表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/41

20話 ハマナス会②

「やり過ごすしかなかろう。念のためアドブレインはすべてオフラインに切り替えろ」


「なんだ敵か。切り捨てるか?」

「どうしてそうなるんだ!? いいから、お前はもう黙ってろ!」


 角折は丸め抱えていたタオルをカイムに押し付け、急ぎ魔法の詠唱に集中した。


真名(まな)を記せ、箱に入れろ、有象(うぞう)の意を()(うつつ)を抜かせ。――汝に伝うは蔓手毬(ツルテマリ)。深き地母の慈愛の葉、白く(たっと)御手(みて)に抱かれよ――〉


 幻惑と隠匿(いんとく)の魔法を唱えた角折は、ミラー越しに運転席の津賀に目配せする。


「やあ、こんばんは。良い夜ですね」

『――ぶっ、アホ……!』


 気持ち程度に窓を開き、車に近付いてくる二人組に向かってご機嫌な挨拶をする津賀。


 言葉とは裏腹に荒れ狂う外の景色とのギャップに思わず角折が吹いた。


『貴様ら、そこで何をしている?』


 窓越しに現れた一人が手近の津賀に自動小銃を突き付ける。


 人型を模した特殊装甲『外殻(エンベロープ)』を身にまとった男の表情は窺えない。

 全身を覆う装甲のせいで人より一回り以上大きくなった図体は威圧的で、怪しく光る単眼(モノアイ)も相まって見る者を委縮させる。


 これには堪らず津賀は両手を挙げざるを得なかった。


 もう一方は車を一周見回した後、少し離れた位置に停止させた装甲車に戻り、上部に備え付けた機関銃をカイムたちの乗る旧式の高機動車へと向けた。


「何って、そりゃ見ての通りですよ」


『何故、通信を開かない。分かるように説明しろ。厳重警戒中につき、怪しい動きがあれば発砲も許可されている』


「『――チッ、これだから頭の固い連中は』……ああ、はいはい。コスプレですよ、コスプレ。分かります、コスプレって?」

 津賀は妙に演技がかった仕草で詰襟を正してみせた。


『貴様らの話は聞いている。「旧時代の文化に固執する変態染みた集団がいる」とな』


 男は不意に機関銃の方に向かって大きく手招きをした。


 車内で肝を冷やした沼尾たちのもとに、もう一方の外殻が近付いてきた。


『どうしたんすか。なにか問題でも?』

『見てみろ。話に上がっていた例の変質者だ』

『っうわー、本当にいたんすねー。こんなダサいことよくできますよねぇ。っていうか、アドブレ使わないとか手間かけさせんなよ』


 招かれたもう一人の男は若く、比較的口が軽い印象を一行に持たせた。


「おい、若造。これのどこがダサいって!? 分かるように説明してみろ!」

『――おっさん、落ち着いて……!』


 突如、助手席から運転席側の窓に向かって乗り出しそうになる沼尾を、津賀が慌てて押さえて聞かせた。


『この古臭い車もないっすよね! よくも恥ずかし気もなくこんなポンコツに乗っていられますよ』


「……おい、テメェ……! 今、俺の車を侮辱しやがったな!? あぁ、おぉい! 国防軍だかなんだか知らんがお高く留まりやがってよ! 俺から言わせりゃ、テメェらの屁みてぇな音しか出さねぇ車のがポンコツだね! ハンヴィなめんじゃねぇぞ、ごらぁ――!」

『落ち着け、津賀……! お前の言いたいことは分かるが、確かにこれは奴らのお古だ……。お前が苦労して改造したこともよぉく知ってる……最高だよな、ガソリン車……!』


 扉を開き今にも外殻に掴み掛って行きそうな津賀を、助手席の沼尾と後部の角折が両手を回し全身で押さえ込む。


『さっきから気になってたんすけど、そこのゴミはなんすか? ぷっ、まさか食うつもりじゃないですよね?』


 年若い男は、角折と志崎の間の座席に置かれた大量の蔓草(つるくさ)を指して笑った。


「ははははっ! ゴミとは酷いな……。『あんたらのように気に入らないものを全て排除するような無能には分からないだろうが、』これは蔓手毬と言ってね、とっても優秀な植物なんだよ。『あんたらと違ってね』。もちろん、若芽は食べられるし、蔓は干して籠にもできる――」


