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03 ひとりぼっちのぼたん




――夕日が落ちそうな午後。葵町にまだ葵ツリーもAOIストアもない頃。



まだ小さかったぼたんは、いつもよく怒るおばあちゃんがやっていた駄菓子屋で、大好きなチョコホームランを買っていた。



その頃のぼたんは、このおばあちゃんの駄菓子屋さんでよくチョコホームランを買う、小さな小さな得意客であった。



ぼたんの家には、いつも誰もいなかった。



小学校から帰るといつもテーブルには100円玉がひとつ。



そして、スーパーで買ったであろう惣菜がパックのまま置かれている。



『ごはんを食べたらお風呂に入って先に寝ててね』



最初、置かれていた手紙もほどなくしてそれも無くなった。



しかしぼたんはもう慣れっこだ。





家に帰り、ランドセルを置くと100円玉を握りしめて駄菓子屋さんへ走った。



おばあさんの駄菓子屋は、いつも人がいない。



ちょっとしたことでもすぐに怒るので、ぼたんと同じころの子供は駅前の駄菓子屋を選んだからだ。



だがぼたんにはこの駄菓子屋の方が、とても居心地が良かった。



「おや、また来たのかい。子供がひとりこんな時間に出歩いちゃいけないだろ!」




今日も些細なことで怒るおばあちゃんに「ごめんなさーい」と笑顔で謝ると、チョコホームランを一本買う。



チョコホームランは1本30円。当たりが出ればもう一本。



ぼたんは当たったことがない。



「ぼたんちゃん、今日もお母さんは遅いのかい」




「うん」




100円玉で1本だけ買ったチョコホームラン。残りは70円。



ぼたんはその70円は使わずに、牛乳パックで作った貯金箱に貯金していた。



いつか、母親に大きなケーキを買おうと思っていたのだ。



――大きなケーキと、大きな骨付きチキン、それとピザを頼もう。



そうすれば、その日はずっと母親は自分と一緒にいてくれる。



小さなぼたんには、それが夢だった。



だからぼたんは、チョコホームランを1本で我慢する。



3本買えるのに、1本だけ買って、おばあちゃんの前で食べる。



それがぼたんの日課になっていた。



ぼたんの父親はいない。……いないというよりも、誰か知らない。





ぼたんの母親は、俗に言う『シングルマザー』というものだった。



女手一つでぼたんを育てながら、クレインとして魔法少女と戦う日々。



「あ……銀雪」



「ほら、ぼたんちゃん! 早く中に入るんだよ! 羽根病になっちゃうだろう」



ゆっくりと降る銀雪を見詰め、この銀雪降るどこかで母親が戦っている。




そう思うだけで、どこか誇らしげにも思った。



その日の銀雪が止んだ頃、おばあちゃんの駄菓子屋の中でチョコホームランを食べていたぼたんは、袋の裏地を見て「あっ!」と叫んだ。



なにごとかと覗き込んだおばあちゃんに、ぼたんはキラキラと瞳を輝かせて袋を差し出す。


「なんだい?」




「当たったの! チョコホームラン!」



「おや、それは良かったね」


おばあちゃんはぼたんと一緒に喜んでくれた。そして、チョコホームランが置いてある平台から一本を取ると、「はいよ。おめでとう」と手渡す。



「やったあ~! 初めて当たったぁ!」


「すぐに食べるかい」


おばあちゃんの問いに、ぼたんはぶんぶんと首を横に振り、「お母ちゃんにあげるの」と笑うと玄関の引き戸を開けた。



「おばあちゃん、もう銀雪大丈夫?」


ぼたんの後ろから外を覗き込んだおばあちゃんは、雪が積もっていないのを確認すると「もういいよ」と背中を押した。


銀雪は溶けにくいため、すぐに積もる。だが、それは一帯に銀雪で舞っている時だけだ。


止んでしまえば、本物の雪よりも早く溶けてなくなってしまう。



それが『外に出ても良いかどうか』の判断材料になるというわけだ。




――今日の銀雪は降るのが早かったから、きっとお母ちゃんは早く帰ってくる!



チョコホームランを握りしめ、ぼたんは河川敷の丘を走った。



走る度にポケットの中の70円がカチャカチャと音を鳴らす。行く道で何人かの同級生とすれ違ったが、わき目も振らずに駆けていった。



団地の固く冷たい鉄のドアを開け、部屋に入ると玩具の収納ボックスの裏に隠した牛乳パックの貯金箱に70円を入れ、自分より少し背の高い椅子に座ると足をぶらぶらとさせて母の帰りを待った。



銀雪が降ると予報された日は、学校や仕事は休みになるのが普通だ。


降る時間が遅ければ、学校は昼までになったり、会社で銀雪が止むまで仕事をしたりする例もある。



この日のぼたんといえば、後者であった。


ぼたんは自分の母親がクレインであることを知っている。



だから、銀雪が降ると分かっている日に仕事を入れるはずがなかった。



それに、ぼたんの母親は夜の仕事と昼の仕事のダブルワーク。夕方からの銀雪予報が出ていたこの日、夜の仕事が休日になるということは幼いぼたんでも分かっていたのだ。




椅子から飛び降りると、ぼたんはもう一度貯金箱を引っ張り出し、ジャラジャラと振ってみる。いくら入っているのかは想像もつかないが、貯金箱は満杯に近かった。


「これだけあったらパーティー出来るかな」



滅多に一緒にいることはないが、ぼたんといるときの母は優しかった。よく笑い、よく喋り、そして夜の仕事をしているせいか、歳よりも若く見えた。



綺麗で優しくてお仕事を頑張っている母親が大好きだったぼたんは、いつか自らが開催する予定のパーティーを思ってニヤニヤと笑う。



「お母ちゃん、喜ぶかな。喜ぶかなー」



何度か貯金箱を振った後、ぼたんはハッと我に返った。




「ニコニコしてたらお母ちゃんに分かっちゃうじゃん! 今日はチョコホームランだけ!」



自分に言い聞かせると、再びキッチンの椅子に戻った直後だ。



ガチャリ、と玄関のドアが開く音に振り返った。




「お母ちゃん!」



急いでテーブルに置いたチョコホームランを取ると、椅子から飛び降りると玄関へ走った。




「おかえりーお母ちゃ……」



玄関に居たのは、母親ではなく鶴野と下鶴、御鶴木に鶴丸のクレインだった。



「あれ、お母ちゃんは?」



誰もが俯き、言葉を探している。誰も、ぼたんの顔を見ようとしなかった。



その中でただ一人、御鶴木……ひまわりの母だけがしゃがんでぼたんに目線を合わせると、悲しそうな表情で、ぼたんにも分かる言葉でそれを伝えようと話す。




「ぼたんちゃんのお母さんはね、クレインとして一生懸命、ぼたんちゃんやみんなを守るために、立派に戦ったのよ。でもね、一生懸命に戦いすぎて……ちょっと疲れちゃったの」



