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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第11話「成瀬薫VS不知火羅牙」

作者: TEATIMEMATE

   成瀬薫VS不知火羅牙


 「どういうつもりだ、羅牙(らいが)

 成瀬薫(なるせかおる)は幼なじみの娘の拳をギリギリのところで受け止めた。

 速いし重い。

 それでも手加減している。

 不知火(しらぬい)羅牙はにいっと笑った。

 彼女の後ろには相棒の碧嶋美希(あおしまみき)が腕組みしてにこにこ笑っている。

 薫は痺れた手を振るった。

 「薫ちゃん、悪いけど付き合ってもらおうか」

 羅牙は拳を顔の前で構えてウインクした。

 「悪いけど、そういう用件には付き合えない」

 薫はぷいっと二人に背を向けた。

 「そーはいかないよ。薫ちゃん」

 背後から美希の声が追ってきたが、無視して歩き始める。

 「逃がすかっ」

 声と同時に何かが薫の手首を捕らえた。美希の声は離れている。冷たい、金属の感触。

 「あ?」

 「捕まえた」

 違和感にとっさに引き寄せた薫の手首には金属の輪が(はま)っていた。細いワイヤーが美希の方へ伸びる。

 「美希。何だ、これは」

 「首に付けた方がよかった?」

 美希はワイヤーの端を持ってくるくる回した。

 ――どういうつもりだ。羅牙と美希が俺に仕掛けてくるなんて。

 薫は羅牙と美希にとっては幼なじみの近所のお兄さんだ。二人とも小さな時から(美希の方は小学校三年生の時からだが)知っている。女だてらに喧嘩達者で、中学時代はダーティペアとか呼ばれてたものだったが、今まで彼に向かってきたりしたことなどなかった。

 ――何企んでる。

 からかっているのか?

 「薫ちゃん」

羅牙は笑顔を引っ込めた。

「あたし、強いよ」

 美希がワイヤーをぐいっと引っ張る。

 美希の力は大して強くはないが、薫はわざと引き寄せられてやった。

 羅牙が拳を構えて待ちかまえる。

 ――何なんだ、全く。

 薫は途中で踏み止まってワイヤーを掴んだ。美希の「出した」ものらしく、ワイヤーは透明のビニールチューブで覆われた「安全設計」なものだった。

 「お前たちが強いのは知ってるよ」

 だから、今更こんなコトしなくてもいい。薫はワイヤーを引っ張り返した。

 あっさりと美希がそれを手放す。

 ピンと張ったワイヤーは美希の手を離れて宙を舞った。

 それを羅牙が途中で掴む。

 彼女の力は美希とは比べものにならない。薫は羅牙がそれを引く前に彼女の前へ飛び出した。

 羅牙はくるくるっと手にワイヤーを巻き付けて長さを短くすると、その手で殴りかかった。腕を引いて殴りかかるときにワイヤーの(たる)みに(ひね)りを加える。輪になったワイヤーが薫の腕を叩く。羅牙は拳が薫に届く前に方向を変えた。馬鹿力で薫を翻弄する。

 ――やっぱり速い。

 薫には羅牙の攻撃をかわすのが精一杯だった。

 「(なま)ってるよ、薫ちゃん」

 羅牙はワイヤーをするするっと(ほど)いた。大きな動作でそれを波打たせるとぽいっと端末を放す。

 薫は躍るワイヤーを目で追った。

 羅牙の姿が視界の端へ移動する。

 ――しまった。

 視線を戻すよりもとっさにその場から跳び退く。

 「遅いっ」

 羅牙の踏み込みは薫の動作を読んでいたかのように深かった。

 重い一撃が鳩尾に食い込む。

 「ぐ」

 薫は堪らず膝をついた。

 羅牙は拳を薫の腹にめり込ませたまま、軽々と彼の身体を持ち上げた。

 「参った」

 薫は痛みを(こら)えて羅牙の肩に縋った。

 充分だ。羅牙の腕前はよく解っている。――羅牙だって俺のことはよく解ってるはずなのに。

 「こんなんじゃ許さないね」

 羅牙は薫の身体を突き放すともう一方の拳を突き出した。

 薫はその拳を押さえて更に後ろへ跳び退いた。

 苦いものが込み上げる。

 ――手の内を知られ過ぎてる。俺に当てるなんて。

 薫は腹を押さえた。

 ここ最近、当てられてことなんてなかったから、効いたな。きついわ。

 「勘弁してくれよ」

 薫は助けを求めるように美希の方へ視線を送った。

 「羅牙を殴り返せたら勘弁してあげる。一発でいいよ」

 美希は意地悪に言った。

 ――何を考えてる?何故こんな――――。

 「あたし相手によそ見たぁ上等だ」

 羅牙が目の前に飛び込んでくる。

 薫は地面を蹴って跳び退いた。今度はもっと勢いを付けて距離を取る。

 羅牙はぴったり付いてきた。

 ――だめだ。俺の間合いを知っている。逃げ切れない。

 「薫ちゃん、本気でやってもいんだよ」

 美希。

 ――本気で?