『知らないっすよ、そんなもん。要は雑草じゃないっすか? 不衛生だし、正直有り得ないっす』


「『殺すぞこのクソガキ――』ははは……咲く花は見ての通り小さくて、白くて丸っこい花は派手さはないけど可憐で、見ていて飽きない。近くで見てみるかい?」


 角折が淡々と男に話して聞かせる語気は至って穏やかだが、聞く者によってはその節々に青筋が立っているのが容易に想像できる。


 (こと)に、オフラインにおける通信を逐一共有する沼尾らにとっては気が気ではなかった。


『話にならないっすよこのガキ。おかしな奴らと関わり過ぎて気が狂ったんじゃないですかね。構ってるだけ時間の無駄ですよ』

『そのようだな』


『『――……よし。こいつら、殺そう』』


 一先ず男からの雑言に耐え切った角折を鏡越しに頷き(ねぎら)った一行は、すぐさま満場一致で車外の二人を始末することを決定した。

 学院外の「ハマナス会」での活動では常に人畜無害で通っている志崎ですら、度重なる仲間への侮辱に殺意を禁じ得なかった。


「――聞いていれば、お前。年長者に対する敬意がまったく足りていないんじゃないか?」


「ばっ、お前……! なんで出てきた!?」


 完璧に隠匿されていた空間を破り、唐突に後部座席の蔓草の間からカイムが現れる。


 外側からの干渉には一切の影響を受け付けない隠匿魔法であっても、内部から外界に向けられる動きには極めて弱い。つまり、黙っていればいくらでも押し隠すことができる。


 故に、このタイミングでカイムが自ら現れてしまったことに一行は驚きを隠せなかった。


『貴様っ! どこから――!?』


 先のオフラインでの交信が冗談交じりで実効性に乏しいことを知っている沼尾たちは、本心ではキレながらも、検問にあたる国防軍の端くれから逃れる時を耽々(たんたん)と窺っていた。


『やむを得んっ! 人型(デコイ)を使え!』


「アイ、マッ!」


 オフラインで沼尾の指示を受けた津賀はすかさず車内に備え付けたGPSの座標をタップし、予てから用意していた秘策を実行に移した。


 ウウウウウウウウーッ……!


『――アラートだと!? なぜこうも立て続けに――』


『座標、きました! さっき反応があった海岸線付近、我々が最も近くにいるようです! 「直ちに急行します!」』

『おいっ、待て! 勝手に動くな!』


 男の肉声による制止は部下に届かず、外殻の自動走行機能に任せた部下は新たな生体反応があった現場へと赴いた。


「あのー、俺たちはもう行っていいですかね?」


『……クソッ! さっさと消えてしまえっ!』


 忌々(いまいま)し気に大きく腕を振り降ろした男は、沼尾らを顧みもせず無人の装甲車を引き連れて若者の後を追って行った。


「この手は使いたくなかったんだけどね」


 津賀によると、今回(はな)った人型は本来、有事の際に生活圏内外を行き来する仲間の囮になるはずのものだった。


 東の一の鳥居沖にある異界との接点(アクセスポイント)を国防軍に占拠される以前、万が一に備えて接点周辺に仕掛けておいたデコイの発射台がいくつかあった。

 それらは隠匿魔法によって国防軍の目からは逃れていたものの、二年前から出現場所が定まらなくなった接点に取り込まれ、今回の一つを残したすべてのデコイが消失していたのだった。


「仕様あるまい。背に腹は代えられんのだ」


「――どれもこれも、この大馬鹿者を拾ったせいだ……! どうするんだ、あれは向こうから来た者を隠すために残した、唯一の手段だったんだぞ……」


 手段の一つを失ったことについて楽観的な男たちとは対照的に、角折は悲痛な声を上げ頭を抱えた。


「……恭司さん、ですよね。姐さんも、僕らも、半年前にネクロに救援を要請しに行った恭司さんが帰ってくるのをずっと待っているんです」


「しかし、あちらとの連絡が途絶えてしまったからには、もう増援には期待しない方がいい。『もしものときは、取れる手段で踏ん張ってくれ』。ここを発つとき、恭司がそう言っていただろう?」


「国防軍が融通を利かせてくれれば、ただそれだけで済むのにね。恭司さんがいたときは――」


「やめろ、津賀! 恭司さんは関係ない。あの頃は、たまたま国防軍の一部が穏健派(ミッド)だった。一人残らず摘発された今となっては、挨拶の一つもできやしない。運が良かっただけなんだ」


 車窓に激しく打ち付ける風雨に、外灯の光がチラチラと映える。


 車内には雨音に混じって時折けたたましいサイレンが響いた。


「トリイに行けばいいのだろう? 強行突破はダメなのか?」


「そんなことをすれば問答無用で沈められます。我々も強行を考えましたが、奴らの装備と警戒態勢を確認した段階で諦めました。今回は生身の人間が一人と、悪天候だったことが幸いしたのでしょう。国防軍もそれほどバカじゃありません。今日の一件で更に警戒を強化するはずです」


 カイムは自身を隠していた大量の蔓植物を丁寧に巻き取りながら、悲観する志崎の意見を聞いた。


「美しい草だ。何と言ったか――?」


「ん? ああ、ツルテマリだよ。私の故郷ではよく見る草で――って、んなこと興味ないだろ、お前」


「いや、続けてくれ」


 志崎との会話から急に別の話題を振られた角折は思わず言葉がついて出た。


 一瞬話すことを躊躇った角折だが、手にする蔓手毬の葉や花をまじまじと見詰めるカイムを前に自然と口が開いた。


「蔓から所々根が出ているだろ、そいつでどんな大木だろうと這い上がって伸びていくんだ。もちろん伸びた分だけ葉も茂る。かと言って、見ての通り慎ましいほど小さな花を咲かせてみせる。(したた)かさと可憐さを併せ持ったすごい子なんだ」


