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【超短編小説】拝啓、坂の上からの呪詛より抜粋〜shut say 温野明日〜

掲載日:2025/12/30

 寝相の悪い女にセミダブルサイズのベッドを追い出されてから千羽鶴を折り続けて三年と五ヶ月が経った。

 おれは暇だったし、世界はクソだった。

 独裁者の核や巨大アンドロイド観音が焼き尽くす事も無く、ゆっくりと個人主義による分断や孤立を深めていった。

 たぶん女も退屈していた。

 それは仕方ない。

 そうして、長い眠りから目覚めた女が訊いたのさ。

「暇だったの?」


 そう、暇だった。

 だから部屋は千羽鶴で埋め尽くされた。

 それはまるで刑務作業みたいだし、そうでないなら祈りや呪いみたいなものだ。

 震災だとか戦争だとかで無力感に襲われながらも何かしなきゃと言う公義心に駆られるマヌケを黙らせておくには、千羽鶴だとかってのは丁度良い手慰みだ。

 つまり、おれの為の作業だ。


「もう目を瞑っていても折れるのね」

 おれが眠っていなかったはずがない。

 だが相変わらずおれの眠りは浅く、女との快感連絡船は途絶えたままになっている。

 汽笛は鳴らない。

 おれは

「ごらんあれが潮吹き岬」

「ようこそ月の見える丘へ」

「茂みの向こうに行ってもよい?」

「そこはモザイクの果てよ」

 引き摺る足で進む千歩の先に削げ落ち飛び出る白い物。


 飛翔、地を這う。

 折り鶴の翼は何のためにある?

 二本の足を満足に扱えないおれは一体どこへ行こうと言うんだ?

「ここでは無いどこかへ」

「いつもそればかりだ」

 女は眠り、おれは相変わらず眠れないまま鏡と喋り続けている。


 明るい洗面所の綺麗な鏡は、なんの歪みも無くおれを映す。

「アロー、アロー」

 鏡の中でおれはおれを見ている。

 おまえが言いたいことは分かっている。

「お前は狂えない」

 ほらな?

 何故ならお前は自我も自意識も手放せないし狂いたいと思ってすらいない。

「これは怠惰か?」

「自身からの逃亡だ」

「だがお前には自身から逃げられる足が無いだろ」

「そうだ。おれには無い。残念だったな」

「さぁ、今日も鶴を折るんだ」


 おれは再び千羽鶴を折る。

「笑えよ」

「手慰みだな」

 おれは千羽鶴を折る。

 鏡の中のおれが千羽鶴を折る。

 鶴は増えない。

 女は眠ったままだ。


 行き止まりも何もない。

 洗面所の光は眩しく、それは太陽よりも美しい瞬間がある。

「でも、こうやって積み重ねた宛名の無い手紙を燃やした時に、おれはどこかに行ける可能性がある」

 鏡の中でおれがおれを見ている。

「ほんのちょっぴりの可能性だよ」

 お前はおれとの闘争に慣れている。

 おれはお前のコントロールの仕方を分かっている。

「お前は安全装置の外し方を知っている」

「だから駄目なんだ」

「残念だったな」


 鏡に過去が映される。

「お前は谷底のスカイスクレイパーでケツのデカい上司をファックできなかっただろ?」

「それがおれの限界なんだよ」

 おれのスローモーな欲望。

 不要な上品さ。

「頑丈な首輪を自分自身に付けてるからな」

「お前を飼い慣らしているのはお前自身だ」

 鏡の中でお前の影が伸びてるのが見える。

 おれはお前のハーネスを手放せない。

 それは酒を飲もうが煙を呑もうが変わらない。

「お前は愧とビビりの塊だ」

「もういい加減に飽きたんだ」


 とっくに折り飽きた鶴が鳴く。

 それはおれの笑い声かも知れない。

 折り鶴が羽ばたく。

 イライラする。

「さぁ起承転結で行こう!」

 おれが飽きているのは鶴を折ることか?それともおれがおれでいることか?

 鶴が大きく翼を広げる。

 そこにはおれの願いが記されていた。


 そうだった。

 おれの原稿用紙には日本国憲法が適用されないんだ。

 仕事は燃やして良いし、上司は犯して良い。

 野郎は殺せばいい。

 世界はアンドロイド千手観音に燃やさせてしまえ。

 丁寧さも分かりやすさもいらねぇ。

 おれが独裁者だ。

 さぁ好きに生きろ!


 浅い眠りから覚めるとそこはまだ明るい洗面所で、顔を上げたおれはおれと目が合う。

「まぁ、そこまでやってもお前はどこにも行けないがな」

 そうかも知れない。

 ほら、足跡がついてるだろ。

 笑えよ。

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