天才サッカー少年
『天才サッカー少年』
俺ははじめてのサッカークラブでそう言われた。
ジュニアに入った俺は、天才サッカー少年が多数いる事に気がつく。
そして俺はユースで『サッカーの化け物』の存在を知る。
それでも……諦めず練習を繰り返した。
そしてプロチームに入り、そこがサッカーの化け物ばかりである事に気がつく。
それでも俺は諦めなかった。
筋肉が悲鳴をあげても……
メンタルが崩壊すると警告を受けても、諦めなかった。
そして化け物の上の存在を知る。
『サッカーの神』と『サッカーの悪魔』の存在を……。
天才と呼ばれ天下をとった気持ちだった子供の頃。
あの時が、最も幸せだったと思う。
そして俺は……
ようやく怪我というギフトで、この修羅の道から開放される。
『戦力外通告』
一見その無慈悲なその通告は、
俺にとって……
とても厳しく、
そして優しい……
一言だったに違いない。
しかし……、
涙が止まらない。
これは悔しさ?情けなさ?惨めさ?喜び?
35年の汗と涙が、たった一文で……
陽炎のように、消えてしまう。
『戦力外通告』
五文字……
俳句より短いのに鋭い。
スポーツ選手にとって、この五文字ほど、心をえぐるものはない。
俺は家族に報告するより先に、実の兄貴に連絡をした。
まずは、これから先の身の振り方を考えねばと思ったからだ。
「あの兄貴。俺が預けたお金の運用どう?」
と俺は尋ねた。
俺がクラブに入って稼いだ金の運用は全て証券会社勤務の兄貴に任せていた。
「あぁ調子いいよ」
と兄貴は言った。
「俺、今日戦力外通告受けてさ。預けた金を使いたいんだ」
と俺は言った。
「あぁそうか……、あれな。実は使ってしまったんだ。すまん。ぷーっ。ぷーっ。ぷーっ」
と電話は切れた。
そしてその後、電話はつながらなくなった。
俺は結婚もしている。子供もいる。今35歳。戦力外通告を受けた。
サッカー一筋でやってきて、他になんのスキルもない。
だからサッカーが出来なくなったことを考えて、兄貴に預けていたのに。
使い込まれた。
妻と息子を路頭に迷わす事になるかもしれない。
どうしよう。
俺はとぼとぼと家まで歩いて帰った。
途中の公園で缶珈琲を飲みながら、ぼーっとし。
そして、また歩いては。
休憩しを繰り返した。
いつもなら、もう家についている頃だ。
おや。あれはなんだろう。
遠くになにかが見える。
俺はぼーっとそこに近づく。
(どーん……)
身体を側面から衝撃が突き抜ける。
視界には空が映った。
キレイな雲一つない空が視界に広がった。
身体に痛みが走る。
えっ。
(どすん……)
身体がどこかに打ち付けられた。
「だれか……。救急車を」
「だいじょうぶですか。だいじょうぶですか。だいじょうぶですか」
誰かが耳元で叫んでいる。
(ピーポーピーポー。うぃーん)
遠くでサイレンの音が聞こえる。
どこかで事故でもあったのかな。
まったく物騒だ。
「だいじょうぶですか。だいじょうぶですか。だいじょうぶですか」
誰かが耳元で叫んでいる。
あれ。身体が浮き上がった。
ふと見ると白い服を着た男がそばにいる。
俺はなにかの車に乗せられた。
えっどこに行くの。
俺は妻に戦力外通告を受けたことと、兄貴にお金を使い込みされたことを報告しないと。
そう思い、声にだす。
声はでない。
あれ。俺もしかして車にひかれたの?
あぁ。そうか。これは神様からのギフトなんだ。
俺生命保険をかけてたもんな、これで悩みから開放されたのかも。
そして……俺は緊急搬送される救急車の中で、ぐるぐると走馬灯と向き合っていた。
天才少年
あれ気持ちよかったな。
そうか……
走馬灯は人生の最後に贈られる神様からのギフトなんだ。
俺はそう思った。
だって俺はずっと苦悩し続けていたと思っていたのに、走馬灯の俺は眩しいほどの笑顔で生きている。
そうだ……
俺はサッカーが大好きだったんだ。
競争という面に目を向けると苦しい戦いだったけど、
でもサッカーが好きだったんた。
天国に行く前に、思い出せてよかった。
神様ありがとう。
俺はそう言った。
「いいえ。どういたしまして」
どこから声が聞こえる。
俺は目を開ける。
するとそこは真っ暗闇だった。
そして、ボンヤリと光る玉のようなものが浮かび上がった。
「ここは。そしてあなたは?」
と俺は尋ねた。
「ここは境目だよ。そして私は君ら的には神と呼ばれる存在だ」
と光の玉は答えた。
「俺の人生は終わったのですか?」
と俺は尋ねた。
「サッカー選手として生きてきた今世での人生は終わったが、基本的には人生は永遠に続くものだよ。そしてこれからは次の人生だ」
と光の玉は言った。
「休憩とかないのですか?しばらく天国に行くとか」
と俺は尋ねた。
「君の場合は15分。休憩時間があるよ」
と光の玉は言った。
「ハーフタイムですね」
と俺は言った。
「そうだね。ハーフタイムだよ」
と光の玉は言った。
「また生まれ変わるということですよね」
と俺は尋ねた。
「まぁ生まれ変わるといえば、生まれ変わるんだけど、20歳の青年として始まることになる」
と光の玉は言った。
「へぇ。そんなのあるんですね」
と俺は言った。
「あっ知らないんだ。サッカー一筋で、あんまり常識とかなさそうだもんね」
と光の玉は言った。
「ほっとけ。と言いたいところですが、まったくもってその通り」
と俺は言った。
「20歳の青年なら、サッカーはムリですよね」
と俺は言った。
「あのね。あと5分くらいあるから、特別に教えておくけど、蹴鞠ってのが次の世界である」
と光の玉は言った。
「蹴鞠というと、平安時代とか、貴族のやつでしょ。そんなものやってる国ないでしょ」
と俺は言った。
「別の世界線だからね。日本に似た国の平安時代に似た時代に転生するんだよ」
と光の玉は言った。
「えっそんなのがあるんですか?」
と俺が驚くと、
「あるよ。常識だよ。じゃあ…そこに転生するから。じゃあね」
と光の玉は言った。
そして、光の玉はグニャリと曲がった。




