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05 傘の下のつばき




モニターがいくつも並び、青く薄暗いオペレーションルーム。


見渡すと数十台のパソコンと、その前で作業をする人影と、その後ろの一つ高い位置でこれもまた数十代のモニターを眺める人の姿があった。



白衣をきた研究員風の人影、かと思えば政治家のようなスーツを着込んだ姿、そしてなによりもアンバランスさを醸し出しているのは、軍服を来た数人の男たち。


その誰もが笑みを僅かにも浮かべず、真剣な表情をしている。



あちこちと覗き込んで見ると、モニターには銀雪が降ると予想される今後のスケジュールや、グラフ。


立体マップやシミュレーションの様子が映し出されていた。


「藤崎司令、デモンストレーションの準備ができました」


藤崎と呼ばれたダブルのスーツを来た中年の男性は、ルーム内を一望できる位置に設置された座席に座り、胸の高さにあるモニターに目を落とした。


「スノウレベルは?」


「3です」


「安定しているな……。パールランプ」


「グリーン」


 スタッフの回答に、藤崎はモニターを見詰めたまま、なにかに納得したのかゆっくりと一度頷く。


「なるほど。これまでで一番マトモだな」



 その様子を見ていた白髪頭の男が、藤崎よりも一段低い位置から彼を見上げ、不機嫌そうな顔で一言放つ。


「なにを呑気なことを……。藤崎、分かっているのか? この《雪撃静雷砲【大和】》に、どれだけの期間と金がかかっているのか」


「7年4カ月……設計立案から考えれば実に9年。【島風】、【長門】、【赤城】の作戦失敗を合わせると今回の【大和】でかかった費用は78……」


藤崎の淡々とした回答の途中で、白髪の男は「もういいもういい! とにかく成功させろ、以上だ!」と鬱陶しそうに言うと、室内から出ていった。


「成功させろ? 成功させるための時間と金と、……人の命だ」


藤崎はモニターを見たまま、変わらない格好で呟く。


その静かな口調には、重い決意を感じさせるなにかがあった。



「藤崎司令! 葵町座標X174Y52に銀雪の反応があります!」


白衣のスタッフの一人が、振り向きざまに藤崎へ報告すると、これまで同じ体勢でいた彼は反射的に立ち上がる。


「なんだと!? 銀雪の降雪確立は!」


「い、いえ……ゼロです」


「……!?」


言葉を無くし立ち尽くす藤崎は、考えを巡らせた。


そして、自分の中で一つの決着がついたのか、結んでいた口をぽつりと開く。



「降雪ゼロの銀雪……だと」



いくつものモニターに身体の正面を照らされ、藤崎はひとつの指示をした。





「しゅしゅしゅ、バカな。この上級ナハティガル・カナリーに治癒魔法を教えろしゅと? お前達のことは愚かだと思っていたしゅが、カナリーの想像を遥かに超えるカスだったようしゅな」


黄色く大きな鳥。それは魔力を失い、鳥化してしまったカナリーの姿だった。


カナリーはききょうが用意した鉄格子さながらの強力な檻に閉じ込められている。


「うるさい! 愚かでもなんでもいいからさっさと教えろよ、焼き鳥にするぞ!」


ふじが檻のカナリーに叫ぶが、カナリーはクレインをバカにするのをやめなかった。


「6人いるクレインのうち、まともに戦えるのはお前と僅かなクレインのみしゅ。しかも、一番魔力と戦闘力の高いマギのクレインが死んだしゅ! カナリーが捕まり殺されたところで、お前達が死に、人間が滅ぶことはなにも変わらないしゅ!」


笑いを含んだ言葉は、ふじをさらに苛立たせる。カナリーが言葉を重ねれば重ねるほど、どうしようもない感情が流れ込んでくるのだ。


「カナリーが鳥化している以上、完全に魔力は枯渇しゅているしゅ。この魔力はもう戻らないから、城に戻っても何もできないしゅ。……わかるしゅか? カナリーはプルンネーヴェが降らないこの地で、魔力を失った状態でいるしゅ。つまり、カナリーももうすぐ死ぬということしゅよ。クレイン共、お前達もカナリーと死ぬがいいしゅ」


そう言いながらカナリーは、自分で言っている通り次第に体力がなくなっているのか、言葉に力を失っていった。


「ふざけんなよおい! どうすりゃさくらは助かるんだよ! 教えろよ!」


檻の手すりを掴み揺さぶるが、カナリーはクチバシを歪ませて、愉快そうに笑うばかりだ。



「マギのクレイン……。クックーの魔力を吸ったことでどういうわけか無くなった手は、魔力再生したしゅ。しかし、胸に空いた傷で既に死んでいるはすしゅ。

 ギリギリまだ生きているのは、自分の持つ魔力の上限よりも宿したせいしゅな。すぐに死ねたはずしゅのに、苦痛をながく味わうとは、ツイてるクレインしゅ」



カナリーとふじの傍らでそれを聞いていたききょうは、ふじのベッドで眠っているさくらを見詰め、さくらの常軌を逸した決断に、尊敬も抱きはするものの、それ以上にその異常さを感じていた。



「友人の視力のためなら自分は死ぬ……。普通の思考ではありませんわ。もしかして、さくらはここで死んだ方がいいのかもしれません……」


「なんだと!」


ふじはききょうの襟を掴むと、食って掛かった。


「あいつのぶっ飛んだ行動や決断がオカシイってのは分かってるよ! けど、ここでさくらを見殺しにするなんて、絶対にあたしが許さない!」


「ふじ……」


 玄関のドアの方で物音。


 主はぼたんだ。顔や手の先など露出している部分の節々に絆創膏を貼り、痛々しい姿であらわれた。


「……けど、どうすればいいんさ。うちもふじとおなじ気持ちだけど、選択肢がなさすぎるさ」


「なんとかするんだ、なんとか……!」


 ふじが感情型だと知っている二人は、根拠のないふじの言葉に反論しない。きっと、ふじ自身もわかっているからだ。


「ききょうとふじとうち……。ひまわりにきくは入院して戦える状態じゃない。うちとききょうも戦えなくはないけど、本調子には程遠いさ。正直、今銀雪が降って魔法少女と戦うのもキツイくらいさ」