最初、ぼたんは意味が分からず母親はどこにいるのかとひまわりの母らを見渡した。


しかし、自分の母親の姿だけがないのに気付くと、目の前で頭の高さを合わせてくれているままのひまわりの母へと顔を戻す。



「……お母ちゃん、死んじゃったの?」




ボロボロと涙を流しながら、精一杯笑おうとするぼたんを見ていられなくなったクレインらは、ただ俯くしかできない。



「パーティー、してないのに……?」



泣きながら靴も履かずにぼたんは飛び出していった。



足の裏を泥だらけにして、ぼたんが目指したのはおばあちゃんの駄菓子屋。



大声で泣きながら駄菓子屋に入ってきたぼたんに驚いたおばあちゃんは、ぼたんの頭を撫でて宥めながら「どうしたんだい?! なにがあったんだい??」と聞く。



「おばあちゃん、あのね、あのね、うち、チョコホームラン当たったのにね、お母ちゃんが死んじゃったの」



駄菓子屋の前で泣きじゃくる幼いぼたんと優しく抱きしめるおばあちゃんの姿を、とある人影が見つめていた。





おばあちゃんの駄菓子屋は、おばあちゃんが死んだことで無くなり、今は店も取り壊されコインパーキングになっていた。



駄菓子屋だけではない。



近隣にあった景色もすっかり変わってしまった。新築の家が立ち並び、すっかりおしゃれな屋根が並ぶ町並みになった。



幼いぼたんとおばあちゃんを眺めていたとある人影とは、現在のぼたんだったのだ。



ぼたんは、駄菓子屋があった場所に時折訪れては、あの日のことを思う。



シャリ。



ぼたんは、あの頃と変わっていない味のチョコホームランを頬張りながら、無表情であの頃の面影を見つめた。



「ばーちゃんちは、車がたった4台止められるだけのスペースになったんさね」







「わあっ! ちょちょちょ、ねぇねぇあれ食べようよ! えっと、クレープ? タピオカ? なになに黒い黒い! カエルの卵みたいでキモーい!」



「ちょっと待ってさくらちゃん! 声が大きいって……あ、すみません……。どれにする?!」



さくらとひまわりは葵町の中心にあるAOIストアという中型規模のデパートに来ていた。玉木くんの一件を和解した二人は、仲直りの意味も込めてAOIストアに遊びに来ていたのだ。



「……ぶっ飛び! なにこれすっごくおいしい! なんか~もちもちしてぇ、それでいてしっとりしていて、お口の中でタピたんとミルクティーたんが絶妙なハーモニーぃ……。まるでタピたんとミルクティーの結婚披露宴やでっ」

さくらは幸せそうに口をアヒル口にしながら初めて飲むタピオカ入りミルクティーに舌鼓を打った。



「そんなに美味しかった? ……良かったあ」



そんなさくらの様子を見てひまわりも素直に喜ぶ。突飛な行動と、世間知らずな言動でひまわりをやきもきとさせるが、さくら自身には悪意はなく、むしろ仲良くなろうと一生懸命であると分かったひまわりは、出来るだけ彼女と向き合っていこうと決めたのだ。




「お~りょりょ? やってますなぁお二人さん」




そこに制服姿のきくが現れ、二人が食べているクレープとタピオカドリンクを見て「うしし、あたしも食べちゃおっかにぇ」とクレープショップの店員に「冷やしあめ!」と注文した。


「……え、ないの?! ありゃりゃぁ……じゃあ抹茶オレでいいですぅ」



「きくりんっ!」


「へーいさくらんっ!」



ハイタッチで挨拶するきくとさくら。この二人はなぜだかノリが似ている。


いつもながらその様子をひまわりは楽しげに眺めた。



フードコートできゃっきゃっとはしゃぐきくとさくらを余所に、スマートフォンを取り出してひまわりはSNSのチェックなどをしながら、銀雪の降らない日常を満喫する。


次の銀雪の予報は、来週。愛媛で降ると銀雪予報のアプリが告げていた。



「次は愛媛かー」


「おーみかん!」




銀雪は、日本だけ起こる謎の天体現象とされている。空から降る病原菌のウィルスは、外にさえ出なければ安全で、最近では空気清浄機やエアコンなどに銀雪フィルターが標準的に装備されている。


そのため、屋内にいればいくら銀雪が吹雪こうがなんら問題はない。



ただし、銀雪自体は日本全国で観測され、人間にはその正体も現代においても明白に解明はされていなかった。その中でも彼女たちの住む葵町は特に銀雪が集中することで有名な町で、多い日には週に2度以上降ることもある。



それは歳を重ねる毎に減少の傾向があったが、日本政府では常にこの銀雪の対策が議論され、それに対抗する兵器などの開発も進められているとマスコミは報じている。




これはいつかクックーやカナリーたちが言っていたように、魔法少女の数が減っていることが原因であり、クレインがこの先も魔法少女たちを撃破していけば将来的には銀雪も降らなくなるだろう。



しかし、そのような背景は誰もしらない。クレインの存在も、魔法少女の存在も、世間一般には認知されていない存在なのだ。それは彼女らの持つ特別な魔力と、銀雪が人間の視界を邪魔する作用がもたらすといえよう。



