9:ハッキング・バトル
警告音が鳴り響く中、ターミナルの石柱から無数の光の線が溢れ出し、部屋の中央で集束していきます。
やがて光が人の形を成しました。それは、性別も年齢も感じさせない、水晶のように透き通った体に、幾何学模様の光の回路が走る、美しくも恐ろしい「データの化身」。システムの免疫機能――「ガーディアン」。
物理的な殺意ではなく、システムエラーを排除するための、冷徹で絶対的な「意志」だけが感じられました。
ガーディアンは動きません。ですが、わたくしの目の前に突如ウィンドウが表示されました。
《不正なオブジェクト[イザベラ]を検出。削除を実行します》
「まずい! そいつ自身の存在属性を『読み取り専用』に変更しろ! 急げ!」
カイウスが絶叫します。わたくしは咄嗟に彼の指示に従い、自身のステータスに「削除不可」の属性を付与しました。削除コマンドが、エラー音と共に弾かれます。
ガーディアンは、今度は空間そのものを書き換え始めました。床が抜け落ちて奈落になったり、壁から無数の槍(エラーコードの断片)が突き出してきたりします。
「奴の攻撃はすべてプログラムだ! ソースコードを読め!」
カイウスが叫びながら、攻撃の予兆を読み解き、わたくしに指示を出します。
「その槍の生成コマンドに割り込んで、座標をあらぬ方向に書き換えろ!」
「重力パラメータを一時的にゼロにしろ!」
わたくしは、必死で彼の言葉を「命令」に変換し、実行していく。それは、まるで嵐の海で二人乗りの小舟を操るような、ギリギリの攻防でした。
しかし、わたくしの攻撃コマンドは、ガーディアン自身の強力な防御プログラムに阻まれ、決定打を与えられません。防戦一方となり、じりじりと追い詰められていきます。
「…待てよ、こいつの最優先命令は“書庫の保護”のはずだ…」
カイウスが何かに気づき、わたくしに最後の策を伝えました。
「奴自身を攻撃するな! 奴の“ルール”そのものを攻撃するんだ!」
わたくしは最後の力を振り絞り、ガーディアンに対して、一つの絶対的な命令を管理者権限で発行しました。
《――“ガーディアン”の存在そのものが、“創生の書庫”に対する最大のセキュリティリスクであると定義する》
命令を受けたガーディアンの動きが、ぴたりと止まります。
「書庫を守る」という最優先事項と、「自分自身が書庫の脅威である」という管理者からの絶対命令。二つの矛盾した命令が、その思考回路を無限ループに陥らせたのです。
ガーディアンの体は激しく明滅し、やがて甲高い断末魔のような音と共に、光の粒子となって霧散しました。
静寂が戻り、わたくしたちは床にへたり込みます。ターミナルが穏やかな光を放ち、書庫へのアクセスを許可しました。
わたくしが再び手を触れると、膨大な情報が脳内に流れ込んできます。しかし、すべてをダウンロードする前に、システムからの強制的な切断が始まりました。
わたくしが最後に掴んだ情報は、ただ一つの単語でした。
「……アリア」