川先輩までポケモンにはまってたんですか!? てゆーか二人共やりすぎ!
後 まあまあ、いいじゃないですか俺の事なんて。それよりも先輩のメガネでしょ?
須 おっとそうだった。危うく脱線するところだったな。
高 ポケモンの話はともかくそうですよ。とっととやっちゃいましょう。先輩はコンタクトとかはしてはいないんですよね?
須 おう。さっきの通り、全然見えないし。
高 じゃあどっかの馬鹿みたいにつけてることを忘れるなんてことは無い、と。
須 ん? そんな馬鹿みたいなヤツがいるのか?
後 うっ。
高 あなたの目の前にいますよ。
須 どっち?
後 こっち(高山を指す)。
須 すまん、わからん。
高 後藤です! わたしメガネしてないでしょう!
須 おおそうかそうか。あ、そうだ。後藤後藤。
後 なんですか?
須 見えるようになるかもしれないし、ちょっと駄目元でメガネ貸してくんない?
高 何言ってるんですか須川先輩。
須 え、何が?
高 さっき言ったじゃないですか、こいつ今日はコンタクトなんです。メガネ持ってきてないんですよ。
後 え?
高 ん? 何よ。
後 いや、持ってきてないなんてひとことも言ってないけど。
高 あれ、そうだったっけ?
後 おう。初めてコンタクトつけて学校に来るから、慣れないからってなんかあった時のために一応メガネ自体は学校に持ってきてあるんだよ。
後藤、カバンに駆け寄り中を探る。
後 ほら、ここに………あれ?
須 どうかしたのか?
後 …無い。
高 は?
後 俺のメガネも無くなってる!
高 はあ!? ふざけたこと言ってんじゃないわよ!
後 ふざけてないっての! 確かに今日は持ってきてたはずだって!
須 おいおい、そりゃ大変だなあ。
後 先輩なんでそんな呑気なんですか!
須 いや、だってぶっちゃけ俺には関係無いし。
後 さっきまで俺のメガネを欲していた先輩はどこに!?
須 いやまあ、でも俺のはともかく、後藤のまで失くなったとなると大変だなあ。
高 …そういえば須川先輩。
須 どうした高山?
高 須川先輩は、今日はこの馬鹿と違って朝からメガネで学校に来てたんですか?
須 ん? ああ、そうだな。
後 もう馬鹿を否定できない…。
高 失くなったって気付いたのはいつ頃なんです?
須 えっと…掃除の前の授業が終わってから、直接ここに来る途中でだな…。
後 ちょっと待ってください。
須 どうかしたか?
後 てことは須川先輩、掃除さぼってきたってことですか?
須 ああいや違う違う。今日から月変わって、掃除場所も変わっただろ? それで今回は週一回、水曜日だけの所に割り振られてたんだよ。断じてさぼったわけじゃないっつーの。
高 なんだ、先輩もだったんですね。
須 その口振りからするとお前らもそういう所って事なんだな。…てかまあ、二人共真面目だからそうでもないとこの時間にここにいるわけないしな。
後 そうでしたか。
高 それで先輩、ここに来る途中で、の続きは?
須 そうそう、昇降口辺りの角を曲がったとこで、人とぶつかったんだよ。
後 ぶつかった、ですか? 誰と?
高 いや後藤後藤、話の流れ的にそれはわかるわけないでしょ。
後 は? いやなんでだよ。
高 言ったでしょ流れ的にって。大方、須川先輩はその時にメガネを失くしたんですよね?
須 ん、まあそうだけど。
後 それがどうしたんだよ。
高 角でぶつかったんだから、ぶつかるまでその人が誰かはわかんないでしょ? で、先輩はご覧の通り目が悪すぎだから、ぶつかった拍子にメガネが失くなっちゃたんだったら、全然見えないのは当たり前じゃない。
須 見えない事の話なのにご覧の通りって言うのもおかしな話だな。
後 そうなのか?
高 ですよね先輩!
須 案外そうでもないぞ(めっちゃ軽く)。
後 違うじゃねえか!
高 嘘!?
須 高山の言ってる事も全く間違ってるってわけじゃないんだけどな。てかほとんど正解だよ。
高 ほれ見た事か!
後 うぜえなこいつ。
高 うざくて結構。
後 ますますうざい…! でも先輩、高山の言う事があながち間違いでもないなら、じゃあぶつかったのが誰か、ってのはわかんないって事なんですか?
須 それも案外そうでもないんだなこれが。
後 なんで!?
高 え、先輩、誰ですか!?
須 里中だよ。
後・高 …え?
須 だから里中だよ里中。お前らの先輩でこの部の部長の、あの里中だ。
後 いや、どの里中かってのは、そこまで丁寧に説明されなくてもわかります。
高 え? え? 里中先輩ですか? まさかのここで!?
