14:クイーンの脆弱性
馬車から降り立ったアリアは、完璧な聖女の微笑みを浮かべていました。護衛の騎士たちが、その周囲を鉄壁のように固めています。
作戦司令室では、カイウスが興奮した声で叫んでいました。
「来たぜ…! とんでもない量の情報だ。奴がいるだけで、この一帯の空間情報が常にサーバー(王城)に送信され続けてやがる!」
計画通り、エララを中心とした「敬虔な信者」たちがアリアの前に進み出ます。
「おお、聖女様! ようこそお越しくださいました! ですが、我々には既に“辺境の聖女”様がいらっしゃいます!」
暗にわたくしを持ち上げ、アリアの反応を試す、最初の揺さぶり。
アリアは微笑みを崩さず、「ええ、その奇跡のお話も伺っております。素晴らしいことですね」と完璧に返します。しかし、カイウスの監視装置が示す彼女の感情パラメータは、完全に「無変動」でした。
次に、「懐疑論者」役の若者たちが、アリアに挑発的に問いかけます。
「あんたに、俺たちの聖女様と同じ奇跡が起こせるのかよ!」
その空気を裂くように、「依頼者」役の母親が病気の子供を抱いて駆け寄り、アリアの足元にひざまずきました。
「聖女様! どうか、どうかこの子をお救いください!」
これで、アリアは奇跡を使わざるを得ない状況に追い込まれました。
アリアは子供の額にそっと手を触れます。彼女の手が柔らかな光を放ち、子供の顔色が見る見るうちによくなっていく。完璧で、美しい治癒の魔法。
その瞬間、カイウスが司令室で叫びました。
「ビンゴだ! イザベラ! 今の“奇跡”、奴が使ったコマンドは単一だ! あらかじめ用意された[Miracle_Heal_Minor_Ailment.exe]という定型プログラム(マクロ)を実行しただけだ! 奴の力は、創造ではなく“実行”に過ぎない!」
作戦は成功。しかし、その直後、誰も予想しなかった事態が起こります。
癒やされた子供が、感謝の言葉を述べるためにアリアに向かうかと思いきや、彼女を通り過ぎ、エララの胸に飛び込んで叫んだのです。
「ありがとう、おばあちゃん! やっぱり、ここの聖女様が一番だ!」
その瞬間、アリアの完璧な微笑みが、何の脈絡もなく完全に消え失せました。
彼女の顔は、感情が抜け落ちた能面のようになり、その瞳はどこを見ているでもなく、焦点が合っていません。まるで、電源が落ちた機械のように、ほんの数秒間、完全に動きを停止したのです。
「なんだ今の!?」
カイウスが、恐怖と興奮が混じった声で絶叫します。
「全てのプロセスが一時停止したぞ! システムハングだ! まるで…処理不能なバグに遭遇して、フリーズしやがった!」
すぐにアリアの表情は元の聖女の微笑みに戻りましたが、わたくしたちは、その一瞬の“停止”を見逃しませんでした。アリアは、プログラムされていない「人間の純粋な好意(自分以外の対象へ向けられたもの)」というイレギュラーな情報に、全く対応できない。
「……見つけましたわね、カイウス」
わたくしは、モニターに映る完璧な笑顔の“クイーン”を見つめながら、冷たく呟きました。
「あの“聖女様”を、強制的にシャットダウンさせる方法を」