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サイコドラマ①


 あらら、どうしようもないな、これは。そう思って、目を閉じた。



 新しい教室に入ると、胸のざわめきを抑える事が出来ない。これからまた1年間、同じような毎日が繰り返されることは分かっている。それでも、春は毎年新しいものだ。僕は始業時刻の10分ほど前に、2階にある新しい教室の扉を控えめに開いた。クラス替えの表はほとんど見ていなかったが、知っている顔、知らない顔が様々な表情で声を上げ、朝の穏やかな雰囲気を賑やかなものへと変えていた。皆、新しい空間への不安と高揚感を大声で発散しているのだ。僕は毎年この異様な雰囲気の中で、別の世界に踏み入ったような感覚になる。それは自分を圧倒するものでありながら、案外嫌な気分のしない世界だった。

 自分の座席を探そうと辺りを見回していると、教室の後ろ隅で談笑していた好史と目が合った。

 「よう、久しぶりだな」と、椅子から立ち上がりながら好史が言った。

 「そうだな、もう1週間も会ってないからな」と、僕は高校生になってから身に着けた定型句で応じた。

高橋好史とは2年続けて同じクラスになった。1年生の頃は違うクラスだったが、同じ駅から電車に乗っていたので、交わした会話は他の誰よりも多かった。

 「小池の席はそっちだぞ」と、好史は新年度特有の笑顔を浮かべながら教室の前列を指差した。

 「うわ、一番前かよ」と、僕はオーバーリアクション気味に言った。

 「どうせ初っ端席替えするんだから、最初だけ我慢しとけって」と、好史は励ましとも皮肉とも取れるような言葉を投げた。

 間もなく、始業のチャイムと共にホームルームが始まった。担任は昨年度と同じ加藤先生だった。加藤先生は背が低く声の大きな女の先生で、背筋が良く健康的な笑顔が印象的だった。

 「新3年生の皆さん、おはようございます。さて、高校生もこれでラストですね。良い思い出を沢山作って下さい。軽く連絡事項を伝えて、あとは1時間目まで休憩です」

加藤先生はハキハキしていて人当たりが良く、僕の好きな先生の一人だった。良い姿勢の為か、背が低くても堂々とした雰囲気が漂っていた。一通り年度初めの儀式を済ませると、僕は好史と一緒に加藤先生の所に行って、他愛もない話をダラダラとした。加藤先生は若い為か恋愛や家庭の悩みを生徒から打ち明けられる事も多いらしく、しんどい思いをする事もあるそうだ。確かに、加藤先生は言動に勢いこそあったものの、僕たちの話は最後まで聞いてくれた。僕自身が相談に行った事は無かったが、学校帰りに先生と話し込んでいる生徒を見かける事は時々あった。

 「君らが元気になるなら、私は多少しんどくたって構わんのよ!」と、加藤先生は会話の最後に付け加えた。「君らに自分の夢を叶えてもらうのが、私の夢だからな」

 チャイムの音で自分の席に着くと、周囲は朝より少し落ち着いたような、心地好い空気が広がっていた。明日から、また一週間前と何一つ変わらない一年間が始まるというのに、誰もが理由のない期待を胸に抱いていた。陽射しが暖かい。



 ここで、第一の場面は幕を閉じる。

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