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22話 学院襲撃①

 海風がやや強く教室のカーテンを揺らした。


「――風色が変わった。臭うな」


「え、急にどうしたの?」


 三十数名の生徒が課題の解答に勤しむ中、カイムは窓際から校庭を眺めながらふと呟いた。


 教師の目を盗みつつ、カイムの前席にいる石屋もそっと校庭を覗く。


「……何も、ないんだけど」


「厨さん。問題が解けたのなら前で説明してみてください」


 授業開始から卓上のキーに一切手を付けようとしないカイムの態度に業を煮やした教師は、壇上のスクリーンをまっさらに戻した上で厨を名指しにした。


「すまん。どうも算術は苦手でな」

 カイムは即座にその場に立ち上がり、にべもなく言ってのけた。


「くくく……バカだあいつ……!」

「おいやめろ……とばっちり食うぞ」


 努めて平静を装っていた教師はこれまでのカイムの言動に耐えかね、乱暴に椅子を押し除け立ち上がった。


「厨さん! なぜ君はまともに授業を受けようとしない!? 文句があるのならはっきりと言いなさい!」


 普段は温厚な数学教師でさえ、ついにカイムの言動にキレた。


 しかし尚もカイムは悪びれる様子もなく直立している。


「風が、泣いている。女神アニラ様が嘆いておられるのだ」


「――ぷっ。いや、意味わからんし!」


 その場に居合わせた生徒たちはカイムの追い討ちを受け一斉に吹き出した。


 品行方正な武徳院ですら笑わずにはいられなかった。


「――来る!」


 カイムが机脇に掛けた鞄を手に取った直後、校内に緊急時のアナウンスが流れ始めた。


 外では市街中のスピーカーが唸りを上げている。


『緊急警報発令。生徒は教員の指示に従い、直ちに所定の位置に移動し臨戦態勢に入ってください。対象は獣魔族およそ十、市街東及び沖合より発生。学院方向へ逃走中』


 生徒たちの脳内ではアドブレインから『魔族発生』の緊急アラートが繰り返し発せられている。

 アラートの深度は深く、赤文字の羅列が視界をぐるぐると回った。


 教室は先の(おど)けた空気から一変し、張り詰めた緊迫感が漂う。


「みなさん落ち着いて! 本学院には強力な防衛システムが備わっています! 万が一突破されても教員や先輩方が魔族を撃退してくれます! どうか落ち着いて!」


「――でもよ、それと同じシステムを突破して来たんだろ? やばいだろ」

「だよな。最近じゃ街にも普通に入って来てるらしいぜ」

「つーか先生たち戦えんのかよ」


 動揺する生徒たちは不安を募らせ、教師の指示に反して次第に騒ぎ始めた。


「イシヤ、『マゾク』ってのはなんだ」


 カイムは鞄からタオルに巻かれた包丁を取り出しベルトに納めた。

 それから半身を外に晒し、窓から見える範囲を見渡す。


「魔族を知らないって……そもそも、この学院はその魔族の侵攻を防ぐ目的で創られたんだけど」


「侵攻、つまり敵なんだな」

「う、うん。何度も実技の授業で聞いてると思うんだけど……。ざっくり言うと、魔族は僕たちみたいにアドブレに頼らなくても魔術が使える生命体のことだよ」


 石屋は世界の常識を全く理解していない厨に向けて学院や魔族について概要を伝えた。


 六十年前のある時期を境にして突然世界中で大量発生した未知の生命体は、どの個体も例外なく人を襲うことが分かった。

 当時、魔族に対抗し得るだけの軍事科学技術は既にあった。

 しかし、それは外洋や諸外国、大陸において扱われるものであり、市街地での運用は想定されていなかった。


 加えて、従来の日本に『魔術』がなかった。

 それによりこの国は十数年間苦戦を強いられることとなり、国土の大半を失う結果を招いた。

 分断された日本において、魔族の侵攻を免れたのは常陸の地を除いて未だに確認されていない。


 銃撃や爆撃すら打ち消し、尚且つそれ以上の威力を持つ未知の技術。

 それは仕組みが未知のために〈魔法〉と呼称するよりなかった。


 人々は〈魔法〉の早急な解明が求められた。

 捕虜として捉えた魔族を利用した研究は今も尚最重要事項として挙げられる。


 課題として、外洋や既に占拠された戦線付近の大規模な防衛は勿論、市街地での突発的な戦闘に対処するには、国民一人一人が力を有する必要があった。


 そこで、自然発生的に出現する知的生命体からの災害を防ぐための人材を育成する目的で『常陸防衛学院』が五十年前に設立された。


 生徒たちは『生活圏(パブリック)』と呼ばれる小さな国土を(まも)るための術をここで学ぶ。

 厨や石屋はその高等部の所属となっている。


 学院では従来の教育に加え、魔術や戦闘術を学ぶための「防衛学」を必須とする。


 大半の国民が潜在的に不得手とする魔術を克服するため、その適性に関わらず、全生徒が魔術を扱えるよう、本来は医療目的で使われてきた体細胞付加型微細機(アドブレイン)を媒体としている。


 また、アドブレインを媒体とする魔術と区別するために、魔族が使う未知の術は全て〈魔法〉と位置付けられた。


 魔法を模した『魔術』と〈魔法〉とでは、もたらされる結果に大差は無いものの、媒体を介するが故に辿る経過がまったく異なる。


 魔術はアドブレインを介して起動し、生活圏内の大気中に散布された医療用よりさらに軽量化された戦術型アドブレインの活性を基に構成している。

 対して、この国において魔法は如何なる経緯で生み出されるのかも不明であり、常に未知の領域にある。

 魔族の目的は未だに解明されていないが、人と同様に複数体での統率の取れた動きを見せることから「知的生命体」とされる。


 彼らは媒体無しで魔術を扱うことから、いつしか『魔族』と呼ばれるようになった。


「外見は、黒い毛皮に覆われた獣みたいのだったり、大きな人型だったり……」


「ずいぶんと曖昧だな」

「色々いるんだから仕方ないよ。それに何だか、認識阻害の技術を使っているらしいんだ」


 石屋は旧式の体外端末(デバイス)に魔族と思わしき画像を映し出して見せた。


獣人(ベネル)じゃないか。見たところ、これは猫族(マオ)か? 遠過ぎてよく見えん」


「ベネル? マオ?」

 石屋は聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「訓練場まで移動します! 速やかについて来てください!」


 生徒たちが教師の指示で廊下に列を連ね移動を開始する。


「イシヤ、行ってくる」

「え、どこに!?」


 唐突に踵を返したカイムは石屋に声を掛けるや否や昇降口へと走った。


「ああっ! 誰か、早く彼を止めて!」


 慌てた教師は叫びながら、殿(しんがり)の武徳院に目を向ける。


「ちょっと、カズさん!?」


「委員長! 二人を止めてください!」


 更に列から離脱した志崎がすぐにカイムの後を追う。


 教師から指示を受けた武徳院は志崎が横を走り抜けるに任せ、刹那の躊躇の末、口を開いた。


「……先生、どうかみんなをお願いします!」


 教師や生徒の期待に反して武徳院は委員長の責務を放棄し、包丁を片手に校庭を疾走する厨の元へと向かった。


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