第75話:聖なる竜と、追放される少年。
16dぶりにこんにちは。
いやはや今回は大作。Wordを縦書きにして書いたら捗る捗る。
=5,103=
ハヤトの話を一話で纏めようとしたらこうなるのは仕方ない。
Side of “ハヤト“
10年前、雪解け水が清流を湛う新しい春、俺はその年の冬に産まれた妹を抱き抱えて森を歩いていた。
竜神信仰の残るこの村では、新生の子は命芽吹く春になると、未成人の内で年長の者に連れられ、「竜の墓」と呼ばれる場所へ行く。そして一晩、竜の墓に建てられた祠で過ごす事になっている。
竜の墓への道、それは村の住人なら知らない者はいない。竜の墓周辺は限られた人間しか侵入できない聖域で、石の建造物は此処だけである、迷う事は無いだろう。事実、今まで儀式に失敗した者の話は無い。
一晩の装備を背負い石畳を歩いていると、石造りの建築物が森の木々から顔を覗かせた。傍まで来て確認すると、それが奥に延々と続く長方のトンネルである事が判る。他に道はない、これが正路だと確信し、内部へ進む事にした。
高さ2mもない暗いトンネルを壁伝いに進む。ランタンが照らす石の壁には深々と苔が走る。近づいて観察しても罅は見付けられない、崩落する心配は無いように思え、少し安心した。
五里霧中のトンネルに、一線の光明が溢れた。思わず少し早足になる。妹が寝ているので揺らさないよう気を付けてはいる。しかし長時間暗闇にいた為、気が逸るのを抑えられない。
暗闇から脱出した俺は、強い陽光に目を窄める事となった。目を慣らし、手を日除けとして、漸く自分のいる場所を把握した。
其処は荒野だった。大小様々な岩石が転がり、樹木はおろか草さえもが淘汰された、生命を感じない場所だ。深い森を抜けてきた筈の俺にとって驚愕であった。
「そうだ祠、祠を探さないと。」
此処にいる理由を忘れてはいない。儀式を完遂するまで妹の人生は俺一人に掛かっているのだ。こんな陽の強い場所に長くはいられない。
それなのにどうだろう、トンネルから少し歩いて周囲を見渡しても、祠どころか頼りの石畳すら確認できない。
焦りを感じた。
此処は本当に竜の墓か?
本当に別の道は無かったか?
見落としは?
考えても仕方ない。そんな事は判っている。しかし俺が気を抜いていた事は紛れもない事実、正誤など意味が無い。視覚を排除して後悔に沈む。
ふと、赤ん坊の泣き声を耳孔に感じた。大きな声だ、俺を深みから助け出すに充分なほど、大きな声だった。
「……心配させてしまったかな。」
情けない事この上無いが、そろそろ顔を上げよう。
また、歩き始めた。
周りの風景は、歩いていてもあまり変化が無い。この荒野は非常に広大であるようだ。遠ざかったトンネルの出口はもう見えない。
しかしながら周囲に山岳が全く見えないとは一体どういう訳だろうか。快晴である場所は幾らでもあるが、こうも影が無いとは、物語にある砂漠を彷彿とさせる。
漸く祠を見付けた。
これほどまでに距離があるとは。村から結局10kmほどだっただろうか。慣れ親しんだ森など遥か彼方である。
祠自体は、今まで石造りではなく木造であった。屋根は斜角の付いた物で、この辺りの村では見かけない形状だ。
「……村の者よ、中へお入りなさい。」
物珍しさに祠を見上げていると、正面の両開きの戸が開き、中から女性が姿を見せた。
「貴女は……?」
俺の疑問にその女性が応える事は無く、戸を開け放したまま祠の中へ消えていく。
竜の墓に巫女がいるという話は聞いたことが無い。そうなれば一体彼女は誰だろうか。
外で待っていても音沙汰は無い、中に入れと言う事だろう。兎にも角にも俺は祠へ足を踏み入れる事にした。
「ようこそいらっしゃいました。聖なる竜の墓へ。」
「貴女は一体誰だ?」
もう一度誰何する。
「私は……、私はこの墓を護る者。傷ついた竜が二度と苦しまない事を願う、力の無い者。」
矛盾しているように思えた。しかしそれでも彼女が嘘を付いたとは微塵も感じなかった。
「俺はこの子と誕生の儀を行いに来た。守護者なら知っているだろう?」
「ええ、準備は整っています。さぁ、共に中央の祭壇へ。」
長い黒髪を束ねた女性は、よく見れば村の儀で使用する物によく似た衣装を羽織っていた。神聖な衣装を外来の人が知る由もなく、彼女への警戒は少しだけ解けていた。
それからは、会話も一切なく、俺はただ黙々と長老に習った儀式の手順を進めていった。
