対立
大会の第一試合は終わり、次の第二試合は一週間後と決まった。
相手は上級貴族の蹴鞠名家-河貯家。
同じ蹴鞠部の猿彦、雉衛門、犬太郎は、その知らせにがっくりと肩を落とす。
「せっかく第一試合勝てたのに、次が河貯家なんて……、ついてないよ」
と猿彦は言った。
河貯家か……。
名前は薄っすら聞いたことがあるが、依り代の記憶にもほとんどないようだ。
「河貯家って強いのか?」
と俺は尋ねた。
「まぁ強いってのもあるけど、技術というより、体力だな。俺らより一回り体が大きい。
あれに当られると、たいがい吹っ飛ぶわな」
と猿彦は言った。
「そうそう。奴名彦。お前試合でぶつかられていたから、この酒飲んどけ。治り早くなるぞ」
と雉衛門は言った。
「ありがとう」
と俺は言い、酒をごくごく飲んだ。
薬草かな。漢方のニオイがした。
「これは薬草かなにか入っているのか?」
と俺は酒を飲み干し聞いた。
「あぁそれは、薬草をつけた酒に、蹴鞠の強豪選手の糞を入れた糞酒だ」
と雉衛門は言った。
「糞酒?お前なんてもの飲ますんだ」
と俺は言った。
「なに怒ってんだ。傷の回復には糞酒だろ。
この糞酒は強豪選手の糞入りだからな。回復が早いぞ」
と猿彦は言った。
雉衛門も、犬太郎もうなずき、糞酒を飲んでいる。
「酒のあてはなかったか?」
犬太郎は言った。
「ざざむし、イナゴ、カイコくらいだな」
と猿彦は言った。
「じゃあカイコをくれ」
と犬太郎は言った。
それ全部虫じゃね。
と思っていると、案の定、虫だった。
「虫以外にないの?」
と俺が尋ねると
「何を言ってる。お前が虫を食べるのを広めたんじゃないか。孤児とかに虫取りの仕事を与えて、お前だいたい米と虫ばっかりだろ。食ってんの」
と猿彦は言った。
「まぁあんなに頭打ったんだ。記憶がおかしくなるのも仕方がないよ」
と雉衛門は言った。
ちょっと待ってくれ。
異世界転生して、蹴鞠をするのはいい。
それは納得できるし良いよ。
歓迎だ。
でも虫食とか糞酒とか、どんな罰ゲームだよと俺は思った。
……
俺らは、そのまま次の試合があるまで、蹴鞠会会場の近くの宿で過ごした。
さすがに宿の食事は、魚とかだったので安心した。
問題は領地に戻った時のことだ。
自分の依り代が言ったルールだし、孤児が関わるとあっては、今更やめられない。
見た目をどうにかするか?
慣れるかだな。
虫の味は海老のようだと犬太郎が言っていた。
よくよく考えてみると、海老も気持ち悪いといえば、気持ち悪い。
ようは美味いと認識したら、どんなものでもそう見えるのだろう。
そんな風にも思えてきた。
2試合目までの間。
俺は蹴鞠部の選手たちに、鞠の扱いについて指導していた。
みんな始めはどうしたんだ。
という雰囲気だったが、頭を打って、蹴鞠の神様が降りてきたのかもな。
と言ったら、納得していた。
なんで納得できたのか、よくわからないが、まぁこれでいいだろう。
サッカーとか依り代とか言っても通じないだろうしな。
ただやはり1週間では、急な体力の向上はムリだ。
相手は体力がある。
つまりフィジカルエリート。
外国人選手に多いタイプだ。
対抗するには、徹底的な技術力の向上しかない。
特にパス回しについて検討してみた。
まずは、全体を見た時に、自分がどこの位置にいたら、もっとも得点に近くなるか。
これを地面の上に石を置き解説した。
そして、その地面の上の石と同じ形を実際にしてみる。
これをひたすらくり返してやった。
あとはまっすぐに鞠を蹴るには、どの足の位置でどの角度に蹴ればいいか?
これをひたすら説明し、
鞠を紐でしばり、木からつるして、練習をした。
この2つを1週間、
ひたすらやった。
実際の試合形式の練習は一回も行わなかった。
試合形式の練習を軽視しているわけではないが、相手がフィジカルエリートで、こちらとは体格差がある以上。
体格が同じくらいの選手同士の練習はあまり効果的ではないとふんだからだ。
それより、基本的な動きを徹底的にし、チャンスがあれば、俺が得点する。
この戦略が最適解だと思われた。
朝から晩まで、ずっとこんな感じで練習を行った。
通常のサッカーチームだったら、シーズン中の試合時間は2時間程度まで。
自主練が1時間程度だったが、俺らはとことん練習をした。
ただ身体的に辛い訓練をひたすらというよりも、頭を使う練習だった。
宿の飯は蹴鞠会持ちだったため、たらふく食った。
犬太郎がふと言った。
「俺らも蹴鞠で成り上がったら、こんなにいつもたらふく飯を食えるのかな。
領民たちも腹すかせずにすむのかなぁ」
誰も何も答えなかった。
依り代は蹴鞠については、あまり積極的ではなかったようだ。
運動神経が残念だったからだ。
ただ下級貴族の次男坊という立場で、出世の機会はうかがっていた。
孤児の集めた虫を買い取るくらいだから、情は厚いのだろう。
蹴鞠会で勝ち進めば、上に行くことができれば、領地が増えたり、官職が手に入る可能性は髙いだろう。
つまり俺らは強くなれば、たらふく飯を食える。
しかし領民たちが腹をすかせずにすむかは別問題だ。
その事はわかった。
「少なくとも俺らはたらふく食えるようになる。領民たちに直接の恩恵はないかもしれないが、官職が手に入れば、いい仕事を領民たちに斡旋できるかもしれない」
と俺は言った。
「そうか。じゃあ頑張ろう」
と犬太郎は言った。
猿彦も雉衛門もうなずいた。
俺らは貴族と言っても下級貴族だ。
そして俺は次男坊。
権力なんてほとんどない。
猿彦や雉衛門、犬太郎はいとこだ。
いわば分家筋だから、
本家に仕えるくらいしか仕事はない。
彼らにとっても、蹴鞠が唯一の成り上がれるチャンスだ。
俺はJに来ていたブラジル選手の事を思い出していた。
彼はブラジルの貧困層出身だった。
子供の頃、親にサッカーボールを買ってもらい、
ボールが見えなくなるまで一日中練習した。
天才と呼ばれて、サッカークラブに入り出世し、さらに強豪チームに引き抜かれた。
そしてケガをして、うちのチームに入った。
フィジカルはすごいけど、ヘタクソな選手だった。
なんとなく、そりが合わない選手で、お互い敬遠していたけど。
なんか彼の気持ちが、こっちに来て初めてわかる気がした。
不安と希望。
多分、今の俺と同じような気持ちだったんじゃないのだろうか。
彼は俺が戦力外通告を受けた時、選手のなかで唯一監督に抗議してくれた。
「あいつはバカだけど、まだやれる」
って、
バカだけ余計だよと思ったが、泣けてきた。
荷物をまとめている時
「なんであんな抗議なんかしたんだ」
と俺は尋ねた。
「努力がすべてじゃないけど、俺はお前が頑張ってるのを知ってるし、その背中を見て、頑張ろうと思った。お前のことは嫌いだけど、その頑張りだけは認めている。ありがとう。俺の支えになってくれて」
と彼は言った。
俺は
「うるさい」
と涙が流れるのをごまかした。




