23:王子という名の“万年筆”
王城の静かな一室に、わたくしとアルフレッド殿下が二人きりで通されました。護衛の騎士たちは、扉の外で待機しています。
彼は王子としての威厳を保とうと、「聖女よ、一体何が起こったのか、説明してもらおうか」と高圧的に尋ねました。
「説明すべきは、わたくしではなく、殿下ご自身ではございませんか?」
わたくしは静かにお茶を淹れながら、穏やかに、しかし核心を突いて返します。
「あの祝賀魔法は、あなたの“意志”によって、呪いへと転じたのですから」
図星を突かれたアルフレッド殿下は激しく動揺しました。『カイウス、心拍数急上昇! 瞳孔の動きが不安定だ!』と通信が入ります。
わたくしは一転して、慈悲深い表情で彼に寄り添います。
「恐ろしかったでしょう。ご自身の力が、ご自身の制御を離れてしまうのは…。ですが、それは悪の力などではありません。あまりに神聖で、あまりに強大すぎるが故に、人の器が耐えきれないだけなのです」
わたくしは、彼が幼い頃、どうしても欲しかった玩具が、翌日、理由もなく枕元に“出現”していたという些細な思い出話を引き出しました。彼はただの幸運だと思っていますが、カイウスの分析では、その日に王都全体の物質データにごく微小な、原因不明の改竄ログが記録されていました。
わたくしは、管理者権限を微弱に行使し、テーブルの上のティーカップを、ひとりでにカタカタと震わせ始めます。
わたくしが、あたかも彼のせいであるかのように指摘すると、アルフレッド殿下は目の前の異常現象に完全にパニックに陥りました。
「ご覧なさい、殿下。あなたの無意識の力が、今もこうして世界に影響を与えています」
「大丈夫。わたくしがついております。さあ、強く念じるのです。そのカップに、『止まれ』と」
追い詰められたアルフレッド殿下が、懇願するように「止まれッ!」と叫んだ、その瞬間。
カップは止まりませんでした。カタカタという振動が最高潮に達し、次の瞬間、カップは陶器の姿を失い、一輪の青い薔薇へと姿を変え、そして再び元のカップへと戻ったのです。
アルフレッド殿下はその現象に意識を失い、椅子から崩れ落ちました。
わたくしの耳元で、カイウスが戦慄に満ちた、しかし興奮を隠せない声で囁きます。
『見たか、イザベラ…! 今のは“停止”コマンドじゃない…! オブジェクトの属性情報を、根こそぎ“上書き”しやがったんだ…!』
「ええ、見ましたわ」
気絶した元婚約者を見下ろし、わたくしは静かに呟きました。
「彼は鍵などではない。彼は、この世界のソースコードを直接書き換えるための――**万年筆**そのものですわ」