「ほう。言われてみれば慎ましい淑女のような(たたず)まいに見えなくもないな。こうしていても草特有の癖のある香りがしないような――」


「そうなんだよ! ツルテマリはこれに似たイワガラミの葉と違って嫌な匂いを出さないんだ! 快く若芽も分けてくれるし、問いには甘い香りで応えてくれる本当にかわいい子で――あ、イワガラミが嫌な子だって言いたいんじゃない。あの子もいい子なんだけど、虫を嫌がるせいかどうにも気分屋でね。どうしてもツルテマリに頼ることが多くなってしまうんだよ」


 そこまで言ってふと話題に上げた蔓草からカイムへと視線を戻した角折は、思いの外話に熱が入ってしまったことに気付き後悔した。

 不覚にも熱くなる頬を両手で覆い、今では挙動不審とも言える動きをさらす自身を凝視するカイムを、そっと覗き見た。


「草花が好きなんだな。先よりずっと活き活きしているぞ」


「っあぁ――忘れてくれ! 今すぐに!」


「それは無理な話だ。海でのこともそうだが、こんなにも美しい魔法を俺はこれまで見たことがない。俺が見てきた魔法は大抵が人や物を壊すための大雑把なものばかりだったからだ。加えて、君には二度も命を救われた。忘れる訳がない――。当然今の君の勇姿もこの眼に焼き付け、墓場まで持っていくつもりだ!」


「持っていくな! さっさと忘れろ!」


 思ったことを惜し気もなく口にするカイムに、更に羞恥心を募らせた角折は逃げ場のない狭い車内で存分に悶絶した。


「話を聞いて分かった。海に飲まれそうになったときに絡みついた大樹の根、悪党の目を(はばか)るために包んだ蔓草にも、すべてツノオレの思いが込められていたんだな」


「いいからっ……! もう、やめてくれっ!」


 居たたまれなくなった角折はカイムが手に持つ布を引っ手繰(たく)り、すっぽりと頭から(かぶ)った。


「――ありがとう。君のおかげで俺は今生きている。生憎とこの身体ばかりは勝手にできないが、この魂、尽きるまで君のために使わせてほしい」


 布の隙間からそっと横を見ると、慇懃に(こうべ)を垂れるカイムの姿があった。


 先までの変態的な言動との落差に呆気にとられた角折。


 目の前に(ひざまず)いた男はその手を取り上げ、口を付けた。


「おまっ、バカか!? 余計なことすんじゃねぇよ!!」


 急いで手を振り払った角折は、扉の方へと身をよじってカイムから距離を置いた。


「おっと。うら若い騎士様がお迎えに上がりましたよ、殿下」

「茶化すんじゃない、バカ者っ!」


「俺は本心から君のために尽くしたいと思っている」


「……お前、妖精族(アルフ)に口を触れる意味が分かっているのか? 新人種(ヒューム)が軽々しくするものとは訳が違うんだぞ……」


「いや、知らないな。国王陛下に忠誠を示して以来、これで二度目のことだ」


「そこは恥ずかしがり屋の角折に代わって、鬼人の俺から説明しよう。新人種の場合、忠誠や敬愛を示す意味で行われる口付けだが、妖精族のそれは『求婚』または『所有』を示す行為になる。どちらの意味合いになるかは、互いの身分による。同等の身分であればもちろん求婚の意味が強く、身分差がある場合は所有の意味になる。身分の高い者が低い者に行えば、周囲が何と言おうと所有を示すことになり、その逆は意味すらなく、まず有り得ない。受けた者の気分によっては不敬罪ともされかねないだろう。本来であれば唇同士の接吻を二度行うことで成立する儀式だが、妖精界では互いの負担を減らすために『部位を問わず、一度の口付け』とする略式を推奨している国もあるくらいだ」


「つまり、俺はどうなるんだ……?」


「確か、角折の国では『二度』と定められていたはずだ。たった一度手に触れたくらい、どうということもないとは思うが、この場合は後者か――。いかがなさいますか、シシリィ殿下?」


 妖精界の常識について説明を終えた沼尾は振り返り、後部座席でうずくまる角折を覆った白い布を容赦なく引き剥がした。


「こりゃまた、上等な布だな――。で、どうするんだシシリィ」


「うっさいな、このボケじじぃ! その名で呼ぶなと何度も言ってるだろ!」


「まぁ、そう怒るな。こうして贈り物も受けたことだし、ここは一つ、腰を据えてみるのも悪くないと思うぞ」

「悪いわ! いいから、全員、今あったこと全部忘れろ! 今すぐ忘れろっ!」


 耳まで赤くした角折は小さな手足を振り回し、苦笑いを浮かべる男たちに抗議した。


「俺は忘れない……今日あったことすべて……!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