幕間:ある日の移動教室
「あるところに一人の男がいました」
「どうした急に」
「男はある国の研究者で、妻子がありながら家庭はそっちのけ、日夜うだつの上がらない研究ばかりにかまけていました」
「どうしようもない男だな」
「ある日、男の元に一つの情報がもたらされました。送り主は不明ですが、どうやら他国で行われている最先端の研究に関する内容がつぶさに記されているようでした」
「怪し過ぎるだろ」
「当然、男は新手のいたずらかと疑いました。しかし記された内容に目を通すうちに、それが紛れもなく未曽有の技術であることを理解しました。男はさっそくこれまでの研究を畳み、手紙に書かれている研究へと取り掛かりました」
「あー、ついに始めちゃったか」
「ですが、男は手紙の内容に欠点があることに気が付きます。技術に関する肝心な部分が抜けていたのです。何度も手紙を読み返しますが、やはり見つかりません。しかし、手紙にはまだ続きがありました」
「不穏になってきたな。で、これはいつまで続くの?」
「『某国の研究者を当たれ。場合によっては消しても構わない。これは貴殿の使命であり、断ることはできない』。ここまで読んだ男は死を予感しました。手紙を送り付けた謎の組織は、男が某国の研究者から情報を盗むことを強要し、断ることはおろか失敗することすら許さないと脅迫したのでした」
「男が不憫すぎる。そろそろ授業の準備でもするか」
「男は、失敗しました」
「何があった!? そこのところ気になるだろ!」
「正確には研究の一部を盗んだことが某国の研究者に見つかり、一悶着の末に男はその研究者を殺め、残りの研究内容を残したまま逃亡したのでした。実質的に研究も続けられず失敗してしまった男は、某国と謎の組織の両者から追われる身となったのでした」
「その後男はどうなったの?」
キーンコーンカーンコーン――……
「妻には逃げられ、しかたなく一人残った娘を連れて遠い異国で今も逃げ続けています――ま、これ全部うちの話なんだけどね」
「は!?」
「危険を持ち込んだ男はともかく、娘の方は可哀そうだと思わない?」
「そりゃあそうだろ。え、これって、どこから嘘なの?」
「全部。でも、もしそれが本当だったら、和希は助けてくれるよね」
「絶対いやだ。死にたくないし」
「だよね! じゃあさ、全部めちゃくちゃにしてよ。敵も味方も関係ないくらいに――」
「おい、次移動授業だぞ! 早くしろ!」
「マジか!? どーりで静かすぎると思った!」
「で、今日はなんの話をしてたんだよ。ついに付き合っちゃうか?」
「んな訳あるかよ! えーっと、次はなんだっけ?」
「古典」
「は!? 古典で移動ってどういうことだよ――っつか、希実も用意しないとまずいだろ!」
「私は友達に持っていってもらったから」
「ねぇ、俺ってハメられたの?」
キーンコーンカーンコーン――……
「なに話したか聞かせろよ」
「今じゃないだろ! 急ぐぞっ!」
「……期待してるからね、ブラフマン」
「――おーい、希実! 走れよ!」
「大丈夫だよ。先生いつも来るの遅いじゃん――!」