須 まさかのそれがそうなんだよなあ。
後 じゃあ須川先輩は、なんでそれが里中先輩だってわかったんですか? 目、見えなかったんですよね?
高 そうですよ、ちゃんと説明してください。
須 種を明かしちゃ単純なんだけど。ぶつかった時に向こうから声掛けてきたんだよ。
後 あーなるほど。須川先輩って、大体声で人を判別できますもんね。
須 自慢じゃないけどな。
後 まったくですよね。
須 でもあいつ、なんか急いでたみたいで直ぐどっか行っちゃってさ、引き止めようにも引き止めれなくて。それに、しょうがないからってメガネ探そうとしても全然見えないだろ? だからどうせなら誰か早めに部室来てるヤツに探すの手伝ってもらおうと思って。
高 それで見えないなりに頑張りながらどうにかここに辿り着いて、今に至ると。
須 そういうこと。
後 じゃあ早く探しに行かなきゃ駄目じゃないですか。誰かが拾って、詳しく知りもしない先生にでも渡されてたら凄く面倒な事になりますよ。
須 んー、そうだな。
高 よし、そうと決まればとっとと行きましょ!
須 おう、いってらっしゃい。
高 須川先輩は来ないんですか!?
須 見えないんだから俺がついていったって仕方なくない?
高 それもそうですけど…。
後 そうだぞ高山。こんな自分の面倒事を後輩に押し付けるような役立たずな先輩、ついてきてもらったって仕方ないだろ。
須 おいそこなんか言ったかー。
後 いえ、なんにも。それじゃあ須川先輩は大人しく居眠りでもしながら待っててください。いくぞ高山。
高 えっと、昇降口の辺りでしたよね? ちょっと行ってきますねー。
後藤高山、教室から出ていく。
須 …居眠りでもして待ってるか……。
須川、机に駆け寄る。ぶつかるかなんか。
須 あいてっ。
なんとか座り、突っ伏して眠る。暗転。
◆5◆
スポット。里中、袖から出てくる。
里 母さん! …おかえりじゃないだろ、他に何か言うことは無いのか。…なんで母さんはそう平然とまた猫なんか拾ってこられるんだ! 前のことを忘れたわけじゃないだろ! …黒くなければいいって、そんなわけがないだろうが! 全然反省してないじゃないか! …忘れたわけじゃないだろ。あいつは母さんのせいで死んだんだ、母さんが殺したも同然だったんだ。…もういいよ、こんなことで帰ってきた僕が馬鹿だった。…まだみんな帰ってないだろうから、また学校に行ってくる。次は電話なんかしてこないでくれ。
里中、出てきた袖にはける。暗転。
◆6◆
明転。4幕のラスト同様、須川が寝ている。
須 …ドラえも~ん……。
高 須川せんぱーい!
高山入ってくる。
高 あれ、須川先輩? 寝てるんですか?
須 …のび太くん……。
高 起きてくださーい。すーがわせーんぱーい。
須 なんで…なんで食べちゃったんだよ……。
高 どんな夢みてるんだこの人!?
須 俺の…どら焼き……。
高 ドラえもんか!
須 ん……。
須川体を起こす。
須 …おはようジャイ子。
高 ジャイ子じゃないですよ!? 高山です高山!
須 高山…ああ、高山か。すまん寝ぼけてたわ。
高 まったくもう…てゆーか一体どんな夢見てたんですか?
須 夢? ああ、確かな…ジャイアンになってスネ夫とたこ焼き作る夢だったぞ。
高 寝言と全然脈絡が無いじゃないですか!?
須 そんなこと言われてもなあ。てか、なんで高山だけしか来てないんだ? 後藤は? そもそもメガネは見つかったのか?
高 そんないっぺんに訊かないでくださいよ。
須 じゃあまず一つ、なんで高山だけ戻ってきてるんだ?
高 えっとですね、メガネを置きに来たんです。
須 おお、見つかったんだな!
高 ええ。後藤のですけど。
須 なんっでだよっ!?
高 なんでって言われても、見つかったからとしか言えませんけど。
須 そりゃそうだけど……どういう経緯で見つかったんだ?
高 んーと、まず、私達は先輩に言われた通り、昇降口の辺りを探していたんです。
須 まあそうだよな。
高 それで、途中でちょっと私、トイレに行ったんです。
須 ふむふむ、それで?
高 女子トイレの中にヤツのメガネケースが転がってました。
須 だからなんでだよ!?
高 私もそれを後藤に訊きましたよ。そしたらあいつ「そんなの俺の方が知りたいわ!?」とかなんとか言って全然白状しないんです。
須 うん…そ、それで?