「さくらを見殺しにしろっていうのかよ!」


「言ってないさ! この状況でどうすんのかって考えなきゃなんないのさ! おたくの気持ちもわかるけど、どうするどうするって叫んでたってさくらは死ぬだけさね!」


「なんだとテメー!」


「おやめください!」


 珍しく感情的になったぼたんとふじの口論をききょうが止めるも、その光景にカナリーがしゅしゅしゅと笑う。


「人間と言うのはやはり愚かでつまらない存在しゅ。大魔女がなぜこんなにも下等でくだらない存在を残したがるのか……理解に苦しむしゅ」


さくらが、銀雪の降るあの丘で放った決断。



ふじの目が直り、ウッドペッカーに傷つけられた傷も、全てが跡形もなく元に戻った。



「見える……!? さ、さくら!」



視界が戻ったふじが目にしたのは、さくらがカナリーの魔力を吸収している光景。


「な、なに……!? どういうことしゅ!」


「だって、折角ふじの目を治したのにカナリーが元気だとみんな死んじゃうでしょ」


にこにこと笑ってさくらは言った。


「マギのクレ……イン……!」


カナリーの魔力が尽き、ふじの目の前でカナリーは鳥化してしまった。その姿に、ふじは思わず「やった!」と叫び、さくらの元へ行こうとする。



「これで大丈夫だよね。ふじ」


「ああ! さくら……まさか、もう一度あたしの目が……」



さくらは笑った。


「よかったね! ふじ!」


彼女の右手が光り、それが集まった手のひら大の光弾を作る。


「……さく……ら?」


なにをするつもりかとさくらを見守っていると、カナリーがぐったりとしつつも呟いた。



「訳わかんない奴しゅ……。普通、それをやるっしゅか……」



「ふじ、じゃあさくらは死ぬから。みんなによろしくっ! あ、絶対絶対ナハティガルをやっつけてね!」


「なに言って……」


さくらの持った光弾が、その胸を貫き弾けて消えた。


「さくらーー!」


「……じ、ふじ」


ふじの名を呼んでいたのは、チョロ松だ。


「ん、ああ……あ! 寝てたのかあたし!」



公園のベンチで少し休憩したつもりだったが、眠ってしまっていたらしい。


「ごめんチョロ松、寝てる暇なんてないじゃんね」


急いで立ち上がろうとしたふじに、チョロ松はズボンのポケットから顔を出して「そうじゃねえ」と止めた。


「そうじゃねえ? なにが」


「あのぅ、すみません」


チョロ松との会話に女の声が割って入った。


その声にふじが振り向くと、前髪が揃った細い目の少女がこちらを見詰めて立っている。



「あ、誰っすかね」


見覚えのない少女に、ふじは尋ねた。すると少女は、一歩距離を詰め、前屈みになるとふじの顔を覗き込むようにする。


「鶴丸……のクレインやんな?」


ふじの顔つきが変わる。それは、魔法少女と対峙するときと同じ表情だった。


「あ、そないビビらんでええし! 鶴丸さん」


「誰だよテメー! なんであたしの名前を知ってる!」


少女を睨みつけ、ふじは後ろに飛び退くと掌にチョロ松を乗せた。


「チョロ松、いつでも変身できるようにしてな」


「おいふじ! こんなところで百花繚乱は……」


「わかってるよ! あんたが扇態になったらそれでいいから! とにかくこの得体の知れない奴がどうするかわかんないだろ!」


少女は、ふじの会話が聞こえていなかったようで、何食わぬ顔で距離を詰めてくる。


「そっから来んな! 答えろ、なんであたしの名を知ってる! クレインってなんだ!」


ふじは「なんでクレインを知っている」とは聞かなかった。自分をクレインだと認めるわけにはいかないからだ。


もしも、魔法少女側のなにかだったら……。


思考を巡らすも、目の前の少女が誰かわからない。



「名前っちゅうても、苗字しかわからんねんけどな……。あ、ほなら、あーしから自己紹介しよか」


少しコミカルとも言えるジェスチャーで、手を叩いた少女は「遅松」と呼ぶ。


「遅松……?」


少女が呼ぶと、ぴょんぴょんと跳ねながら黄色いなにかが肩に乗った。


「なんで……?!」


ふじの目に映ったそれは、とても彼女の信じられるそれではなかった。なぜならば、それは有り得ないことだったからだ。


肩に乗った黄色いなにかとは、まん丸いひよこ。糸のような目と赤い尻尾が特徴的な……魔具だ。



「あーしは、鶴賀つばき。で、こっちは魔具の遅松。よろしゅ」


「鶴賀だって!? なにデタラメ言ってやがるんだ!」


つばきと名乗った少女は、「ほぇ」と首を傾げた。



「えっと、あー……怒ってはるんは分かるんやけど、怒ってはる理由が思ってたんとちゃうんやけどなぁ」


少し困惑している様子のつばきを余所に、ふじはチョロ松に「あれは魔具か?」と聞いた。


「あー、ありゃ魔具だ。間違いない、しかも本物の鶴賀の魔具だぜ」


「は……?」



「ようわからんねんけど……ほら、あーしらの世代って【約束の世代】やん。あーしのオカンが子供かわいさに、あーしが生まれたと同時に大阪に逃げたから……。せやから怒ってるんやろ?」


ふじは言葉を失った。


「鶴賀……つばき?」


「あーしがオカンに説得したんよ。いくらあーしがかわいくても人間が滅んだら意味ないやろーって。散々言われたけど、あーしは戦うって決めてん。だから、葵町に帰ってきた。最後はオカンも分かってくれたし……。やから、今更やとは分かってるけど、あーしも魔法少女と戦わせてぇな」


「……分かった。とりあえず、みんなのところに行こう」


「ほんまに?! おおきに!」


ふじは、あらゆる思考を振り払い、ひとまずはききょうとぼたんにつばきを会わせることにした。


今の自分に、これをどうするかの判断がつかなかったからだ。





「鶴賀…… つばき?」


ぼたんはそこまで言うとそこから続く言葉を失った。


「今まですんません! あーし、今まで出遅れた分ガンバルんで、一緒に戦わせてや!」


場の異様な空気にも気付かず、つばきはマイペースに決意を口にした。



「なるほど……。やっぱりそういうわけでしたか」


一人だけ、納得したようにききょうが目を閉じて言った。その表情からは、彼女がどんな心境であるのかは読めない。


「やっぱりって…… どういう意味だよ、ききょう!」


ふじが食ってかかるのを、つばきが止めた。


「ちょうちょう! 落ち着いてぇな! な、なんなん? てっきりあーしの登場がメインテーマになる思ってたのに、めっちゃ無視やん!」


「うるせえな、黙ってろよたこやき!」


「た、たこやき!? そ、それは関西人に対する卑劣な偏見やで!」


その様子をぼたんが黙って見守る中、ふじはききょうに詰め寄る。ふじは目を充血しながら、ききょうに返答を急かした。



「わからないのですか? さくらは、魔具を持っていなかったでしょう」


「あれば魔具が魔力を失くしたって……」


「魔具が魔力を失くしていれば、百花繚乱(クレイン化)すら出来ないはず。あの告白で、少なくとも私達全員が不審に思ったはずです。けれど、誰もそれを言わなかったのはなぜか……。

 それは、さくらが【鶴賀】の性を名乗ったからでしょう」


「えっ、鶴賀って!? 鶴賀はうちやねんけど!?」


ききょうの言葉につばきが反応する。【鶴賀】の名前が出たことで、少しずつ置かれている状況の輪郭が見え始めてきたようだ。


「それは……」


さくらは違う。同じ仲間だ!


自らの視界を、命を賭してまで救ってくれたさくらが、偽りの戦士であるなどとふじは思いたくなかった。


だから、必死でそこから続くさくらを救うだろう言葉を探す、一言すらも見つからなかった。



「認めたくないようですが、まだ他にもありますわ。魔具のことも重要ですが、それよりも……」


「もういいよ! やめろよ!」


ききょうが何を言おうとしているのかが分かったふじは、その先を制しようとしたが、ききょうは止まらない。


「マギ呪文。銀雪や魔法少女に対する認識の違い、そして私達とは桁外れの違う魔力、魔法」


ききょうの指摘にぼたんとふじはそれぞれさくらの放つ、強力な魔法を思い返した。


魔力吸収、オーダー召喚、魔具の属性によらない魔法……。思い返せば、思い返すほど、さくらは自分たちとは全く異質なクレインであった。



「だからって……!


だが、だからといってふじらは素直にさくらを敵として断ずることが出来なかった。


まるで幼児のような…… 無邪気に六鶴たちに接し、そして親しみ、全力で支える。


過剰とも思えるほどのさくらの立ち振る舞いは、次第にクレイン達の心に忍び込み、そしていつしか無くてはならない存在になっていた。


例えば、ひまわり。例えば、ぼたん。例えば、ふじ……。


「こうなってしまった以上、さくらさんは『魔法少女側』だということを認めざるを得ませんね。ということになると……、さくらさんが敵に回ってしまう前にこのままここで……」


ききょうの瞳に宿った殺意に、ふじは「なにするつもりだよ!」と叫んだ。


「ここで殺しておかなければ……。さくらさんは、魔法少女が送り込んだ存在なのですから」



「ききょう! てめー!」


真っ赤に目を充血させたふじがきっきょうの胸ぐらを掴むが、ききょうも掴まれた手を握り力の競り合いをする。


「ふじさん、どうかしていますよ! 私達の使命はなんだと思っていますの!? 家族を……、友達を……、恋人を守るために戦っているのではありませんこと!? 一時の感情で、貴方はその全てを殺すおつもりですか? ……朔さんも死んでしまうのですよ」


ききょうの口にした『朔』の名にふじは怯む。朔がふじにとって全てだ。だが、その全てだった朔との決別を決断せざるを得なかった時、さくらがもう一度つなげてくれた。


視界という光と共に。


だが、ききょうが言っていることも尤もである。


さくらに対する一時の感情が、もしかすれば彼女の全てを奪い去ってしまうかもしれない。


もしも、さくらが魔法少女側に寝返ったら……。



「でも、これ放っておいても死ぬんちゃうん?」


つばきが眠り続けているさくらの容体を見て、率直な感想を言った。


「あ!? なに言ってんだ!」


「なに怒ってん。なんかさっきからあーしを無視して盛り上がってはるけど……。そないことより、六鶴の集結のほうが先決やないの?」


「……」


最初から黙っていたぼたんと、怒りのふじ、冷徹のききょう。


つばきの言葉に反論はなかったが、今集まったところでどうにかなるわけではない。それを思うと、さくらのことを置いておいたとしても、八方塞がりである。


「あーしは六鶴として今日来たとこやから、あれこれ横やり入れたくはないんやけど……。けど、今のようわからんやりとり見てて、言いたなってん。

 あのなー……。この鶴賀を名乗った『七人目のクレイン』やけどさ、そもそも部外者な訳やろ?

【約束の世代】のクレインは誰なんよ。あーしらやろ? どういう状況か知らんけど、とにかく六鶴は六鶴で集まらなあかんのちゃうのん」


「……」


つばきの言葉を引き金に訪れた沈黙。それぞれがそれぞれ違うことを考え巡らせる中、つばきの溜息だけが空間を割った。


「はぁ……。正直、あーし、めっちゃ不安やったんよね。今まで散々一緒に戦ってこなかったくせに、「改心したんでよろ」っていきなり首突っ込むのが。

 そらもう冷たい目で見られるやろうし、シカト祭もされる。ここ来るまでに根性いったんやで。

 せやのに、いざ来たら偽物の【鶴賀】が死にかけてて、あーしのことはそっちのけであれこれそれこれ。ほんま……、なんか拍子抜けっていうか、むしろ…… がっかりやわ」


返す言葉が無かった。ききょうもふじも、なにが一番大事かということを忘れていた。


今はさくらをどうかするという場合ではない。六鶴の内二人が欠けている状況で、次の銀雪に備えなければならないのだ。


そして、自分たちは【約束の世代】である。


いつ、どんなことが起こってもおかしくはないのだ。


「けどさ、……だからって」


だからって、さくらを見殺しにするなんて。


ふじの言葉は最後まで続くことはなかった。また同じことを繰り返してしまうことが分かっていたからだ。


「それに……、あんたら忘れてんちゃう? あーしがなんで今ここに来たんか」


「なんでって、なんさ?」


つばきの言葉に引っかかったぼたんが尋ねると、つばきは大きくため息を吐き、落胆した様子を見せる。


「マジで言うてんの? 次の銀雪予報は明日やで」


「!?」


ききょうら三人はすかさずスマホを取り出し、銀雪予報を知らせるアプリを取り出し、画面を確認する。


「うちのアプリのニュースには来てないさ!」


「あたしんとこにも来てない!」


「……わたくしもですわ」


3人は顔面蒼白になり、アプリに頼り切っていた自分たちを呪った。


「……は? アプリにニュース来てないとか。一人くらいそんな奴おってもええやろうけど、ここにおる三人が三人ともテレビも見てへんなんて。思ってたより自分らいい加減で適当やな」


