蹴鞠会
「おーい、だいじょうぶか。奴名彦」
誰かが呼ぶ声がする。
頭が痛い。
(ずきん)
なんだこの感覚は、誰か別人の記憶が頭の中に入ってくる。
名は真羅奴名彦
20歳
下級貴族の次男
未婚
今蹴鞠会の途中で、相手選手にぶつかり転倒して気を失っている。
厳密にはこの時点で亡くなった。
基本的には運動が苦手
「おーい、だいじょうぶか。奴名彦。よかった気が付いたか。どうだ蹴鞠会、まだでれそうか」
と声をかける男がいる。
こいつは誰だ。
あっ……、こいつは猿彦。同じ蹴鞠部の選手だな。
俺はよろよろしながら立ち上がり、体を動かしてみる。
少し切れは悪いが、まったく体力がないわけではなさそうだ。
「悪い……。猿彦。今どんな状況だ」
と俺は尋ねた。
「3対1で負けている」
と猿彦は言った。
「規定では、たしか……、あの敵軍の陣地に鞠を蹴って入れたらよかったんだよな。手を触れたらダメなんだよな」
と俺は尋ねた。
「まぁそうだけど。だいじょうぶか?棄権するか。もう負け決まったようなものだし」
と猿彦は言った。
「大丈夫だ。やるよ」
と俺は言った。
俺は膝の調子を確認する。よかった故障はない。
「予備の鞠はあるか?」
と俺は尋ねる。
「ほらよ」
と猿彦は鞠を渡してくれた。
俺はとりあえず、鞠でリフティングを始める。
鞠はサッカーボールとは、少し違うが、別に足さばきには問題がなかった。
猿彦は俺がリフティングをする姿を見て、驚いたような表情をしている。
「奴名彦。お前、なんで急にそんなにうまくなった」
と猿彦は言った。
あぁそうか。急に不自然だよな。
「なんだろうな。急にできるようになった。頭を打ったからかもな」
と俺は答えた。
猿彦は怪しむような顔でこちらを見ている。
これ別の世界から来たってなったら、さすがにマズいんだろうなと、俺は思った。
「それでは始め」
と審判から声がかかる。
「行こう。猿彦」
と俺は声をかけた。
しかし、狩衣というのだろうか、この衣装は動きにくい。
とりあえず、鞠をとってから、敵軍の陣地に入れたらいいってことか。
俺は、相手の動きをじっと観察する。
実に遅い。
貴族だからか。
俊敏さにかけて、イライラしてきた。
俺は敵同士で蹴りで鞠を渡している間に入り込み、ヘディングをくらわせる。鞠はいきおいよく。敵軍の陣地に入った。
よし。一点確保
そう思ったら、相手が審判に詰め寄る。
「あんなのは違反だ」
と抗議をしている。
審判は規定書を確認している。
規定書には。
・鞠は手で触れてはいけない。
としか書かれてなかった。
「鞠を頭で飛ばしてはいけないとは書かれてないので、これは得点とします」
と審判は言った。
(おーっ)
観客たちは沸いた。
3対2
点差は縮まった。
今度は俺たちの蹴鞠部から蹴る番だ。
相手側が選手が俺の真似をしようと、頑張るが、まるで当らない。
鞠は俺のところにやってきた。
近いな。
これなら一発で入りそうだ。
俺はリフティングで鞠を軌道修正し、敵軍陣地に蹴り込む。
鞠は少しカーブを描き、楽々と入っていった。
(おーっ)
観客たちは沸いた。
3対3
点差はなくなった。
俺は驚いた。
驚くほどレベルが低い。
天才と呼ばれた少年時代に戻ったような気がした。
「おい。奴名彦……お前狙われてるぞ」
と男が言った。
こいつは……、
雉衛門か。同じ蹴鞠部の選手だ。
「雉衛門。狙われているって?」
俺は尋ねた。
「お前、覚えてないのか?さっき思いっきりぶつかられただろう。あいつわざとだ。俺あいつが狙っているの見たからな」
と雉衛門は言った。
猿彦も近くに来た。
「あいつら選手潰すのが得意だからな」
と猿彦は言った。
「そんなの退場にならないのか?」
と俺は言った。
「審判が買収されてるからな。よっぽどじゃないと、退場にはならないよ」
と雉衛門は言った。
俺は苛立ちを感じたが、似たような経験は今までもあった。
表沙汰にはならないが、審判が見てないところでのファウルは日常茶飯事のようなものだった。
「わかった。注意するよ」
と俺は言った。
よく競技大会では宣誓として『スポーツマンシップ』という言葉が使われる。
これは”正々堂々と公明に勝負を争うスポーツマンにふさわしい態度や精神”と解釈され、
突き詰めると、不正やファウルなどを行わないという事を示すものだ。
なぜこんな事がわざわざ宣誓されるのか?
答えは簡単。
ほとんどが出来てないからだ。
あまり褒められたことではないが、
プロの世界では、相手のエースや司令塔を潰すのは戦術としてよくある事。
むしろ。
それを加味して、なお潰れないというのが、プロの条件だった。
ではどうする?
相手と同じようにファウルを狙うか?
そんな必要はなかった。
試合が再開され、鞠が俺に回ってきた。
案の定、男が突っ込んでくる。
俺は気が付かない振りをする。
男はニヤニヤしながら突っ込んできた。
そしてぶつかりそうになる瞬間。
俺はターンし、男のぶつかりをかわす。
勢い余った男は、審判席向かって突進した。
男の頭が審判員に当たり、審判員は気絶。
男も血まみれになった。
その場で試合は一時中止となり、協議が始まる。
審判員に突進するというのは、異例の事態と。
男は失格処分を受けた。
その後の試合はもうグダグダだった。
圧倒的に俺らが優勢で最終的には15点という大差をつけた勝利を得た。
後から聞いた話によると、ぶつかられた審判というのが、買収をされていた審判だったそうで、
それを聞いた猿彦は猿のように、ウキキキと笑っていた。
プロの世界でも、ファウル狙いの選手が、逆に大怪我をするケースは少なくない。
自業自得だ。
ただ、俺は卑怯だとは思うが、それが悪だとも思わない。
ユースの頃は卑怯だと、理不尽さに怒りをもったが、
あるトップ選手に
「むしろそれをしないと勝てないと思っている相手がいるって事は、自分にとってステータスくらいに思ったほうが良い。ファウル狙い? おやおやお可哀そうな奴だな。まぁ俺ってば、ファウルでもして抑えないと脅威すぎるもんな。ぐらいの気持ちで俺はいる」
と言われて、そこからは、何も思わなくなった。




