11:蜘蛛の巣の構築
翌朝、作戦司令室には重い沈黙が流れていました。カイウスが、王都の監視システムから得た情報を元に、アリアの現状を報告します。
「アリアは24時間体制で近衛騎士に守られ、王城の最奥、聖女の祈祷室にいる時間がほとんどだ。正面から近づくのは自殺行為だ。物理的にも、システム的にもな」
彼はさらに説明します。
「奴が“クイーン”なら、下手に手を出せば、俺たちの存在が即座にマザー・システムに報告される。そうなれば、辺境ごと削除されて終わりだぜ」
攻め込むことは、不可能。
カイウスの報告を聞き、絶望的な状況を前に、わたくしは静かに微笑みました。
「ええ、その通りですわ。だからこそ、わたくしたちが王都へ行く必要などないのです」
「…どういうことだ?」
「攻められないのなら、来させればいい。それも、システム側から『聖女アリアを派遣せざるを得ない』と判断するような状況を、この地に作り出すのですわ」
その状況とは何か。
「“奇跡”ですわ」
わたくしは断言しました。
「この痩せた辺境の地で、システムの想定を遥かに超える**『原因不明の大豊作』**という奇跡を起こします。それはシステムの監視網に『重大なバグ』あるいは『未知の祝福』として検知されるはず。原因を調査するため、システムは最も信頼できる調査員、すなわち聖女アリアを派遣せざるを得なくなる」
「正気か!?」
カイウスは驚愕します。それは、システムのど真ん中に「バグはここにあります」と書いた巨大な看板を立てるようなものです。
「ええ、正気ですわ。ですが、今度のわたくしたちは、ただのバグではありません。蜘蛛の巣を張って、獲物を待ち構える“蜘蛛”ですのよ」
わたくしは返します。自分たちのテリトリーに誘き寄せることで、地の利を得て、アリアを徹底的に分析するのです、と。
カイウスはわたくしの途方もない計画に呆れながらも、その瞳に宿る確信を見て、不敵に笑いました。
「……最高にイカれてるぜ、あんた。だが、気に入った!」
二人の意見が一致し、壮大な作戦が静かに始動します。
「カイウス、この辺境領すべての土地情報をリストアップなさい。最高の舞台を用意するのですから、一分の妥協も許しませんわよ。――さあ、“奇跡”の仕込みを始めましょう」