高 白状するまでくすぐりました。
須 ただの拷問じゃねえか! なんで俺も呼んでくれなかったの!?
高 流石に途中からかわいそうになったので拷問は途中で止めたんですけどね。
須 自分で拷問って認めちゃったよこの子。
高 でもそれであいつなんか思い出したみたいで。
須 なんでだよって何回言わせりゃ気が済むんだお前は!?
高 いや私のせいじゃないでしょ!?
須 まあ、それで? あいつは何を思い出したんだ?
高 確か…メガネをカバンじゃなくて机に入れたままにしてた、とか言ってました。
須 …なんでそれで女子トイレからメガネが見つかるんだ?
高 そこまではあいつもわかんなかったみたいです。
須 なんだよ、気になるなぁ。
高 仕方ないんじゃないですか? あっ、じゃあ須川先輩、これ、後藤のメガネここに置いときますので。
高山、後藤のメガネを机に置く。
高 そろそろ私、メガネ探しに戻りますね。
須 あ、ちょっと待て高山。
高 なんですか?
須 わりと気になってたんだけど、なんでお前が後藤のメガネを置きに来たんだ? 後藤本人が来ればよかったんじゃないのか?
高 ああ、ちょっとしたいたずら心ですよ。多分もうすぐあいつが来るはずなので、その時はよろしく頼みますね。
須 なんでだよ!?
高 それじゃ、私はあいつと鉢合わせないようにしなきゃなので。
須 もうやだこいつ!
高 じゃあ行ってきますねー。
高山、教室から出ていく。
須 …さて、仕方無い。後藤が来る前にちょっとトイレにでも……。
須川、出ていこうとして足を机にひっかける。盛大に転び、うつ伏せで倒れ動かない。暗転。
◆7◆
暗闇の中で声。
後 須川せんぱーい。
明転。
後 おわ! 須川先輩!? ついにくたばったんですか!?
須川、無反応。
後 まさか寝たフリして俺を驚かせようってんじゃないでしょうね須川先輩! その手には乗りませんよ! 先輩の魂胆なんて見え見えなんですから!
反応無し。
後 いいかげん早く起きたらどうですか須川先輩?
反応無し。
後 …須川先輩?
後藤、須川に駆け寄る。
後 須川先輩? 須川先輩! 須川先輩! どうしよう、もしかしてこれやばいんじゃないか!?
反応無し。
後 起きてください、起きてくださいよ須川先輩! …須川せんぱーーい!
須 なんだよ!
後 うわあああ!?
須川、目覚める。
須 …あれ、後藤じゃんか。どうしてここに?
後 それはこっちの台詞ですよ! なんでこんなところで寝てるんですか!?
須 ああ、ちょっと転んだ拍子に気を失っちゃったみたいでさぁ。
後 どんだけヤワな体してるんですかもう。
須 すまんすまん。 てゆーか、お前こそなんでいるんだよ。メガネが見つかったのか?
後 違いますよ、高山の野郎が俺のメガネを持ったままどっか行きやがったから、探しにきたんです。
須 あー…そういやそんなこと言ってたな。
後 てことはあいつここに来たんですね!?
須 それどころかほら、メガネならそこに。
須川、机の上のメガネを指す。
後 おお! ありがとうございます須川先輩。
須 いや、俺は別に何にもしてないけどな。
後 前言撤回、なんで高山を引き止めておかなかったんですかこの役立たず。
須 役立たず!?
後 先輩がヤツを引き止めておけば、僕がこんなに走り回ることも無かったんですよ、わかってます?
須 いや待てよ後藤!? お前から先輩に対する敬意というものが感じられないぞ!?
後 そもそもはらってもいない敬意なんか、感じられるほうがおかしいんじゃないんですか?
須 そもそもはらってないのかよ!?
後 え!? まさかはらわれていたとでも思ってたんですか!?
須 もうやだこいつ!
後 まあまあ須川先輩、半分くらいは冗談ですから安心してください。
須 うるせぇ! お前なんかとっととメガネでも探してこい!
後 仕方ないですね…じゃあ先輩、万が一にでも高山に盗られないよう、ちゃんとメガネ見張っててくださいね! くれぐれも寝たりなんかしないでくださいよ!
後藤、教室から出ていく。
須 自分で管理すればいいんじゃねえのかな…。
須川、机に座る。
須 さて……寝るか。
須川、机に突っ伏して寝る。暗転。
◆8◆
明転。昇降口。教室のセットはどけられている。袖から話ながら高山が出てくる。
高 あーそうだったんだ、うん、ありがと。それじゃ。
後藤、高山が出てきたのとは逆の袖から出てくる。
後 あ。
高 あ。
間。
高 あー……後藤…さん? ごきげんよう?
