中編
中編
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from:松本
sub:同好会の食事会
香山さんて、味音痴だといっていましたが、それだけではなかったんですよ。
今度の発表会の打ち合わせのときです。
昼食を食べていたら、人の食べ物をとったんですよ。
佐藤さんが、よけていた鶏肉のから揚げを、勝手に食べたんです。
でも、佐藤さんはニコニコしていましたけれどね。
どういう神経しているんだか。
しかも、香山さん。
佐藤さんと、ショッピングに行かないか誘っていたんですよ。
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不倫はいけないことだと思う。
わかってる。
でも、好きという気持ちは抑えられない。
好きなら、愛し合うのは…当然でしょう?
そうじゃないの?
「昨日、魅羽さんと……する夢を見たんだ。明美の横で寝ていたのにな」
彼の声音が、体の中に直に入ってくる。
飲み会の帰り。遅いからと追いかけてきた彼の意図は、とても分かりやすかった。
「奥さんに言いますよ」
「言えばいいよ」
耳元でささやいてくる彼に、挑発するように言っても軽くかわされるだけ。
彼ほど、女性にて慣れしている男を私は知らない。
「わかるんよな。佐藤さんて、良いってさ」
「良いですよ」
意地悪く、馬鹿にするような言葉に思わず反応してしまった。
しかも、恥ずかしい返事をして。
受け流せただろうか。
それとも、男に抱きなれた軽い女だと思われただろうか。
しとしと。
雨の優しい音が、体にしみこんでくる。
木川さんに反応する身体を、優しくなだめるようだ。
駅まで、後10メートル。
「一回だけやらない。俺って、ドコソコの反応がいいって。そーいうところや、体力について自信あるんだよ」
鷹人さん、それは反則です。
貴方の、その声と、その熱で言われたら…。
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from:松本
to:お元気ですか
sub:
……《削除》……
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「女として、エステに行くべきよ。寺尾さん、可愛いのに、木川さんは全然声をかけてこないじゃないの」
それは、鈴木さんもでしょ。
3歳年上というだけで、やたらと威張る後輩に寺尾は周囲を注意深く見た。
休憩室の誰も、自分達の会話に聞き耳を立てていないようだった。
「ひどいですよ。それぇ。こう見えても、彼氏はいるんですよ」
「へえ~」
疑わしげに見てくる鈴木に、内心苦笑しつつ話をかえた。
「そういえば、木川さん。よく経理部にいきますよね。佐藤さん狙いですか。」
「はーん。やっぱり、木川さんのこと気になるんじゃないの」
納得顔でうなづくと、鈴木は身を乗り出しささやいた。
「どうもね。飲み会の後、木川さん、彼女連れで帰ったそうよ」
寺尾は目をぱちくりさせた。
なんと堂々と…。
何を考えているんだろう。私生活に干渉があまりない会社とはいえ、こうも堂々と…。
「本当なんですか」
「勿論よ。駅の方に用事があるって言っていたけれど…。言ったとおりだったでしょ」
納得顔でうなづくと、鈴木は身を乗り出しささやいた。
「間違いなく、佐藤さんを食べたわね」
「……ショックです」
寺尾は目を伏せただけった。
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from:松本
sub:同好会の食事会
オフ会の帰りのとき、雨が降ってきたときのことです。
香山さんが、傘のの無い佐藤さんを、アイアイ傘で駅まで送ったんですよ!
から揚げを取ったのが、後ろめたく思ったんでしょうか。でも、そのままショッピングに行っていたようです。谷さんが、みかけたといっていました。
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木川さんが悪い。
あんなに、魅力的なのに。
粘り強いというか。
“言っておくけど、遊びだからね。遊び”
“当たり前よ。鷹人さんが、あんまりしつこいから。一回だけしてあげる”
この前は、そう返したけれど。
わかってる。
彼も、わかっている。
“言ったとおりだろ、俺達sexの相性が最高だ”
そう、最後に彼が言った言葉。
…最後のわけがないじゃない。
いつも、これっきりと言いながら…。
奥さんが悪いのよ。
ボーっとして、何も構わないから。
“このままでいいのかしら”
“いいじゃないか。楽しいし”
楽しいより、切なさで胸が苦しくなる。
愛してしまったから―…
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from:松本
sub:同好会のお知らせ
編み物発表会の日にちが、決まりました。
開催日程は、後ほど郵送します。
香山さんと佐藤さんのことです。
あのオフ会の後、何回かショッピングに出かけたと目撃情報がありました。
驚きです。
お二人は、水と油という印象があっただけに。
そのことは、同好会の内部でもすごい噂になっています。
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「寺尾さん。ちょっといいかな」
話題の主、木川から話しかけられたのは、寺尾が資料を返した帰りのことだった。
佐藤魅羽と同じ部署とはいえ、彼と口を利いたのは挨拶程度しかない。
不思議に思いながら立ち止まった。
「寺尾さんは、佐藤魅羽さんと同じ部署だよね。彼女とは親しい?」
「親しいとは親しいですけど。プライベートはあんまり…」
さすがに、同じ部署ということは憶えていたらしい。
「その、来月の飲み会にでるかどうか。連絡が来なくてね。社内メールできくのも、ちょっと…。出欠についてきいといてくれるかな?」
「いいですよ。それと…」
グロスをもっと塗ればよかったな。
微妙に首をさげながら、寺尾は木川の瞳をじっと見つめた。
元々彼とは身長差があり、下から見上げるような姿勢だが、これでより誘うように見えるはず。
「あの、真奈美と呼び捨てでもいいですよ。………寺尾というよりは、いいと思います」
意味ありげな寺尾の言葉に、なんでもない風を装いながら木川は笑った。
「ああ。ありがとう。今度から、気をつけてよんでみるよ。佐藤さんに、来月の飲み会の出欠お願いするね。それじゃあ」
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from:松本
to:お元気ですか
sub:
……《削除》……
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休憩室で寺尾は、珍しい人間から声をかけられていた。
「ねえ。鷹人さんと、佐藤さんが付き合ってるって本当」
鷹人さん…ね。この人も、木川と寝た口ね。
確認するように聞いてきたのは、総務部で一番の美人と呼ばれる女性だ。
おそらく、噂に目がない鈴木から聞いたのだろう。
彼女はこういうことが大好きだ。特に、かつて関係があった人間に聞かせたりすることが。
「鈴木さんから聞かれたんですよね。間違いないですよ」
「そうなんだ」
ためらいがちに真奈美は頷いた。
それから、“違うかも”というニュアンスをさりげなく混ぜながら、
「たぶん、鈴木さんから聞いたとおりですよ。でも、飲み会のあった駅のあたりは、その、有名なところだし。そういう噂がたってしまうのは、さけられないけど。その、違うと思いますよ」
「そう、ね。あの駅の辺りって…」
「あそこらへんは、みんなビジネス街ですよ。……歓楽街にも近いですけど…」
「のぼりの駅には、佐藤さんの家の近くよね。鷹人さんはなんの用事があったのかしら」
女性がポツリとこぼした。
よくご存知で。
そう、木川は、車で通勤している。
「よく、しりません。その飲み会には行かなかったので。…佐藤さんが疲れていたのは、飲み会の翌日だったせいですよ」
「…絶対。よね」
ひきつるように、ぴくぴく上下する女性の眉毛に、真奈美は表情を曇らせた。
「ええ。最近、以前に増して綺麗なのは、木川さんに教えてもらった美容院のおかげだといっていましたし」
内心噴出しそうになりがら、真奈美は無邪気に微笑んでみせた。
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