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 5時に退勤できそうですねー。

 残業ないのが嬉しいなあ。

 今日はー雑貨やさんに寄ってー本屋さんにも寄ってー、ああ、お気に入りの作家のミステリの新作っていつだっけ? 明日だっけ? うーん。きっと本屋に寄ったらまたきっと別のラノベ系の文庫買っちゃうんですよねー。

 最後の伝票を計算しながら、退勤時間きっちりに仕事を終わらせようと集中力を限界まで使う。

 二度の計算を終えて、ミスのないことを確認し、小口現金用の金庫をセキュリティのある金庫室のロッカーに収納して鍵をロックする。

 よっし、今日の就業終わり!


 「お先に失礼します」

 「お疲れさま」


 まだ少し社内に残る上司に声をかけて更衣室のロッカーに向かう。

更衣室のドアを開けて、カーテンを引くと、数人の女子社員が私服に着替えていた。


 「お疲れ様ですー」

 「あ、雪村さんだ!」

 「雪村さんも行きません?」

 わたしは、女子社員の誘いに、一歩引く。

 行くって何? 

 誘ってくれるのは、まあ嫌われていないって意味だから嬉しいんですけれど、今日は本屋に寄って、雑貨屋に寄って。

 「あ、あの……」

 「そうだよーいろいろ経験談があったら語って欲しいしー聞きたいなー」


 なんですか。経験談とは……。

 君たちに語ることのできる充実した人生は送ってないですよ。

 あわわ違う違う。

 わたし個人的には常に充実した人生送ってますが、君たちから見るとそれは充実とは言わないよと、全力で否定されちゃう程度です。

 生まれてこのかた地味に生きてきましたからね。

 生まれた時はさすがに可愛がられていたでしょう。

 けど28年後のわたしに当時の記憶はないのです。

 年の離れた兄と姉が、かなり目立つタイプの人だったので、赤ん坊から幼児期を経て、小学生にもなると、両親からも時々、「あわわ居たのね! 居たのよ、そういえば」って思い出されるような存在です。

家庭でもそうであるように、学生時代から、常にそういう立ち位置なんですよ。

 社会人になってからもそうでした。

 そんなわけで、キミたちのようなお嬢さん方が盛り上がるようなネタは何一つ持っておりません。

 ただ「大丈夫よー雪村さんみたいになったらおしまいだけどー」「そうねー雪村さんに比べれば、あたしたちもまだ大丈夫よねー」と心の安定は提供してあげられそうな存在かもしれないって、卑屈にも思ったりすることはあります。

 しかし、そんなことを声を大きくして語ってくれてた同年代のお嬢さん達も昨年あらかた片付きました。

 ええ、寿退職というやつで。

 最後の独りが去年の秋に結婚した時は、彼女の結婚を別の意味でこっそりと喜んだことは秘密です。

 そんなわけで既婚でバリキャリの女性上司を除けば、わたしは、部署でも古株の部類に入るわけですが……かといって提供を出来る話題はあまりないですよ。

 まあ「雪村さんみたいにいつまでも会社に居座りたくはないわよねー」と影で言ってるとしても、今この更衣室にいる女子の方々の声で――、あ、そういうのは面と向かってわたしには言う人はいませんでした。

 影でこっそり女子トイレとかこういう更衣室とかでその言葉を繰り広げられるのですが、この目の前にいる方々の声では伺ったことはありません。

 まあそういう言葉も、耳にしなくなって半年なので、常に目立つわけでもなく黙々と日々の仕事をこなすだけのわたしを気にかけるような女性社員はもういないものだと思ってました。



 「今日、女子会なんですー」

 ああ。女子会……。

 合コンじゃなくて幾分ほっと胸をなでおろす。

 「ゆっきーもたまには付き合いなさいよ」

 「……」

 わたしのことをゆっきーと呼ぶのは販売の青木美紀嬢。

 3歳下なのですが、この子は派遣社員から正社員になったという実力者。

 販売の実績が認められて、本社店舗に移動してきて本社1Fの売り場にいる。

 販売マネージャーが特に目をかけている売り場の成長株。

 25歳。

 実力もあり、見た目も綺麗。

 今時のゆるふわ系のヘアスタイルに、派手ではないけれど、きちんとしたネイルを施した指。

 メイクもばっちり決まっていて、営業スマイルがすっごく華やか。

 ここで買い物をしたお客様が、「このお嬢さんの笑顔を見たら思い出した、花屋にもよらないと」とお客様から言わしめた程です。

 その彼女からまさに花のような笑顔を向けられて、おおっ目がくらんじゃうー。

 あれだ、少女漫画のヒロインのような背中に花が咲いて見える感じ? あんな感じ?

 「青木さん、雪村さんをゆっきー呼びするんだー」

 うん。わたしの方が先輩なんですけどね、そうは見えないんだろうな。

 青木嬢はキョトンとした表情で私に尋ねる。

 「え、ゆっきーって何歳?」

 「……28」

 「えええっ!!」

 「え? 雪村さんてそうだった?」

 他の女子社員も驚きの声を上げる。

 見た目が童顔だからかなー。

 これは若く見られて喜んでいいところなのか、はたまた、その年でなんでそんなにガキくさいんだと思われて落ち込むところなのか……。

 「用事が……ある……ので」

 「デートか!?」

 「雪村さん彼氏いたの!?」 

 「はは」

 そんなわけあるかー! 年齢=彼氏いない歴ですよ!!

 わたしがロッカーから私服を取り出して、着替えると、青木嬢は私の私服姿を見て眉間に皺を寄せる。

 「ゆっきー」

 「はい……」

 「用事はデートなんかじゃないわよね」


 うぐっ。

 黙っていればこのままうやむやになって、わたしの存在はスル―されると思ったのに。


 「その服、会社の制服の方がまだマシなぐらいでしょ」


 いやああああああっ。

 わたしだって、自分のファッションセンスの無さは自覚してますよ。

 わかってます。

 だから地味にひっそり目立たず生きているんじゃないですか!

 

 「デートならグロスをつけ直すぐらいはするでしょうけれど、それもなし」

 うわーそういうところも観察ですか!? 女子ってそうなんだ!! いや、一応自分も生物学上は女性ですが……ごめんなさい。

 そう、女子でごめんなさい。


 「用事って何?」

 「本屋……」

 青木嬢はガシっとわたしの腕を掴むと、女子社員にのたまった。

 「ゆっきーも参加決定!」

 「な、なっ……」


 なーぜーだあああああ。

 わたしの退勤後の気楽なぼっち時間があああああああ。

 もちろん心の中での絶叫は、女子会で飲みまくる勢い満々の青木嬢にはきこえるはずもなく、あたしは彼女に引きずられるように会社を出たのだった。

 


 

 

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