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37話 晩餐会

        *


 旧共和国ヴァーミル。

 ヘルナム公爵領下、囲郭(いかく)都市センテクイル――


 都市の中央に位置する公爵邸の食堂には、いつになく豪勢な料理が所狭しと並べられる。


 席に座した客人の面々は互いに顔色を窺いながら、ごく自然に公爵との歓談に花を咲かせた。


「いやぁ、実に素晴らしい食事ですな! これもすべて公爵閣下の手腕の賜物でしょう!」

「はははは。いや、老体の身には余る賛辞。どれもこれも皆様の後ろ盾があってこその我らが領地でございます」


 日頃から質素倹約を旨とする公爵だが、遠方からの客人へのもてなし方は心得ている。

 広い机に有り余るほどの料理は多くの国の貴族が客人を歓待するための礼儀のようなもの。


 そうでもなければパンとスープのみが並ぶはずの夕食に、過剰な皿が(つら)なるのはまったくの不本意だった。大して手を付けられることのない料理の数々がゴミと化すのを知りながら用意させているのだ。


 ――これだけあれば、囲郭外の住人がどれだけ助かるだろうか。


 慣れない接待に笑顔を張り付けたヘルナムは客人を前にしながらも、心の内では(せわ)しなく領民たちの食い扶持(ぶち)について考えを巡らせた。


「――して、閣下。少々ご覧に入れたいものがございます」

 客人の内、公爵の席に最も近い男が(うやうや)しく頭を垂れ、入口で控えていた使用人に合図を送りいくつかの魔道具を用意させた。


「我が国のため度重なるご助力をいただく皆様のお申し出とあらば、何なりと」

「有り難きお言葉――。ときに、閣下は『如何なる境遇の領民をも愛する寛大なお方』とお聞きしております」


 大きな食卓を両側から挟むようにして板状の魔道具が着々と設置されていく。


 遠い国では北の大陸から遥々やってきた客人たち。彼らはこれまで幾度となく危機的な経済下にあるヴァーミルに資金や物資を送り支援してきた国々の使者である。


 ()の国々は、何の見返りも求めず小国を支え続けてきた。返礼しようにも贈り物すらろくに出すことのできない小国と知りながらである。

 何か裏があるだろうとは思いながらも、その後ろ盾なしにはもはや身動きが取れない状況にまで疲弊してしまったヴァーミルは彼らに頼らざるを得なかった。


 それがこの期に及んで複数の使者を遣わし、恐らく何かしらの交渉を始めようとしているのだ。

 応接間では敢えて本題に触れず、食事の直後に切り出してくる狡猾さ。

『やはり文人は油断がならぬ』と、ヘルナムは努めて平静を装いながら彼らの様子を固唾(かたず)を飲んで見守った。


「閣下にご覧いただきたいのは、とある国で行われる逸脱行為の一端でございます。少々不快な()が映るかとは存じますが、いかがなさいましょうか?」


 ――いかがなさいましょうかだと!? 食事の席で「不快」な画を見せるなど、彼の国の慣習とはいかがなものか!


「我が国を思ってのことでしょう。是非とも拝見させていただきたい」


 断れないことを知ってか知らずか、男は見計らったかのように投影機を起動させた。

 食卓と天井との空間に特大の映像が投影される。

 投影機の位置から、必然的にヘルナム公爵の座す場所が特等席となった。


 『異国において何者かにより行われた逸脱行為』という悪趣味な内容の上映会の始まりである。


『――なに叫んでやがるんだ、このケダモノがぁ! 黙って死んどけやクソ!』


 上空から映されたらしい映像から聞いたことのない異国の言葉と伴に、信じ難い光景が瞬時に脳を麻痺させた。


 話している言葉の意味は分からないが、乱暴とも取れる強い語気からは敵対している一方に対し怒りを露わにしていることが容易に理解できる。

 問題なのは、武装したヒュームらしい集団が、城壁に向かってきた()()()()妍狼(クーン)()()を槍で滅多刺(めったざ)しにしていることだった。


 仮に彼女が大罪人であったならば、足止め程度に槍で牽制(けんせい)することはあるだろう。

 しかし、映像内で女性に群がる複数の武装人たちは、彼女が崩れ落ちた後も執拗(しつよう)に槍を突き立てているのだ。


 映像が始まり少しも経っていない内から、ヘルナムの怒りは沸点に達しつつあった。

 公爵が手にするガラス容器が細かに震え、中の液体が波打つ様を見た客人たちは「公爵様のお怒りもごもっともだ」と互いに頷き合う。


 城壁から離れた場所へと移動する映像に一瞬だけ獣人らしい者の焼死体が映し出された。これも先の武装人がやったものと見て間違いないだろう。


 急激に視点が切り替わり、しばらく上空を映した映像が旋回する。


 地の方へと視点が戻ると、遠目から徐々に複数の人影が現れる。

 そこには一人のヒュームが複数の獣人(ベネル)の子供たちを引き連れる姿があった。


「ご説明させていただきます。これは先の映像にある国が他国で行う人攫(ひとさら)いの現場を映したものになります。確認されただけでも、すでに百名近くの子供が被害に遭っているとのことです。また、信じ難いことではありますが、国そのものが人身売買を奨励しているとの情報もあるようで――」


 グシャァッ!


