25:依存の“楔”
翌朝、わたくしは「治療」のため、アルフレッド殿下の静養室を訪れました。部屋は豪華ですが、窓は固く閉ざされ、まるで鳥籠のようです。
ベッドの上で意識を取り戻したアルフレッド殿下は、憔悴しきっていました。わたくしの姿を認めると、彼は恐怖と羞恥で顔を歪めます。
わたくしは、心配する侍従たちを「殿下の精神を安定させるため、人払いが必要です」と、穏やかながらも逆らうことを許さない威厳で下がらせ、部屋を二人きりの空間にしました。
彼は、自分が引き起こした惨状を思い出し、「私が…国を滅茶苦茶にした…」と自己嫌悪に陥っています。
わたくしは彼を断罪しません。むしろ、椅子を彼のベッドサイドに寄せ、真摯な瞳で彼を見つめて、こう告白しました。
「いいえ、殿下。わたくしも、あなたのそのお力に触れた時、正直に申し上げて、身がすくむほどの恐怖を感じました」
『すげえな、あんた…。恐怖を共有することで、逆に“唯一無二の理解者”って立場を確立しやがった…』
カイウスの呆れた声が、通信機から聞こえてきます。
わたくしは続けました。
「ですが、それは悪の力などではありません。あまりに神聖で、あまりに強大すぎるが故に、人の器が耐えきれないだけなのです。普通の人間が、太陽を素手で掴もうとするようなもの。誰もが恐れて逃げ出すその“太陽”を、わたくしはあなたと共に、真正面から見つめたいのです」
わたくしは、彼の力の本質(と偽って)を説明します。
「あなたの力は、あなたの心が鏡のように反映されます。あなたが恐れれば、力は荒れ狂う。ですが、あなたの心が穏やかであれば、力は奇跡を起こす。問題は力ではなく、あなたの心なのです」
「これから毎日、わたくしがあなたの心を平穏に保つための“訓練”をいたしましょう。大丈夫。わたくしが、あなたの心の“盾”となりますから」
わたくしはそう言って、彼の手をそっと握り、安心させるような穏やかな魔力(ただの温熱魔法)を流し込みました。
これまで誰にも理解されなかった苦しみを、初めて肯定され、救いの手を差し伸べられたアルフレッド殿下は、子供のように嗚咽を漏らし始めます。そして、わたくしの手を、まるで命綱のように強く、強く握り返しました。
「…頼む。どこへも行かないでくれ。君だけが…君だけが頼りだ…」
『カイウス、聞こえましたか?』
『ああ。第一段階、完璧にクリアだな。笑えるくらいにな』
涙を流す元婚約者の姿を、わたくしは慈愛に満ちた(ように見える)微笑みで見下ろしていました。