後 ……。
高山、来た袖に逃げる。
後 おま、ちょっと待て!
後藤、追いかける。上袖←→下袖で数回追いかけっこ。途中で出てくるのと逆の袖から里中登場。後藤高山、止まる。
後・高 里中先輩!?
里 後藤と高山? こんなところで何をしているんだ?
高 実は…かくかくしかじかで。
里 何? 後藤と二人で部室で話をしていたらメガネを失くして大変なことになっている須川が現れ、役立たずな先輩のために仕方なくメガネを探そうとしたら後藤のメガネまで紛失していることがわかり、二人でメガネ探しをした結果なんだかんだで後藤のメガネは見つかったのだけれど、いたずらをするためにそのメガネを持ってどこかに行ったら怒った後藤がいたいけな少女である高山を追いかけているって?
後 なんで今のでそんなにわかるんですか!? そして最後のは何!?
里 何と言われても、僕は高山が言ったことをそのまま言っただけなんだが。
高 ……。
高山、無言で逃げ出そうとする。後藤、捕らえる。
後 待て。
高 な、何ででしょうか…?
後 待ていたいけな美少女。
高 な、何のことでしょうか…?
後 里中先輩、こいつ全力で殴ってもいいですか?
高 後藤さん!?
里 おいおい後藤、いくらなんでも相手は女の子だぞ。
高 そうよそうよ!
里 せめて手加減してやれ。
高 里中先輩!?
里 ふふ、冗談だ冗談。流石に後藤も本気じゃないだろ?
後 いや、わりと本気のつもりだったんですが。
里 なんてこった。
後 まあ、でも里中先輩がそこまで言うなら、ここは勘弁してやるよ。
高 はあ…里中先輩、ありがとうございます。
里 いや、結果的に助けたってことになっているのかこれ…?
後 そういえば里中先輩。
里 ん、どうした後藤?
後 先輩、今日はどうしたんですか? 部活に来てなかったじゃないですか。
里 あー…ちょっと、親に呼ばれてな。早く帰らなきゃならなかったんだ。
高 え、それなのにまだ学校にいるんですか? 早く行かないとダメじゃないですか。
里 いや、もう行ってきた。
後・高 え?
里 それで喧嘩して、戻ってきた。
後 はあ…大変なんですね、先輩も。
里 まあな。それじゃあ俺は一旦部室に行ってくるよ。大方、須川がいるんだろう?
後 そうですね。
高 じゃあ私達はここで須川先輩のメガネを探してますので。
里 じゃあ僕もすぐ戻って手伝うよ。それじゃ。
後 あ! あの、里中先輩。
里 どうした?
後 あの…さっきから気になってたんですけど、頭の上のそれ、なんですか?
里 これか? これはカチューシャだが。
後 カチューシャ…!?
里 ああ。何か問題でも?
後 え、あ、いや、別に…なんでも、ないです。
里 そうか、それじゃ行ってくる。
里中、出てきたのと逆の袖にはける。
高 あ、あのー、後藤?
後 何だよ高山。
高 さっきのおわびといっちゃなんなんだけど、あんたのメガネが女子トイレにあった理由、教えてあげよっか?
後 は!? なんでお前が知ってるんだよ!?
高 さっきあんたのクラスの友達に会ってね。ちょっと話を聞いたのよ。
後 …それで?
高 あんた、今日掃除当番だったらしいわよ。
後 え、マジか!?
高 結局その子が嫌がらせのために、偶然見つけたあんたのメガネを隠したらしいわ。
後 うっわマジかよ…そんなことでわざわざ隠すなよな。
高 いや、私に言われても。
後 まあ、なるほど。これでようやくスッキリした。さ、須川先輩のメガネ探そうぜ。
高 随分あっさりしてるわね…まあいいけど。
後藤高山、メガネ探しを再会する。暗転。
◆9◆
明転。7幕の終わりと同じ構図。里中入ってくる。
里 須川ー。
須 ……。
里 須川ー、寝てるのか?
須 …ワカメ、そのハンバーグ僕のだってば……。
里 須川ー、寝てるなら返事しろー。
須 ……。
里 …チッ。
須 …ダメだってばタラちゃん……。
里 (耳元で)磯野ー、野球しようぜー。
須 …ダメだよ中島、姉さんに見つかっちゃうよ……。
里 本当に寝てるのかこいつ…!?
須 …そう? バレなきゃ大丈夫……?
里 (耳元で)こらカツオっ。
須 姉さんっ(の声と同時に勢い良く体を起こす)!? …ってあれ? 中島…?
