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近所のおじさんが

 西丘学園の野球部員は今年も例年通りの一回戦負けで球場の外野の芝生席で第二試合の城西高校対修倫館高校の試合を見ていた。毎年一回戦負けなのに学園の理事長の力でなぜだかシードに選ばれてしまう。

 城西はピッチャー佐野坂のワンマンチーム、一方の修倫館高校は全国から野球留学の生徒を集めた地元では嫌われているが全国的にはの通っているチーム。試合は0対0のまま9回の裏。ワンナウト三塁の修倫館のサヨナラのチャンス


「はあ、はあ」

 明らかに佐野坂は肩で息をしている。ここまでよく凌いできたものだ守備はスクイズに備えた前進守備。強い打球を打たれればそこでほぼゲームセット。見ている方は楽だが守っている方は息のつまる展開だ。気の弱い野手は自分のところに球が来ないことを祈っているかもしれない。

「佐野坂君はよくここまでよくやったよ」

「おじさん!」

 よく西丘の練習を見に来ている、おそらく近所に住んでいるおじさんが西丘の二年生エース篠崎に話しかけた。

「連中の顔を見てみろ勝負はついている」

 結果を見通しているかの如く自信たっぷりに語る。

「佐野坂くんには辛いがチームメイトのレベルが違いすぎる。また修倫は敵を増やしちゃうね」


 

 負けられない、負けたくない。佐野坂は今までの人生で経験したことのない緊張に襲われていた。指先はしびれ足元はフワフワと浮遊している感覚で自分が自分でないようで……しかし、結果は自分の肩にかけられていて。

 戦前からワンマンチーム対外人部隊と揶揄されていた試合だが地元民の意地として修倫は勝たせたくない。もう明日の試合に投げられなくなってもいい。とにかく負けたくない。

 そう、勝ちたいのではなく負けたくない。セットポジションから二度牽制の構えを見せる。ハナから投げるつもりはない。間も開けたいだけなのだ。三塁ランナーの離塁は大きいが牽制すると悪送球になりそうで投げるふりだけをする。

 だけどもう待たせられない。高校野球はプロ野球と違って時間の消費にナーバスなくらい注意をしてくる。もう一度プレートを外したら審判への心象が悪くなる。この繊細な場面で自分が不利になることは避けなければならない。覚悟を決めた。



「はよ投げようや」

 キャッチャーに聞こえるくらいの声をバッターの修倫のエース斉藤は呟いた。県外から野球留学している自分たちがシード初戦で負ける訳にはいかない。そして、勝利は目の前に来ている。

 この言葉は焦りの言葉ではない。キャッチャーへ精神的にプレッシャーをかけているのだ。

 たとえど真ん中のストレートがほうられようがキャッチャーが逸らせば試合は終わる。逆を言えば追い込めば追い込むほど有利になる。多少汚い事をしても勝てばいいんだ。外人部隊と揶揄されている自分たちは勝つことでしか正義を見せることはできない。審判も二度プレートを話しているので多少は苛ついていつようだ。

 監督からはサインは出ている。ベンチで監督がサインを送るのを確認しているがそれは演技でこの場面の作戦はバッターボックスに入る前から耳打ちされていた。

 佐野坂がクイックモーションに入った刹那、斉藤はバントの構えを見せた。



(やはりスクイズ)

 佐野坂の想定内の作戦だ、と言うよりこの場面の九割はこの作戦しかいない。できうる限りのクイックモーションからのピッチドアウト。ボールひとつくれてやる。

「あっ!」

 ボールに人差し指が引っかかりすぎた。ボールはワンバウンドになる勢いで指を離れた。


「絶対に止めてやる」

 小学生時代からバッテリーを組んできたキャッチャーの村田はそれに全身全霊をかけた。負けたら俺達は引退、まだ最後には早すぎる。自分の実力は知っている。大学に行っても球拾いの日々が待っているだけだろう。

 佐野坂との友情にかけて……ここは俺が仕事する。



「これも野球の一つです」

 おじさんはそいういった。確かにそうだこれも野球の一つ。

 佐野坂の球を村田はガッチリと捕球した。

 ノーボールワンストライク。見ていたもののほとんどは一度呼吸を整える準備をしていた。

 しかし

「セーフ、ゲームセット」

という大きな声が球場に響いた。

 うなだれる城西高校の守備陣と応援団、ベンチ。

 

 ホームスチール……それが修倫の作戦だった。

 

 村田がボールを捕球した半呼吸後、三塁ランナーがホームベースへと滑り込んだ。村田はタッチをしたがそれはランナーの足の上で明らかに遅れたタッチ、審判も誤審のしようのない完璧な走塁だった。

 試合終了のサイレンが鳴り響いて挨拶をしても佐野坂はその場から動けなかった。この場面のホームスチールは全くない作戦ではない。しかし失敗した時のリスクの大きさのためほとんどはボールを見送る。

見落とし、油断、彼を責める言葉はあろうが誰も彼を責めれない。その場の空気という見えないものが佐野坂の頭からホームスチールの可能性を消し、投球を逸らせた。

 数秒で勝者と敗者に二チームは分断された。


「ランナーのスタートが半歩早かったのに気づくべきでしたね。もっともそんな冷静でいられる状況ではないことは君たちにもわかるでしょうけど」

 おじさんは西丘のメンバーみんなに聞こえる声で言った。

「おじさんはわかっていたんですか?」

 代表するように篠崎は聞いた

「うん、斉藤くんのサインを見る仕草が少し不自然だったからね」

 何を言っているのかわからない。

「どういうことですか?」

「作戦は決められていて。斉藤くんはサインを見る演技をしていたということです。そしてスクイズならモット真剣に監督のサインを舐めるように見つめていたでしょう。それがなかったということはホームスチールが打ち合わせてあったということです。ホントのところは本人に聞くしかありませんがね」

「スクイズするカウントを決めていただけかもしれないじゃないですか」

 セカンドの園田が聞いた。

「ええ、そこでランナーの動きが肝となるのです。ランナーの橋本くんは佐野坂くんが投球ホームに入ると投球内容を見ることなく下向きに一目散にホームへ走っていたのです。この場面での走塁の失敗は厳罰ものですから投球に注意を払うものです。しかしそれがないのはピッチドアウトされても罰を与えられないという確信があるからです。三本間に挟まれることを想定していない、つまりは投球いかんを問わずにホームへ向かうことができる作戦。それはホームスチールしかないでしょう。だからこそ走ることにのみ集中できて結果もついてきた」

 理路整然と語るおじさんにナインは沈黙した。ただの近所のおじさんと思っていた男がこんな理論的に話すなんて……。相当に野球に詳しい。

「あなた一体……?」

「申し遅れました今日から監督になりました立花茂と申します。以後よろしく」

 いきなりの新監督自己紹介に西丘ナインは呆然とした。


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