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38話 灘の奇跡

 梅雨明けの海岸線。


 日中の火照(ほて)りが遠方から運ばれる風に和らぎ、真夏を目前に控えた絶好のドライブ日和となった。


「やっぱり真っ直ぐな道をビュンビュン走るのは気持ちいいもんだな、津賀!」

「どれもこれも『先生』様様だな、津賀!」


「おっさん、ウェーイ!」


 後部座席で缶ビールを(あお)る巨体と少女は、もう何杯目になるかも定かでない本数を打ち鳴らし勝利の余韻に浸った。


「ったく、ウェーイじゃねぇよ凸凹(でこぼこ)が……俺の分も残ってるんだろうな?」

「たりめーだろゴラァ! 今日は祝杯だぞ! 有り余るほど確保して――お?」


「はははは! 何やってんだよおっさん! 缶ならこの辺にまだ転がって――……」


「ん? お、どうした?」


「う、ウェーイ! なんでもねぇーぜ! な、おっさん」

「おう!」


 二日前の戦いで大破した高機動車は強化を兼ねて復活した。

「いったいどこが変わったの?」といった疑問はさて置き、以前と遜色なく稼働していることだけは確かである。


 修理に要する部品は廃棄車両から拝借したものであり、廃棄場所についても例の情報屋から知らされたものだった。

 また追加の情報によると、先日戦った賊の組織が地域一帯から撤退したことで、ここ第一生活圏と隣接する第二生活圏との境界が撤廃されたとのこと。


 これは賊が『次元領域開発機構』と何らかのつながりがあることを示しており、()つそれらが第一生活圏を防衛する国防軍及び学院の情報を操作していた可能性を示唆(しさ)している。


 ハマナス会と厨たちが戦った痕跡は、賊が使用していたアドブレインに干渉する技術『オーバーライド』を応用したことで、情報屋が一掃した。

 お陰で『突如出現した』大穴と外殻の山を尻目に悠々と公道を走ることができた。


 一行は現在、すでに開通したらしい第二生活圏に続く道を視察するという名目で開いた窓から夜の潮風を感じている。


「やっぱりカズがいないとダメだなこりゃ……。そういや、カズはどうしたの?」


「ああん? 知らね。『用事があるから今日はパスします』だって――ってアイツに用事ってなんだよ! マスか!? マス掻いてんのか!?」

「まぁ笑ってやるなシシリィ。男にとってのマスとは死活問題なんだ――。時には何を差し置いても開催される一大行事とも成り得る――……ふっ」


「……ふっ、はははははははは!」


 爆笑する二人を背に津賀は大きく溜息を吐く。

 その拍子にふと、目の端に一瞬だけ何かが動いた気がした。


「ちょっとその公園寄るわ」


 休憩を兼ねて丁度横に見えた公園の駐車場へとハンドルを切る。


「ふぃ、グッドタイミングだな――……お、おい! 外見てみろ!」


 一行が車から降りかけた矢先、突然角折が大きな声を上げた。


 その指す方を目にした一行は思わず瞬時に身構えてしまう。


「――ォオオオオッ!! リバウンドォオオオッ!!」


 半裸の男が奇声を上げながら宙空を舞い、垂直に腕を伸ばしては着地することを繰り返している。


「何やってんだあいつ!?」


「知らん……しかし、見事な跳躍だ……。軽く三メートルは飛んでないか?」


 呆然と立ち尽くす一行は謎の光景に釘付けとなり、何をするでもなくただその行為に見入ってしまった。


「……リバウンドを制する者は試合を制す(ボソッ)」


「!? お、おい、今なんて言ったんだ!?」


 不意に垂直飛びを中断した男はどこぞに向かって何かを呟き、再び奇声と伴に飛び上がることを繰り返した。


「頂点で、取るっ! 頂点でぇっ、取るっ!!」


「……行こっか」

「……ああ。見事な跳躍だった」


「ええっ、行くの!? あれ、止めなくていいの!?」


 颯爽と歩き出す二人に遅れ、津賀がその後を追う。


 駐車場に残された厨は一人、夜明けまで脇目も振らず一心不乱に満天の星々へと手を伸ばし続けた。


「厨くん……――!」


 その様子を終始目に焼き付ける少女は、人知れず茂みの奥で慎ましくその奇行を模倣した。



 ハマナス会では後に、この夜にあった出来事を「(なだ)の奇跡」と呼び語り継いだという。


 ――宴席で。



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