儀式の間、彼女は目を瞑り壁際に佇んで動かなかった。そして儀式が終わると、
「此度も、儀式は無事成し遂げられました。
それでは村の者よ、貴方も疲れがあるでしょう。夕食は此方でご用意しました、どうぞ奥の部屋へ。」
「……いや、儀式はまだ終わっていない。確かに俺の出来ることは終わった。でも妹を一人にはできない。
俺は一晩の間、片時も離れず此処にいる。料理は此処に持ってきてはくれないか。」
これは俺の儀式ではない。俺は妹を見守る為に付いてきたに過ぎない。
「そうですか、……ならばお持ちしましょう。暫くお待ちを。」
彼女は奥の扉へ入っていき、姿が見えなくなった。
監視が解けたのを確認すると、俺はすぐさま準備に取り掛かった。俺と妹は所詮子供だ、その為に村長から持たされている物がある。
「……よし。」
リュックから拳大の石を取り出して、妹が寝る祭壇に備える。
この石は、村に伝わる太古の魔導具で、溜められた魔力を使う事で、指定の人間を活性化するのだ。活性化した人間は数日間、睡眠、食事を取らずに活動でき、怪我や病気すら全快する。閉鎖的な辺境だからこそ、外の誰にも知られず、太古の魔導具はこんな村に伝わっている。
「村の者よ、夕食をお持ちしました。粗末な物ですけれど。」
「……ああ、有難う。」
俺が先程と変わりなく床に座っているのを確認したのち、目の前に食事の載った盆を静かに置く。
彼女が用意した食事に、俺は口を付ける事にした。
思いの外、美味かった。食事として所持していたのはパン位で、しっかりした物が食べられるとは思っていなかったのもあるだろうか。
「ごちそうさま。なかなか美味かった。」
「有難うございます。」
礼を言われた彼女は少し笑っていた気がする。
「それでは、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
彼女が床で眠ろうとしていた俺に渡してきた布団に潜り、俺は眠りにつこうとしていた。
その夜、睡魔が俺を強烈に襲った。いつもと違う環境だというのに、俺は深い眠りに落ちた。
「…………なさい。ご…………。」
ぼんやりと声が聞こえた。
頭を撫でられる感覚もした。
なのに何故だろう、瞼を開けることが出来ない。
暗闇の中、とてもか細い声と、温かい掌を感じている。
「……ごめんなさい…………!」
声が震えていた。泣いているのだろうか。
「……あ。」
突然、意識が覚醒した。
其処は森の中だった。
横たわったまま俺は空を見上げ、白い雲の流れる青空を暫し眺める。
「……おぉ。」
上空を巨大な竜が横切って行った。
真黒な体躯を悠々と伸ばし、自由奔放に空を翔ける竜に、その時は憧れさえ感じた。
俺は村へ帰る事にした。
立ち上がって土埃を払い、もと来た石畳の道を、村へ向けて歩く。村までの道程はそう遠くなく、程なくして俺が生まれ育った村に到着した。
「おぉ、ハヤト。今帰ったか。」
「はい、無事帰ってきました、長老。」
そう返した俺の事を、長老は不思議そうに眺める。
「お前、荷物はどうした?、それに妹は?」
「……!」
その言葉に、頭にかかる靄が一気に晴らされた。
「そうだ!、何故俺は今こんな所にいるんだ!」
思わず駆け出していた。
背後から俺を呼ぶ長老の声を無視し、俺は一目散に石畳の道を走る。息が切れるのも厭わず、我武者羅に森を抜けていった。
「……莫迦な!」
石畳の末路、其処には小さな、人一人が寝そべるのがやっとな程小さな、祠があった。
「……。」
息の切れた俺は言葉にできなかった。
……いや、現状に混乱していたのだろう。俺はただ莫迦みたいにその祠周辺を探し回った。
石造りの横穴など無かった。
小さな祠の陰で休む俺の顔は、絶望で精気が抜けていただろう。それ程までに、事実を受け入れることを拒否した。
日も暮れた頃、俺は足取りも重く、村へと戻った。
村に入ってすぐ、俺は大人の男に連れられ、長老の屋敷の一室に通された。
「……みな、席を外してくれ。こう大人に囲まれておったら、話し難いだろう。」
一室には大勢の大人が集っていたが、鶴の一声により、長老と俺の二人だけとなる。
「長老、俺は……!」
「まて、焦って話をせんで良い。ゆっくりと今日起きた事を話してみい。」
それから、俺は時間をかけて今日あった出来事を、全て長老に話した。
静かに聞いていた長老の顔は、今までに見た事の無い程、緊張していた。
「……うむ、そうか。」
「そうか……って、俺の妹はどうなるんだ!