「雪女出たって!」


「えーほんとにー」



ひまわりたちの耳に、雪女の話題が飛び込んできた。横目でちらりとその会話の方角を向くと、女子中学生がはしゃぎながら雪女について面白おかしく話している。



「銀雪の時に西洋っぽい雪女と和服の雪女が現れて、外に出てる人を食べちゃうって……あれ本当なのかな?」


「うっわーあんた信じてんのー? あんなのガチで都市伝説に決まってんじゃん」





「半分正解」



相変わらず盛り上がっているさくらときくに聞こえないくらいの声で、ひまわりは一人呟いた。


……そう、決定的な証拠は存在しないが、長い歴史の中で戦って来たクレインと魔法少女の存在は、都市伝説のようにずっと囁かれ続けていた。



彼女らについて妄想と想像を膨らませ、映画やアニメなどになり海外から評価される日本のメインコンテンツの一つにもなっている。




徐々に彼女たちは人間に勘付かれ始めているのかもしれなかった。


もちろん、それはクレインにとって危険なことである。変身するところを見られでもしたら、魔力と変身能力を失う。

さらに自分がクレインだと特定されたとしたらどうだろう。


この後のことはご想像にお任せするが、もう人として二度と普通には生きてはいけないだろう。



「クレインって……なんなんだろ。いつまで戦わなきゃいけないんだろう」



ひまわりの独り言は、やはり誰の耳にも届かなった。



「あー! ふじとききょうだぁ~!」



さくらが指を刺した先には、ブランドショップの紙袋を持ったききょうと、ジーンズにパーカーすがたのふじであった。

「げっ」


少し遠くなのにも関わらず顔を刺されたふじは、歓迎しない反応で答えた。



「あら、お茶ですか? いいですね。私たちもご一緒しましょうかしら」


「なっ、ちょっとききょう!」


ふじはさくらたちと合流しようとするききょうを止めようとするが、タッチの差で間に合わなかった。



「いいじゃありませんの。ふじさん? こうして交流を深めておかないと、今後の戦いがやりにくいですもの」


「そうかもしんないけどさ……」



なにか言いたげなふじを横目に、ききょうはニコニコとクレープショップの注文窓口に立ち、



「一番辛いクレープと、一番甘い飲み物をくださいな」


「ありゃーなにその注文方法!? 初めて聞いた」


隣で驚くきくを向くと、ききょうはにっこりと笑うだけだった。



真っ赤なクレープ生地のなにかと、どろりと粘度が高い白い飲み物をプレートに乗せたききょうと、コーヒーだけのふじはさくらたちを同じテーブルに座る。



「ききょうちん、そのいっちばん辛いってクレープちょっとちょーだい」


「ええ、よろしいですわ」


きくがぷすりとフォークをクレープに刺し、一口分をぱくりと食べた。



「ん~……意外と美味しいかもしれな……」


次の瞬間、きくの口から『プホッ』と炎が飛び出した。


クレインの誰もがその光景に一瞬、目を奪われる。



「みみみ、水! 水水水!」



舌を腫らして涙目のきくがおもわずききょうの甘いなにかを手に持ち、ストローを啜った。



ごくごくと喉を鳴らし、涙目のきくは白いどろりとした飲み物を飲み……


「ぶほっ!?」



今度は口から飲み物を吹き出し、キラキラと辺りに虹を作った。



「ちょ、きくちゃん! 汚いってば!」


「あぁう~……」


きくのHPは残り2になった。


あまりのダメージにアメーバのようになったきくを放っておいて、ききょうは平然とそれらを少しずつ食べながら興味深そうにさくらを眺めている。



「どうしたの? ききょうちゃん」


じぃーっと見られ続けているさくらがなにも言わない代わりに、ひまわりがさくらの前に顔を覗かせてききょうに尋ねた。



ききょうはというと、マイペースにドリンクとクレープを交互に食べつつ、横で退屈そうに頬杖をつくふじをちらりと見やり、再びさくらに瞳を戻す。


「単刀直入にお伺いします」



ひまわりはごくりと生唾を飲み込み、さくらは状況を全く理解していない様子でただニコニコしている。


その横でアメーバ状になっていたはずのきくが、時々ききょうの甘いやつをつまみ、(意外といけるかも……)とか思い直していた。



「なぜさくらさんは、マギ呪文を扱えるのですか?」



ききょうとさくら、それにふじとひまわりの4人の間で空気が凍り付く。(きくは興味がなさそうにききょうのドリンクをつまんでいる)


