休養
「それではまず自己紹介からお願いします。背番号一番から順番で」
「1番、ピッチャーをしています。篠崎誠司です」
「はい」
「2番キャッチャーをしています、滝川満です」
「はい」
「3番ファーストの高畑清です」
「はい」
…………
そこにいた全員十八名の名が自己紹介を終えるとパンと立花は手を叩いた。
「十八名ですか。三年生は確か五人、みんなベンチ入りできますね。誰も落とさなくていいですね。気が楽です」
優しい笑顔でみんなに話しかけた。
「秋季大会に出られるのは13人。少し心もとないですね。友人に野球経験者がいたら誘ってみてください。それでは一番最初の監督としての指示をします。野球漫画を今後見ないようにしてください」
皆がポカーンとする。
「理由がほしいですか? 単純ですよ漫画の世界の野球は所詮フィクションです。実際にボール一個分のコントロールを投げ分けられるピッチャーも存在しなければ失投を見逃さず確実にホームランを打てる打者もいません。いるとすれば間違い無くプロにいく逸材です。そんなことはプロでもできないのですから。もし対戦する相手にそのような選手がいれば諦めて結構です」
漫画の世界がフィクションなのは当たり前だと皆わかっているはずなのにわざわざ見るなとまで指示するのはなぜだろう。
「それと私の指示はあくまでもアドバイス程度の思っていてください」
これまでの監督とぜんぜん違う。野球を見に来ていた時変わらない。それまでの監督は顔見せに来た時はにこやかだったのに監督になったとたん態度を一変させていた。
しかしこの人はいつもどおりだ。
「では明日試合をします。用事がある人は来なくてもいいです」
皆がざわついた。練習を殆していない状況でいきなり試合をすると言われても困る。
「相手は佐野坂くんです。引退試合になるでしょう」
「引退試合?」
「ええ、彼は肘が悪いです。変化球の頼ることが多い。しかし昨日はストレートがほとんどでした。それはキレがあったわけではなく投げられなかったのです」
そんな? いつもの佐野坂にしか見えなかった。引退試合?
「彼は高校で野球をやめます」
「社会人には進まないのですか」
篠崎が聞いた。
「明日で彼は野球をやめます」
監督は自信たっぷりに言う。
「どうしてですか」
「負けるからです。うちが勝つからです」
「えっ」
皆が驚いた。誰も佐野坂に勝つとは思っていない。勝てると思ったこともない。
「うちが城西に勝つのですか」
堀が聞いた。
「はい。堀くんの言うとおりです。それでは今日は解散します。解散」
「あの、練習は?」
一年生レギュラーの高瀬が聞く。
「休養も練習です」
初めて聞く言葉だ。どの監督もこの校で一旗揚げるためにそこそこきつい練習を毎日してきた。遊びで入った連中は辞めていくほどにはキツイ。しかし弱いのは変わらなかった。
みんなどこかで気持ちが野球に集中できていなかった。
「今日は野球のことはこれから考えないように。そしてプロ野球の試合もお見てはいけません」
弱小チームだが野球好きの集まりに言う言葉ではない。
「守らなくてもいいです。だって調べようが無いですからね。一人ひとり観察する訳にはいかない」
飄々という。
「では解散ですよ。帰っていいですよ」
ナインは帰路についた。