地味で映えないクリスマス
目の前には大きなクリスマスツリーがあった。このクリスマスツリーだけでなく、イルミネーションやリース、地元歌手のゴスペルステージ、サンタクロースの格好をした店員など、街はとても賑やか。
「はーあ」
そんな景色の中、月島光希はため息をつく。光希は小学六年生。成績もよく、運動神経だって悪くない。クラスメイトの何人かからクリスマス前に告白されたが、全く嬉しく無い。
原因は今、光希が見ているスマホにある。正確にはスマホの中のSNS。
そこを見ると、美女ばかり。美しく賢いインフルエンサーばかり。光希もインフルエンサーの野嶋カレンちゃんが好きだった。おかげでずっとSNSを見ていた。
どうせ親も仕事で忙しい。クラスメイトの親もみんな共働きだ。SNSをずっと見ていたところで、注意する存在はいない。確かに学校の先生の前では大人しくしていたが、男子たちはちょっとエロい漫画や画像も見ているという噂……。
そんな楽しいSNSも、全てが素晴らしいわけでもない。中には炎上目的で過激なこと、マイナスな事を発信するインフルエンサーもいた。明るい情報だけでなく、人を不安にさせる情報もお金になるからだろう。「子供も整形しなさい。さもないと一生が不幸になる」という風俗嬢インフルエンサーも目立つ。光希はそんな話題を見るたびに心が傷つく感覚がした。
今はSNSを見ても楽しくない。世の中には上には上がいて、どこまで頑張れば優勝なのか不明。子供でも整形しないといけないのか。何者かにならないといけないのか。派手な成功し続けないといけなのか。
そんな事も考え、クリスマスも全く楽しくないものだ。友達からはクリスマスパーティーに誘われていたが、地味でつまんなそう。その通知を見ながら、再びため息。
光希は友達同士ではSNSをしていたが、全世界に公開していない。いわゆる鍵付きの裏垢。でも、もしこれを公開し、フォロワー数一桁で、その上「いいね!」も全然つかなかったら?
光希は趣味でイラストも描いていたが、これを公開しても誰にも見られなかったら?
むしろ下手だと叩かれたら?
恐怖でカタカタと震える。今年は暖冬で、クリスマスもさほど寒くはないのに……。
そんな時だった。クリスマスツリーのてっぺんに何か光って見えた?
ベルや星の飾りかと思ったが、白い羽根が見える。
「え? 天使!?」
信じられない。天使がいた。手のひらサイズの赤ちゃん天使だったが、動いてる!?
しかも光希の目の前まで天使が来た!
『メリークリスマス! 光希! でも、光希に本当のクリスマスを見せましょう!』
「え!?」
なぜか天使は光希の事を知っていた。
「何!? どういう事!?」
しかし天使は驚いている天使を無視し、ふわふわと飛んでいく。
「待って! 天使さん!」
必死に天使の後を追いかけた。夢中だった。こんな走るのは、初めてかもしれない。まるでウサギを追いかける不思議の国のアリスみたい。汗だくになりつつも、追いかける。恐怖よりワクワク。どんな不思議な世界が広がっているの?
気づくと市街地から変な場所に来ていた。
「何、ここは?」
荒れ野?
田舎?
空気も乾燥し、空の色も違う。どうも日本ではなさそう?
周りは草原というか、何にもない田舎。遠くにある牧場からは、メェメェーと羊の鳴き声が響くが、ここはどこ!?
「まさか異世界転移しちゃった!?」
『ここは本当のクリスマスの場所よ』
いつのまにか目の前に天使がいた。
「えー? 本当のクリスマス?」
といってもこの場所は、寒くない。冬ではなささそう。気候は夏の終わりから秋の初めぐらい?
『光希、ついてきて!』
「えー?」
しかし今はもう天使しか頼れない。何もない田舎みたいだし、日本ですらなさそうだし……。
という事で目の前にいる天使に導かれ、ボロボロの小屋の前についた。家畜のフンのような匂いもし、決して綺麗じゃない。むしろ逆というか、底辺の場所というか。
『光希、見て』
「えー?」
その小屋の窓辺に行くと、赤ちゃんが眠っているのに気づいた。綺麗なベッドではなく、家畜用の箱みたいな所にいる。
側にいる両親らしき男女もボロ布をまとい、決して綺麗じゃない。特に女の方はいかにも田舎娘という雰囲気。こんな田舎娘だったら、汚い小屋での出産なんかもガッツで乗り切れそうだが……。
赤ちゃんの周りには羊を抱いた若い男も一人。この男も田者っぽいが。
「ここどこ?」
『クリスマスの主役が生まれた場所よ。あの赤ちゃんがそう』
「え!?」
光希は変な声が出た。確かクリスマスはキリスト教の神様の誕生日という知識はあったが、まさかこんな汚く、地味なところで生まれた?
衝撃的だった。神様だったら、もっと偉そうにしても良いというか。「俺様」的な感じでは? 神聖なパワースポット感出して偉そうにするのでは?
なんでこんな小さな赤ん坊になっているのか
光希でも普通に話しかけられそう。
思わず首を傾げてしまう。
『でも本当の神様だったら、偉そうにする必要ってないよね?』
「え?」
目の前の天使がこう語る。
『本当の神様は謙遜よ。偉そうにドヤ顔する必要ある? ランキングでトップになる必要ある? いいね!の数で争う必要ある? 人の評価で自分の価値を決める必要はあるかな?』
無邪気に笑っている赤ちゃんを眺めながら、心の中にあった不満、恐怖心、寂しさなどがすーっと消えていく。
「そっか。別に地味で映えなくてもいいか。本当の自己肯定感ってこういうのかな? 底辺になっても笑える事なのかな……」
そう呟いた時だった。
またクリスマスツリーの前に戻ってきた。
「あれ? あれは全部夢だった!?」
どうも不思議の国のアリスと同じように現実に戻ってきたらしい。
華やかなクリスマスの街を見上げる。あの赤ちゃんとは全く逆の方向性だったが、急に色褪せて見えてきた。
街だけでなく、SNSも全てそう見えてきた。
「まあ、地味で映えないクリスマスでも悪くないか」
今年は華やかなクリスマスも興味がなくなってしまう。
とりあえず今年は友達に誘われているクリスマスパーティーに行こう。たいしてお派手でも面白くも無いだろうが、こんなもんかもしれない。
『ふふ、よかったわ。光希が元気になって。さあ、他に悩んでいる子はいないかしら?』
ツリーにいる天使が笑っている事は、光希は全く気づいていなかった。