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24話 学院襲撃③

「まったく、酷いことをしてくれたね……」


 部隊に背を向け白衣で少女を覆うようにその目を(はばか)った神野は、瞬時に治癒魔法を掛け徐に少女を抱え上げる。


「――神野教諭! それをどこへ持っていくつもりですか!? 此度は捕獲の命令など受けておりません!」


「そう。じゃあ、私が連れていくから問題ないね」

「なっ!? そんな言い訳が通用するわけ――」


「あれでいいんです、教官。知っての通り、彼女は国防軍から認められている研究員です――非正規ではありますが。下手に手を出して消されたくはないでしょう?」


 一部始終を見届けた宮藤が神野と入れ違いに現れ、神野に食らいつこうとする男性教官を宥めた。


 当の神野は抗議する教官へ振り向くこともなく、校舎へと歩みを進める。


「手伝おう」


 駆け寄ったカイムが神野の抱える少女を引き継ごうと手を掛ける。

 が、神野はそれをそっと(かわ)し、小さく首を横に振った。


「和希くん。君にはまだ、やるべきことがあるだろう?」


 自嘲気味に笑う表情は十六を迎える少女にしてはどこか疲れている。


 心を見透かすように視線を留めるカイムに小首をかしげて胡麻化した。


「すまん、あとは頼む――」

「ああ。気を付けて行っておいで」


 神野に見送られたカイムは校舎に掛けられた非常用の外階段をひたすら駆け上がり、屋上へと向かった。


 ガシャガシャッ! スタッ


 屋上と外階段とを隔て閉鎖された鉄扉をよじ登り、縁に面して気持ち程度の植栽が植えられた人工芝の絨毯へと飛び降りる。


「そこでなにをしている!」


 元より隠れる気のないカイムは声を張り、屋上の隅にある『変電室』の札が貼られた小さな建物の前で佇む男の注意を向けさせた。


 カイムは男から死角にあるフェンスに背を預け、やや高い位置から屋上出入口の上部に設けられた出窓越しに様子を窺った。


 男との距離は遠く、男はカイムとほほ対角の場所に立っている。


「アドブレを切っているとは変わった生徒だな! 法令違反だぞ! ――心配するな! 私はここの教員だ!」


 本来「全国民の医療サービス促進」という建前で、実質上監視下に置く目的で投与を義務付けられたアドブレインにオンオフを切り替える設定はない。

 また、機能していないアドブレインを一定期間放置、或いは意図的に遮断する行為について罰則が設けられている。


 しかし「教員」と自称する男はそれを知りながら見逃すつもりでいるらしいが、カイムがその事実を知り得るはずもなく、訳の分からないことを話す男により一層警戒を強めた。


 声のする方からおよその位置を計った男は、ゆっくりとカイムのいる方へと近付いてくる。


「動くな! 次は手足を切る!」


「面白いことを言うな君は! 本当に私は学院の教諭だ! 名を棚木(たなき)という!」


 嘘だと思うならと、カイムにアドブレインで認知することを勧める男だが、当然ながら持ち合わせのないカイムにその要求を飲むことはかなわず更に膠着(こうちゃく)状態は続く。


「しかし手足を切ると言ったが、いったいどうするつもりだ!」


「無論、風魔法だ! そこにいる目的を言え!」


 カイムの警告を聞いても尚、徐に男の片足が地から離れる。


 ビシュッ――ガッ!


 瞬時にして発生した真空が男の足を置いていた芝の地面を的確に引き裂いた。


「ほう、見事な魔術じゃないか! こちらに起動を悟らせることなく、これだけの威力を出せたなら上出来だ! いいだろう、降参だ! ここにいた理由だが、こいつを吸うためだ!」


