30:オペレーション・デウス・エクス・マキナ
隠れ家には、カイウスが投影した光のディスプレイに表示された、次回の「プロジェクト・アーク」実行までの残り日数を示すカウントダウンタイマーだけが、時を刻んでいました。
カイウスが、憔悴しきった顔で報告します。
「あらゆるハッキングルートをシミュレーションしたが、ダメだ。マザー・システムの防御壁は完璧すぎる。俺たちの技術じゃ、“間引き”の実行プログラムにたどり着くことすらできねえ」
「正面からの攻撃が不可能なら、答えは一つしかありませんわね」
わたくしは、静かに、しかし確信を持って告げました。
「システムの防御壁を無視できる、唯一の“力”を使うのです」
わたくしは、最後の作戦の全貌を語り始めました。
「アルフレッド殿下の“上書き”能力を暴走させ、その矛先を“プロジェクト・アーク”の実行プログラムそのものに向けさせるのです」
まず、アルフレッド殿下を、再び「大儀式魔術管理塔」の制御室へと連れて行く。そこは、世界のシステムに干渉するための最高のアクセスポイント。
次に、彼の権限を利用して、過去に実行された「プロジェクト・アーク」の実行ログ映像――人々が塵となって消えていく、地獄のような光景――を、彼の精神に直接投影する。
自らが英雄として救ったはずの民が、過去に何度も無慈悲に“削除”されてきたという真実。その強烈な精神的ショックと、彼が元来持つ「国を救いたい」という純粋な願いが融合した時、彼の力は「この悲劇を“無かったこと”にしたい」という一点に収束し、暴走するはず。
「正気か…!」
カイウスはその計画に絶句します。
「人の精神を意図的に破壊する気か! それに、そんな神みたいな力の暴走だぞ!? 下手をすれば、プロジェクト・アークだけじゃなく、この世界そのものの法則まで“上書き”して、すべてが崩壊するかもしれねえんだぞ!」
「ええ、承知の上ですわ」
わたくしは、カイウスの警告を静かに受け止めました。
「ですが、何もしなければ、わたくしたちは確実に“削除”される。ならば、万分の一でも可能性があるのなら、わたくしはそちらに賭けます」
わたくしは、最後の指示を出します。
「カイウス、あなたはアルフレッド殿下の精神に投影するための、最も効果的な“地獄の映像”を編集なさい。わたくしは、彼を最後の舞台へと導くための、完璧な“脚本”を用意しますわ」
カウントダウンタイマーが、無情に時を刻み続けています。もう、迷っている時間はありません。
「準備を始めなさい、カイウス」
「…本気なんだな。失敗すれば、すべてが無に帰す。俺たち自身も、この世界の記憶からも消えちまうかもしれねえんだぞ」
「何もしなければ、待っているのは確実な“削除”ですわ。わたくしは、与えられた結末をただ受け入れるのは、もうごめんですの」
わたくしの瞳には、鋼のような光が宿っていました。
「“神”に、恐怖という感情を教えてさしあげる時間ですわ」