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8話 忘却の地

 不毛の地ルドラチャ。


 天空大陸『新人類の蔓延る島(ヒュムスイスラ)』が崩壊し、下界に無数の岩石を降らせた時代に地上で最もその被害を受け、<地>から現代の<火>の時代までの三千年を経た今でも芽吹くことのない荒野となった地を人々はそう呼ぶ。


「ったくあのバカ王子にも困ったもんだぜ」


 荷馬車から大きな麻袋をいくつか降ろし、日に焼けた商人が一人ぼやいた。


「言うな。これでも相応の金はもらってるんだ」


 もう一人の男は仕事を終えると、すぐさま御者台に飛び乗った。


「でもよ、こんな辺鄙(へんぴ)な場所まで捨てにくる必要あんのか?」


「……お前、ルドラチャの<死肉喰(グールー)>の話は知ってるか?」


 日焼けの男は最後の袋を荷台から蹴落とし、御者台に顔を覗かせた。


「ああ知ってるとも。その名の通り、死んだ生物の肉を喰らいにくるっていう人型の化け物の話だろ? 何だってんだ、あんなおとぎ話」

「それが、だ。実際にいるんだとよ」

「ははは! ビビらせるにしたって、もう少し気の利いた冗談を言ってほしいもんだ」


 男は荷台から日照りで生温くなった革袋を取り出し、御者台の男にも一つ投げて寄越した。


 二人は一頻(ひとしき)り袋の水で乾いたのどを潤した。


「これはギルドの仲間から聞いた話なんだがな。そいつが訳あってここにきた時だ」

「訳ってなんだよ」

「まぁ聞け。訳ってのはここだけの話、今の俺たちと同じ仕事をしにきたってことだ。そいつは先の仕事を急ぐために受け取ったその日の内に捨てにきたそうだ。分かると思うが、死体を受け取るのは人目につかない夜中だから、馬で丸ニ日かかって、ここに着くのは早くて夕時ってことになる」


「こんな場所に夜いるなんざゾッとしねぇな」

「……案の定、真夜中に捨て終えたそいつはさっさとずらかろうと荷台に乗りかけた。と、なにもねぇ岩陰の辺りから物音がするじゃねぇか――ズズッ、ズズッてよ」


 ズッ、ズズッ。


「お、いよいよきやがったな」

「音のした方に火を(かざ)してみると、さっき捨てたばかりの袋がほとんど無くなってるじゃねぇか。恐ろしくなったそいつは急いで馬を走らせたんだと。そん時に横目で岩陰の辺りを見るとよ、人に似た大勢の何かが袋を引き摺ってた」

「ひえぇっ!」

「ところがまだ終わらねぇんだな。やっとの思いでその場から離れたのはよかったんだが、荷台の方にどうにも違和感があることに気付いたんだ。それでそっと振り向いてみると、やっぱり。捨てるはずの袋が一つ、他の商売道具と一緒になって残っていたらしい」


 ズズッ、ドサッ。ズズッ、ズズズッ……


「で、それのどこに落ちがあるってんだ?」

「そこにあったのは、袋だけじゃなかった――見るからに腐った顔の背虫が、袋の端を掴んでいたんだと!」


「うわぁああ!」


 話を聞き終えた途端、日焼け男は大声を上げて荷台の中を転げ回った。


「おいおい、ちょいと驚き過ぎやしないかね?」

「でたぁあっ! は、早く出してくれぇ! 早く!」


 男の尋常でない驚き方を不審に思った御者台の男は、ちらと荷台とを仕切る布を(めく)り後方を見遣った。


「――っ!?」

 瞬間、男は手に持った手綱を思い切り振り降ろし、馬を全速力で走らせた。


 見る見るうちに荷馬車は元いた場所から遠ざかり、あとには御者台の男が驚きの余りに放り出した革袋と、男たちが置いていった麻袋の内の一つだけが残った。


 ズズッ、ズズッ。


 狭い麻袋に詰め込まれ、元より這うことしかできないカイムは全く身動きが取れずにいた。


 そこへ、荷台から蹴落とされてからもう何度か聞く、足を引き摺る音が一つ時間差を置いて近付いてきた。


「――あぁ、やっばだめだぁ」


 足音の主はカイムの元までやってくるなりそう呟いた。

 口の動きに難があるのか、喉の奥から(うな)るような声だった。


「いっづもおぐでぢっで……おでは、でぎぞごないだぁ」


 発声も(まま)ならず(つたな)い声の調子からは、男女はおろかその容姿を想像することも難しい。


 しかし、声の主が今置かれた状況に酷く落ち込んでいるらしいことは分かった。


「また先を越されたのかいウーちゃん? だからここで待つように言ったじゃないか。獲物を取るのに、君は少し臆病すぎる」


 もう一つの声、今度ははっきりと中年らしい男の声が、先の荷馬車が去って行った方角から向かってきた。


「おや、まだ一つ残っているじゃないか。運がよかったね」

「っく、く、カノ、ぢがう。ごれ、いぎでる。おで、まだおぐでだ」


 二人はどうやら、自身が詰まった袋について言及しているらしいことをカイムは察した。


「本当かい!? でかしたぞウーちゃん!」


 男は息を荒げながら麻袋を開き、カイムは数日振りの新鮮な空気に晒される。


 直接喉に吹き込む空気は酷く乾燥し、おまけに大量の砂埃が混じっている。

 焼けつくような日差しが肌を焦がすこの地は荒野で、自分が間違いなくルドラチャにきたのだと悟った。


「えっ。おで、いいご?」

「ああ! ウーちゃんはいい子だとも! ご褒美に新鮮な果物をあげような!」

「うっ……おで、あれ、ぎらいぃ……」


 ウーちゃんと呼ばれる謎の人物が袋ごとカイムを担ぎ上げる。


 袋に包まれほとんど芋虫のようになったカイムの耳にそっと男が耳打ちする。

「挨拶が遅れてすまなかった。僕はカノ、今君を担いでいるのが助手のウーちゃんだ。僕は新人類(ヒューム)だが、この子は見ての通り死肉喰(グールー)。見た目はあれだが、個体としては珍しく臆病な自我を持っている」

 

 カイムは見えないながらも、自身を担ぐその人物ウーちゃんから発せられる独特な死臭に似たものから、ウーちゃんが只者でないことだけはヒシヒシと感じ取っていた。


「君にはこれから僕たちの研究に付き合ってもらう。悪いようにはしないから、その辺は心配いらない。君の素性は今のところ知らないが、できるだけ最適な適合者(ドナー)を見付けることを約束しよう」

 

 カイムは男が発した聞きなれない言葉に不安を煽られながら荒野をしばらく揺られ、やがて若干湿り気のある洞窟らしい場所まで運び込まれた。


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