返す言葉もなかった。


丘で魔女と戦った一戦もあり、彼女たちは自動的に通知の来るアプリを信用し過ぎたのだ。


だが、それはそれで不審に思う人間もいた。


「つばきさんの仰る通り。わたくしたちの落ち度ですわ。……ですが、三人が三人とも通知が来ないとは偶然とは思えませんね……」


「……」


ふじも悔しそうに唇を噛んだ。なぜにこうもなにもかもが上手くいかないのか。


「とにかく、あーしを他の二人のところに連れてってぇな。そっからやで話は」


つばきが急かすが、ききょうだけが渋い顔をしていた。その顔にまた苛立ちを募らせたつばきが言う。。


「なんやねん! はっきりせぇへんな! なんでうちがこないに怒らなあかんねん!」


ききょうの視線の先には、カナリーがいた。カナリーは、彼女らの会話に一切割って入るでもなく、黙って様子を見ていたようだ。


「魔女から目を離すわけには……」


「魔女!? その鳥、魔女なん?!」


「……しゅしゅしゅ、なにをそんなに恐れているしゅか? カナリーにはもう魔力なんて残っていないしゅ。このくだらない檻から出る術などあるわけないしゅ」


カナリーの言葉に、改めて彼女を見てみると……。


確かに。鳥化してしまった魔法少女が如何に無力かということはクレインならば全員がそれを知っている。


「せやったら問題あらへんな」


つばきはききょうを睨み、「ほな連れてってや」と促した。






ひまわりときくの病室は同じ部屋だ。


葵町では、ごく一部の権力者や有力者が六鶴に対し無言の援助をしている。


実際に、誰が、どこまで知っていて、どのようなことをしているか……。というのは、まだ彼女らの世代には引き継いでいないものの、そうでなければ人知れずここまで戦うことはできなかっただろう。


このように魔法少女との戦いで負った傷を癒すのにも、それなりの待遇が用意されているのだ。


だから、ひまわりときくだけの病室……、というわけである。


「ってことは、その……『つばき』にゃんは《鶴賀》の人間で、さくらはどこのどいつだかわかんないってこと?」


その問いに無言で頷くききょうを見て、きくは「あ~りゃりゃぁ……」と、困った表情で笑った。


「ひとまずは……、よろしゅうに。あーしは戦う為に葵町に来てん。正味、六鶴間のごたごたとか興味ないんやけど、とりあえず仲良くせやなあかんっちゅうことで」


ベッドから上半身だけを起こし、腕にギブスをしたひまわりにつばきは握手を求めた。



「……うん。よろしく、つばきちゃん」


納得できないような複雑な心境のひまわりだったが、それに関しつばきにはなんの罪もないのだと言い聞かした。


頭、左手、頬、腰と至る所を故障し、包帯やガーゼが痛々しいひまわりは、つばきとの握手を交わすと無言でふじら三人を見た。


「……」


ひまわりと目が合ったふじは、黙ったまま首を横に振り、『さくらはまだ目覚めていない』と伝える。


「ありゃりゃよろしくぅ。大阪の人って初めて会うだよねー」



きくはいつもの調子で話すと、つばきもまた「そう? やけど別にお笑いに厳しいとか、薄味とか、そんなことはないで。なんだかんだで葵町生まれやし」などと言って笑い合った。


妙に盛り上がるきくもまた、傷はひまわりほど目立たないが、足を両方骨折していて、身動きが取れない。


「少なくとも、二人は戦力にはならへんってことか……」


つばきはそう呟くと、自分以外の5人を見渡すと満足そうに「でもこれで六鶴、全員揃い踏みやってことやんな」と言って笑った。


「もう一人、いるよ」


ぽつりとひまわりが呟き、つばきの顔が変わる。


「またあーしの偽モンの話かいな! どんな奴かわからへんけど、自分らあのバケモノのことええように言いすぎやで!」


「バケモンだと!」


ふじが反射的に前に出ようとするのをぼたんが止めた。


「バケモンやん、あんなもん! 自分らとどんだけ仲良しこよしやったんか知らんけどな、あの子の胸の穴見たやろ!? あんなごっつい風穴空いて死なへん人間なんかおるかいな!」


ぼたん、そしてふじがあからさまに敵意に満ちた眼差しで睨むが、つばきは構わずに続けた。


「あーしからしたら、バケモン以外のなんでもないわ」


「てめー! 絶対許さねぇぞ!」


「やめえってふじ! ここであの鶴賀のクレインに当たったってなんもならないさ!」


「鶴賀のクレインだと!? 鶴賀のクレインは、さくらだよ! そんな細目の関西人が鶴賀なはずねぇ!」



「あなたたち、ここがどこだか分かってるんですか!? 静かにしてください」


ふじが感情を昂ぶらせて叫び散らすと、看護師が注意をしにきた。


それに少し落ち着きを取り戻したのか、ふじはぼたんの腕を振り払うと、病室から出ていってしまった。


「なんやねん……。あーしだってな、軽い気持ちで来たんやないで。死ぬ覚悟だってしてきたんや、それを……」


つばきは眉の間に皺を寄せ、悔しそうに呟く。ひまわりはそんなつばきを見て、心を痛めた。


「ごめん……、つばきちゃん。私達もふじも、すごく混乱しているんだ。さくらちゃんっていう、今まで同じ六鶴の仲間だと思っていた子が、本当は違うくて……。分かって、とは言わないけど。もう少しだけ、みんなに考える時間をくれないかな?」


「勝手なことを」


唇を噛み、つばきはひまわりの顔も見ずに後ろに振り返ると、ききょうに声をかけた。


「ききょうはん……、やったっけ。悪いねんけど、葵町のこと教えてくれへん」


「ええ……、お安いご用ですわ」


ききょうと共に病室を出る際、つばきはドアの間で立ち止まると、


「どの道あーし一人では戦うことなんてできへん。なんやいうてもあんたらの方が実戦経験あるからな。だから、偉そうなこと言われへんけども……。頼むわ」


言葉の最後は寂し気に声量を小さくし、つばきはききょうと病室から去っていった。



「…… どうしたらいいの、かな」



独り言のようにひまわりが呟いた。


病室に残ったぼたんは、チョコホームランをかじりながら目を閉じたまま考えている。


きくはベッドに寝そべりながら天井を見詰め、「あ~りゃりゃぁ~……」と呟くだけだ。



「さくらちゃん。本当に魔法少女なのかな」


「まぁ、間違いないさ。考えれば考えるほど、それしか、ね。うちらは本当は分かってたのに、見ない振りをしていたんよ。いつか絶対に、こんな時が来るってわかってたはずなのに」


ひまわりのベッドの隙間から、空松が顔を出し涙ぐむひまわりを見上げる。


きくの百々松も、足のギブスの上をちょろちょろと歩き、ぼたんの十四松はパタパタと飛ぶ練習をしていた。


呼んでもいないのに、魔具が現れる時というのは、決まって主人であるクレインの感情が不安定な時である。


彼女らの空気に反して、ちょこちょこと遊びまわる魔具たちが、逆に彼女らの気持ちを代弁しているようだった……。






「みっともないところをお見せしてしまいましたね」


つばきと二人っきりになったききょうは、半歩後ろからついてくるつばきに、言いにくそう言った。


「ほんまに……、しっかりしてほしいわ。あーしかて、どんな風に言われてしゃあないって思って来た。わざわざ戦わんでも、大阪から出やんかったら巻き込まれへんかったかもしれんのに」


口ぶりに怒りは含まれてなさそうだったが、代わりに悲しさが滲んでいる。それを読み取ったのか、ききょうはもう一度「すみません」と謝る。


「問題は……、明日の銀雪や」


「そうですわね」


「あーしがどれだけで出来るか、正直微妙やけど……。さすがに六鶴の内二人も抜けたら辛いんかな」


「場合による……、としか言えませんわ。下級から中級くらいの魔法少女一体なら、それほど大変なことではないでしょう。ですが、下級、中級問わず二体以上出現した場合、戦局はかなりキツイかと思われますわ」


嘘をついても仕方がない。そう言いたげにききょうは正直に自らの見解を述べた。


「複数? …… そんなこととかあんの?」


「ええ、それどころか最近は、上級魔法少女である【魔女】が出向くこともあり……」



「魔女! おかんから聞いたことある!」


「そう。魔女の力は強大です。単体でも全員で戦ってどうなるかわかりません。それが、前回の戦いで3体同時に現れました」


「は?」


ききょうの言葉につばきは口を開いたまま固まった。


「あんたらよくそれで生きてたな」


「…… ええ。言いたくはありませんが、さくらさんのおかげですわ」


「またその名前かいな」


つばきは再び不機嫌そうにしたが、次に続くききょうの話にその表情を一変させた。


「つばきさん。貴方がそう仰るのは分かります。魔女三体を前にして私達が今日まで生きていられるのは、さくらさんがその身を挺してくれたからですわ。

 それどころか、前の戦いで視力を奪われたふじさんのために、自らの命と引き換えに目を取り戻したのです。魔女を三体、呼んだのはさくらさんでしたが……。結果、私達は全員生きていて、ふじさんの目を治し、そして三人いた魔女を一人、戦力を無効化しました。さくらさんだけが、その犠牲になって……」