里 おはよう須川。
須 ああそっちか(里中に向き直って)、おはよう中島。
里 中島じゃない、里中だ。
須 は? …すまん、なんか寝ぼけてるみたいでさ、花沢さん。
里 だろうな。性別からして間違えているもんな。里中だ里中。
須 里中…ああ、里中か。それならそうと最初から言ってくれれば良かったのに。
里 最初から言ってたんだが。
須 …あれ、そういえばなんでここにお前がいんの?
里 ガン無視か。
須 てかお前今日は珍しく部活来るの遅かったよな。何かあったのか?
里 あったにはあったんだが…ん、そうだ、お前のメガネを見つけたんだよ。
須 何、本当か!? なんでお前がメガネのことを知ってるのかは知らないけど、早く渡してくれよ!
里 まあそう急ぐな。…ほら。
里中、自分がかけてるメガネをとって須川に渡す。
須 おお! なんか手触りがちょっと違う感じがするけどサンキュー!
須川、メガネを掛ける。
須 おお! 流石はメガネ! この耳の感触といい形といい、レンズ越しに見えるボヤけた景色といい…ってコレ俺のメガネじゃねーじゃねーか!
里 ふふ、悪い悪い。それは僕のメガネだ。
須 なんか怪しいとは思ってたが…クソ、こいつ…!
里 ほら、早くそれを返してくれ。僕の目が見えない。
須 なんか悔しいから返さん!
里中、あっさりメガネを取り返す。
須 あっ、おい!
里 (メガネを掛け直しながら)そこまで言うなら、こんなにあっさり取り返されるなよ。
須 一度ならず二度までも俺を馬鹿にしやがって…!
里 まあまあ。…それにしても、珍しいな。
須 ん? 何が?
里 今日は皆来てないんだなと思って。
須 皆?
里 後藤と高山はともかく、鈴木とか門田、それに菅野とか、他の一年生もまだ来てないだろ? そろそろ一時間近く経つのに、あいつらが何の連絡も無しに部活休むのは珍しいなって事だ。
須 あ、そういえばその事なんだけどさ。
里 ん、なんだ?
須 俺の妹が一年にいるのは知ってるだろ?
里 ああ、確かそんな事を言っていたな。
須 そのクラスでなんか病気流行ったらしくて学級閉鎖らしいんだわ。
里 …エボラ? デング?
須 違えよ!? あんま冗談でもそういう事言うなよシャレんなんないから!? ただのインフルエンザだって!
里 悪い、勢いでつい。
須 頼むよ…それで、確かさっきの三人も妹と同じクラスだったなって思って。
里 学級閉鎖だからそもそも学校にも来てない、と。そういうわけだったのか。
須 そういう事。
里 なるほどな。…あのさ、須川。
須 どうした?
里 少し、変な質問をしてもいいか?
須 変な質問? なんで今更そんなことわざわざ訊くんだよ。別にいいけどな。
里 お前、猫って好きか?
須 猫?
里 そう、ネコ目ネコ科ネコ属の、猫。
須 いやそこまで詳しく言われなくてもわかってるって。
里 すまん、馬鹿にもわかるようにと思ってつい。
須 むしろ馬鹿の方が理解しずらい説明じゃないか!?
里 まあいいだろ。それで、どうなんだ?
須 猫…猫か。嫌いではないな、かわいいし。
里 じゃあ、黒猫は?
須 黒猫? うーん、いや、たかが毛の色が変わっただけで嫌うわけないだろが。黒猫だって好きだよ。
里 …そうか。
須 …どうした? なんか変だぞお前。
里 気のせいじゃないか? …さて、じゃあ僕もそろそろお前のメガネを探しに行くとするよ。
須 え? ああ、そうだな、悪い。
里 いや、いいさ。いつまでも後輩だけに探させるというのも忍びないからね。
須 …なあ、そうだ里中。
里 ん、なんだ?
須 さっきは俺に訊いてきたけど、お前自体は猫って好きなのか?
里 なんでそれを訊き返してくるんだ?
須 んー、なんとなくだな。逆に訊くけど、じゃあなんでお前は俺に訊いてきたんだ?
里 深い意味は無いよ、ただ訊いただけだ。
須 じゃあ俺のにも答えてくれよ。
里 …まあ仕方ない。答えてやろう。
須 なんでさりげなく上から目線なんだよ。
里 僕は野良猫が好きだ。飼い猫はあまり好きじゃない。
須 …ん? なんでそんな区別するんだ?
里 猫に限らずなんだがな…そもそも、僕は動物を飼うという事にあまり肯定的じゃないんだ。
須 …どうして?
里 …少し例え話をしてみたほうがわけりやすいか。例えばあるところに、猫自体は好きだが、黒猫は好まないって人がいたとする。
須 おう。
里 その人は、黒猫のどういうところが嫌いなんだと思う? 本質的に猫というところは全く同じなのに、どうして黒猫を嫌うんだと思う?