 言って男は中途半端に両手を挙げ、手にしていたタバコを振ってみせた。


「本当のことを言え! 火が点いていないのが分かるぞ!」


「――タバコが分かるのか!? ちょうど吸おうと思っていたんだ、君も一つどうだ!」


 一向に真意を吐かない男に苛立ちを覚えたカイムは口を閉じ、そのまま男の出方を観察することに決めた。


「今度はだんまりか……。近頃、ここを悪用している生徒がいるようでね。どうしたものかと様子を見に来たんだ」


 棚木と名乗った男は、屋上の一角で行われている生徒の非行を把握している。

 加えて、仮に職務を放棄し喫煙しに来た行為が真意でなかったとしても、『変電室』の周辺が学院の管轄から外れていることを知っている可能性が高い。


 屋上には男の他に何者の気配もない。

 緊急事態であるため、何らかのつながりはあるにせよ、ここで以前石屋に絡んでいた連中と会っていた線は極めて無に等しい。


 では、ここにいることになっていたはずの対空部隊の姿がないこと、有事にまったく機能していなかったのはどういう訳なのか。カイムが欲する真相はそこにある。


「質問には答えた、私の質問にも答えてくれ! 先の魔術だが、あれはどうやった? 大方(おおかた)事前に複数の術式を構築しておいたのだろうが、実に見事だった! 是非ともご教授願いたいものだ!」


 先のこともあってか、その場に佇む男は両手を広げ、必死に敵意がないことを強調している。


「――対空部隊とやらはどうした!」


 男の問いには応じず別の質問を投げ掛け、飽く迄、主導権はこちらにあるということを示す。


 実際、カイムは男の言う通り「事前に用意されていた」魔法を行使した。


 元より実態の伴わない方法を好まないカイムは、自らエーテルから魔力を練り、神々に赦しを請うことはしない。

 しかし、生前より魔法に適性のある固有魔素を持ち、エーテル体となった今のカイムでさえ魔法を使うこと自体は可能であった。


 〈増幅魔法〉。神々を信仰しながら、魔法を避け続けてきた生前のカイムが生得的に身に付けていた体質であり、唯一奥の手とする魔法だった。


 神の名を問わず、自身を対象として引き起こされた魔法をある程度任意に増幅させることができた。

 他者が使った魔法の残滓を取り込み、自身の魔力に置き換えることで一定期間保留することも可能であり、それを増幅して撃ち出すこともできた。


 ただし、使い様によっては一国をも揺るがしかねないこの体質を、未だかつてカイムが自覚したことはなかった。

 更に残念なことに、生前、偶然自身に向けられた風魔法を見様見真似でやってみたことがきっかけとなり、「己には風魔法の素養がある」と思い込むようになってしまっていた――おかげで風魔法はちょっとしたものである。


 不随意に増幅されることも間々あり、むしろ世界級の賜物(ギフテッド)を自覚しないカイムにとってはその方が圧倒的に多かった。


「あぁ……不要と判断し院外の警戒に当たらせたよ。ところで君、いったい何者だ?」


 男はその場にしゃがみ、風魔法によってえぐられた人工芝の辺りに触れた。


「魔法は残された残滓を読み解くことで、発生させた者をある程度特定することができる。ましてや魔法を扱える者など、この世界ではそういない。短時間では個人とまではいかないが、その者がどちらの世界に属しているかなどすぐにでも――」


 ガシャッ


 不穏な空気を察知したカイムはすぐさま鉄扉に飛び移り、退散を試みた。


「貴様ぁ、穏健派(ミッド)の手の者か!? くっ――『束縛(ハェレアム)』!」


 身動きが取れたことを瞬時に理解した男は外階段が見える位置まで駆け、逃げ去ろうとする人影に向けて苦し紛れの魔術を放った。


 かすった程度ではあるが、魔術は確かにその背に当たった。

 しかし男の意図に反し、それが屋上に留まることはない。


 凄まじい勢いで外階段へと消えた影は二度と男に姿を見せることはなかった。


「――『穏健派と思われる者と接触した。これで屋上にある「変電室」が奴らのものである可能性が高まった。未だに〈鍵〉が難解すぎて開く気配もないが――。ははっ。それと、アドブレインに覚えさせた『束縛』、つまりお前の〈魅了(チャーム)〉だが、その男には一ミリも効かなかったぞ!』」


 屋上のフェンスから撤退する生徒たちを見下ろしながら、男はどこぞに向けて語り掛ける。


「……名無しの男(ノーフェイス)。近いうち、お前は必ず私の手で始末する」


 男はポケットから取り出した箱を握り潰し、屋上端を陣取る金属製の慎ましい建物に向けて放り捨てた。


 建物に弾かれた箱から折れたタバコが一本飛び出し、血で湿った人工芝の上へと落ちた。


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