凍り付いた空間の中で、ききょうのみに留まらずさくらに注目が集まった。



魔法少女が扱うはずのマギ呪文。



魔力を行使するのに、魔具を使用することが絶対条件であるクレインは、魔法少女とは違う魔法を使う。


それが独自の魔法行使術『色彩しきさい


彼女たちの扱う魔法は、魔具を媒体とした『和色』の名を借りた呪文というわけなのだ。



それを知る彼女らクレインだからこそ、さくらの扱う『マギ呪文』を疑問視していた。


それがこのききょうの質問に集約されているのではなかろうか。



「どうぞ、お答えいただきたく思います。……さくらさん」


ききょうが冷たく刺すような、尖ったイントネーションを含めて尋ねる。



解答次第では、なにがあってもおかしくはない――。



クレイン達の間で(きく除く)、暗黙の中その声が横切るようだった。


一緒に住む、ひまわりですらなんとなく聞けなかったことだった。


それだけに、疑われているさくら側についてやりたいものの、その質問が気になる。



「わかんない!」


「はぁ!?」


ふじとききょうが同時にハモった。


一瞬の間があり、ひまわりがその妙な流れに少し笑ってしまう。



「笑いごっちゃないんだよ、ひまわり!」


少し怒ったようにふじが笑ったひまわりに一喝し、ききょうもすぐに笑顔に戻すものの目の奥の疑いは晴れない。


「えー!? マギ呪文がなんで使えるかって言われても、なんか使えるんだから。なんて答えればいーの?」


一瞬だがききょうの口元がひきつるのを、ひまわりは見逃さなかった。



「さ、さくらちゃん……? ちゃんと答えよ」


「? ちゃんとさくら答えてるもん」



「……いいでしょう。さくらさん、この質問の意図が分からないのでしたら無理に聞きませんわ。

 では、質問を変えましょう。さくらさん、銀雪はご存知ですわね?」


「銀雪……? あ、プルンネーヴェ!」



ききょうとふじは顔を見合わせ、なにか確信めいた目線を交わす。


再び張り詰める空気に口を挟めないでいるひまわり。


その空気の中で、きくとさくらだけが緊張感のない表情でそこに居た。


というか、さくらは当事者。……なのだが。



「そう。その《プルンネーヴェ》……。なぜそのように呼称するのですか? それは魔法少女たちが銀雪を呼ぶときの名のはずです」


「胡椒? 胡椒はあのハックション! ってなるやつだよね!? なんでプルンネーヴェって呼ぶんだって……、ママ様がそう呼んでたからだけど。なんかおかしいの?」




「……どうだよききょう」


ききょうの耳元でふじがどう思うかを聞いた。


ききょうは、口元に笑みを浮かべつつしばらくさくらを見詰め、空になったドリンクの容器とクレープの皿が乗ったプレートを持ち上げつつ立ち上がった。



「わかりました。さくらさん、どういうことかはわかりませんが……隠しごとや嘘を言っているわけではなさそうです」


「はぁ!? なんでそうなるんだよ、ききょう!」


ふじがききょうに不満を爆発させるが、ききょうはふじの手を引き、「ではごきげんよう。楽しいお茶会でしたわ」と残していった。


「えー! もう帰っちゃうの!? もっとお話したかったのにぃ~!」


さくらが頬を膨らませてぶーたれる中、残されたひまわりときくもしっくりと来ない、気持ち悪さを感じている。



「ありゃりゃ……こりゃまたすぐに話す機会が来そうだぁね」


人混みに紛れて小さくなってゆく二人の背中に、きくの言葉が染み込んでゆくようだった。




ききょうは、何事も無かったかのような怱々とした表情で歩いた。


それを少しだけ駆け足でふじが距離を詰め、ひまわりたちから見えなくなったところで、ききょうの持つ紙袋の持ち手を引く。



「おい、ききょう。どうなんだよ、鶴賀さくらは」


「言った通りですわ。彼女は嘘もついていないし、隠しごともしていない」


「けどそれじゃおかしいって」



ききょうは歩む足を止め、呟くように言った。




「そう、おかしい……。なぜ、《それがおかしいと思わない》のかがおかしいのですわ」


「……ん? おかしいのかがおかしい? へ?」



「いいえ、なんでもありません。少なくとも、さくらさんは私達の貴重な戦力であることには変わりありません。変わらず監視と観察は必要ですが」



立ち止ったききょうはすぐにまた歩き出すと、ふじと歩幅を合わさずに歩いた。



――マギ呪文にプルンネーヴェ……。消えた鶴賀のクレイン。中々面白いですわね……。


そういえばさー、とさくらが発するまでひまわり達はなぜか無言の空気が漂っていた。



その空気が退屈なのだと、気付いた瞬間にさくらが声のボリュームも絞らずに言ったので、ひまわりときくは椅子を倒してしまうかと思うほどに驚いた。



「ききょうとふじが仲良しだってこともわかったし、ひまわりときくも仲良しだよねー。じゃあ、ぼたんは誰と仲良しなの?」


さくらの言葉に、ひまわりときくの間にまたどんよりと暗いムードの空気が漂った。



「……ん? なになに?」


「ぼたんちゃん、ね」


気まずそうにひまわりがきっかけを作ると、きくも続いて「色々ややこしいんだよねー……。ぼたちんは」と少し困ったように笑った。



「私達も仲良くしたいんだけど、私達の中で一人だけクレインとしての歴が違うから……」



不思議そうな顔でさくらは首を傾げるのだった。





さて、やけに騒がしい場所である。



ガチャガチャという音や、甲高い電子音。



それらを掻き消さんとするような店内BGMは今流行りの歌が流れている。



恐らく有線のチャンネルだろうと思うが、色々な音がごちゃごちゃに混ざり合い過ぎてわけがわからない。




見渡してみると、大きな画面に向かってなにか身振り手振りする者や、ぬいぐるみをクレーンで釣っている者もいた。



かと思えば、華麗なハンドルさばきで公道を激走するものや、クラブミュージックに乗ってボタンを叩くもの。



もうお分かりだろう。



ここはゲームセンターである。



そして数あるゲームの中で、人だかりが出来ていた。


「すすす、すごいみゃあ!」



レンズの白く曇ったチェックのデニムシャツに身を包んだバンダナ男が、とある人物のゲームプレイを見て叫んだ。



しなやかな指先は、機械のように正確でリズミカルな操作を披露している。



「なんだよこの動き! このキャラのダイヤグラムって最下層なはずだろ!」



対面する筐体の向こう側。人だかりとは逆サイドでプレイしている肩からカバンを下げた男が、苛立たしげに呻いた。


彼が食い入る画面上には、二人のキャラが画面狭しと暴れている。



片方は、シュッとしたシルエットのボクサータイプのキャラ。



そしてもう片方のキャラは、ウサギの恰好をした巨漢。俗にいうイロモノキャラと言う奴だ。



絵面だけを見れば、ボクサータイプのキャラが圧倒的に強そうだ。



しかし戦局はというと、圧倒的に強いのはウサギマッチョの方であった。


賑わうギャラリーの隙間からその画面を覗いてみると、ボクサーがウサマッチョにフルボッコにされている。



コンボ数も一撃入るたびに重い攻撃が6ヒットも確定し、ウサマッチョを使っている人物が如何にこのキャラを使いこなしているのかが伺える。



「よっしゃ!」



苦戦を強いられていたボクサーの一撃必殺の攻撃がヒットし、ウサマッチョのHPが残りわずかとなる。


どちらも1ラウンドを奪取していたようで、このラウンドを取ったものが勝者となる試合のようだ。



ボクサーが勝利を確信し、ウサマッチョの懐に入った時だった。



『ゆーん、ぴょう!』


ウサマッチョが叫んだかと思うと、ボクサーを捕まえてぐるぐると回したかと思うと、何度も叩きつけ、挙句の果てにはロケットのように投げ捨てたボクサーの背に乗り、KOしてしまった。


背水の陣からの逆転劇に、ギャラリーは歓声を上げてウサマッチョのプレイヤーを称えた。



「ぐっ……なんだよあれ……反則だろ! どうせ、クソオタがやってたんだろ……」



敗北を喫したボクサー使いが、冥途の土産にとウサマッチョ使いがどんな人物か覗き込んだ。



「残念だね~。ウサマッチョの超必は見た目に反して1フレだから、見てから間に合わないんよ」


覗き込んだボクサー使いにウサマッチョ使いはそう言い放った。


思っていた人物像と大きくかけ離れていたボクサー使いは、思わず言葉を失い急ぎ足でその場を去って行った。



「リベンジマッチはいつでもいいさ~!」


言うまでもなく、ウサマッチョ使いとはぼたんだった。


彼女の画面には《35人抜き》と派手に光っている。



シャク。



口にはチョコホームランを咥え、次なる挑戦者を待った。



その後、ぼたんはその格闘ゲームで50人抜きを達成したところでやめると、音楽のリズムゲームにコインを投入すると、プレイを始める。



案の定凄まじい腕前で、あっという間にまた人だかりが出来た。


「おお~!」

「すすす、すごいみゃああ!」

「おいどん、たまげたでごわす」



ギャラリーから何度も歓声が上がる中、ぼたんはチョコホームランを咥えた口内で、ちっ、と舌打ちする。



「くっそ~、ハイスコアいかなさそう……! あ~ハラたつ~!」



シャク



「すっご~~い!」


聞いたことのある声。


ぼたんがハッと、隣に振り向くとキラキラと……それはもう超キラキラと目を輝かせてぼたんのプレイを見詰めるさくらがいた。



「さ、さくら!?」


驚いて画面から目を離しているのに、ぼたんの手は止まらない。



「おー! おー! おーおー! すごーい!」


余りにもキラキラした瞳で、ふごふごと鼻息を荒らげるさくらを見てぼたんは台を離れると、さくらをそこに立たせた。




「……やってみ」


「えっ!? いいの?? やるやるやるやるー」


さくらはいくつもあるボタンをキョロキョロと見て、どうすればいいのかわからない。



「この画面の黄色が降ってきたらこれ、赤ならこれ……青ならこっちだし、とにかく音に合わせてボタンたたくだけだから簡単だぁしょ」


コクコクと嬉しそうに何度も頷くと、さくらは大きく腕を頭上に振りかぶる。


その光景に、ぼたんは一抹の不安が過った。



「ちょい、さくら? なにするつもり……?」


「黄色が降ってきたら……」



画面に降ってきたカーソルに合わせて、さくらは思い切り振り下ろした。


「どーーん!」


さくらが振り下ろしたゲームの筐体は、真っ二つに割れて、ジジジという電気が走る音を立てていた。



ギャラリーの誰もが、今目の前で起こった出来事を信じられないでいる。



「……さくら。二つ、言いたいことがあるんよ」


さくらは真っ二つになってしまった機械を不思議そうに見つめながら、自ら真っ二つにした拳を見詰めて「?」とはてなを何個も頭上に飛ばしていた。



「一つは、おたくが叩いたのが黄色じゃなく緑だって言うこと。それと」



さくらを小脇に抱えると、ぼたんはエスカレーターに向けて走った。



「誰が台を壊せっつーたんよ!」



シュルシュルとエスカレーターの手すりを滑り台よろしく滑ると、抱きかかえられたさくらは楽しそうにキャッキャッと笑う。


「うー……絶対カメラ撮られた……。もうあっこのゲーセン行けない……」



憎らし気にぼたんはさくらを睨んだ。



「ぼたん、喉乾いたー! なんかジュース買って!」


当然、ずっこける。


「状況分かってんさ!? おたく、ゲーム筐体一台真っ二つにしたんよ!? あれ幾らするか知ってる? っつーかあれ絶対レンタルだから……うう、見つかるとやばいなぁ……」