須 …ほら、黒猫が横切ると不吉な事が起こるとか言うし、そういうところで怖がってるんじゃないのか?
里 そうなんだ、そういうヤツなんだ…そういうヤツだったんだよ、僕の母さんは。
須 お前の、母さんが?
里 そう。僕の母さんも、動物はほぼ例外無く好きな人なんだが、どうしようもなく黒猫だけが嫌いでね。理由はさっきお前が言った通りみたいな感じだ。そんな、捨てられた動物を拾わずにはいられない程に動物好きな母さんが、ある日捨てられていた黒猫を見つけたんだよ。
須 それで、どうしたんだ? お前の母さんは。
里 拾ってきたよ、黒猫を。その時は黒猫のままで。
須 …ん? その時は?
里 じゃあ須川、次の質問だ。黒猫は何をもって黒猫という定義付けがされると思う?
須 毛の色が黒い事…じゃないのか?
里 その通り。逆に言えば毛が黒くさえなければ、それは多分黒猫とは言わないんだよ。だから母さんは、その黒猫の毛をペンキで染めたんだ。白く。
須 ……はあ!? 馬鹿じゃないのか!?
里 馬鹿なんだろうと思うよ。一度拾っちゃった手前、飼わなくちゃって使命感もあったんだろうしね。
須 はあ…だからって、白く染めるだなんてなあ……。
里 それからかな、飼い主がペットを自由にしていいってのはなんか違う気がして。それであんまり動物は飼いたくなくなったんだよ。
須 …大変なんだな。
里 いや、本当に大変なのはその猫のほうだよ。生まれ持った黒い毛をいきなり白く染められなんかされちゃってさ。それからその猫、飼い始めてすぐに死んでしまったんだけど、多分ストレスが強かったのが原因だと思う。
須 ストレスか。
里 あって当たり前のモノが突然なくなるんだ、ストレスを感じないほうがおかしいって話かもしれないけどね。
須 まるで今の俺みたいだよな。
里 …ん、言われてみればそうか。猫でいう黒い毛がメガネみたいなもんだもんな。
須 おかげでストレスフルだぜ。
里 猫ほど可愛くは無いけどな。
須 やかましい。
里 さて、じゃあそろそろ探してくる。
須 ああ、悪いな時間取って。
里 いいさ。時間取って時間無くなって結局キミのメガネが見つからなくてそして困るのはなんだかんだ言って須川だしね。
須 何だと!?
里 って言えと後藤と高山に言われた。
須 あいつらっ!
里 嘘だけど。
須 テメェ!?
里 それじゃあ行ってくる。
須 まったく…頼んだぞー。
里中、教室から出ていく。
須 さてと…今度こそトイレにでも行くかなっと。
須川、ふらつきながらも教室から出ていく。ドンガラガッシャーン的なSE。須川、戻ってくる。
須 …やっぱやめよ……。
須川、机に突っ伏して寝る。暗転。
◆10◆
明転。須川、寝ている。静かに後藤、高山、里中の順で三人入ってくる。須川の近くに駆け寄る。
後 すーがわせんぱーい。
起きない。
高 須川せんぱーい?
起きない。
里 磯野ー?
起きる。
須 中島?
後 なんでそれで起きるんですか!?
須 姉さんは?
高 まだ寝ぼけてません!?
里 おはよう磯野。野球しようぜ。
高 里中先輩まで何を!?
須 里中…先輩……ああ、お前らか。やっと戻ってきてたんだな。てことは、俺のメガネは見つかったのか?
高 やっと正気に戻りましたか。
後 メガネって…いやいや須川先輩、今何時だかわかって言ってます?
須 ん? えっと(腕時計を見ながら)『公演時のリアルタイム』だろ?
後 見当違いにもほどがあります!? てゆーかあんた時計見えてないでしょ!?
高 もう夕方、六時過ぎですよ。
須 六時!? もうそんな時間なのか!?
里 僕達が汗水流して必死でお前のメガネを探し、当のお前がのうのうと部室で居眠りしている間に、もうそんな時間になっていたんだ。
須 なんか嫌味ったらしくないか!?
里 気のせいだろう。
須 釈然としないぞ……!?
高 まあ、そんなこんなでそろそろ下校時間になってしまいそうだったのでこうして戻ってきたというわけですね。
須 ああ、なるほどな。で、結局俺のメガネは見つからなかった、と。
後 そうなりますね。
須 てことは、俺は少なくとも今日中は裸眼のままだと。
高 そうなりますね。
須 この全っ然はっきりしない視界の中で家まで帰らなくちゃならないと。
里 そうなるな。
須 どんな罰ゲームだよ!?