 羅牙の踏み込みは、一回一回彼の見積りよりも深めだった。――もう二、三発喰ってみるか。

 薫は覚悟を決めて羅牙に殴りかかった。

 目と鼻の先で羅牙の身体が沈む。

 「ごめんよ」

 羅牙は身を(ひね)って足を振り上げた。(すね)の部分が薫の顎を捕らえる。膝と足首を曲げて薫の頸を引っかけると身体を回して地面に叩きつける。その勢いでくるりと一回転した羅牙は肘から薫の身体の上に落ちてきた。

 「あ…ぐ」

 細い腕がまともに胃の辺りに突き刺さる。

 羅牙はすぐに飛び起きて、薫の手を取った。

 力任せに引き起こして腕を(ひね)る。

 「薫ちゃん、腕、使えなくなっても知らないよ」

 羅牙は薫の腕に腕を絡めた。肘に負荷が掛かる。関節が悲鳴を上げた。

 「羅牙っ」

 薫は身体を曲げて羅牙の足元を払った。バランスを崩して自分の方が膝をつく。羅牙はじんわりと腕に体重を乗せた。

 ――だめだ。折れる。

 腕が(きし)む。彼女の力ならゆっくりやったって腕の骨くらい折ることができる。羅牙が本気ならもう逃れることはできない。

 ――羅牙め。利き腕一本くれてやる。それで―――。

 薫は奥歯を噛み締めて痛みに備えた。

 「ちっ」

と羅牙の舌打ちが薫の耳に届く。もう後少し力を加えれば確実に折れるだろうというところで、羅牙は薫の腕を解放した。

 「強情だねー」

 美希が声を掛ける。

 「全く。こんなことで腕一本なんてバカ臭い」

 羅牙は腰に手を当てて、はあっと溜息をついた。――薫ちゃんを本気にさせんのが難しいのは知ってたけど、まさかこんなに簡単に利き腕捨てるたぁね。

 「勘弁してくれよ」

 薫は痛む腕を押さえて羅牙を見上げた。

 羅牙は首を横に振った。

 「緒方(おがた)に頼まれたんだ」

 彼女は言った。

 緒方――緒方竜(りょう)。羅牙の同級生。

 薫が高校三年の時に一年に転校してきて、それ以来彼に勝負しろとうるさくつきまとっていた。その竜が羅牙に何を頼んだというのだろう。

 羅牙は、負けず嫌いの同級生の今にも泣き出しそうな顔を思い出した。

 「今のあいつじゃ薫ちゃんには(かな)わない」

 竜が羅牙に頼み事をするなど滅多にないことだった。しかもあの負けず嫌いが、やってもみていない勝負の敗北を認めて。

 「でも、あいつ、強くなるよ」

 羅牙は言った。

 それは薫にも解っている。

 すぐに薫より強くなるだろう。

 「薫ちゃんは(なま)ってく一方だから」

 薫は苦笑いを浮かべた。(なま)ってく一方か。その通りだ。刀だって()がなけりゃ錆び付く。――俺は斬れる刀でなくてもいいんだ。

 「で、竜は何て?」

 竜だって解っているはずだ。薫はもう誰とも勝負しないし、勝ちは竜に譲ってある。

 「絶対薫ちゃんより強くなるからってさ。だからそれまで薫ちゃんの力を落とさないでくれって」

 羅牙は立ち上がろうとする薫に手を貸してやった。

 竜は羅牙が彼よりも強いことも知っていた。彼女は念動力者だ。力にもスピードにもその能力(ちから)を上乗せしている。だから普通の人間で彼女に敵うものはなかった。

 「(なまくら)になんのは許さないってさ」

 薫は肩を竦めた。

 それで羅牙をけしかけたのか。

 「あいつの我が儘なんか聞いてやることないのに」

 羅牙は顎を引いて上目遣いに薫を見た。

 「あたしたちもさ、薫ちゃん――――彩子(さいこ)さんにしわ寄せがくんのは戴けないんでね」

 ――彩子に。

 ずきりと胸が痛む。

 内藤彩子、薫の幼なじみで恋人。

 彩子にしわ寄せ。

 「緒方に負けを認めさせたのは彩子さんさ。薫ちゃんがはっきりしないから。あいつ、何事もはっきりしないのは性に合わないから、ストレス限界だったんだよ」

「あののーてんきな竜ちゃんがこう、眉間に縦皺寄せてさ」

美希は両手の人差し指を立てて眉の間をつまんで見せた。

