19:地獄のパレード
民衆の歓声が最高潮に達する中、パレードの主役であるアルフレッド殿下が、民衆に応えるために馬車の上で手を振っています。
彼はパレードの中心地である広場に到着すると、祝賀魔法【サンクチュアリ・ライト】の詠唱を開始しました。その声は威厳に満ち、誰もが神聖な光の奇跡を期待しています。
『ああ。あとは“王様”がエンターキーを押すだけだ』
耳元で、カイウスが皮肉っぽく呟きました。
アルフレッド殿下が詠唱を終えると、天から荘厳な光が降り注ぎます。誰もがその美しさに息を飲みました。しかし、次の瞬間、光は不吉な紫色に変色し、ノイズを発し始めます。
光の中から、あり得ざる者たちが次々と溢れ出してきました。
開発途中で没になったのであろう、目が三つある不気味な獣。
テスト用に作られ、削除されたのであろう、顔のないマネキンのような人々。
風景データのアセットであろう、宙に浮かぶ城や森の断片。
そして、かつてわたくしが辺境領で塵に変えられたはずの、黄金色の小麦畑の幻影まで。
それらは物理的な実体を持たない幻影ですが、人々の間をすり抜け、悪夢のような光景を王都の真ん中に現出させます。民衆はパニックに陥り、逃げ惑う。屈強な近衛騎士たちも、実体のない敵に剣を振るうことしかできず、完全に無力化していました。
目の前の惨状に、アルフレッド殿下は顔面蒼白になり、ただ狼狽えるだけ。
「な、なんだこれは! 魔法を止めろ!」
彼は叫びますが、一度発動した術式は彼の制御を離れています。彼は、ただの無力な飾り物の王子でした。
パニックの極致で、彼が何かにすがるように叫んだ、意味をなさない一言。
「――リセット(Reset)!」
その瞬間、彼の体から微弱な権限の光が放たれ、彼のすぐ周囲にいた幻影だけが、一瞬だけ動きを止めました。それはほんの一瞬の出来事で、彼自身も気づいていません。
ですが、わたくしたちはその一瞬を見逃しませんでした。
『見たか、イザベラ!』
カイウスが興奮した声で報告します。
『今の、間違いなく管理者権限の光だ! だが、出力が弱すぎる! まるで、パスワードを知らないユーザーが、ADMINコマンドをめちゃくちゃに打ち込んでるようなもんだ!』
答えは出ました。彼は力を持つが、その使い方を知らない。彼はプレイヤーではない。
わたくしは、混乱の極みにある王都と、未だに狼狽え続ける元婚約者の姿を潜望鏡越しに見下ろし、冷たく、そして新たな確信と共に断言しました。
「彼は“プレイヤー”ではありませんでしたわ、カイウス」
「ああ、まったくだ。じゃあ、奴は一体なんなんだ?」
「決まっていますわ。彼は、わたくしたちがハッキングすべき対象ですらない。彼は、わたくしたちがこれから“使う”べき、最高の――“脆弱性”ですのよ」