里 だったら親でも呼べばいいじゃないか。
須 家遠いんだよ、メンドくさがりな親が果たして来てくれるのかどうか……。
里 いや、さすがにメガネを紛失したと聞いたら車トバして来てくれるんじゃないか?
須 その前に俺の首が飛ばされるわ。
里 すまん別の手段を考えよう。
後 …あの。
里 どうした後藤?
後 須川先輩って、確かに昇降口で里中先輩とぶつかった時にメガネを紛失したんですよね?
須 まあ、そのはずだけど。
里 あの時ぶつかったのはお前だったのか。急いでいて気付かなかった、すまんな。
須 いや、大丈夫大丈夫。
後 だったら昇降口付近にメガネが落ちていなきゃ、おかしいって事になりますよね?
須 いや、そんな事はないだろ。俺達がメガネを探し始める前ここで駄弁ってる最中に、誰かが落ちているのを見つけて職員室とかに持っていってる可能性もあるからな。
里 ん、言い忘れていたな須川、それに関しては問題無い。
須 問題無い?
里 メガネ自体が見つかってないから全く問題無いっていうわけじゃないんだが、職員室の可能性だけは全く無いと言っていいかもしれないという事だ。
須 そうなのか?
里 ああ。この二人が探している間に、少し職員室に行ってな、教頭先生に話を訊いたんだ。
須 そうだったのか。
里 その時に職員室に落し物のメガネが届いてないか訊いてみたんだが、返答は無し。『職員室の主』と呼ばれるあの先生の言う事だから信憑性は高いと思うぞ。
後 なんなんですかその異名……!?
高 違いますよ里中先輩、確か『職員室の女帝』ですよ。
後 さらにえげつなくなった!?
須 いや、『職員室の楊貴妃』とか、そんなんじゃなかったか?
後 もはや規模と方向性を見失っていませんか!?
里 まあ、そこらへんは置いとくとして、だからお前のメガネは多分職員室には無い。
須 そうか……。
後 という事で、あの、話を戻させてもらいますけど、じゃあ残る可能性って一つしかないと思うんですよ。
須 …というと?
後 誰かが拾って、隠し持っている…とか。
静寂。
須 いやいやいや、まさかそんなわけないだろ? そんなヤツがいるってんならなんの為に俺のメガネなんか隠し持つんだって話だしよ。
後藤一瞬里中をチラ見。
高 そうよ後藤、いくらなんでもそんなわけないでしょ。先輩の言った通り隠し持つ事に意味なんか無いでしょ?
後藤再びチラ見。
里 確かに消去法でいったらそういう事になるけれどな後藤、僕が言うのもなんだがその考えは無理があると思うぞ?
後藤またチラ見。
里 そしてなんでさっきから僕の方をチラチラ見てるんだ?
後 あ、いや…で、でも、じゃあ、何かの弾みで体のどこかに引っかかった…って事はないですかね?
高・須・里 体のどこかに引っかかった?
後 …例えば、頭に乗っかった、とか?
須 ははは、流石にそんな事はないだろ!
高 あんたやっぱり本当に馬鹿だったのね。
後 それは関係ないだろ!?
里 悪いが後藤、こればっかりは僕も高山に賛成せざるを得ない。
後 里中先輩にだけは言われたくないんですけど!?
里 ん、どうしてだ?
後 はあ…もうこの際だからはっきり言っちゃいますけど! 里中先輩の頭の上のそれ! メガネでしょうがぁ!
静寂。
里 …いやいや後藤いきなり何を言い出すかと思えば突拍子もない事を。これはカチューシャだ。
後 髪掻き上げないでなにがカチューシャですか!? どっからどう見てもメガネでしょ!?
里 そういうカチューシャをつける人だっているだろう。というかそもそも、僕はいつもそういうカチューシャをつけているのだが。
里中頭を触る。キレイにメガネに触れずに今までつけていた黒のカチューシャを取る。
里 ほら。
後 なんでですかっ!?
里 言っただろう、僕はいつもそういうカチューシャをつけているんだ。
後 だからなんでそういうカチューシャをつけてるんですか!?
里 言うなればただのオシャレなんだが。深い理由なんて特に無いぞ?
後 じゃ、じゃあ里中先輩、ちょっとそのカチューシャをどこかに置いてください。
里 なんでだ?
後 そうしないと面倒なんですよ。
里 そうか。…須川、持っててもらえるか?
須 あいよ。
須川、カチューシャを受けとる。
里 これでいいか?
後 はい。…じゃあ、そのまま頭の上を確認してもらっていいですか?
里中無言で探る。最中でメガネを落とす。
里 ……ん? なんだこれは?
