縁談
俺に中級貴族からの縁談が舞い込んできた。
もし縁談がまとまったら、一族は安泰だろう。
ただあいもかわらず、
父上も兄上も好きにしろという態度だ。
俺は悩んでいた。
妻がいて、側室を持つのは普通のこと。
都昆も何も言わないし、何も思わないだろう。
しかしそれで本当に良いのか。
そう思っていたら、どうやらこの縁談の件が都昆に知られたらしい。
「旦那様。御縁談があったということで、おめでとうございます」
と彼女は頭を下げた。
その肩は小刻みに震えていた。
俺の胸は締め付けられる。
その苦しみは全力疾走した時よりも、
苦しいものだった。
俺は苦悩した。
都昆……、
お前はそれでいいのか?
そう聞こうと思った。
しかし……、
彼女のことだ。
私は平民ゆえ、
お側に仕えるだけでも……
と言うに違いない。
ダメだ。
ダメだ。
もっと気のきいたことを。
俺は庭にでて鞠を使い、リフティングを始めた。
都昆は俺の姿を見て戸惑っている。
気でも触れたかと思われるだろう。
でもそれでもいい。
俺はそう思った。
汗が垂れてくる。
それでも俺はリフティングを繰り返す。
ふと都昆の顔がゆるんだ。
そしてクスと笑い出した。
俺はリフティングをやめ。
「それだ。
その都昆の楽しそうな顔が好きなんだ」
と彼女を抱きしめた。
彼女の身体からいい匂いがした。
香りまで妻に似てるなんて。
奇跡だと思った。
「俺は君によく似た人を愛した。
そして悲しい別れがあった。
もう彼女とは会う事はできない。
俺は君は彼女の代わりになると思った。
でも君は彼女じゃなかった。
すこし辛い気持ちになった。
でも、君が彼女じゃなくても、
君を好きだという気持ちは変わらない」
と俺は言った。
彼女は俺の胸に深く顔をうずめた。
そして肩を小刻みにゆらした。
胸の辺に熱い感情が沸き上がるのを感じた。
そうか。
これは。
彼女も泣いているのか。
涙は伝染する。
哀しみに涙も、喜びの涙も。
しかし、この感情はなんだ。
喜びというには、あまりも切ない。
哀しみというには、あまりにも明るすぎる。
彼女は深く胸にうずめた顔をそっとあげて、俺をみつめた。
俺の強かったはずの理性は完全に消えた。
そうして、再び彼女にゴールを決められた。
……
都昆と一晩を共にしたことで、気まずさはなくなった。
あとの問題は都昆を妻、つまり正室として迎える方法だった。
俺は父上と母上、兄上に相談する。
難色を示されるかと思ったが、すんなり受け入れてくれた。
「問題は二つある。一つは角の立たないような断わりかた。もう一つは都昆の身分だな」
と父上は言った。
「身分であれば、形の上で私の兄上の養女にして、そこから嫁ぐという風にしては?」
と母上は言った。
「それができるなら問題ない」
と父上は言った。
「角の立たない断り方ですが、当家は虫料理を作れて食える方でないとという風にするのは?」
と兄上は言った。
「そうですね。たしかに相手のお家柄では、蒸し料理は食せても、虫料理は敬遠されますからね」
と母上は言った。
「そうじゃな。では兄上に養女の件頼んでくれ」
と父上は言った。
俺は母に頭を下げた。
「あとは、お前が直接文を書け。文面はわかっておるな」
と父上は言った。
「よかったな。でも油断は禁物だぞ」
と兄上は言った。
俺は3人に礼をし、文をしたためた。
後日相手から、
「姫は食が細いゆえ…」
と遠まわしの断わりの文が届いた。
都昆は、母上の兄上の養女となった。
実の両親とは、戸籍上は縁が切れたことになったが、
帰省などは規制されなかった。
ただ……
母上の兄上からは注文があった。
都昆に教育係をつけること。
たまに都昆と二人で会いにくること。
母上は言った。
「兄上は一人娘を若くして亡くされておられる。
本当ならちょうど都昆と同じくらいの歳。
実の娘のようで可愛くて仕方がないのですよ」
と言った。
都昆に大丈夫か?
と尋ねると
「父上様が3人おられるのは少々贅沢かと思いますが、
私は平気です。
それに旦那様と夫婦になれるなら、こんなものは苦労のうちには入りませぬ」
と笑顔で言った。
あぁ……、
なにこの可愛い顔。
スマホで写真撮りたい。
と俺は思った。
………
今日は教育係の方の来る日。
どうしよう。
怖い方だったら。
でも旦那様のために私は頑張る。
そう言い聞かせた。
「ごめんくださいまし」
玄関で声が聞こえる。
来られた。
私は教育係の方を迎えに行く
すると玄関には小柄な幼女が一人いた。
「はい。どちら様ですか?」
と私は尋ねた。
「教育係の谷茶です」
と幼女は答えた。
「あら……、
ずいぶんお若い」
と私は言った。
「なにぶん童顔ゆえ、
ですが都昆様と歳は変わりませぬ」
と谷茶は答えた。
「それは失礼。中にお入りください」
と私は中に案内した。
谷茶はあちこちを見渡している。
あぁなにか指摘されるのかな。
と思ったら、なにもされない。
「都昆様は、読み書き計算はできるのですな」
と谷茶は言った。
「はい」
と私は言った。
「私の立場で言うのは、少し問題があるのですが、貴族と言っても、平民と変わらぬ生物でございます。本を髪の毛で読むとか、指で計算をするわけではありません」
と谷茶は言った。
「そうでしょうね」
と私は言った。
「これすごく当たり前のことでございますが、この点が重要なのです。貴族の勉強というと、一から全てを習わないといけない。そう思いがちですが、そうではないのです」
と谷茶は言った。
「なるほど。つまりは貴族は平民の応用とでも言えばいいのでしょうか?」
と私は尋ねた。
「その通り」
と谷茶は言った。
「それでどのように変わるのですか?」
と私は尋ねた。
「平民は合理的、貴族は美的というのが一つの基準です」
と谷茶は言った。
「なるほど。それは納得できます」
と私は言った。
「つまり挨拶にせよ。手紙にせよ。いかに美的にするかが貴族なのですよ。
まずこの事を念頭に置き、全てをそれに調整していきます」
と谷茶は言った。
「例えばですが、貴族的な虫料理とはどのようなものでしょうか?」
と私は言った。
「蒸し料理は、野菜の切り方を揃えるとか、そういうところになりますね」
と谷茶は言った。
「湯気で蒸すほうの蒸し料理じゃなく。いなごとか、田畑にいる虫を使った料理です」
と私は言った。
「あぁ失礼。そちらの虫ですか……」
と谷茶は考え込んだ。
「さすがに貴族に虫は難しいですか?」
と私は言った。
「いいえ。貴族は文化を愛するもの。食文化も文化の一つ。それを許容できなくて、何が貴族でしょうか。
少し待ってくださいね」
と谷茶は考え込んだ。
「わかりました。貴族風に作るのであれば、鉄なべで煎り、水分を飛ばしてから、粉々にし、裏越しをして、なにかと混ざ合わせ、それをかまぼこのように蒸して固めるというのはいかがでしょうか?これであれば美しいかも。
ただ色がね」
と谷茶は言った。
「それであれば、昆布の巻物の中にその混ぜ合わせたものを入れるのはどうでしょうか」
と私は言った。
「それは良いですね。昆布の茶色なら、虫の色も無視できますから」
と谷茶は言った。




