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プロローグ:意図せぬ日課

挿絵(By みてみん)


 空が白み始めた。


 朦朧とする意識がもう何度なくなったか分からない。

 だが自分の意思に反して尚も手足は動き続ける。


 体の痺れすらなくなり、感覚のなくなった素足をひたすらに地面へと打ち付ける。


 両手には何故かコンクリートブロック。

 ブロック塀とか車輪の歯止めとかに使うあれだ。

 その小さな穴の中に両の(こぶし)がはまっているのだ――それはもうズッポリと。


 両手でそんな物を振り回して町内を半裸で全力疾走する男の図。

 これを変質者と呼ばずして何としようか。


 昨夜日付をまたごうかという頃合い、不意に体中を駆け巡った衝動。

 そいつがいつまでもこびりついて俺の体から離れようとしない。

 目下すべきは、尋常ならざる渇きに張り付いた喉を馬鹿みたいに大口開けて空気を取り込むことだ。

 ただでさえ寝不足の顔は汗や涎でディップされ、見るに堪えないことだろう。


 馬鹿ついでに小便も垂れよう。

 だって仕方ないじゃないか。全身の感覚がないのだから。

 いっそのこと死んでしまえばどれだけ楽になれるだろうか。今すぐ倒れて楽になりたい。

 もう体裁なんてどうでもいいから、その辺の垣根に頭から突っ込んで全てを忘れてしまいたい。


「くりやくーん!」


 ごめん訂正。やっぱり恥ずかしいや。

 女の子の前で失禁したまま昇天するなんて俺には到底耐えられない。


「私を差し置いて秘密の特訓をするなんて、ずるいぞ!」


「秘密の特訓って何!?」


 類は友を呼ぶ。変態は変態も呼ぶ。

 正にそれを体現するかのように鬼気迫る勢いで半裸の俺を追い駆けてくる女。


 そう、何を隠そう彼女も列記とした変態淑女。

 古今東西、変態話は数あれど彼女はそこに登場するお歴々にも引けを取らず遺憾なく名を連ねることだろう。


 その名も武徳院(ぶとくいん)みさお。

 殊に修練に関していえば度を越した変態と言わざるを得ない。


「くっ、なんて脚力なんだ……! しかし、我が神東流(しんとうりゅう)は決して屈しはしない!」


 分厚い道着の背中から容赦なく抜刀された木刀を振り上げながら「キェエエエ」などと奇声を発しながら背後に迫る武徳院。

 黙っていれば端正な顔立ちも、大量の汗に振り乱した髪が張り付き見るも無惨な形相と化している。


 こいつはきっと夜通し俺を尾行していたのだろう。不眠不休で。


 振り返ってよく見てみると、心なしか履いている(はかま)の一部分が妙に濡れて見えなくもない。


「頼む、からっ! もうっ、勘弁、してくれっ!」


 喉の渇きに加え先程から速度を上げて走っているせいか、呼吸もままならず声もまともに出せない。

 しかしやっとの思いで絞り出した懇願は聞き入れられず、むしろ先にも増して彼女の動きが機敏になったと見える。


 ――あ、もう限界。


 そう悟った時には半ば意識を失っている。もうこれで何度目だろうか。


 昨夜からこれまでの奇行は今に始まったものではない。

 ひと月前から突然発症したこの奇行は毎日のように繰り返される。


 度重なる寝不足に加え、過剰を更に越えた過度の筋疲労。

 毎晩、まるで頻尿のように意識の境をさまよいながら走り続ける。


 気付けばコンクリートブロックを引っ提げたまま鉄棒に蝙蝠(こうもり)状態の毎日。

 日中に意識が飛ぶことも間々ある。


 居眠りしているだけならまだいい。だが、この問題はそれだけで終わる話ではないのだ。


 ――何者かが俺の体を支配している!


 厨二病? 何とでも言え。ただし、俺が意識を失っている間に全く身に覚えのないことが次々と起こっていることについて誰か説明してくれ。


(くりや)くん! あぶないっ、止まれ!」


 遠退く武徳院の叫び声。辛うじて慣性で動いていた体も今では独りでに動き出している。


 始まった。

 俺とは異なる何らかの意思がこの体を動かしている。


 眼前のガードレールを乗り越え、落差二十メートルはある公園まで落ちた後、遊具での筋トレに向かうのがいつもの日課だ。

 お陰で体中が傷だらけでかなわない。半裸なのは服を裂かないための唯一の情けか。


 なら、いっそやめれば?

 でもやめないよねお前は。だってお前、俺なんかよりずっとバカだもの。


 本当にアホ。



 まぁ、結局は俺なんだけど――



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