「?」



「なにしに来たんさ! 次の銀雪は来週さね、うちには用ないはずじゃんか」


ぼたんはジャージのファスナーを胸元付近まで開けると、ここまで疾走してきた熱を逃がしていた。



「ん~、なんかね。ぼたんがいっつもひとりだって聞いたから」


「……何さ。うちが1人でなんで悪いんさ」


「ひとりぼっちはいくない!」



ぼたんは咄嗟にひまわりの顔が浮かぶ。


自分の事をさくらに言う人間なんて、ひまわりくらいしかいないと思ったからだ。


「ひまめ……いらんことしてくれるね」


「ねぇジュース飲もうよージュース~!」


「しつこいんよ! うちは人に物買ってあげられるほどお人よしじゃないんさ!」



ぼたんの言葉にさくらはムスッとすると、「じゃあもういいもん!」と言って、傍にある自販機の前に立った。



「これもさっきみたいにやったらパカッて割れるかな?」


「ちょっとおたく、何する気さ!」


拳を振りかぶったさくらを慌てて止めるぼたんの顔に、余裕はなかった……。


――数分後、さくらはほくほく顔で桃のジュースを飲んでいた。



「おいしー」


「ったく、うちが奢るなんて絶対にないんだから噛み締めて飲むんよ」


「んぐんぐ」



幸せそうなさくらを見て、ぼたんは溜息を吐いた。



「なんでぼたんは、いつもひとりぼっちなの」


「勝手にぼっちにすんなし。好きで一人でいるんだから文句言われる筋合いなんてないって」


さくらはそんな風に言い放ったぼたんの横顔を不思議そうに見詰めていた。



「何さ」


「ぼたんはなんで嘘つくの?」


「嘘? 嘘って何さ」


「好きでひとりぼっちになっちゃう人なんてね、いないんだよ?」



ぼたんは「あっそ」と言って立ち上がると、さくらを見下ろした。


「じゃあ訂正する。うちは最初からひとりなんさ、好き嫌いじゃなくて。うちはずっとひとりでいい」


ジュースのぐびぐびと飲んでいるさくらを尻目に、ぼたんは「じゃ、そういうことで」とジャージのポケットに手を突っ込み、去っていった。



「……去っていった。って言ったじゃんね!?」



歩いて去ったはずのぼたんは全速力で走っていた。何事かと彼女の背後を見てみると、ジュースの缶を咥えたままでにこにことぴったり追いかけてくるさくらの姿。


「フツーさ、ナレーションで言ったことには従うべきだと思うんさ」


気付けばポケットに入れていた手を大きく振って、ぼたんは走っていた。


「おおぅ~い! ぼはーんはってー!」



全く聞き取れないが、さくらは「おーい、ぼたん待ってー」と言っているようだ。


辛うじて先を走っている追われる側のぼたんだったが、さくらの常人離れした身体能力の前に、今にも追いつかれそうだ。



「ふぇっふぇー♪ ふっははへーはー(つっかまえたー)」


さくらの伸ばした手が今にもぼたんの手を掴みそうになったその時。


「十四松!」


 ぼたんが呼ぶと彼女のズボンのポケットからひよこなのに白い羽根を背負った魔具・十四松が顔を覗かせた。


「え、マジで? ほんとにそんなことで使うの?」


「うちがピンチなんだからちょっと助けてさ!」


背負った羽をパタパタとさせて十四松は「それ言われたら言い返せないんですけどー……」と言って、ぽろりとポケットから飛び降りた。



「嘘っ?!」


さくらが驚いたのと同時にぼたんは高く空へと飛びあがっていた。



「悪いけど、うちのことは放っておいてくんなし」



ぼたんは空中でもう一足踏み込む。


その足にはぽっくりのような下駄を履いていた。



「すっごーい! 百花繚乱してないのに魔具化できるのー!?」


「……悪いけど、おたくらとはクレイン歴が違うんさ」


さくらが驚いたのも無理が無かった。本来、クレインはひよこ状態での魔具からは魔法を引き出せない。


だが熟練したクレインになると、百花繚乱せずとも魔具化し、その能力の一部をすることができる。


もちろん、他のクレインにはこんな芸当は出来ないが、ぼたんはそれをいとも簡単にやってのけたのだ。



流石に生身に対して魔具を使用されれば対抗する術はない。


ぼたんは「じゃあ、まあそういうことで」と空を蹴った。



「つかまーえた!」


「へっ!?」



その場から離れたつもりでいたぼたんの身体にがっしりと抱き、ぼたんは唐突に自由を奪われた身体をばたつかせる。



「ちょ、なんでさ!? なんでさくらがうちを捕まえられるんさ……! ここ空中だよ!」



明らかに動揺した素振りで、今起こっていることを信じられらないでいた。



 地上から見上げてみると、空高い空中でぼたんにさくらが後ろから抱き付いている。


 さくらも制服のままで、百花繚乱してはいない。



 ぼたんが「はぁ!?」ともう一度、意味不明の状況に声を上げると、さくらはぼたんを見て笑う。


「絶対どこにも行かせないからっ!」



呆れたようにぼたんは雲を見上げて溜息を吐くと、観念したように「……わかったよ」と答えた。



「うししっ」






――魔法少女の城。



この城を囲む景色は、いつも暗く雷を伴っている。



陽の光など差し込むはずもなく、ただ夜のような暗い空にやけに煌々と光る月。



激しく岸壁に打ち付ける激しい波の音ですら、この怪しい景色への演出のようだと錯覚しそうだった。




大魔女が奥に控える長いテーブル。



相変わらずそこにはカナリーとガル、それにクックーがいた。



「……今日もお茶がおいしいこと」



カチャリ、とカップソーサーに底をぶつけてガルが涼しい顔でテーブルにカップを置いた。



「ですがこれが人間の血で濾したお茶ならば、更に上質な味わいを生んだのでございましょうね」



ガルはそう言ったところで、誰を見ることもなかった。


だが、クックーにとってはそれが自分に向けられたものだと分かっている。



「言いたいことがあるなら言ったらいいっち」



「……別になにもございませんわ」



「呆れて物もいえないって意味しゅよね? しゅしゅしゅ、ガルは相当怒ってるっしゅ」



カナリーの横槍にもクックーは言い返さない。それは彼女自身もなにをやってしまったのかを理解しているからだ。



「あの『6人目』がいなければ、しくじることもなかったっち……! 途中までは完璧だったっち」



「……アーキオプタリスクを失った我らの意味をお分りでございましょうか」



静かに尋ねたガルの言葉に、再びクックーは閉口する。


カナリーはくすくすと笑いながらそれを見つつ、そこには口を挟まないでいた。



「アーキオプタリスクは貴重な巨人型のナハティガル。それを持ち出しただけでも糾弾の的となりますが、その上プルンネーヴェを無断で降らせるとは……。それだけの価値があったということなのでしょう」



 ガルの怒りに中てられたのか、テーブルに置かれたキャンドルの火が風もないのにゆらゆらと揺れた。



「次は必ずクレイン共を皆殺しにしてやるっち」



ダン、とテーブルを叩いてクックーがその場を離れようとする背中を、カップソーサーの音が止める。


「いつまでも【次】があると思わない方がよろしいですよ? クックー……」



クックーは無言でそこから去った。



「ガル、あれでいいんでしゅか? クックーは完全にムキになってしゅよ」


「クックー本人が納得するまでやればいいのですよ。クレインを殺すことが出来れば幸運でございますし、出来なくとも『例の六人目』のことを知る手掛かりになるかも知れませんし……ね」



「六人目……。クックーの言っていた『マギ呪文を使うクレイン』しゅね」



「どのような道であっても、行く先は所詮『人間対ナハティガル』の殲滅戦ですわ。その来たるべき時までは、思うがままにやってみればいいのです。

 ……そうはお思いではありませんか? 大魔女」


奥にいるはずの大魔女からの返事は無かった。






さて、ここからは誰かの記憶の中にしまった回想である。



銀雪が吹雪く真っ白な空。真っ白な風景。



その中で、クレインは戦っていた。



……しかし、その面影はひまわりやさくらたちのそれとは違う。


誰もが大人の女性……といった様子だ。



「ぼたん、煉瓦れんがを!」



扇子のクレインが鬼気迫った様子で叫び、一際小さなその影に向かって魔法少女を差し向けた。



「れ、煉瓦……?!」


「そう! 煉瓦だよ! 魔法少女を飛べなくする魔法だよ」


5人いるクレイン。



ここにいる5人中4人は、ひまわりたちの母親だった。


そう、彼女らがまだ現役のクレインだった頃。



「煉瓦なんて、出来なんし!」



「ちっ、じゃあやまぶき! 菜の花で頼む!」



ひまわりの母、やまぶきが大きく頷くと魔具による魔法を魔法少女に見舞った。



絶叫の後、消えてゆく魔法少女にも構わず、小さなぼたんは蹲って泣いていた。



「やっぱり、こんなに小さな子がクレインとして戦うなんて無理だよ」


きくの母が、しくしくとすすり泣くぼたんを見て言った。


「言いたいことは分かりますし、できれば私共もこんなに幼いぼたんをクレインとして戦いに参加させたくはありませんわ。

しかし、今彼女をクレインから遠ざけた所でいつかやってくる戦いから避ける術がないのも事実。酷かも知れませんが、私達の娘とぼたん本人の為にやってもらうしかないのです」