「…… え? それどういうことなん!? なんであのさくらって魔法少女はそこまで……」


「さあ。それはわたくしも分かりませんわ。ただ、さくらさんはいつもわたくし達と『友達になりたい』、そう言って突飛なことをしてしまう人」


つばきは黙って考えているようだった。


「友達になりたい……。どこまで本気なのか分かりませんでしたが、彼女が初めて私達と出会った時、つばきさん。貴方と同じ気持ちだったのだと思いますよ」


「そない言うたかて、正体もわからん奴なんやろ……」


「そうですね。危険な賭けですわ。でも、今回の事で、どっちみち……、さくらさんが居なければ私達は魔女と戦うことはできない……。それだけは確かですね」


ききょうはつばきに話しながら、ガルの圧倒的な魔力と強さを思い浮かべた。


あの黒い鎌を使う魔女。あの魔女一体だけでも、全員で戦って勝てるかどうかわからない。それはききょうの中でも痛感していた。


「ところで、つばきさん。貴方の魔具ですが、どんな能力を持っていますの?」


急につばきの話になったため、つばきは「あわわ」とわかりやすく慌てたが、すぐに「あーしの能力はやね……」と切り出す。



「おかんから聞いてるんやけど、あーしの能力は《跳ね返す》らしい」


「跳ね返す…… とは?」


「うーん、あーしも魔法少女相手にまだ使ってないからなぁ。詳しくはなんとも言えんねんけど、魔法を跳ね返すって聞いてるで」


跳ね返すというワードを聞いて、ききょうは大体のイメージを沸かせるものの、それで戦局がどれほど変わるのか、考えをあぐねいていた。


「跳ね返す……、ですか」


物理攻撃を跳ね返す、魔法を跳ね返す、銀雪を跳ね返す……。


「つばきさんのお母様には能力のことは?」


「聞いてるんやけど、やっぱりあーしが戦うことに渋ってるせいか、ぽつりぽつりくらいしか言わへんねん。あのオバハン、完ッ全に戦わす気なかったみたいで、これまでの鶴賀家におけるクレインの資料とか伝承とか全部捨てよって……。口だけで聞くあれじゃ全然わからんくって」


「全部……?! それはなかなか思い切りのあるお母様ですわね……。では、わたくしの母様にも聞いてみましょう。しかし、そんな状況でよく自分が【クレイン】だとわかりましたね?」


「ああ、うん。こいつのおかげ、かな……」


 ぴょこぴょことつばきの魔具・遅松が肩によじ登ってくる。


「どもも。遅松ぴょ」


 魔具はそれぞれ魔力を内包した武器であり、これ自体に意思があるのはいわばおまけみたいなものである。


 それゆえ、意思はあっても記憶力であったり思考力であったりはほかの動物と大差がないと言っていい。


 だがその代りにデータベースとしての役割もあり、クレインにとって必要な情報は記号として持っているのだ。


 だからこそ、遅松の存在でつばきは自らがクレインであり、そしてクレインとはなんなのかということを知ることができたというわけである。


 つばきの母はきっとこう思ったであろう。


――結局、運命からは逃げることなど出来ない。と。


 その証拠につばきは誰に促されることもなく、単身葵町にやってきた。戦ったこともない、一度もクレインとして変身したことのない彼女が、鶴賀のクレインとして。


 だからこそ、さくらに依存しているような六鶴に対し、失望したのだろう。


 ききょうも同じだ。つばきという突然現れた【本当の6人目】に対し、懐疑的な目を避けられなかったが、つばきの覚悟と決意を知り、次第に一緒に戦うべきではないのか、と思うようになっていた。


 しかし、どちらにせよ。状況が最悪すぎたといえよう。


「……もし、明日の銀雪で魔女が現れたら」


 つばきの問いに、ききょうは少し間を開け、その空間に居座る不安を口にするしかなかった。


「間違いなく、全滅するでしょう」


 沈黙。ききょうもつばきも、最悪のイメージを想定しているのかもしれない。


「……それでも、戦えますか? つばきさん」


「……」


 ききょうの問いに答えるまでの間。そのわずかな間につばきの迷いを見た。だが、つばきはききょうの思う答えとは違う返事を返すのだ。


「戦って、死ぬために来てん。戦うで」





『気象庁及び警察庁から警告。銀雪警報が発令されています。銀雪警報が発令されています。解除のアナウンスが発令されるまで絶対に外出はしないでください。繰り返します。銀雪警報が発令されています。住民の皆様は、速やかに室内に避難し外に出ないようにしてください。間違って外にいる住民は、すぐに屋内に避難してください』



銀雪警報が葵町のスピーカーから鳴り響き、町からは人が消える。


前回の戦いからほとんど感覚を開けずの銀雪に、ききょうらは表情が引き締まった。


ふじ宅にひまわりときくを除く全員が集まったのは、戦える人数が決まっているからだ。


しかも、さくらでさえも戦線離脱している状態である。



「今日戦えるのは4人。ですが実質的な人数は3人と数えたほうがよろしいですわね。つばきさんには申し訳ありませんが」


「ええ。あーしも分かってるし。邪魔ならんようにするから、勉強させてもらいます」


細い瞳から緊張が漏れてくるようだ。当然だろう、つばきにとっては今日が初めての戦いなのだから。


「しゅしゅしゅしゅ」


気味の悪い笑い声に全員がその方向を振り返る。


「貴様たちクレインは、本当に愚かで浅はかしゅな。どんな利用価値があると思ったのかは知らないしゅが、カナリーを殺しておかなかったことにきっと後悔しゅるしゅよ。貴様たちはなにも解っていない。

 なぜ、カナリーを殺しておかねばならなかったか。なぜ、カナリーが生きていると貴様らは死ぬのか?

 死んだあとで存分に悔いるがいいしゅ! しゅしゅしゅしゅ!」


「……」


クレイン達は誰も口を開かなかった。カナリーの言葉を鵜呑みにしたわけではない。


だが、自分たちが今日、この戦いで死んでしまうかもしれない――・


それだけが強烈なリアルとして存在していたからである。


 そんな空気を察したのか、カナリーはさらに愉快そうに、しゅしゅしゅしゅと独特な高笑いをした。



「さぁ、まもなくプルンネーヴェが降り始めるしゅ! このプルンネーヴェには必ずガルかクックー、どちらかが来るしゅよ! マギのクレインもおらず、人数も揃わない貴様らが勝てる見込みは……、ゼロしゅ!」



『葵町の住民のみなさん。銀雪が降り始めました。外にいる人は急いで屋内に退避してください。これより銀雪の止む2時間は絶対に外に出ないでください。繰り返します……』


銀雪が降っているというアナウンスを合図に、四人は向かい合うと強く頷いた。


『百花繚乱!』


四人のクレイン。四つの魔具。四つの魔法。


「カナリーは連れていきましょう」


「は? 逆効果じゃねぇのかよ!」


「いいえ、ふじさん。カナリーをここに置いていけば……」


ききょうはそういってさくらを見詰めた。


「ああ、そうか。そうだな」


その視線を追ったふじは、素直にそれを察し、同調する。


「ここに置いていてら、きっとさくらもやられるさね」


カナリーを入れた鳥かごを持ち、四人は外に出ると銀雪の降る空を見上げた。



「魔法陣……。さ、行くさね。つばき、うちに捕まりなんし!」


「わ、わかった!」


空を強く睨むと、三人はぼたんに捕まる。


土器かわらけ


下駄を鳴らし、遥か上空へと瞬時に飛ぶ。


「~……ッ!」


初めての空中につばきはなんとも言えない表情で、なんとも言えない声を上げた。


きっといつも通りの戦いであるなら、つばきのこのリアクションに笑いの一つでも起こったであろう。



だが、クレイン達は笑わない。笑えなかった。


それもそのはず。



目の前に現れたのは、見たことのある魔法陣だったからか。


「あ~、貴様らツイてるしゅな。クックーが来たしゅ」


カナリーが魔法陣を見て言った。


あの白い魔法陣は、まさしくクックーのものであった。


「ガルじゃなくてよかったしゅ。ガルが来たら貴様らはきっと瞬殺だったしゅ。だけど、クックーはドジっ子だから、もしかしたら長く生きられるかもしれないしゅよ? もっとも、長引けば苦しむだけしゅが。

 ……ん、ということは苦しまなくて言い分、一瞬で殺してくれるガルが来た方がツいてたのかもしれないしゅな! しゅしゅしゅしゅ!」


「しゅしゅしゅしゅって、マジうるさいなこいつ」


「こんなによう喋るん、ほんまに魔法少女のみなさんは要るんかいな」


 つばきの言葉に、ききょうの肩が鳴る。


(カナリーは、さきほどわたくしたちに『なぜ自分を殺さなかったのか後悔する』と言いましたわ。あの口ぶりはまるで【鳥化して魔力もないけど、魔女は自分を取り戻しに来る】と言っているよう……。この銀雪に魔女が来るということは……もしかして)



「つばきさん!」


「な、なんやねん! 緊張してんねんからいきなりごつい声で呼びなや」


「貴方はその魔女(鳥)を護ってください!」


「はぁ!?」


「跳ね返す力……、どういったものか分かりませんが、恐らく防御系の魔具であることは間違いありませんわ」


「だからなんなん!?」


「きっと、魔女はカナリーを取り戻しに来ます!」


「だからそれがなんやねんって!」


「わからないのですか?! 『カナリーの魔力を再生させることが出来る』、そう言っているのです!」


「!!」



クレイン達はききょうの言葉に衝撃を受け、その言っている意味をすぐに理解した。


「カナリーの魔力が復活する……、それはどうじに『治癒魔法の復活』!」


全員が同時にあの少女を思い浮かべた――。



《――さくら――》



「自分ら正気なん!? 何者かわからんような……」


「あいつはうちらの味方さ!」


ぼたんが力強い言葉で叫ぶ。


「さくらは七人目のクレインだよ!」


ふじの言葉にも魂が籠った。


「あほな……」


つばきの苦々しい顔に、三人は同時に彼女をみた。


「だから、絶対にそいつを護って。つばき」


「……へ」


そう言い置くと、三人はつばきをそこに置き魔法陣へと向かっていった。



「あほな……。そない、そない大事な役回りをあーしなんかに……」


魔具の番傘を右手に構え、左手に鳥かごを抱くつばきは正面を強く睨む。



「頼まれたらイヤっちゅうのは言えんやんかぁ!」



――猩々しょうじょうひ


つばきが母親から教えてもらった唯一の魔法。


他の魔法は、遅松がデータベースとして持っているが、口伝としてもらったのはこれだけだ。


詳しくどんな状況で使うべきなのかをちゃんと教わったのはこれだけだった。



たった一つだけ……、だというのには理由がある。


時間がなかったのだ。


つばきの母は、この戦いにつばきを巻き込みたくなかった。だから、なにも教えてこなかった。



だがつばきの想いは違った。


だから、この短い時間で教えられる限られた魔法にこれを選んだのだ。



――なるべくならば、生き延びるよう……。



そんな母の願いが篭った、その口伝。


カナリーを護れと命じられたつばきには、奇しくもこれこそが切り札となったのだ。


他の魔法ならば実戦の中で覚えていける。だが、この魔法だけは、違う。


【最初から熟知している魔法】なのだ。


「やったる……!」


遠くなってゆく彼女らの背中を見守りながら、来たるべき『その瞬間』につばきは備えた。



無意識に力む拳の中を、汗がぐっしょりと濡らし、額からは汗が流れる癖に、蒼白な顔。


この中で誰よりも、つばきが恐怖と不安に包まれているであろう。


……だが、その絶対的な感情を強引にねじ伏せることが出来るのもまた、彼女の精神力の強さだといえる。



 



