35話 愉快な仲間たち
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「くそぉっ! 忌々しい劣等種共がぁ!」
遥か上空、鳥人にぶら下がった男が下界に向けて吐き捨てた。
二の腕を千切られ動かすことのできない二本を宙に揺らし、両肩を爪で掴まれ運ばれる姿はまるで捕食前の非力な獲物の姿に似ている。
「おいクソ鳥、もっと丁重に飛べないのか!? 餌を恵んでやってるのは誰だ!」
小心者の鳥人は男の罵声に小さな体をビクつかせる。
ただし、今や確固たる後ろ盾のある彼女にとって、かつて我が身を苛め抜いてきた男を必要以上に恐れることはなく、むしろ憐れみを抱くべき対象でしかなかった。
彼女はすでに優しさを兼ね備えた真の強者を知っている。
『――いやぁ、ご機嫌だねぇ』
「なっ、誰だ貴様は!?」
雲間に星々が瞬く夜空に己以外いないと高を括っていた男は、唐突に頭上から発せられた声に対し過敏に反応してしまう。
鳥人ハルが手に持つインカムは嬉々とした調子で続ける。
『君のことは前々から目に余ると思っていたんだがね。頼もしい助手を得たこともあって、ようやく着手することに決めたんだ』
「穏健派の者か!? やつらを差し向けたのも貴様の仕業か!」
『ふふ。今からどうしてやろうかと疼きが止まらないんだ。どうしてくれるんだい?』
声の主はノイズ交じりに溢れる変声を大音量で垂れ流した。
「貴様がネクロというのならば、私に手を上げることがどういうことか、分かっているんだろうな!?」
『――っはははははははは! 望むところじゃないか。いくらでも掛かってくるといい。むしろ探す手間が省けて有り難いくらいさ』
「バカな……多くのネクロを敵に回すんだぞ!?」
『……ふぅ。ハルくん、例の物を』
主の指示を受け、ハルは懐に入れた袋から一つの布を取り出す。それを徐にぶら下げた男の口にねじ込み、満足気に額の汗を拭った。
「――!? ふがふがふがぁああ!」
『はいはい嬉しくて声も出ないねぇ。――どうだい? 丸三日間履き続け、私の股座で醸造させたパンツの味は? 実に芳しいものだろう――? ……この変態野郎が!!』
「!?」
男は声の主の理不尽な物言いに驚愕する。
更に最悪なことに、この狂人にはどんな話も通用しないことが判明してしまった。
逃れようもない状況に置かれたことを悟った男は眩暈を覚えながらも、今後の立ち回りについて試案を始める。
『言っておくけど、君はもう私の玩具になることが決定している。おめでとう!』
「ふがっ!?」
拍手喝采。
マイク越しに溢れんばかりの拍手と唸り声にも似たどよめきが起こる。
『聞こえるかい! 彼女たちは君の主人、いや、隣人となる者たちだ。うむ、いずれにせよ君の体は彼女らの腹に納まるはずだから、その方がしっくりくる。じっくりと各部を味わってもらうといい――心配せずとも回復手段は複数用意されている。存分に楽しんでくれたまえよ!』
「ふ、ふがぁあああ!」
『うんうん、喜んでる喜んでる……はぁ。もし仮に君がこの状況を「楽しめない」と言うのなら、早急に考えを改めた方がいい。君はやり過ぎた。私の可愛い仲間たちを好き勝手に虐めてくれた分、たっぷりとお礼をしたいと思っている』
「ふっ、ふっ、ふがっ!」
もはや己の行く末が生き地獄のみにあることを確信した男は、形振り構わず全身を激しく揺すり、藻掻き倒し、無駄な抵抗を続行した。
『ありがとうっ! その身を培ってくれた万物、神々の御心に感謝! そして歓迎しよう! 決して終わることのない日々を、我々と享受しようじゃァないかっ!!』
『ぁぅあああああああああああああああああああ!!』
「ふがぁあああああああああああ――……!」
魔の城が闇夜に浮かぶ。
ゆったりと旋回する動きに合わせて、ぽっかりとその口が露わとなる。
『ははははははははははは――!!』
夜空に響く絶叫と狂気に満ちた歓声が思いの外美しい不協和音を奏でる。
これから男が目にする新たな世界は、果たして地獄となるか楽園となるか。
――神々を除いて、それは当事者のみが知るだろう。
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