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 どうも、世の中容易い事ばかりではないようで。



 その日のごたごたした日課が終わり、僕は玄関へと向かった。

 「帰りにマック寄ろうぜ」と、好史は言った。

 「オッケー」と、僕はいつも通りのノリで答えた。

春休みの間、話題になるような出来事は起きていなかった。それは好史も一緒だと思う。なんせたった数日の事だ、ろくに家からも出ていないだろう。それでも、新学期初めの放課後はマックに行きたくなるものだ。僕達の通学路には、駅の近くにあるマクドナルドを除いて寄って行けるような場所は無かった。

 正門を出ると真っ先に目に飛び込んでくるのは、30メートルほど向こうにある大通りだった。この辺りの道は、ラッシュ時を除いて車の量がそれほど多くない。田舎の大通りにはよくある事だ。その分、どの車も好き勝手なスピードで走るから、歩道と車道ははっきりと分かたれている。歩行者も自動車もお互いを気にせず通行する。まるで歩道の間を高速が走っているようだ。

 「マックに新メニューが来てるらしいな」と、僕はこれから食べるメニューを考えながら言った。

 「らしいな、でもどうせまた外れだぜ。ああいうごちゃごちゃした感じの食感はあんまり好きじゃないんだ」と、好史は言った。

 「そうだよな、確かに。結局チーズバーガーとかの方が美味いんだよな」と、僕は言った。

正直言って、こういう話は答えなんてどうだっていい。なんとなく、ある話題についての議論が進んでいれば、その場を楽しくやっていられる。自分の考えを述べるというよりは、後になって辻褄が合わなくなると厄介だから、その時思った事を言っておくと言った方が正しいかもしれない。

 「それにしても、なんか変わったって感じがしないよなあ」と、好史は前の方を見ながら言った。

 「何が?」僕は気の無い返事をした。

 「いや、だからさ。こうやって3年になった初日にも、相変わらずマックの話しててさ。だけど俺達、今年受験生なんだぜ?」と言いながら好史と僕は、いつも渡る信号の前で自然に右向け右をした。

 「そうだな、3年になったって、別に何が変わったってわけじゃないしな」と僕は言った。

教室に入る時に感じていた高揚感は、確かに今も僕の中から抜けていなかった。でも、好史にそう言われると、確かに何も変わっていないのだった。新しいノートを買うと初めの数ページだけ丁寧に使うのと同じように、僕は繰り返しの継ぎ目を歩いていた。

 信号を渡ると、やや車通りの少ない南北の道に入った。角をひとつ曲がるだけで、互いの声が良く聞こえるようになる。その感覚が好きだった。

 「これが最後の1年か」と、相変わらず目は前を向いたまま好史が言った。

 「どうしたんだよ」と、僕は尋ねた。

 「いや、なんかこう考えると3年間ってあっという間だったよな、と思ってさ」と、好史は青春めいたことを言った。好史は好史で、僕と同じような春を感じていた。ただ、その感情をどうやってすくい取るかだけが違うようだった。

 「そうだな、あっという間だったな」と、僕は言った。

 「まだあと3分の1も残ってるけどな」と、一定間隔で立たされている桜の木に目をやりながら、好史は言った。「春なんだから桜でも見とかないと、それっぽくないな」

 「高校生だぜ? 桜の話なんかするか?」と僕はおどけた感じで言いながら、1本の木に近付いた。

 「いいさ、たまには」と言いながら、好史は桜の木に背中をもたせかけた。

僕は桜の幹に近付いた。春の日差しは暖かいが、木陰の涼しさも心地好かった。近くで見ると、桜の幹はごつごつとをしていて、枝をしっかりと伸ばしていた。花見をしているとなんとなく花ばかり見るし、花が散ると並木に注意を向ける事なんてない。つまり、僕はこの時初めて桜の木をまじまじと眺めた。手のひらで幹に触れる。木のざらざらとした質感が手に伝わってくる。顔を近付ける。ひんやりとした匂いが鼻の下を通り抜ける。

 ――その時、桜の幹に無数の唇が見えた。ぼつぼつとした模様のひとつひとつが、小さな唇になっていた。それらは何かを語るでもなく、ただしっかりと結ばれたまま、こちらを向いていた。僕にはそれが気持ち悪くて、不思議と目を離す事が出来なくなった。

 「そろそろ行くか」好史はそう言いながら、背中で幹を突き放し、体を起こした。

僕は生返事をして歩き始めた。それでも、桜の幹から目を離す事はできなかった。


 ここで第二の場面は幕を閉じる。

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