ききょうの唱える【カナリーの魔力が復活する可能性】は、この戦いに参加している面々ならば強烈に感じていた。


「……馬鹿なことするよな。さくらを救うためにわざわざ一人減った魔女を復活させようっていうんだから。魔女が次に3人で攻めてきた時、間違いなく全滅するってのに。そうだろ? ききょう」


ぼたんに捕まり魔法陣まで高速移動する中、ふじはききょうにそのように話しかけた。


皮肉の詰まった物言いなのに、ふじの顔は不機嫌ではなく寧ろ晴れやかと言ってもいい。



「そう、ですわね。わたくし自身も呆れておりますわ。それに、わたくしはまださくらさんのことをちゃんと信用しておりませんし、もしかするとどうしようもない敵として立ちはだかるかもしれない、という可能性も捨ててはいませんの」


「マジか。だったらなんで」


ききょうは目を瞑ると鼻を鳴らして笑った。


「少なくとも、こんな危険を冒してまでさくらさんを復活させなければ、《確実に今、全滅する》からですよ。ふじさん」


「まぁ、……お前らしいな」


「あら? 貴方も元々反さくら派だったのではなくて?」


「今もそうだよ! あいつ起きたらぶっ飛ばしてやる。勝手なことしやがって!」



ふじは空いている腕の拳に力を入れると、それを胸に置き口元を釣り上げて真っ直ぐ見詰めた。


「さくらを救わなければ将来は無い……ってのは、うちも賛成だけどさ。それって具体的にどうするんさ?

 仮につばきの能力が【魔力を跳ね返す】として、それだけでさくらをこの場で回復させられるとは思えんさ」


3人は無言になった。誰もが考えを巡らせてはいるものの、自らが納得する答えに辿り着けないでいる証拠でもあった。



「ききょうが大した具体案を持っていないのは致命的だな」


「否定はしませんわ。この度は時間が切迫しすぎてましたので、寝ずに様々な場面を想定しましたが……」


「あいつ(クックー)が、もしなんらかの魔法でカナリーを鳥化から魔法少女に帰化させた場合、ただ奴らのアジトに帰らせただけじゃ格好つかないぜ」


ふじの言葉に、再び3人に緊張と沈黙が走る。



「とにかく、戦いながら考えましょう。今のわたくしたちにそれ以外の選択肢は許されておりませんわ」


魔法陣の前に辿り着き、徐々に現れる魔法少女の姿を3人は睨み、待ち構えた。


空は白く光る魔法陣と、吹雪く銀雪のせいで箔の付いた紙吹雪のように光を乱反射させながら幻想な光景を産んだ。


この銀雪の中、クレインと魔法少女は一体どれだけの戦いの時間を費やしてきたのだろう。



魔法少女たちは、長い戦いで確実に種の絶対数を減らしてきた。


交配することなく、人間を喰うことで卵を産み、子孫を増やしてゆく。


それ故、雄がおらず人間の姿を真似た魔法少女の姿は、知らないに人間が見れば、天使か妖精のように思うであろう。


だが、その本質は人間を喰う異生物なのだ。


それが、この感情が表に出ない表情であり、真っ白な肌の色であり、温もりを感じない眼差しであり、人間が持ちうることなどあり得ない【魔力】という得体の知れない力なのである。


足元から現れたシロと黒のドレスを纏ったクックーは、クレインを見下し、あとに続く魔法少女を見て愕然とした。



「そん……な……!」


ききょうが瞳を収縮させ、光景に絶句した。


クックーの背後には、6体の魔法少女が様々な出で立ちで現れたのだ。


「クレインども。ごきげんよう」


睨みを利かしクレイン達を見下すクックーの瞳からは、無機質な昆虫のような印象を受けた。


なんの感情もない。虫が人間をそれこそ《虫けら》のように見下す目。



ききょうらは、改めてその瞳に圧倒的なおぞましさを感じる。だが、


「行くぞ! 六鶴!」


ふじが力の限り飛ばした檄に、ぼたんとききょうの背がびりびりと震えた。


「ええ! 行きましょう!」


「六鶴……? 馬鹿を言うっち。お前らはどうみても3人……いや、4人っち」



黒目だけをゆっくりと泳がせたクックーは、「やはりマギのクレインはいないっちか。……ち、この手で殺してやりたかったっち」、そう言い放つ。


「勝手に殺すなァ!」


ふじは魔具の扇子を大きく開くと、舞うように回転し身体を低くして戦いの型に入る。


「舞うは蒼獅の如き旋風、扇のクレイン・鶴丸ふじ!」


ききょうはそれを見ると、短く噴き出すと「そういえば、そういう名乗り口上……ありましたねぇ」と呟き、それがふじの戦う覚悟であると察した。


大きなキセルをぐるんと廻し、腰や肩、首の周りをバトントワレの如くしなやかに躍らせ、ききょうの右手にぴたりと止まる。


「紫艶の星は瞬く時を問わず。煙のクレイン・鶴野ききょう」


それを見たぼたんは呆れたように溜息を吐くと、「うちそれ初めて見たさ。もうしばらくの代やってない、オワコンさね。正直ダサすぎてやるこたないって思ってんさ……」と前置きした上で、下駄の踵を二度鳴らす。


空中ではあるが、その場で宙返りをすると足を高く上げ、そのまま倒れ込むようにし新体操のように広げた両足を水平にさせる。そして、そのまま前傾姿勢で立ち上がると、ふたつのテールを揺らめかせた。


「鈴鳴の紅燕は下駄にて参上。飛のクレイン・大鶴ぼたん」


遠目で見ていたつばきはその名乗り口上に、細い目の奥を輝かせていた。


「め、めっちゃかっこいい……。今度教えてもらわな」


それに対してつばきの手に持つ鳥かごの中で、「生きてたらしゅね」と小さく突っ込みを入れた。




「六鶴は揃わねど心は一つ! 参る!」


三人のクレインは、一斉にクックー達魔法少女へと飛びかかった。



(まずいしゅ……)


誰の心の声かは、独特の語尾でお分りだろう。


カナリーは、クックーと一緒に現れた6人の魔法少女を見て人知れず肝を冷やしていた。



(クレイン共は気づいていないようしゅが、クックーは明らかに前回のダメージが残っているしゅ。ナハティガルを6人も連れてきたのは、魔力が不足している証拠しゅ。おそらく……今のクックーは、全開1/10程度の魔力しかない。その状況でわざわざ、出向いたということは……)


そこまで読んでおきながらカナリーの口元は笑っていた。


(アレを持ってきたということしゅか……)