「ヘルナム様!」


 ついにヘルナムが握り締めていた器が音を立てて砕け散った。

 慌てた公爵邸の使用人たちは総出で公爵の元に集まり身辺を整えに掛かる。


「……それで、我々は何をすべきですかな?」


 表向きでは落ち着いたように見せかけて、煮え(たぎ)る怒りの情動は長年鍛え上げてきた肉体をもってしてもすでに抑えが効かないまでに膨れ上がっていた。


 予想以上の反応を得られた客人たちはここに来て一斉に起立した。


「寛大なるヘルナム公爵様には、是非とも私共と彼の国のような蛮族共の一掃にご助力いただきたく」


 食堂にいる面々は膝を折り、もはや確信された返答を垂れた頭の上に待った。


「我々センテクイル及びヴァーミル義勇軍は、今日この時をもって貴殿らに協力することを約束しよう! 重ねて火神アグニに誓う! 必ずや蛮族を滅ぼし、この世界に真の平和が訪れるその時まで、粉骨砕身戦い抜かんことを!」


 客人たちを見下ろした巨体は頭上に掲げた盃を勢いよく絨毯(じゅうたん)へと叩きつける。


 他の者もそれに(なら)って一斉に腕を振り降ろした。


「ヘルナム閣下、万歳!」


 その場に居合わせた者たちは皆、(かたく)なな客人ですら一切の打算を抜きにして先頭に立つ男の勇姿を讃え憧憬を抱いた。


 長い歴史の中で虐げられてきた種族、特に獣人は多くの犠牲を伴ってきた。

 そんな彼らと伴に戦い、苦楽を共にしてきたヘルナムだからこそ、発する言葉の一節ですら本物と成り得る。


 故に交渉の席も、熱い鉄が鋳型(いがた)に流れ込むがごとく円滑に進んでいくのだろう。


        *


「はー、かったるい。もう帰っていいかしら?」

 何やら賑わう食堂から離れた広大な化粧室で、一人の女が戸惑う使用人に向けて冗談を飛ばした。


「いけませんフォーラ様。公爵様との大事な場ですので……」


 手荷物を持たせた手を緊張の余りに震わせる使用人に近付き、女の両手が(なま)めかしくその身を這いずる。


「あなた、本当に可愛いわね。後で私の部屋に来なさい」

「――っは、はいぃ……」


 触れる部位を中心に華奢な体をビクつかせる使用人を愛撫する女は、際限なく湧出(ゆうしゅつ)する愛おしさに身を任せ、赴くままに()き出た柔肌に舌を走らせた。


「その辺にしたらどうだい?」


 途中から侵入した邪魔者の気配に気づきながら、女は使用人の少女を強く抱き寄せ、その体越しに無粋な男を睨みつける。


「ここは女の部屋よ。さっさと出ていきなさい」

「ま、普通はそうなるよね。でも状況が状況なんだ」


 動く気配のない男の様子に舌打ちが鳴る。

 ようやく解放された少女は小走りで女から距離を取りながら衣服を整え、一礼の後に男が開いた扉の先へと去って行った。


「くだらないことだったら、あんたを殺すことにするわ」

「君の入れ様に比べたら確かにくだらないだろうさ。でも僕も仕事なんでね――。老人連中が君を探し始めた。ここに来た理由を忘れてもらっては困るよ?」


 ガシャン!


 鏡台前に置かれた陶器の調度品が宙を舞い、男がもたれる壁へと到達した。


「あんな枯れた連中、知ったことじゃないわ。ニブラ様を出しなさい」


「うわぁ、これ高そうな花瓶だよ? 僕のせいとか言わないでね」


 床に散らばる細かな破片が男の足によって絨毯の(ふち)へと追いやられる。


「帰るわ」

「ち、ちょっと、ちょっとぉ! ダメだってば、任務は絶対だよ? これもすべて崇高なるニブラ様のお考えなんだから」


「……くっ」


 苦い顔を浮かべる女の手が、腹癒(はらい)せに男の股間へと伸びる。

 しかし、数秒まさぐった後に極僅かな期待さえ裏切られ、すぐに宙を舞ってお手上げした。


「相変わらずムカつくわね」

「お褒めにあずかり光栄です。戯れはその辺にして、早く食堂に向かおうか」


 大袈裟に差し出された男の手に女のそれが重なる。


「パーティには花が付き物。花は人を魅了するのが役割ですよ、お姉様」

「ふん。なら精々楽しませてみなさいな。ただのお飾りが、おじ様たちを刺し殺してしまわない内にね――シザキクン」


 宴もたけなわ。


 不気味に笑い合う二人の男女が客人たちの待つ広間へと踊るように進む。

 広間から漏れ聞こえる男たちの声色は過剰に満たした血肉の盃に酩酊した。


「すべてぶち壊して差し上げましょうね?」


「はい、お姉様」


 二人の視線はすでに広間を超えた遥か先にある。

 この場における有事など、その先に起こり得るすべての結末に比べれば取るに足りぬ些事に過ぎない。


 ギギギギッ……


 始まりの扉が、無知なる使用人の手によって開かれる。


        *



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