帝が押しが強くてマジでひく
「真羅奴名彦殿と、そのお連れの方。帝がお呼びでございます」
と帝からの使者は言った。
「そうですか。されど、帝からのお召があるとは思ってもおらず、正装も献上品も何も用意しておりません」
と俺は言った。
「それはこちらで手配いたしますゆえ」
と帝からの使者は言った。
俺たちは従者も含め、帝の元へ急いだ。
帝に謁見する前に、俺たちは服を着替えさせられた。
着たことのない、上等の絹でできた気持ちよい服だった。
心なしか、背筋が伸びる。
「真羅奴名彦殿をお連れしました」
と使者は言った。
俺たちは帝の前に通される。
そこには帝とお妃様、そして左右に5人ずつの従者がいた。
心なしか空気が薄く感じる。
俺は帝と目を合わさぬように、下を見つつ歩く。
「くるしゅうない。
顔をあげよ――と仰せにございます」
と従者は言った。
「真羅奴名彦でございます。今回はお呼びいただきまして、恐悦至極にございます」
と俺は言った。
たぶん、こんな感じだろ。
帝は扇で口元を隠し、従者に何かを言っている。
「今回の試合、誠に愉快であった。
何か褒美を取らせる。
なんでも言え――と仰せにございます」
と従者は言った。
「お褒めにあずかり光栄にございます。
されど私共は、蹴鞠部という本分にしたがい、精一杯やったのみ、褒美など滅相もございません。
お言葉のみで、これ以上の望みはございません」
と俺は言った。
帝は扇で口元を隠し、従者に何かを言っている。
「なんじゃ。無欲だのう。
そうじゃ。
お主、結婚がまだであろう。
世話してやろう――と仰せにございます」
と従者は言った。
「……それはありがたき事なのですが、私には心に決めたものがおりまして」
と俺は言った。
帝は扇で口元を隠し、従者に何かを言っている。
「それはそこの女子か――と仰せにございます」
と従者は言った。
「左様にございます。都昆と申します」
と俺は言った。
都昆もガチガチに恐縮している。
帝は扇で口元を隠し、従者に何かを言っている。
「都昆とやら。
なにか不足はないか――と仰せにございます」
と従者は言った。
「不足などとんでもありません。
私にはもったいないような旦那様です」
と都昆は恐縮し、頭を下げた。
帝は扇で口元を隠し、従者に何かを言っている。
「都昆。
おぬしは真羅奴名彦のどこに惚れたのじゃ――と仰せにございます」
と従者は言った。
うわ。それ俺も気になる。
でも……
えっそれ聞くの?
都昆の色白の肌が耳まで真っ赤になった。
そして震える声で、
「旦那様は、私の笑顔を見るために、永遠に蹴鞠を見せるような阿呆です。
でも心優しく、とても心が強いお方です。
私はこの方のために笑っていたいと思いました」
と都昆は言った。
帝はにやっと笑い、目を細めた。
「よし、わかった。
今からお主らの祝言を行おう。
この目で見てみたい。
者ども準備をせい」
と帝は言った。
は???
俺と都昆
「「 は???? 」」
……
そうして、いきなり俺と都昆は帝の指揮のもと祝言を行うことになった。
急遽近隣の職人が集められ、多量の料理が用意される。
俺と都昆の衣装は近くの上級貴族から貸し出された。
始めは、帝が自身と妃のものを貸せばいいと言ったのだが、
さすがにそれは問題が起こるのでという事で。
上級貴族が用意することになった。
俺も都昆も訳が分からず、混乱していた。
「旦那様。こんな事許されるのでしょうか……」
と都昆は言った。
「俺も同じ事を思ってた」
と俺は言った。
都昆はクスっと笑って。
「旦那様といたら、どんな事が起きても不思議ではありませんよね」
と言った。
「そうかもな」
と俺は言った。
その姿を見て、猿彦は言った。
「本当に大将は面白いな」
雉衛門も犬太郎もうなづいている。
猿彦も雉衛門も犬太郎も、普段と違って妙に“良家の子息”みたいに見えた。
食事の用意はできた。
あとは神官の到着を待つばかり。
そんな状況だった。
(かんかんかんかんかん)
大きな音がする。
外が慌ただしい。
帝の従者が立ち上がる。
「おい。なにがあった」
「河貯家が武闘派の蹴鞠衆を集め謀反を起こしました。こちらに向かっています」
と近衛兵は言った。
帝は眉間に皺をよせた。
「河貯家が引きつれる兵はどのくらいだ?」
と言った。
「およそ1000です」
と近衛兵は言った。
「都を守る兵は?」
と帝は尋ねた。
「およそ100です」
と近衛兵は目を伏せながら言った。
「恐れながら申し上げます。我ら真羅奴名彦、猿彦、雉衛門、犬太郎も守護のために働きたくございます」
と俺は言った。
猿彦、雉衛門、犬太郎も武人の顔になった。
「その妻都昆、教育係の谷茶も守護のために働きたくございます」
と都昆は言った。
「その従者4名も守護のために働きたくございます」
と真羅の従者も言った。
帝は言った。
「真羅奴名彦とその従者よ。お主らも協力して都を守ってくれ」
「はっ」
俺たちは言った。
……
兵が防備の準備を進める中。
「ところで真羅奴名彦よ。お前ならこの戦。どう乗り切る」
と帝は言った。
「開戦と同時……、もしくは開戦前に司令塔を落とすのが肝要かと」
と俺は言った。
サッカーでも司令塔が強力な場合、司令塔を落とせば、有象無象の集りにすぎないという事は多かった。
「司令塔というのは大将のことか?」
と帝は尋ねた。
「そうですね。司令塔は多くの場合大将です。ですが、まれに参謀が司令塔の場合もあります」
と俺は言った。
「その司令塔とやらを落とすとどうなる」
と帝は言った。
「蹴鞠の場合は、戦いが不能になります。たとえば今回の試合の場合、呪術者は司令塔ではありませんが、精神的支柱でした。こういう精神的支柱が倒れれば、同じように戦闘不能になります」
と俺は言った。
「なるほどな。よしわかった。
今から真羅奴名彦、お前を近衛隊の作戦参謀に命ずる。
従者たちは作戦参謀の直轄の部下とする。
あと10名ほど近衛隊から用意するから、この難局を覆してみよ。蹴鞠勝負のようにな」
と帝は言った。
「はっ」
と俺は言った。
元Jリーガーが転生して蹴鞠を始めて、そして今近衛隊の作戦参謀だなんて、いったい誰が予想しただろうか。
でも隣には妻がいる。仲間がいる。
なにも怖いものなんかない。
俺は狩衣に着替え、戦場に立つ。
前からそれは変わってない。
信じるのは練習だけだ。
END