クックーとききょうらの戦いを見守っているつばきの横の鳥籠内で、カナリーはクレイン達を嘲った笑いを浮かべ、今度は声に出して呟いた。



「だから言ったしゅ。カナリーをさっさと殺しておかないからこうなるんしゅよ」


「うん? なんやねん、しゅしゅしゅしゅ、しゅしゅしゅしゅうるさい鳥やな」



「お前達は愚かだと言ってるんしゅ……」






――さくらは夢の中にいた。



夢の中にいた……が、さくら自身はそこが夢の中だと自覚はしていなかった。


なぜなら、彼女のいるそこにはひまわりがいたからだ。



さくらのいるその場所とは、彼女らの通う『私立葵花高校』。



すっかり見慣れてしまったその景色の中にいて、彼女は夢だと思うはずもない……というわけだ。


「ひまわりー!」


当然、目の前のひまわりにさくらは声をかけた。


ひまわりはいつもの笑顔で振り向くと思ったが、さくらの予想を裏切り、夢の中のひまわりは悲しそうな顔をしていた。



「ひまわり……?」


不安げな声でさくらはひまわりの名を呼ぶ。


だが、すぐにひまわりは先にいる玉木のところへと走って行った。


「あー! ひまわりの大好きな玉木きゅん! よかったね! ひまわり、よかったねー!」


満面の笑みで、さくらは手を振るがひまわりは始めからそこにさくらがいなかったかのように、わき目も振らずに去っていった。



彼女たちの先には、サッカーボールが転がっており、それを追いかけるように消えてゆく。



「……ひまわり」


さくらがその名を呼べど、そこにはもうひまわりの姿はない。


その変わりに残されたさくらの影だけが、校庭の地面に焼き付くように存在する。


不意にさくらは誰かの気配を感じ、右側隣を向く。


そこにはききょうときくが、なにか言い争いをしていた。



真面目でプライドが高く、融通の利かないききょうと、楽観的で大ざっぱな変わり者のきくは、最初から相性が悪い印象だった。


それでもお互いがお互いを尊重し、戦いの中で絆を深めている。



だが、プライベートでこの二人が一度言い合いになったら、なかなか収まらない。



そんな、水と油のような二人。


「喧嘩はだめだよー! ねー、ききょう。きく」


さくらがひとっ跳びで彼女らの間に立つ。



「……あれ?」



ききょうときくの間に立ったはずだったが、そこに二人はいない。


状況がよくわからないといった様子で、さくらはきょろきょろと見渡すが、ききょうときくの姿はなくなっていた。


「うう~ん……。変なの」


さくらが誰もいない校舎を歩き始めると、とある教室に人影があった。


「ぼたん!」


開け放った窓際に足をぶらぶらとさせ腰かけるぼたんが、そこにはいた。


ぼたんは口にチョコホームランを咥えると、小気味のいいシャク、という音でそれをかじっていた。



「ぼたん、なにしてるのー!?」


さくらは教室の窓に向かって、ぼたんに近づこうとするが、教室の窓際に座っているはずのぼたんと一向に距離が縮まらない。


「……あれ、あれれ? ぶっとび!」


さくらは近づかないぼたんとの距離に、自分の足元を見た。


さくらの足元に広がっている教室の床。


木目のそれは確かにさくらの足踏みに合わせて、進んでいるが、それなのに教室の景色はそこから変わらない。


「ね、ぼたーん! おかしいよー、なんだかおかしいから、こっちきてー!」



ぐにゃり。



音が聞こえるわけではないが、形容するのならばそう言う感じだ。


なにが起こったのかというと、景色が急に湾曲したのである。


「……ッ!?」


状況は更にさくらを混乱させた。



さくらの周囲はアルミに映った景色が、アルミを折り曲げたように歪で異様な景色に変わる。


かと思えば、すぐに暗転し闇となった。


だがその闇ですら、長くそのままで在るわけではなく、すぐに今までいた景色と全く違うものへ変容する。


「なに? どうしたの……?」


景色は変容し、やがて輪郭をはっきりとさせた。


景色は、さくらの住む御鶴木家から近い公園に切り替わる。


暖かく、緑の光が差し込むそこは、街路樹がはるか先まで立ち並び、目の粗いシャワーのように差す光がまるでカーテンのようだった。



地面に敷き詰められたレンガのような石畳に、緑と黄色の光が美しくコントラストを醸し、さくらの目を一瞬で奪う。



「わぁ……。ぶっ飛んで綺麗……」


さくらの瞳は、その差し込む光にも負けず、キラキラと光輝き、この世界を見るのが初めてであるような、そんな感動と感嘆を全身から放出している。


「すごいなぁ……。人間界って、本当にすごい」


さくらが『人間界』と口にしたほぼ同じタイミングで、彼女の視界の外れにある、とあるものを捉えた。



「……あれって」


とあるもの……。それはなんの変哲もない《ベンチ》。



思えば、ここは公園であるのだからベンチがあってもなんら不思議もない……というより、当然の景色であるといえる。


だが、さくらにとっては、急に現れたような気がして妙にそれが不思議に思えたのだ。


急に現れたベンチ……。ベンチそのものよりも、ベンチに座っている人物にさくらは釘づけになった。


「ふじ?」



楽しそうに笑うふじと、隣に座る青年。


この青年とはふじの恋人、朔であるがさくらは朔とは面識がないため、誰かわからない。



わからない……が、ふじの幸せそうに笑う姿を見て、素直にさくらも笑った。



「すごいなぁ……。人間って、笑うとこっちも嬉しくなっちゃうんだな。母様が言った通り。さくら、この世界に来てよかった」


ふじと朔はさくらに気付くことなく、幸せそうに笑っている。


その幸せそうな二人を見て、さくらは一度笑みを消し、だがすぐにまた笑みを戻す。


さくらの顔は、全てに満足したような……。そんなある種の母性にも似た笑顔であった。



「そっか……。みんな幸せになったんだね。良かった! でも……」


さくらの背中。


その背中は余りにも小さく、か弱い。



突然、ひまわりたちの前に現れ、絶対的な強さで魔法少女、クレイン共に圧倒した戦士とは思えないほどに、その背中はどこからどうみても《普通の女の子》の背であった。


「みんなともっと仲良くなって、もっと……もっといっぱい遊びたかったな」



さくらの呟きが、彼女の夢の最後に余韻を焼き付けた――……。





「だめ! さくらちゃん!」



眠り続けるさくらの手を、病院にいるはずのひまわりが握っていた。


その横にはきくもいる。



意識を取り戻していないさくらの手を握りながら、ひまわりは強い眼差しでさくらを見詰める。



「さくらちゃん! 絶対、絶対にみんながさくらちゃんと助けるから! 今度は、さくらちゃんを私達が助けるからね! だから……、まだ、まだだよ! さくらちゃん!!」



ひまわりは、ききょうから聞いていた。


ひまわりは、ふじからも聞いていた。



さくらが魔法少女から魔力を吸収し、その魔力がさくらの吹き飛んだ両腕を復元した、と。


ききょうは言った。


さくらは治癒魔法でなく、直接魔力を吸収することで魔力を欠損した体の復元に使ったのだと。



通常で言えばそんなことは考えられない。


だが、さくらにはそれがあり得るのだ。


それによって、さくらの正体が更に疑わしくなったが、そんなことはもうどうでもよかった。



――友達を、仲間を救いたい。



6人のクレイン達が最終的に辿り着いた結論は、そんな……純粋な想い。


その想いが、その想いだけが、ひまわり達を突き動かしたのだ。



一見、ひまわりときくはさくらの両腕を握っているだけのようにも見える。


だが実際には、自らの魔力をさくらに送り込んでいるのだ。


他のクレインや魔法少女から、魔力を吸収するような特異な能力は、さくらでもない限り誰も持っていない。


だが、魔力を分けるという能力は魔法少女だけに留まらず、標準的に備わっている能力なのである。



だが、通常……意識を失っている魔法少女やナハティガルに対し魔力を分けたところで、なにか変化があるわけではない。


さくらだから……なのである。


とにかく、ひまわりたちは理屈こそ分からないが、自分たちが出来うることに全力を尽くしているのだ。



「さくらちーん! 早く起きて一緒に遊びましょ!」


きくがいつもと変わらない調子でさくらに話しかけるが、骨折した足や腕を推してやってきたところを見ると、彼女なりに特別なことであると見受けられた。



さくらがクックーから奪った魔力が尽きると踏んだききょうが、戦えないひまわりときくに推測を話し、魔力を分け与えることを提案したというわけだ。



「……私達の魔力が持つのは、多分40分くらい。それまでに……! みんな、お願い!」


ひまわりのそれは、さくらの手を握った形が願いを祈りに変えた。





「藤崎司令! やはり葵町上空から異常な熱源を感知しました」


ながい髪の青年は、よほど興奮しているのかその長い髪を振り乱して、背後に居る藤崎に報告する。


「スノウレベル」


「3!」


肘をついたパネルに目を落とし、パイプメーターとそれらから検出した圧縮雪源の数値を確認する。



「ふむ。確かに銀雪予測通りの数値……だが」


「ええ、この規模の銀雪にこの熱源数は異常です」


「……熱源が、10。前回の予測不可だった深夜の銀雪の時は9。スノウレベル5以上でこの熱源数なら首も傾げないが……」


興奮気味だった青年局員とは違う、桃色を思わせる声が左舷モニターに近いデスクから届く。


「司令。銀雪の空になにか別のエネルギー体がある……。本当にそんなことがあり得るのですか」


「おいおい、何を今更。この【対銀雪澄天機関】、通称Millionミリオンが何十年前から存在してると思ってるんだ? そんな愚問をよくもまぁ司令に言えたな」


得意げに貼り付いた前髪を手で払い、青年は桃色乙女に言った。


「いえ……、もちろんそれは存じています。ですが、その数十年の活動の中で、熱源こそ毎回確認されていますが、映像に捉えたことは一度もありません。それどころか音声感知も……」


そこまで言うと、桃色乙女は慌てて自らの口を押え、「すみません!」と謝り、すぐにデスクに目を戻した。


「あるよ」


藤崎司令の静かながらしっかりとした口調を、桃色乙女の耳が捕まえた。


「え……」


「ある、と言ったんだ。あの熱源が集中する座標……、いや、場所には必ず【何か】がある。そして、それは我々のすぐ目の前ほどに近い場所にあるはずだ」


桃色乙女は、一度振り返った首をゆっくりと戻しながら、根拠もなさそうな藤崎の言葉に対し、内心呆れていた。



(だから《トータス》、なんて呼ばれるのよ)


桃色乙女の心で愚痴った《トータス》とは、この機関……【対銀雪澄天機関ミリオン】を皮肉り、誰かがつけた悪名だ。


なぜトータスと言われているのかと言うと……


(何十年も国の財源使っておいて、遊びみたいに玩具みたいな兵器作っては失敗して、挙句に熱源の正体も分からない……。亀よりも成果を出すのが遅い、だからトータス。亀より遅いんだから、もっとあるかと思うけど遅い動物の代名詞だからね。仕方ないか)



半知はんち


「は、はい!」


桃色乙女の名前は『半知』というらしい。半知は、心を読まれたのかと思い、跳ねるように大きな返事をした。


「なんて返事だよ……。どうせろくでもないこと考えてたんだろ」


聞こえるように長髪の局員が半知に言うと、メガネのフレームを親指であげる。


「我々を信じろ。我々は、浮き沈みの激しい機関の波の中で、ここまで存在し続けてきた。それは、それだけの理由があるからだ」


「は、はい……」


口ではイエスを示したが、内心半知は『そんなんだからトータスって言われるんだって。本当に私ってばついてないなぁ。在籍半年でこんなお荷物組織に配属だなんて』と呟いていた。