もはやこの口調で分かってしまう。ききょうの母親だ。どうやらききょうは母親似らしい。


「うむむ、それもそうなんだけど……。ぼたんの魔具がないと私らクレインは、葵町以外の銀雪に対応出来ないからにゃあ」



おおう、これまたそっくりな口調だ。誰の母親かは言わなくとも分かるであろう。


ぼたんの魔具・十四松は、ぽっくりのような形の下駄型魔具である。



この魔具は、他のクレイン達の魔具が戦いを有利するものが主体なのに対し、機動力と移動力に特化した魔具である。


高い跳躍を約束する十四松を履き、クレイン化することでよりその足はあらゆる重力を操る。


それだけではなく、前述の通りの機動力、推進力、加速力も他の魔具とは一線を画すのだ。


その中でも特に重宝される能力……それが、銀雪の発生地へと瞬時に跳ぶことが出来る、魔法『深支子こきくちなし』。



遠地へ飛ぶこの魔法がなくては、クレイン達が他の地域に現れた魔法少女と戦うことができないのだ。



だから、幼いことを理由にぼたんは戦線から外されなかった。必要な能力だったからだ。


「ぼたん、帰ろう」



戦いの終わったクレイン達は、名古屋城の屋根から飛び立った。




クレインとして戦いに参加するようになって、2年が経つ頃には、その才覚はメキメキと成長していった。


「はい、毎度あり」


魔具で弱った魔法少女の頭を蹴っ飛ばし、血しぶきが舞う。


それが自分に掛からないように瞬足で場を離れ、チョコホームランをおもむろに取り出すと、シャク。



子供の頃からずっと食べているチョコホームランを今も食べているような子供っぽさと、相反するように魔法少女に対してはどんどん冷徹になっていった。


いや、違う。


冷徹になっていったのではなく、なにも感じなくなっていったのだ。



誰よりも速く魔法少女と戦っているからか、彼女は強く成ればなるほどに、ある種の人間味を薄くさせてゆく。



……ぼたんは、最初からひとりだったのだ。



ずっと、ずっとひとりだった。



だから、今更同じ歳のクレインが揃ったところで、彼女がひとりぼっちであることは変わらない。






――そこまでは話さなかったものの、ひまわりはある程度のぼたんの情報をさくらに話した。



「おおー! じゃあさくらが行ってあげなくちゃ!」



ひまわりが「待って!」という短い呼びかけをかけるのも間に合わず、さくらは飛び出していった。


「あ~りゃりゃ~……すっかりやる気になっちゃったけど、いくらさくらちんでもぼたちんと仲良くなるのは難しーよねー……」




きくが眉をハの字にしつつも笑って言った。



不安げにさくらが飛び出していった方向を見詰めながら、ひまわりはただその言葉に「うん……」としか答えることができなかった自分を少し責める。



「……みぃ~んな、ぼたちんのことちょっと苦手だかんねぇ~。さくらちんがずびゃっと解決してくれたらいーんだけど、どうだろね」



きくの呟きが、いつまでもひまわりの肩に乗り、足を重く感じさせた。







「来んなし!」



「おーっ! すごいすごいすっごーい! 下駄の魔具ってこんなに飛べるんだ!?」



相変わらずさくらはぼたんにしがみついたまま、空を泳いでいた。



眼前に広がる壮快な景色を見下ろしつつ、「さくらとひまわりのおうちはー……?」と上空から探している。




「ちょっとさくら! おたく分かってるんさ?! ここが上空何メートルなのか!」



抱き付きながらぼたんの顎を見上げてさくらは「何メートル?」ととぼけた顔をした。



「ここから落ちたらいくらバケモノじみたスペックのおたくでも死ぬって言ってるんさ!」



「えーー大丈夫だよーー!」



またまた根拠ないすっぱりとした返答。ぼたんは呆れて物も言えない。



「だってさ、ぼたんは絶対さくらを落とさないでしょ?」



さくらがそれを言った時、一瞬ぼたんはさくらの顔を見た。



無邪気で、純粋そのものの瞳は真っ直ぐに自分を見詰め、なにも疑わない。



そんな澄んだ瞳。



「……勝手にするさ」



『お母ちゃん、今度の授業参観来れるの!?』



『うん、母ちゃん奇跡的に休みが取れたのよ』



『本当!? やったあ! お母ちゃんが学校に来てくれるって~!』



疑いのない純真な瞳。



あの時の自分もそんな目をしていたのだろうか。




「ぼたん~! もっともっと高く遠くにいこうよー!」



「調子に乗るなっての」



「どケチー! ……うっしし、でもいいや」


「何さ。珍しくすっと引き下がったね」


「さくらはね、ぼたんと一緒に遊べて嬉しいんだ! だから許す!」


ぼたんは少し笑いそうになったのを、慌てて制止した。



「な、なんでうちがおたくに許してもらわなならんのさ!」



ぼたんが空中を蹴る度にまるで空から空にジャンプしているようだった。



各自クレイン化した後は、空中で移動することも出来るがそれはあくまで《浮遊している》。


それに対してぼたんの場合、《空中に立っている》のだ。


蹴る場所を選ばない下駄は、他の空中を泳ぐクレイン達よりもより自由度が高い。



ぼたんが望めば、空中のどこでも階段になり、トランポリンになり、坂になる。


そして、移動する距離を選ばない『深支子こきくちなし』。


「ぼたんはなんでそんな変な話し方するの?」



「小さい時、駄菓子屋のすぐ怒るばあちゃんに育てられたからね。ばあちゃんの喋り方が移ったんさ」



「へー!」


「変だって言ったじゃんさ」


「変だけど、かわいい! ぼたんって感じがする!」


「どんな感じなんよ」



とある雑居ビルの屋上に降り立った二人は、フェンスの外側でプラネタリウムを逆から見ているような、町の明かりを見下ろしていた。



「いいなーいいなー、いつもこんなんしてるんだぼたん」


「いつも? ……うんにゃ、滅多にしないさ。今日は特別さね。誰かさんが遊べ遊べとうるさいから」


「にっしし~!」


足をぶらぶらとしながら、さくらは満足そうに笑った。


「またあそぼーね! ぼたんっ」


「……気分によるよ」





――ひまわり宅



玄関でバタバタと足音を立て、扉を閉める振動と音が二階の部屋にいるひまわりにも伝わってきた。



声を聞かずともそれは、さくらが帰宅したということだと知る。


すぐに「ただいまー」と元気なさくらの声と、ドッドッドッという階段を勢いよく登ってくる音。


そして、「さくらちゃん! 階段は静かに上りなさい!」というやまぐきの激。


ノートに向かっていたひまわりは数秒後現れるさくらを想って溜息を吐いた。



――どうせテンション高いんだろな……。



「たっだいまあ、ひまわりっ!」



案の定うるさかった。



「あのね! あのね! ぼたんってすっごく面白い子だったよ!」


「仲良く出来たみたいだね。良かったー!」



嬉しそうにはしゃぐさくらに思わずひまわりもつられて笑った。


だがすぐにぶるぶると首を横に何度か振ると、「それより!」とひまわりは強めに前置きをする。



「ん?」


「さくらちゃん! 玉木君……あ、いや、サッカーのマネージャーどうなってるの!?」


「……サッカーのマネージャー?」


「ええー! なんで疑問形なの?! もしかして覚えてないとかないよね?!」



――にこっ。



おお、さくらは笑った! 思い出せない上に意味が分からないからそれらを全てリセットするための笑顔である!


