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3話 懲悪

 夜闇の街道を真っ直ぐと数台の荷馬車が向かってくる。

 ぼんやりと霧に光るランタンを前にして、この辺りではよく見る低めの骨組みに(ほろ)を張った行商風の車を引っ提げ、滞りなく城下を目指している。


 実に上手く扮したと見える。仮に事前の情報もなければ、街門に控える無知な衛兵よろしく、むざむざ見過ごしていたことだろう。


 しかし奴らは紛うことなき悪だ。

 各地の小さな村や行商人を襲い、あまつさえこちらに汚物を持ち込み私腹を肥やそうと目論む害悪なのだ。


 突如馬が(いなな)き、先頭の一台が止まる。


 先方はこちらの奇襲に気付かず見事に術中に(はま)ったのだ。

 鳴いた馬車は傾き、後続の馬は息を荒げ荷馬車は鈍い音を立てて止まる。


 馬車は全部で三。

 御者は矢音と共に地に伏し、異常を察した同行者が荷台から這い出た。

 

 初めの二、三名は間抜けにも矢の的となったが、憐れな残党が一斉に物を投げランタンの灯りを消した。


 それからしばらく辺りに虫の音が戻った。


 夜霧で視界が利かず、おまけにこちらが複数であることを警戒した賊は物音一つ立てず荷台に籠ることに決めたらしい。

 こちらは相手の策に乗らず一気に襲撃することも可能だが、荷台の中身が分からない以上、先方の動きを待つのが良いだろう。


 幸いにも夜はまだ長い。


「参った! 降参だ!」

 場にそぐわない頓狂な男の声が静寂を破った。


 少し遅れて荷台から徐に出る影に矢を向けるが、咄嗟に射線を逸らす。


 声の主は荷台のままに、意に反して現れたのは女だった。

 女は両手を前に掲げながら恐る恐るといった具合に荷台を降りる。

 詳細までは分からないものの、身に着けた衣服や動作から見るに根っからの奴隷という訳ではなさそうだ。

 慣れた奴隷ならば鎖で繋がれた腕を掲げたりはしない。


「どうかお(ゆる)しください! 私共をどうか!」


 女はその場に(くず)れ泣き(わめ)き始めた。

 夜盗に攫われ気が動転しているのか、地に体を伏したまま鎖が引かれるのも意に介さず只々泣き崩れている。


 焦れたらしい荷台の男は強引に女を引っ手繰り荷台へと戻した。


「こっちにゃ女も子供も大勢いる! 死なせたくなけりゃ引いてくれ!」


 語気は強いが男の声はやはり震えている。

 声から察するに体も気に似て大きくはないのだろう。

 必死な口調からはどうしても生き残りたいという意思が伝わってくる。


『他人を踏み躙ることでしか糧は得られない、それをさも当たり前にしてきた世の全てが悪い』と奴らは言い訳をするのだろう。

 奪うは世の常だと。


 であれば尚更悪の道に落ちるべきではなかった。

 奪うことを善しとしない者、平穏を好む者が少なからず存在することを忘れるべきではなかった。

 いずれは更なる強者が我が身を滅ぼすことを知るべきだったのだ。


「火をかけろ!」


 部隊の内の誰ともなく、方々から声が上がる。

 声に応じて慌て出た残党を容赦なく射殺す。


 言葉に遅れて先方がお待ちかねの火矢を幌へと射掛け、更に残党を炙り出していく。


 燃え上がる炎の中、抵抗する夜盗を一人ずつ数人がかりで刺し殺す。

 逃げ惑う者の背中も躊躇いなく刺す。


 後に残ったのは売られ損ねた少数の村民のみ。


 先の男の言葉に反し捕らわれていたのはこの五人だけだった。

 凄惨に晒されたせいか、緊張が解けたからなのか、彼らは一様にその場に頽れ呆然とした後、静かに泣いた。


「焼け残った積み荷からは僅かな農産物と工芸品が見つかりました」

「他には」

「いえ、賊の装備も調べましたがこれと言って確かなものは見つかりませんでした」


 こちらが頷くや否や優秀な部下たちは残された馬や残骸の処理に取り掛かった。


 幸い今回出会った盗賊はかなり小規模のものであったため、恐らく夜が明ける前には街道を塞ぐことなく片付けることができるだろう。

 事前に知り得た情報では規模が少々大きかっただけに三十人の小隊を率いたことが功を奏した。

 お陰で滞りなく徹底して悪の芽を摘むことができたのだ。


 此度の件について改めて先王に報告する必要はなさそうだ。

 しかし着実に城下に蔓延(はびこ)る元凶へと近付きつつあることも確かだった。


 ただでさえ堕落した民の欲をいたずらに掻き立て、僅かな生や金銭をも奪う輩を滅ぼす。

 己が命はその一点に尽きる。


 一先ず残る片付けを小隊に任せ、賊に捕らわれていた人々を引き連れ街へと戻る。


 憔悴し切った様子の五人は重い足を動かしこちらの意思に従った。


 道中、彼らのすすり泣く声が絶えず霧のかかった夜闇の森へと消えていった。


        *


 灯りのない兵舎の一角、カイムは自身の体を寝台へ落ちるに任せた。


 仕事を終えた後、雑に井戸水で体を流し日が差すまで死んだように眠るのが彼の常だっ

た。

 綺麗な仰向けに横たわる姿は「棺桶が似合う」とよく言われた。


「そこで何をしている」


 しかしいずれも眠りは浅く、微かな物音にも反応し目覚めてしまう。

 先まで隣室で情事があっただけに眠りは無に等しかった。


 その騒音の元凶が入って来たともあれば警戒は厳にもなる。


「ねぇ、そんなに怒らないでよ」

「目をつむるのは詰所までだ。誰が入っていいと言った」


 昼夜を問わず仕事漬けの衛兵にとって僅かな息抜きは重要なことだ。

 仮眠を取るも良し、食事、賭博に興じるも良し。

 無論、性交に(ふけ)るのも何ら問題ではない。


 ただし、それは受け手が求めるからこそ良いのであって、決して押し売りされるべきものではないのだ。

 この街の衛兵の誰しもが職務を放棄してでも情事を取るとは思わないことだ。


 カイムは女と共に部屋へと流れ込んだ香の匂いに顔を(しか)めた。


「それに新入り。確か先の小隊にいた獣人(ベネル)だな。金にでも困っているのか?」

「私はフォーラ。世の男が喉から手を出すほどに欲する猫族(マオ)の女。金も好きだけど、今は

あなたに興味がある」


「残念だが俺にはない。出てってくれ」

 男は息をするように言い放った。


 終始好意のようなものを無下にされたフォーラは目の前の男がどうしようもない朴念仁であることを悟ったのか、わざとらしく大きな溜息を吐く。


 念入りに磨き上げた褐色の素肌を衣服で覆い扉の方へ歩み出す。


「そう言えばあなた、妻がいるのよね。どうして会ってあげないの?」

 去り際、仰向けのまま身じろぎ一つしないカイムに向かって、ふと思い出したかのよう

に尋ねた。


 反応を試したらしい女の目論(もくろ)みは虚しく、尚も男は素っ気なく応じる。

「関係のないことだ。任務にだけ目を向けろ」


「つまらない男」。捨て台詞を残したフォーラはそのまま部屋を後にした。


「へへ、違ぇねぇな」

 板を隔てた向こうから老兵が下卑た笑いを零す。


 茶化されたカイムは壁を小突き「寝ろ」とだけ呟き硬く目を閉じた。


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