「藤崎司令、葵町にだけネットワークでの銀雪予報を出さなかったのは正解だったんでしょうか」


「まだなんとも言えない。だが、この熱源が銀雪と深い関わりがあるのは間違いない。そして、それが我々が切望する【銀雪の根絶】に繋がるはずだ」



名札に『畠家はたけ』とある青年は、藤崎の言葉にただ無言で頷き、しっかりとしたそれは藤崎を信用しているという意思表示に他ならない。


「畠家」


藤崎に呼ばれた畠家は、モニターに映し出された銀雪の降りしきる葵町上空を齧りつくかのように睨みながら「はい」と、小気味よく返事をした。



「【大和】の準備、できているな?」


「滞りなく」


「よろしい」



藤崎は立ち上がり、室内にいる全職員に対し指示を飛ばした。


「いいか。これより雪撃静雷砲【大和】を発射する! 従来のシミュレーション通りに各員、プランαルートからΣルートまでのシステムを開放しておけ!」


「司令! スノウレベル4に上がりました! 熱源からパーモライト反応あり!」


「そうか。聞いたな!」


モニターを見詰める30人の局員たちが一斉に「はい!」と返事をした。


氷が張った湖に爪先で立つような、いつ決壊するかわからない緊張感。


それに似たものを半知は感じつつも、結局なにも起こらないと高を括るのだった。



モニターに突然現れた、ソレを見るまで……。





前髪を絶壁のようにかち上げた、変わった髪型の魔法少女の左腕が氷柱つららを作って凍り付いた。


「んも~ぉ、マジでサイアクだしぃ~い! 左手動かねえし~い?」


前髪の魔法少女に冷気の風を送る魔法で動きを封じたふじは、前髪の魔法少女にとどめを刺すでなく、その先に構えていた掃除機にまたがった魔法少女目がけて、一度閉じた扇をもう一度勢いよく開いた。


「どこ行くしぃ~い!?」


「おたくこそどこ見てるんさ」



ふじを目で追いかけようと振り向いた前髪の魔法少女の正面からぼたんの声。


「なんだしぃ~い!?」


ぼたんの声に反応し、顔を正面に向き直した魔法少女の鼻先、至近距離の位置に下駄の踵裏が見えた。


「うちから目を離すとろくなことないんさ」


振り下ろされた踵は、魔法少女の鼻から口にかけて深くめり込み、ぼたんはそのめり込んだ顔をそのまま踏み台にして、飛んだ。


「勘弁しなくてもいいけど化けてでなさんなさ!」


そのまま高く跳ぶぼたんは前を行っていたふじを空中で追い越し、その先で待ち構えている敵に向かって振り下ろす。


「ひっやああ!」


「如何ですか? 煙に巻かれたお気持ちは」



やけに濃度の濃そうな、黒さのキツイ灰色に纏わりつかれ、魔法少女もまた身動きを封じられていた。


「調子に乗るんじゃないよ! 人間の分際でさぁ!」


髪をツンツンに上げ、ボンテージのようなドレスを着た魔法少女がキセルの煙を吸い込むキキョウに向かって魔法陣を飛ばす。


『マギ・ビルラ』


「!?」


ききょうの目の前で魔法陣は大きな牛に姿を変え、大きく前足を上げると威嚇の声を上げる。


「このわたくしに卑しい牛を飛ばすとは、随分と無粋な魔法少女ですわね……」


キセルを口から離し、くるりと一回転させるききょうは、口から煙を吐きながら詠った。


とび


ききょうが詠った直後、魔法少女が放った魔法で具現化された牛の前足が襲ったのは、先にききょうの煙の魔法で拘束された魔法少女であった。


「いっ!? な、なん……」


状況が飲み込めていない、拘束された方の魔法少女が驚愕の言葉を言えぬまま。


「グモォオオオ!」


魔法牛に潰されてしまった。


「な、なんだと……!? なにをしたんだいお前!」


目の色を変えてパンクな魔法少女がききょうに叫ぶ。


牛の目の前にいたはずのききょうは、いつのまにか先ほどまで拘束されていた魔法少女の位置に、涼しい顔をして立っていた。


「いえ……、余りにも下品な魔法でしたので、ちょっと【入れ替わってもらった】だけですわ」


「入れ……変わった……だってぇ!?」


血管を浮かべ、ききょうを睨む魔法少女が牛に対し次の命令をしようと、手を前に伸ばした。


「させるか!」


魔法少女が突き出した手を、ふじの扇子が斬り飛ばし魔法少女は絶叫した。




その様子を静観していたクックーは、自らの側にいた魔法少女パラキートに目配せをする。


「お呼びで?」


「あそこにいる4人目のクレイン……見たことがないっちな。クレインとは6人だったと思うっちが」


「左様ですか」


クックーが言っている4人目のクレインとは、つばきのことだった。


つばきはききょうらの戦いを見るのに夢中で、クックーの視線には気付いていない。


尤も、クックーがつばきを見詰めているのは、そこから200メートルは離れている場所だ。


そもそもがそれに気付くはずもなかった。


「ストークにロビンがやられたっちか。まぁ奴らは格下っち、想定内といえば想定内っちが……」


忌々しそうにききょうらを見る瞳は、明らかにクレイン達を嘲っている。


だが心なしかその瞳には、以前ほどの闘争心の色は見えなかった。


「……クックー様」


「あの4人目のクレインを殺すっち。そしてカナリーを回収するっち」


「御意」



パラキートがつばきの元へと向かっていく背中を見ず、クックーはききょうらに視線を移す。


「クレイン・さくらがいなければ、たった4人ぽっちのクレインなど、下級ナハティガルでもすぐに殺せると思っちが」


クックーの目に映ったのは、魔具を駆使しながら魔法を発動して戦うクレイン達。


「なかなかどうして、やるっち……」


そう言うと、ほんの少しだけ笑った。


「なぁききょう! あの魔法少女、つばきのところへ行ってる!」


4人目、5人目と立て続けに襲い掛かってきた魔法少女と3体3の戦いの最中、ふじがつばきに向かうパラキートを捉えた。


「やはり……そちらにも行きますか。しかし……」


ききょうを襲う青・赤・オレンジの羽根。


それを避けながらキセルで叩き落としながら、自分の身体がつばきの元へいけないことへの歯痒さに口を真一文字に締めた。


「魔女は動いてない!」


ぼたんがききょうに伝える。ききょうはぼたんの言っている意図を即座に理解する。


「やはり魔女は先の戦いでさくらに吸収された魔力が戻っていないのですね。……ふじさん!」


「分かってる! すぐ戻ってくんだよ! そこまで持たせる自信ないからな!」


「承知いたしましたわ!」


ききょうはぼたんと目を合わせるとお互い小さく頷いた。


そして、同時に後方に飛び退き、魔法少女と距離を離す。


はなだ!』


ふじの扇子が前方に大きな風の壁を作り、その風はでたらめな方向へと吹き魔法少女を攪乱した。


「ぼたんさん!」


「はいな!」


ききょうの肩を抱くと、右足の爪先にエンジ色の魔法陣を出現させ、ぼたんは詠う。


遠州茶えんしゅうちゃ



爪先下の魔法陣を思い切り蹴り抜くと、ロケットよりも早くつばきに向けて飛んだ。


「これ、結構魔力使うんよ! 帰りの運賃はないかんね!」


「片道で充分ですわ……。わたくしを運んだらすぐにふじさんのところへ戻って差し上げて下さい」


「悪いけど最初からそのつもりさね! ほら、行ってくるさ!」


「ふ、かしこまりましたわ……!」



サッカーのシュートのように足を蹴り上げ、それに押された形でききょうが飛び出した。


茄子紺なすこん!』


一口吸ったキセルを大きく振り回すと、黒紫のゴムボールのような塊がパラキートへと飛ぶ。


「甘い、そんな小手先の魔法が当たるわけもあるまい!」


「ええ、小手先ですわ。当然でしょう」


そう言いながらききょうは口から薄い煙を吐いた。


煙はゆっくりと空中に魔法陣を描く。


「なんの真似だ」


「さあ、それはご自分でお考えくださいまし」


片方の口端を釣り上げ、ききょうは更に追撃をかけようとキセルから同様のボールを飛ばした。


『しゅっ!』


思わぬ悲鳴につばきが振り向くと、鳥籠のカナリーにききょうの放ったボールが命中していた。


「わあ! ちょちょ、あんた大丈夫かいな!」


「なんしゅ……これは、煙しゅか……」


つばきの様子を見て、ききょうは初めてカナリーに自らの魔法が当たってしまったことに気付く。



「あら……失礼。ですが安心くださいませ、《それ》に直接攻撃判定があるわけではございませんので」


と言っただけで、すぐさままた戦いに構えた。


「血相を変えて一人送り込んできた……ということは、つまりこのクレインは相当弱いのだな。理解した」


「よく喋るお口ですこと。お喋りは行儀がよくありませんことよ。このわたくしがその卑しいお口をチャックして差し上げますわ」


ぐるり、キセルを手首で回転させききょうの両脇に紫色の魔法陣。


「き、ききょう! あーしはどうすれば……」


「そのカゴの魔女を他の魔法少女に接触させないでください!」


ききょうの言葉につばきは脇に抱えたカナリーのカゴに力を入れつつも、「せやけど、それやったらあーし……」と言いきらない。


「3体倒したとは言え、それでもこちらがまだ不利ですわ。この状況ではつばきさんを守りながら戦えません! それにその魔女を守りながら戦うことも……同じくできませんわ」