「さくらちゃ~ん……!」



ひまわりがさくらを睨みつけた。


だがさくらはというと、にらめっこだと思ったらしくひまわりに負けじと怒り顔を作る。


「……ぷはっ!」


しばらく息を止めていたひまわりが先に根負けをした。


そしてまじまじとさくらを見詰めると、ハァ……と大きなため息。



「あー……なんとなく分かってたんだよね。絶対、意味分かってなくてマネージャーなるってさ。

 ……いいよ、玉木くんには私が言うよ」


「??」


さくらはニコニコと笑いながらそれでも覚えていない様子だ。


「それで、ぼたんちゃんとは打ち解けた?」


さくらはヘッドバンキングのように大きく頭を縦に振ると、「面白かったよー!」と息荒らげに話した。



さくらの言葉を聞いてひまわりはほっと胸を撫で下ろし、机の上に置いたレモネードで喉を濡らした。



「よかったー……。ほら、ぼたんちゃんってなんか私たちと距離を置いてるっていうか、なんか話しかけづらくって」


「なんで?」


「なんでって……ほら、なんだか他の人に興味がなさそうっていうか……」


「なぜ言葉を持っているのにそれを言わないの? なぜ聞いてもいないのにぼたんのことがそんなにわかるの?」



さくらの純真な瞳はここでも真っ直ぐにひまわりを見詰めた。


「え……それは、その」


「なんで?」


「もう! そんなに簡単じゃないの!」



強引に会話を終わらせようとひまわりは、再び顔をノートへと戻し、彷徨うペンの先をノートにコツコツと当てる。


「なぜ? 簡単なことじゃなければなにもしないの? わからないわ、ひまわり。私はそんなことよりナハティガルと戦うことの方がよっぽど難しいと思うの」


さくらはふざけているわけでも、悪態をついているわけでもない。真剣だった。


自分の質問にひまわりが答えないことも、さくらにはわからなかった。


だがそれでもさくらは続ける。


「ぼたんがひとりぼっちで、ひとりぼっちのぼたんが寂しくないって……」


ひまわりの背中にさくらは「ねぇ」と一言投げてから言った。



「誰が決めたの?」






『銀雪予報の時間です。兼ねてより報じてきましたとおり、今日の18時より四国地方に銀雪が降ること予想されます。通常通り、四国地方にお住まいの……特に愛媛県地域の方は戸締りに充分注意し、銀雪警報の解除まで絶対に外へ出ないようにしてください』



時刻は15時。


ぼたんの魔具を使えば、移動にかかる時間は5分ほどだ。



「早めに行ってゆっくり土地の名産品でも楽しみたいところですわ」


テレビの前でききょうが涼しげに言った。


「そんなことよりいいーんかよ。今日学校だろ?」


「私ほどになると、数日授業を受けなくともなんら支障はございませんわ」


「フリーターに聞かせる話じゃないな」


「ひまわりさん達が学校を終えるのが17時ですわ。どのみちそれまでは動けませんね」


そう言ってふじの部屋に置いていた男性アイドルのパネルにもたれる。

「座んな」「あら、失礼」



「せんせー! さくらはとてもお腹が痛いので、とっとと帰ります!」



さくらの突然のぶち込みに、教室は静まり返った。



誰も彼もが、さくらの言っている意味……、あいや、意味は分かるが、やや乱暴にも思える自己申告にハテナマークを灯したのだ。



「いたた、いたた、あーいたた」


そう言いながらカクカクとした動きでさくらは教室の外へと出てゆく。



「ちょ、さくらちゃん! どこ行くの……」


ひまわりが小声で止めようと試みるが、さくらは「いてて、いてて」と言いながら出てゆく。



「あ、あの先生……私も……」


「なにをスピーキングしてるんだぁ~いミス御鶴木? ミス鶴賀に便乗してボイコットしようだなんて、それこそミステーイクさぁ」



訳は分からんがつまりひまわりの申告は認めないらしい。


「いてて、いてて」



(ちょっと……どういうつもりよ!? さくらちゃん)



ひまわりが心で叫ぶもさくらに聞こえるはずはなかった。



五時限目の半分ほどが過ぎ、この日の授業はまだあと一時限ある。



さくらの口からなにも聞いていなかったひまわりがいくら考えようと、さくらが何故あんな三文芝居でもって教室から出ていったのか、全く理解出来なかった。



(またなにか問題起こしてなきゃいいけど……)



教室から出たさくらは鼻歌を歌いながら、スキップで校門から出ていく。



運がいいのか、悪いのか……。


いや、さくらにとっては運が良く、ひまわりにとっては運が悪いタイミングだった。



さくらが悠々と正門から出てゆくのをひまわりは見ていなかったのだ。



なにかと世間を知らないさくらはごくごく普通に、むしろ軽やかなスキップで学校を後にした。






シャク。




ぼたんは、チョコホームランをひとかじりすると、足元に広がる葵町を見渡した。



「相変わらず退屈な景色さね」



ぼたんはこの町で一番高いビルの屋上、縁のギリギリで立っていた。



「……ほんっと、うちだけでも充分なんよね」


ぼたんは少し冷えた風に二つの束ねた髪を揺らしながら、缶のおしるこのプルを上げた。



「それなに!?」


「わああっ!」


突然の大きな声にぼたんはビルから落ちそうになり、手をバタバタとさせた。


「はいっ!」


バランスを崩したボタンの手をフェンス越しにさくらが掴んだ。



「落ちてもうちの能力なら平気なんだけど……、でも言っとく。ありがと」


さくらの手を素直に引き寄せると、網目が強引にひん曲げられたフェンスが目に入り、ぼたんは額に手を当てる。



「~~! 前言撤回ってありっすか……」


「にしし、それおいしいの?」


「それ?」



さくらが指を指したのは、缶おしるこ。アツアツである。


ぼたんは缶おしるこを黙ってさくらに渡すと、「あげるさ。お礼」と言った。



「やったあ! いっただきまあっす」


「……つか、おたくなんでここにいんの? というより学校じゃないんさ?」


ごくごく


さくらはおしるこを一気飲みする喉の音で答える。



少なくとも私は知っている。おしることは、一気飲みするようなものではない……と。


「ぷはっ」


さくらはすぐにおしるこを飲み干すと、幸せそうに笑った。さぞ満足なのだろう。



「おいしい~! やっぱり人間の食べ物は最高!」


「……人間、って。おたくも人間だろうに。や、そういやクレインってのは真っ当な人間じゃないかもね」


ぼたんはビルの縁でしゃがみ込むと、両手で頬杖をつき、さくらを見詰めて、「で、なんの用さ」と尋ねた。



「ぼたんちゃん、さくらと一緒にナハティガルやっつけに行こう!」


「はあ?」



さくらはにこにこと笑い、再びぼたんに手を伸ばした。



「行こう!」


「……行こうって、まだ早い上にどうせみんなで行くんだから。わざわざ呼びに来てもらって悪いけど、ちゃんと時間になったら合流するからさ。

みんなと一緒にいといてーよ」


ぼたんがそう言うと、さくらは急に頬を膨らませ「ダメ!」と大きな声で答えた。


「な、なんさ!? ダメの意味がわからんさ!」



ベリベリッ、と無理矢理フェンスの網を引きちぎるとさくらはぼたんを自らに引き寄せ、顔と顔の距離を極端に狭める。


「ぼたんは、さくらと二人で今からプルンネーヴェの地へ行くの!」


「ふ、二人!? なんの冗談を言ってるんさ!」


「冗談? なにそれ、おいしいの?」



さくらのド天然な解答にぼたんは、付き合っていられないとでも言いたげに掴まれた手を振りほどこうとした。



「……どんなバカ力さ!」


ぼたんが振りほどこうとした腕はびくともせず、確実に動きを封じられた。



「早くいこっ! ぼーたーんっ」


「……まさか、本気なわけ!? そんなの無理に決まってるさ! うちが先に行ったら他のクレインは移動の手段が断たれるんよ!?