集会をしていたなら事態も把握しているんだろ!、なぜ誰も捜しに行かない!」
「あそこは聖域だ。大人は何人たりとも侵入できん。」
「……くそっ!、人の命がかかっている時によくそんな暢気な事を言えるな!」
自分の事は棚に上げて激昂した。長老に過失は無いと言うのに。
「儂らとて、捜しには行きたい。しかし聖域には入れんのだよ。教えに関係なく、な。」
「……そう、なのか。」
喚く事で平静を少し取り戻した俺は、その言葉に驚いた。
「ああ、聖域には古代から強力な結界が施されておる。故に許された者にしか侵入する事はできんのだよ。
……この事は代々の長老のみが知っておる事だが、侵入に要する鍵は、あの魔導具だ。年齢に意味は無い。」
俺の怒りは何処かへ行ってしまった。自身の不甲斐無さを他人に向けている場合では無いと悟ったからだ。
「じゃあ……、どうやったら妹を助けたらいいんだ。」
「魔導具はお前の妹に使ったと言っておったか。」
「ああ、……これじゃあもう竜の墓に足を踏み入れる事すらできない……!」
俺が聖域から出てしまった事で、全ての可能性が失われた。
俯いて、涙を堪える俺の肩に、長老が立ち上がり、手を乗せる。
「お前の妹、アラタは、おそらく竜の子となったのだろう。
この村に伝わる教えの書に書いてある物語に、お前の話は酷似しておる。書が真実ならば間違いなかろう。」
「竜の子だ?
……ふざけてやがる。人を構わず攫うなんざ、竜だろうと許される事じゃない!」
長老の手を振り払い、俺は屋敷を後にした。
その夜、緊急集会の結果により、俺は村を追放される事となった。
長老は、まだ成人もしていない俺を心配してくれた。両親は俺よりも妹の事が気になるようだ。
次の日の早朝、俺は村を出る事にした。
数日分の食料を親から手渡され、綺麗な服も4、5着貰った。大きな背負い袋は旅の装備で満載となり、俺は少し嬉しくなった。
見送りも無く、家の玄関を出て行こうとする俺を、父が呼び止める。
「ハヤト。……これをお前に渡そう。」
父親が息子に手渡したのは、古ぼけた長剣だった。
「父さん、これは?」
「罪人の剣だ。」
「罪の内容は?」
「神への反逆。正確には、神に仕えし者を殺した、第一級殺人罪。」
「それを何で父さんが持っている?」
「先祖が大の親友から譲り受けたそうだ。
『時が来たら剣を抜け。』
……とね。
俺はもう剣を振るえない。だからお前に託そうと思う。」
父は俺が生まれる以前に、戦争で脚を怪我したと聞いた。故にもう走る事もできず、専ら畑仕事と読書をして過ごしている。
「勿論、お前にこの約束を守る義務は無い。
ただ、先祖から伝わる友情の証を、俺はお前に託したい。」
ふぅ……。
俺は心底この不器用な父の目の前でため息をついてやろうかと思った。
が、やめた。
「ちゃんと斬れるんだろうな?」
「ん?……、あ、あー、勿論。古いが上等な代物だ。時々手入れもしてたし、問題は無い、と思うわ。」
……はは。
慌てている父さんは、やはり父さんらしい。沁みったれた雰囲気は父さんに似合わない。
「じゃあ、行ってくる。」
「ああ、元気にな。」
言葉にはせず、背中越しに手を振る事で返事とした。
村の門に着くと、長老が待っていた。
「家族とはもういいのか?」
「ああ、選別も貰った。思い残す事は無い。」
「そうか。
……これは儂からの選別だ、持っていけ。」
「それは本か?、俺に渡しても勿体ないだろ。」
「全て、竜について書かれた本だ。」
その言葉だけで、興味の無かったその本を読みたいと思った。
「竜を憎むか、己を納得させるか。お前が進む道はお前が決めるといい。
ただ少しだけ、儂が道を作る手伝いをしよう。」
「そうか、それなら貰っておこう。
でもこれ、大事な物だろ?、……ありがとう。」
「何と言う事は無い。」
長老の本を括り付け、背負い袋を担ぎ直すと、一言、長老に別れの言葉を述べて、俺は村を出て行った。
[第76話]5/29 (日)(1週間後)投稿予定。




