21:救世主の“福音”
作戦会議を終え、わたくしは即座に行動を開始しました。
カイウスが王都の地図データを解析し、ターゲット地区を選定します。
「ここがいい。王都で最も貧しいが、神殿への信仰が厚い第七居住区だ。救いを求める心が、噂の火種になる」
わたくしは隠れ家から意識を集中させました。管理者権限を行使し、第七居住区に存在する《オブジェクト:幻影》の表示属性を「非表示(Hidden)」に一括変更します。物理的に削除するのではなく、ただ見えなくするだけ。それは、神の御業というより、熟練プログラマーの作業に近いものでした。
潜望鏡の向こう、悪夢のような幻影が闊歩する王都の中で、第七居住区だけが、まるでそこだけ時間が止まったかのように、静けさと穏やかな光を取り戻します。
「さて、ウイルスをばら撒く時間だぜ」
カイウスが、王都の魔力通信網に微弱なハッキングを仕掛け、計算され尽くした噂を流し始めました。
「聞きましたか? 辺境の地で、追放されたはずの公爵令嬢が聖女となって、黄金の奇跡を起こしたという話を」
「その“辺境の聖女”様が、この王都の惨状を救うために、密かにお戻りになられているらしい」
「第七居住区の奇跡は、その聖女様がもたらしたものだ」
最初は酒場の与太話だった噂が、人々の口から口へと伝わるうちに真実味を帯びていきます。
「いいぞ、感染率30%超え。パニック状態の人間は、藁にもすがるもんだ」
カイウスの報告が、作戦の順調な進捗を告げていました。
噂は、王城の分厚い壁を越えます。宰相が、血相を変えて国王とアルフレッド殿下の前に駆け込みました。
「陛下! “辺境の聖女”の噂、そして第七居住区の件、もはや無視できませぬ! 民衆は、王家ではなく、その謎の聖女に救いを求め始めております!」
王家には選択肢がありませんでした。国の混乱を鎮めることもできず、民衆の支持も失いつつある。このままでは、王政そのものが転覆しかねない。
苦渋の表情で、国王が最後の決断を下しました。
「…その“聖女”を探し出せ。いかなる者であろうと、この国を救う力があるのなら、王城へ招き入れるのだ」
その会話は、カイウスが仕掛けた盗聴用魔道具によって、すべてわたくしたちの隠れ家に筒抜けでした。
潜望鏡の向こうで、王家の紋章を掲げた使者の馬車が、城門から出ていくのが見えます。
「お迎えが来たようですわ、カイウス」
わたくしは、追放された時と同じ黒衣を脱ぎ捨て、カイウスがどこからか調達してきた、純白のドレスにそっと袖を通しました。
「さあ、舞台に上がりましょう。主役は、遅れて登場するものですから」