後 (拾い上げて)須川先輩、ちょっとこれつけてもらえます?
須 あいよ。
須川メガネを掛ける。
須 お、これ…俺のメガネじゃないか!?
高 ええ!? なんでそんなところに!?
里 なんて事だ…この僕がこの事に今まで気が付かなかったなんて……。
後 さっきから気になってたんですよ! なんで皆して気付かないんですか!?
須 気付くも何も俺は見えてなかったんだけど。
後 そこ責任逃れしない!
須 あ、すいません。……え?
後 それと高山も高山だぞ! なんでメガネに気が付かないんだよお前だったら見えてるだろうが!
高 だって本当に気が付かなかったんだもん。
後 馬鹿じゃないのか!?
高 ここで馬鹿扱い!?
後 さっき散々俺に言ってくれやがっただろお前!
高 そりゃまあそうだけど……。
後 …馬鹿はどいつだ。
高 ……私ですか?
後 そうだよ!
高 ごめんて!
後 そして極めつけに里中先輩! なんで一番気づきそうなあなたが全然気が付かなかったんですか! おかしいでしょう!
里 とは言われても気が付かないモノは気が付かないモノなんだよ、頭の感触だってカチューシャしてるから曖昧になるし。
後 てゆーかそもそもなんで里中先輩の頭に丁度良く須川先輩のメガネが乗っかってるんですか!? それが一番問題でしょう!?
里 とは言われてもなあ……意図的にやったわけじゃないんだし、正直そこらへんを僕に当たっても仕方ないんじゃないのか?
後 それもそうですけど!
須 後藤後藤。
後 なんですか須川先輩!
須 …え?お前が追及したって、それこそ仕方ないだろ? なんだかんだでこうして俺のメガネも無事に返ってきたんだしさ。事の経緯はどうあれ、こうして紛失したメガネが全部無事に戻ってきた事を、素直に喜ぼうぜ。
後 ……須川先輩……。
チャイムが鳴る。続いてアナウンス。
ア まもなく、生徒下校完了の時間です。用事がある人も無い人も、後回しにしてとっとと帰りましょう。
須 …だってさ。ほら、もう帰ろうぜ。
後 綺麗にまとめられたみたいで凄く悔しいですけど…須川先輩がそう言うなら、じゃあ、そうします。
高 最初からそうすればよかったのに。
後 なんだと!? 馬鹿の癖に何を!
高 馬鹿に言われたくないし! …ほらとっとと帰るぞ!
高山、後藤の鞄を持って出ていく。
後 あ! ちょっと待てよ勝手に鞄持ってくな!
後藤、高山に続いて出ていく。
里 …さて須川、俺達も帰るか。
須 …なあ里中。
里 どうした?
須 なんかその、今日は迷惑かけて悪かったな。結局部活もできなかったし。
里 何を今更そんな事を。…さっきのお前の言葉を借りるとすれば、それこそ気にしたって仕方ないだろう?
須 …そうか。
里 それに、なんだかんだでいろいろ見直したくなる事もあったしな。
須 見直したくなる事?
里 ああ。あって当たり前のモノの大切さは失くした時に初めて気が付くモノ、ってね。
須 メガネもだし、猫もだしってか?
里 そうだな。日頃何気なく世話になってるモノに、感謝していきたいと思ういいきっかけになったよ。
須 …あのなあ里中、たかだかこれだけの事でそこまで考え込むヤツなんて、多分お前くらいしかいないぞ?
里 お前らが馬鹿ばっかだからだよ。
須 な、なんだと!? なんでこの流れでそういう事になる!?
里 ふふ、冗談だよ冗談。
須 なんだよこいつ!
里 じゃあ、そろそろ僕達も帰ろう。
須 ん、そうだな。
里中出て行こうとして思い出したように須川を見る。
里 おっと、そういえばもう一つ思うところがあったんだよ。
須 思うところ?
里 お前はさ、どうして僕がお前のメガネ探しを手伝おうとしたんだと思う?
須 どうして…って、確かお前、自分で後輩たちに探させるのが忍びないから、とか言ってなかったっけ?
里 それもあるけど、実は他にも理由があるんだなこれが。
須 ふーん…何なんだ?
里 …目に見えるモノだけが全てじゃないって事さ。
須 …ん、どういう事だ?
里 知りたいか?
須 そりゃ、そこまでもったいぶられたらなあ。
里 仕方ないな、じゃあ言おう。…たとえ視力が悪くて目の前が見えなくても……。
里中、かっこつけて。
里 僕とお前には見えない友情がある…って、事さ。
里中、どことなく恥ずかしそうに部室から出ていく。
須 …そんなに上手い事言えてねえよ!?
暗転。
幕。