藤煤竹ふじすすたけ


鞭を打ったような音を立て、電気を発しながらききょうの振ったキセルから、雨雲のような煙を出現させる。


「この煙に触れればもれなく雷様の洗礼を受けることになりますわ。……それでもこちらに来なさるかしら」


パラキートはそんなききょうの言葉を避けもせず、バチバチと弾ける音を立ててききょうの張った雷の煙をいとも簡単に突き抜けた。


「馬鹿馬鹿しい」


「!? ……上の魔法少女たちとは格が違うというわけですわね」


『マギ・ポルト』


パラキートの掌にある魔法陣から大きな芋虫のような虫が出現し、その口から白い糸を吐く。


「なっ……!?」


糸はキセルに巻き付き、ききょうからそれを奪いとった。


「クレインは、これがなければ無能と聞いている」


「それはそれは、勉強熱心なことで」


魔具を奪われたというのに、ききょうは涼しい顔でパラキートを見下ろし、「ですが」と話の尾を伸ばす。


「まだまだ勉強不足ですわね」


「なっ!?」


パラキートが奪い取ったキセルが高熱を発し、湯気を漂わせ、彼女の瞳が大きく丸く見開かれる。


鳩羽鼠はとばねずみ!』


空気中の酸素が強烈に弾けるような、破壊を連想させる爆発音。


それはパラキートの持つキセルから放たれたものであった。


「残念ですが、魔具をやすやすと奪われるような教育は受けておりませんの」


ききょうの右手を広げると、そこに濃い煙がキセルを形取り、その場に出現した。


爆煙の中から片手を吹き飛ばされたパラキートが、苦悶に満ちた顔で現れる。


晴れてゆく爆煙を割り、片手で体中を焦がしたパラキートはそれでもききょうへ向かい、空中で自らの機動力で敵を捉えようとした。


「ききょう……!」


パラキートが攻撃を仕掛けたタイミングで、つばきがききょうの名を呼んだ。


その空気を読まないタイミングにききょうは一瞬、判断力を邪魔されたが、持ち前の反射神経で直線的なパラキートの光線を紙一重で躱す。



右肩を背に向けて回転したききょうは、自分を呼んだつばきを見る。


「つばきさん!」


つばきに起こっている《それ》を目の当たりに、ききょうは叫んだ。なぜなら、《それ》は思いつく最悪の状況であったからだ。


「なんやあんた! あんたが、魔女かいな!」


「……魔女? お前達クレインはあたちらを魔女と呼ぶっちか。ちちち、偶然っち。あたちらもお前達を【人間の魔女】と呼んでいたっち」



つばきの前に現れたのは、クックー。


ききょうの考えうる最悪のケースは、いくつかあった。


ひとつはもちろん、クレインの全滅。


もうひとつは、つばきの前にクックーが立ちはだかること。


だが、それは同時にききょうが待っていたシチュエーションでもあったのだ。


ただ、これを最悪のケースの一つに考えていたのには理由がある。


それがこの状況……。


つまり、自分が魔法少女に手を取られ、つばきを守れない状況下でクックーが現れるこの状況。



待っていたシチュエーションでなく、今は予想していた最悪のシチュエーションというわけだ。


「つばきさん! 逃げてください! 《その魔女》と戦ってはだめです!!」


それを全身で感じたききょうはパラキートの魔法を避けながら、切迫した様子で叫んだ。


ききょうの声につばきはクックーから距離を離そうと、飛び退いた。


クックーは少し可笑しそうに微笑みながら、つばきにゆっくりと近づき、つばきはそんなクックーを引き離そうと余計に跳ぶ。


「カナリー。いい恰好っちね、上級ナハティガルっちから鳥化しても死は免れているようっちが。あたちはすっかり死んだとばかり思っていたっち」


そう鳥籠のカナリーに話し掛けた。


クックーの声が聞こえるはずもない距離にいたが、つばきやカナリーの耳はそれを捉える。


「なんやねんこれ、頭に直接話し掛けられてるみたいや!」


つばきはこれまで生きてきた中で、一番の危機を感じていた。


無理もない。初めての魔法少女としての戦いで、魔女と対峙しているのだ。



戦いの経験のないつばきには、相手の力を計る手段も直感もないが、状況的に自分が戦って勝てるような相手ではないことくらいは肌で感じた。


戦って勝てない……つまりは、敗北。


ききょうやふじらならば、この対峙において敗北を喫したとしても、或いは命を落とさずに逃げられたのかもしれない。


だが、今のつばきに於いて【魔女に敗ける】ということは絶対的な死を意味している。


「あーし……死ぬんか。死んでまうんかな……」


自然に涙が込み上げる。


「あーしは、まだなにもしてへん。してへんのに……ただ死ににここに来たんかな」


無力。無力。無力。



つばきはどれだけ離れても耳元で聞こえるクックーの声を聞きながら、死を身近なものに感じるようになっていた。


決意も覚悟も持ってきた。足りないものはないはずだった。


けれど、つばきはここで終わるかもしれない人生を憂う。


「おかん……。やっぱあーし、葵町に来やん方が良かったかも知らん」


手に持った番傘の魔具も、結局どう使えばいいのか分からない。唯一確信を持って使える魔法『猩々緋』ですらも、跳ね返すものがなければ使い様がない。


というよりも、跳ね返すだけのものが窮地の戦局を一転させるキッカケになるとは思えなかった。


つまり、無力。


つばきは自分自身に強烈な無力感を感じていたのだ。



「しゅしゅしゅ、クックー。それはカナリーを挑発しているしゅもりでしゅか?

 どんな無様な恰好であっても、カナリーは生きているっしゅ。カナリーも殺されるとばかり思っていたっしゅが……。この連中はよっぽどカナリーの【治癒魔法】が欲しいらしいしゅ」


「ふん、それこそバカバカしいっち。どんな状況が起こったとしても、我々ナハティガルが自発的にクレインを治してやるわけがないっち。それとも、カナリーの治癒魔法を奪える手段でもあるっちか?

 クレイン・さくらなら或いはその手段を持っていたかも知れないっちが、こいつら出来損ないのクレインにそんな大それた魔法を持っているとは到底思えないっち」


確かに……とでも言いたげに、鳥籠のカナリーはクチバシを歪めた。


「なぁ……貴様もそう思うっち? 弱きクレイン」


一際間近で聞こえたクックーの声に、つばきは思わず振り返った。


「……なん、や……て!?」


つばきの目から見たクックーは、米粒ほどの小ささに遠のいていた。


それなのに、振り返ったすぐそこにクックーはいたのである。


邪悪な眼差しは悪意・敵意・殺意を全て混ぜ合わせた、複雑なのに闇に近い、そんな色だ。


ひとつ、大きな炸裂音を空に滲ませつばきが吹き飛ばされた。


「がっあぁ!」


口から血を飛ばし、放物線を描き飛ばされるつばきを、咄嗟にききょうが目で追う。


「よそ見をするな煙のクレイン!」


「うっ……! このままではつばきさんが……!」


救いに行きたくとも、パラキートがききょうを阻む。遠方で戦うふじとぼたんを見るも、彼女らも敵と戦うので手いっぱいであることがわかる。


「どうすれば……! どうすればよいのでしょうか……!」


戦いに集中できないききょうが、強敵パラキートに勝負を決することなど、できるはずもない。


つばきが吹き飛ばされた際に、カナリーの鳥籠がつばきの手から放れてしまい、クックーは魔力からなる引力でそれを吸い寄せると、カゴの中のカナリーを覗き込んだ。


「あたちがここに来て、カナリーがここに居る。その意味は分かっているっちね」


「しゅしゅしゅ、当然しゅ。愚かなクレイン共に、カナリーを殺さなかったことが如何に間違いであったことを後悔させながら殺すしゅ」


クックーは、ステッキを輝かせると、形状を変化させた。


強烈な閃光を放つと、次の瞬間ステッキだったそれは、小さな碧色の水晶に変わった。


「これは貸しっち」


真っ逆さまに落ちてゆくつばきを認知しながら、ききょうはどうしようもない状況に唇を噛み締めていた。


「おどきなさい! 貴方を相手にしている場合でないのです!」


「それはお前の都合だろう? こっちはお前に吹き飛ばされた片手の借りを返していない」


パラキートの猛攻に、魔法を発動することもままならないききょうは、この現状が突破できないまま進むのであれば、今度こそ終わりだと自覚していた。


そして、物事の最期とは、意外とあっけないということも。


「目に光が見えなくなってきた。そろそろ諦めて死ぬか。安心しろ、お前の身体は私が食ってやる」


劣勢。


戦局は、その一言に集約された。


火を見るよりも明らかな、敗北。今回は必ず死人がでる。


一人か。二人か。三人か。


それとも全員か。



――自分たちが死ねば、実質クレインはひまわりときくの二人だけ。


そしてその二人は戦線復帰出来ないほどの傷を負っている。その間に銀雪が発生した場合……。


それは、この世の終わりだと思ってよかった。


ききょうには悲しいほどに、そのヴィジョンが視界を駆け巡り、この戦いが無意味なことのように思えてしまう。


そう、ききょうの心は折れる寸前だった。



「わたくしたちは、最善を尽くしましたよね。お母様」


ききょうの持つキセルが力なく腕から落ち、パラキートの次の一撃を避けないこと意思を表した。



「ちょ、おい! ききょう! なにしてんだよ、戦えって……。ききょう!!」


ききょうの異変に気付き、ふじが叫ぶもききょうの耳には届くはずはない。


「思えば、悔いの残る人生でした……」


パラキートが魔力を込めて魔法陣を出現させる最中、ききょうは自殺行為ともとれるような行動に出たのだ。




――戦いの最中に瞳を閉じるという、自殺行為を。






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