24:オペレーション“調教”
気絶したアルフレッド殿下を前に、わたくしは少しも慌てませんでした。耳元のカイウスは『まずいぞ、どうする!?』とパニックになっています。
わたくしは、自らのドレスを少しだけ乱し、額に汗を浮かべた(ように見せた)後、扉を開けて護衛の騎士を呼びました。
「大変です! 殿下のお力があまりに強大で、その精神が耐えきれずに…!」
わたくしの完璧な演技と、実際に意識を失っている王子の姿を前に、誰も疑う者はいません。駆けつけた国王や宰相に対し、わたくしは荘厳に宣言しました。
「殿下のお力は、この国を救う希望。しかし、今はまだ荒れ狂う奔流のよう。わたくしが、その流れを導く水路となりましょう」
これにより、わたくしはアルフレッド殿下の「専属治療師」という、最高のポジションを手に入れたのです。
地下水道の隠れ家に戻り、カイウスが収集したデータを分析します。彼の表情は、これまでにないほど険しいものでした。
「イザベラ、これは笑えねえぞ」
彼は、先ほどのカップが変化した空間のログデータを見せます。
「あの一瞬の“上書き”で、あの場所の空間パラメータに、修復不可能な“傷”が残った。ごく僅かだが、世界の法則が恒久的に歪んじまったんだ」
彼は続けます。
「もし、アルフレッドがあんたに怒って、『消えろ』と本気で願ったらどうなる? あんたの存在そのものが、この世界のソースコードから削除され、誰の記憶にも残らずに“いなかった”ことになるかもしれねえ。これは、そういうレベルの力だ」
カイウスの警告に、わたくしは一瞬だけ背筋が凍るのを感じました。しかし、すぐにその恐怖を、より冷徹な計算へと昇華させます。
「ならば、彼にそう願わせなければ良いだけの話ですわ」
「彼を“万年筆”として直接使うのは危険すぎます。ですが、万年筆を持つ“手”を、わたくしたちが望む方向へ導くことはできる」
わたくしは、次なる作戦の骨子を語りました。
「これから毎日、わたくしは彼の“治療”に通います。そして、彼の心を完全に掌握する。彼が何を望み、何を恐れ、何に喜びを感じるのか、その感情のトリガーをすべて把握し、わたくしたちが望む“渇望”を、彼自身の意志だと思い込ませるのです」
それは、ハッキングではない。人の心を、魂を、手玉に取る「調教」。
「まずは、彼に絶対的な“安心感”と、わたくしへの“依存心”を植え付けることから始めましょう」
わたくしは、これから始まる、人の心を弄ぶという最もおぞましいゲームを前に、静かに、そして楽しげに微笑みました。
「大丈夫。わたくし、ああいった純粋な方の“教育”は、昔から得意でしたのよ」




