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36話 夜明け

古き誓い(セルヴィタ)

 神々が創造した物の一部である人間が、神々の名のもとに両者間の約束を交わす際に用いる契約魔法。

 原初の理に根付いた最も単純でありながら、(くつがえ)しようがないほどに強固な魔法であるが故に、約束を違えた者には等しく死がもたらされる。


「内容は『有事の際には必ず立ち会うこと』だ。破ることがあれば間違いなく死ぬが、それでいいな?」


「ああ、むしろ望むところだ」


 体が効かないカイムに代わって沼尾がナイフで二人の手の平を突く。


「風神アニラ様に誓って――」


 二人の間に一陣の風が吹き抜け、契約は成った。

 そしてこれが自らの命を掛けた武徳院のケジメとなる。

 互いが交わした約束は<一方が危険に晒された際には必ず立ち向かう>といった内容として解釈された。


「……いい加減顔を上げたらどうだ?」


「――ああ、そうだった」


 空の雲は(まば)らに散り、白んだ空はやがて日の出を迎える。


 どこぞから聞こえる気の抜けた警笛(クラクション)は次第に聞き慣れた排気音へと変わった。


「津賀さん、無事だったんですね……」


 ハマナス会の一行は残ったカイムたちに別れを告げて去る。

 気を利かせたウーちゃんは背後から石屋を抱き、少し離れた場所からカイムらと同じ水平線を仰ぎ見る。


「これから厳しい生となるぞ」

「承知している。武を志す者として、利他に徹することができる生とは願ってもないことだ。きっと君が行く先は、そういうものなのだろう?」


 昇り出した朝日に映える武徳院の表情には一切の憂いもなく、鍛錬のみに明け暮れ、目的さえ見失っていた頃の彼女はもういない。


「俺が見てきた世界は、実に汚いものばかりだった。知る必要のないことをいくつも知った。そうした事物に触れ、心を壊した者たちを何千と見てきた。できることなら、ブトキンのように純粋な者には関わって欲しくないとすら思える。救いとは、そうしたことから人々を遠ざけることを言うのかもしれん」


「でも、君はそうしなかった。現に君は私に『立ち向かう』という選択肢をくれた。私はそれが嬉しいんだ。無力な私を憐れな罪人としてではなく、罪を背負った武人としてくれたことが、何よりも」


「そうか……」


 未だ満身創痍の厨の体が傾き、隣に座す武徳院がその背を支える。


「一つ聞いてもいいだろうか」

「答えられるものなら」


「君はいったい何者なんだ? どうしたらそこまで強くなれる?」


「ふっ、一つじゃないな……。先ず、俺は俺だ。他の何者でもない。それに、俺はまったく強くはない」

「君が強くないのだとしたら、大半の人が木偶(でく)以下になってしまう」


「腕には多少覚えはあるが、上を見ればそれも小さな誤差であることに気付く。殊に武力による強弱など、些末(さまつ)な物差しに過ぎない」


「それでも、私は強くなりたい……! 誰一人欠けることなく皆を守れるだけの力、強大な魔術さえもねじ伏せられるだけの力が欲しい……!」


 カイムは再び思い詰めたような表情を浮かべる武徳院を、朝焼けに(かす)んだ視界に映す。


「君はすでに『強い』。他人のために涙を流し、行動する力を持っている。かつて俺がいた国では多くの民が圧政に不平不満を抱えながら、甘んじて受け入れる姿を見てきた。抗議したところで何も変わらず、時に殺されることを知っているからだ……」


 しかし、命を顧みずその身をもって立ち向かった愚か者もいた。

 無闇やたらに命を危険に晒す行為は感心しない。だが、何もせず奴隷と成り下がり、時に犯罪にすら身を投じる真の愚か者よりかはずっとマシに思えた。


「弱者とされる者たちは決まって行動を起こさない。起こさないよう仕向けられていることを知りながら、起こさない。複数で固まりさえすれば変えられることはいくらでもあったはずだ」


「しかし、力がなければ無駄に傷付くだけじゃないか」


「一人の命で動かぬなら、万人の命で貪食者の寝首を搔けばいい。俺はむしろ変えられると信じて動く『弱者』でありたい……。最後は笑って手を取り合い『ざまあみろ』と言ってやるのだ。貪食者が最も恐れるのは、己よりも武力を有した者ではなく、荒地を耕す働き者の死に違いない」


「……分からない。破滅と知りながら立ち向かう意味が、私には理解できない」


「初めから全滅すると決まったわけではない。故に、最善を尽くして挑む――……つまり皆が等しく強くなれば良い。『誰か』ではなく、すべての者が力を付ける」


「どうしたらいい?」

「分からん。それを信じて鍛えるのみだ。ちなみに……一度は俺に賛同し付いてきてくれた仲間たちの大半は音を上げて去って行った。恐らく、この男も逃げ出したくて仕方がないのだろう」


「この男……とは?」


「……俺からも一つ頼みがあるんだが」


 武徳院はうっすらと開いた厨の目にゆっくりと頷いて見せる。


「この男、カズキのことを、どうか頼む」

「どういうことだ?」

「己の力に気付いたとき、力に(おぼ)れる瞬間が必ず来る……。どうか、その時は、彼の力になってほしい――……」


 カイムはここにきて初めて深い眠りについた。

 疲労した和希の意識が覚醒することもなく、厨の身は一か月ぶりの完全な休眠へと入ったのだった。


 頃合いを見たウーちゃんは厨を背負い、武徳院に別れの挨拶を告げる。


「お疲れさまでした、ブトキンさん。和希さんは私が責任を持ってお送りします」

「はい、よろしくお願いします――っと、その前に」


 武徳院はウーちゃんの背で眠る厨が後生大事に腰にした刀を忘れずに回収する。


「ごめん。うちの家宝なんだ」

「そうでしたか。では、これにて失礼します」

「あ、じゃあ僕も帰ろうかな。朝帰りになっちゃったけど」


 帰る機会を窺っていた石屋が不安気な声を出した。家路へと向かう足にはどこか迷いが見受けられる。


「怒られるのが不安であれば、私が同行しましょうか?」

「!? い、いえ、結構ですぅ!」


 一糸(まと)わぬ女の姿に恐れをなした石屋は、疲れすらも忘れ一目散に駆けて行った。


        *


『――まったく、彼は最高だな』

「ええ。可愛らしい方でした」

『ああ、そっちもそうだが、カイムくんのことだよ。我々は本当に彼に出会えてよかった』

「はい。まったくその通りですね。研究の方も(はかど)りそうです」

『ほう。君も助手としての腕を上げたねぇ――。彼を送り次第、早く帰っておいで。面白いものを見せてあげよう。今なら朝食に檸檬(れもん)を添えて待っているよ』

「……わ、わーい、やったー」

『――……ぐぎゃああああああああ――……!』





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