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御前試合

三回戦目は御前試合となった。

帝が御観覧されるという事で、会場は重々しい警備体制がしかれていた。


開始時刻は

午前の十時ごろ。

猿彦は

「御前試合は毎年午前に始めるのが習わしだそうだ」

と言った。


「ごぜんだけにか?」

と俺が尋ねると、

「なんだそれは」

と猿彦は答えた。


俺は、あぁここは異世界なんだと。改めて感じた。


「今日の対戦相手は万茶家だってさ。雅で技術力のある蹴鞠部だ。ここが優勝候補らしい」

と猿彦は言った。


「そうか。それで強いのか?」

と俺は尋ねた。


「強いというか、めっぽう上手いらしい」

と猿彦は言った。


遠くのほうから、紫色の狩衣を来た男達がやってきた。

万茶家だ。

多数の従者をひきつれ、堂々とした風体でゆっくりと歩いてきた。

紫色の狩衣は、薄っすらと透かしの文様が入り、田舎貴族の俺にする、一流の職人によるものだとハッキリとわかった。


そして従者たちも、揃いの衣装でシワ一つなく、道具箱も美しく螺鈿細工が施された漆黒の漆塗りで、太陽の光に照らされ、美しく輝いていた。


「あぁこれはこれは。真羅家の皆さん。本日はよろしくお願いします」

と万茶家の男は言った。

その薄ら笑みに、細い目、生白い肌は、スポーツ選手のものではなかった。

しかし……

その細い目には、決して気を許してはならないと警戒させるなにかがあった。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

と俺は言った。


「真羅の皆様なら、大丈夫だとは思いますが、なにぶん御前試合ですので、雅な蹴鞠を……」

と万茶家の男は言った。


「もちろん。粗相のないように全力を尽くします」

と俺は言った。



「そういえば……、

差し出した傘の下には入らないとは。

雨に濡れるのがお好きなようですね」

と万茶家の男は言った。


雅派の傘下に入らなかった事を言っているようだ。


「田舎者の阿呆は、雅な紙傘は使わず、藁で作った粗末な蓑傘を使います」

と俺は言った。


万茶家の男たちは、

扇で口元を隠し、

クスクスと笑いだした。


「捨てる品を使うとは……、

みっともないですな」

と万茶家の男は言った。


「いえいえ。さすてなぶるという立派な思想でございます」

と俺は言った。


「さすてなぶるとは……、

珍妙な名。

聞いたことも見た事もないですな」

と万茶家の男は言った。


万茶家の男たちは、

扇で口元を隠し、

クスクスと笑った。


「それはそれは、

雅で知性派と名高い万茶家の皆様が、

さすてなぶるをご存じないとは、

以外でございました。

さすてなぶるとは、自然の恵みを大事にし、神への感謝を形で表明するという思想でございます」

と俺は言った。


万茶家の男は、

ピクリと眉をしかめ。


「さすてなぶるとは……、

雅ではなさそうですが、

耳に止めておきましょう」

と万茶家の男は言い、

去っていった。


……


しかし、この会場は空気が重苦しい。

御前試合だけに、領地の存亡が関わる。

張り詰めた弓のようだった。


俺達は、

俺と猿彦と雉衛門と犬太郎と都昆と谷茶の6人と従者を4人の計10人で会場を訪れた。

3日前から、近く宿に滞在している。


試合前だし、皆緊張しているだろう。

ここは俺がピシッと何か一言を言って、士気を上げよう。

そう思った。


俺は猿彦を見る。

楽しそうに、会場の女子を眺めている。

俺は雉衛門を見る。

土産物の前で腕を組んで考え込んでいる。

俺は犬太郎を見る。

弁当を食っている。

都昆と谷茶は……。

楽しそうに話している。


あれ。

もしかして緊張しているの俺だけ?


「あのさ。ちょっと悪いんだけど、緊張とかしないの?御前試合だよ」

と俺は尋ねた。


「えっなんで緊張するんだ」

と猿彦は言った。

皆うなづいている。


あれ?俺オカシイの……。

俺は周りの雰囲気を見る。

いや。

みんな緊張しているよな。

ふつうは緊張する。

まぁ緊張しないほうがいいんだけどな。


「御前試合は帝が見るから、なんか緊張とかしないかなって」

と俺は尋ねた。


「私たちは試合にでないので」

と都昆は言った。

谷茶もうなづいている。

なんかめちゃ仲良くなってるんだけど。


「前の試合なら、ケガするかもしれないし、ケガしたら、もうそれで終わりかもしれないから緊張したけど、今回のは雅派だから、乱暴な試合にはならないから、大丈夫だよ」

と猿彦は言った。

雉衛門も犬太郎もうなづいている。


俺は気が付いた。

この試合会場の人たちは、

帝に粗相をしたら、処分されると思っているから緊張する。

でも、

俺の蹴鞠部のメンバーは、ケガをするのが一番怖い。

逆に帝の前であっても、ケガをするリスクが少ないから緊張しないのか。

俺は観念の違いで、世界がまるで違って見える事に驚いた。


「まぁそうだな。ケガをしないから、楽しくやれば良いよな」

と俺が言うと、皆にこやかに笑った。


……

あと10分ほどで試合が始まるという時。


万茶家の陣地に、竹を四方に立てしめ縄をした祭壇のようなものが運び込まれた。

真ん中で、男がぶつくさと何か呪文のようなものを唱えながら、紙になにかを書いている。


「ねぇ谷茶、あれはなに?」

と都昆は言った。


「あれは都で屈指の呪術者です」

谷茶は言った。


「呪術なんてそんな卑怯な」

と都昆は言った。


「規定では禁止されていないからな」

と猿彦は言った。


(はじめ……)

開始の合図だ。


少し動揺したが、俺たちは普段通り蹴鞠をすることにした。


まず、俺に鞠が回ってきた。


俺はリフティングで鞠を調整した。

そしてそこから一気に敵陣地まで蹴り込む。

しまった。

鞠がカーブを描く。

なんだこれは。

これが呪術の力か。

鞠は敵陣地を少しずれ、先ほどの呪術者の顔面を直撃した。

呪術者の身体は天を舞った。


その瞬間。

万茶家の男達は、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。


緊迫した会場は、その姿を見て、笑いに包まれた。

帝の方を見ると、扇で顔を隠していはいるが、肩を震わして笑らわれている。


なんだこの状態は。


あれ……、

俺やらかした?

どうなの?

えっまずい。

いけたの?


審判が万茶家の男と話している。


「万茶家の戦意喪失につき、勝者真羅家」

と審判は言った。


会場は拍手喝采となった。

帝は扇を外し腹を抱えて笑れた。

その姿を必死で隠そうとする従者たちの肩までもが笑いで震えていた。


俺は思った。

『奇跡のバナナシュートby呪術版』だと。


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