 「それに。色々企んでる奴らがいるらしくてさ。ここんとこ色々不穏なのは薫ちゃんだって知ってるだろ」

 ――それはお前たちが派手にやりすぎたからだろう。

 薫は羅牙にそう言い返そうとして思いとどまった。

 彼女たちが動かなければどうなっていた?

 何もしないことでは誰も守れない――か。

 「お前たちの言いたいことは解ってるよ。でもなぁ」

 薫は自分の拳に目を落とした。

 「薫ちゃんの言いたいことも解るよ。でもね、心情的には緒方の方に付いてやりたくなるわけよ」

「おばかだけどさ、いいやつなんだよねえ」

 それも解ってる。薫は思った。あんなに真っ直ぐな姿を見せられると胸が痛む。しかし。

「ばかはばかだ。あいつのやり方じゃ敵を増やすだけ―――」

 羅牙は薫の台詞(せりふ)を拳で遮った。

 「問答無用だ。薫ちゃん」

 薫は目の前に突き出された羅牙の拳をそっと払った。

 問答無用。長年の付き合いでお互いのことはよく解っている。お互いの言いたいことがよく解っている以上、いくら話をしても無駄なことだ。

 ――それでも俺はダメなんだよ。

 「羅牙、美希、お前たちに俺を止められるか?」

 薫は言おうとしたことと、自分の口から出た言葉が違うことにはっとした。

「俺、今、何て…」

 ――俺はもう何もしないって…。

 羅牙は腕組みをしてにっと笑った。

 「薫ちゃんに何かさせようとするよりよっぽど簡単なことさ。言ったろ、あたしたち強いって」

「待てよ、羅牙。俺は…」

 慌てて訂正しようとする薫に、

「OッKーOッKー」

「薫ちゃん、楽隠居はさせないよーん」

羅牙と美希は口々に言ってくるりと身を翻した。

 笑顔で手を振る。

 「待てって。俺はもう降りたんだからな!」

 駆け出していく二人の背中に、薫は聞いてはもらえないだろう願いを投げつけた。今までそれでやってきたじゃないか。

 しかし、二人は飛ぶように軽やかな足取りで、薫の言葉を振り切って行ってしまった。

 この日から成瀬薫にとって決して楽ではない日々が始まることとなったのだった。

成瀬薫VS不知火羅牙 あとがき


 最古参キャラ、シリーズ最強の男(笑)薫ちゃんとシリーズ最強の女(笑)羅牙さんの対戦。

 書き始めてから終わるまでにえらく時間が掛かってしまった。第五話のあとがきにリストアップされてるやつだから、半年以上放置されていたことになる。(いや、ほかのも放置してあるんだけど)

 何せ、薫ちゃんの性格がああなものだから、話し合いに縺れ込むとダメなんだよね。あんまりきつく言うと(笑)、倒れちゃうだろうし。問答無用でばっさりやっちゃうのが正解。

 本当なら羅牙さんたちも、今更薫ちゃんを引っ張り出そうとかしないんだけど、銀狐やら何やらのせいで「色々企んでる奴ら」が多くなってきたので、使える戦力は使おうっていう方針に切り替えたのだ。素人相手じゃ人間凶器(笑)になりかねない薫ちゃんも、相手が玄人さんだと遠慮する必要がないからね。羅牙さんたちもそうあちこちまで手が回らないし。自分の身を自分で守れる人は自分でやってもらおうっていう(笑)。薫ちゃんにはもっと期待してるけどね。

 ただ、お茶会同好会シリーズ本編が全然上がっていないので、なぜみんながただの喧嘩にこんなに深刻になっているのか(笑)わかんない。どういうわけで特殊能力を持っているのか、どんな特殊事情を持っているのか、色々企んでいる奴らとは誰なのか、わからないことだらけだ。

 というわけで、前回のあとがきでも言ってるように、本編もの(羅牙さんシリーズ、お茶会同好会シリーズ)の方を何とか頑張っていきます。はあ。頑張れ、私。

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。



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