そうなったら愛媛は魔法少女たちに……」


「ぼたんうるさい!」


もごっ、と情けない声を漏らしぼたんの口は無理矢理さくらの手で抑えられ、発言権を失くした。



「あのね、ぼたんはひとりぼっちでも平気とか嘘ばっかりつくからさくらが教えてあげるの」


ぼたんがもごもごと何かを言っている。このままではかわいそうなので代弁してやると、「何を教えるんさ」と言っているのだ。


「ぼたんはひとりじゃないってことを、さくらが教えてあげるの!」



ぷはっ、となんとかさくらの手から口元を逃がすことに成功したぼたんが、やや眉を釣り上げ不機嫌そうな表情を見せた。


「うちがひとりとかなんとか、そんなことおたくには関係ないって言ってるんさ! それに何をするつもりか知んないけど、わざわざ他のクレインを置いて二人だけで行く意味が分かんないさ! ひとりぼっちじゃないとかって言うんなら、むしろ逆じゃん!」


「違うよぼたん。ぼたんは、さくらや他のクレインのこと、誰も信じてない」



ぼたんは核心を突かれたのか、さくらの言葉に黙ってしまった。


さくらは続ける。



「みんなもきっとぼたんが大好きなの。だけど、ぼたんもみんなも大好きだってわかってもらう方法がわかんないんだと思う! だからね、さくらがぼたんにみんなと仲良くする方法を教えようって思ったの!」


「わけわかんないさ! なんでそれが二人だけで銀雪に向かうことになるんさ」


「……?」



さくらは不思議そうな顔でぼたんをまた見詰め、ぼたんはその視線が不愉快だと意思表示するように、露骨なリアクションで目を逸らした。



「なんでって……、だってさくらがぼたんを護るもの」


なんの疑いもない様子で、さくらはそう普通に言った。


ぼたんは思わずさくらを見たが、その無邪気で純粋な表情に再び目を逸らしてしまう。



「護るって、そんな簡単に」


「ぼたんはクレイン達の中で一番先輩だって聞いたわ。さくらがピンチになったらぼたんが助けてくれるでしょ?」


「……」


さくらは、ぼたんの手を両手で握った。



「大丈夫、さくらは死なないし、ぼたんも死なない。ぼたんはさくらが守るし、さくらのことはぼたんが助けてくれるから。それとも、二人だけだったら心細い?」


ぼたんは笑わなかった。



笑わなかったが、ほんの少しだけ力のこもった声で答えた。



「心細い? それこそ冗談。うちが何年クレインやってると思ってるんさ」



ぼたんは「十四松」と魔具を呼び出し、さくらを睨んだ。



「そんなに二人でやりたいんなら行ってやるさ。けど、結局おたくが帰る頃には思い知ってる。

うちがひとりだろうと、ひとりじゃなかろうと、なにも変わらないって。そして、おたくがピンチになってうちが助けることがあっても、その逆なんて有り得ないって」



さくらはぼたんの真剣な目つきを見て、黙って頷いた。そして、ただ笑った。



不機嫌なぼたんは短い舌打ちをすると、十四松を空に掲げると変身の口上を叫んだ。


そして、それに重なるようにさくらも同じ口上を詠う。


『百花繚乱!』


空は真っ暗に曇っていた。



暗雲立ち込める空、瞬速移動魔法『深支子こきくちなし』で愛媛に向かう途中、絵の具を真横にぐじゃぐじゃと書きなぐったように、景色はその速さのせいでそのように見えた。



「わあっ! すごいすごい! いつもこのくらい遠い土地にプルンネーヴェが降ってくれたらいいのに!」



「冗談。こっちの身にもなって欲しいさ!」



ぼたんの袖から鱗粉のような細かい粉が舞い、それは鳥の翼のような形に象られ、光を放った。





「ええっ!? さくらちゃんとぼたんちゃん、二人で銀雪に行ったの!」


待ち合わせ場所でひまわりは、さくらの行った勝手な行動に驚きの声を上げた。


「ええ、そのようですね。なぜそのような運びになったのかは分かりませんが……さくらさんなら納得できますわね」


「できますわね、じゃねーって! どうすんだよこれ!」


ふじが苛立った様子で土を蹴った。



「ありゃりゃ~あ……。ま、勝算ありきで二人で突貫したんだろうし、信じて待つしかないんじゃないっすかねー」


きくの言葉にふじはきくを睨んだ。


「あひゃっ」


と短い声を上げると、「あ、今日は水戸黄門の再放送だっけ……」とごまかす。



「ちょっと、でも本当にどうしたらいいの?! ぼたんちゃんがいなきゃあんな遠くの銀雪まで行けないし、それに二人っきりなんて……」



不安そうにひまわりが誰にともなく聞くものの、誰もが返答に困ったように風が通る。


「普通の魔法少女なら、なんとかなるかもしれませんが……」


「なんだよ?」


「この間の時のように、もしも上級魔法少女が現れたら」



一同の中に沈黙が胡坐をかいて居座った。


誰もが同じ不安を抱いているに違いない。



「わけわかんねー強さのさくらと、あたしらの中で一番実戦の経験があるぼたんか、あたしらがなんも出来ないのは変わらないなら、待ってるしかないじゃん!」


ふじはもう一度土を蹴り、「ちぃ!」と舌打ちをする。



ひまわりは落ち着かない様子で、狭い範囲でうろちょろとしていた。


きくはきくで少しわざとらしく物思いに耽るポーズを取り。ききょうはスマホを操作している。



4人のクレインは、魔法少女と戦うことも、さくらたちの元へ駆けつけることもできない無力さを、吐き出せない苛立ちに足をめりこませていた。






――愛媛県某所 17:40



「もごもぐ」


「……ちょっとおたく、いつまで食べてるんさ」


「もご?」



さくらの口の中には、頬が目一杯膨れるほどのみかんが押し込まれ、さながらハムスターの食事姿そのものである。


「このみかんって、すごくすごくおいしい! あ、そうだひまわりにも100個くらい……」


「持てんさ! 全く今から魔法少女と戦うっていうのによく食欲あるさね」



ぼたんがそこまで言った時、ひらひらと雪が舞い落ち、頼りなさげにぼたんの肩に乗った。



「きた」


さくらが空を見上げてふと呟く。


「もう後戻りは許されんさ……」


肩に乗った銀雪を手で払い、つられるようにぼたんも空を見上げた。


はらはらと銀雪が降り始める空に、薄く光る魔法陣が浮かび上がる。


キィー……ンと、空気を針の先のように細く鋭く研ぎ澄ましたような音。



魔法陣が現れる特有の現象である。



「うしし、どんなぶっ飛んだナハティガルが現れるかなー」


「……おたく、なんでそんなに緊張感ないんさ」



さくらとぼたんが見上げる空、魔法陣から大量の銀雪が降り注ぎ、たちまち一帯を雪化粧にしてゆく。


そして足元からゆっくりと現れる魔法少女の姿。



「1,2……3!?」


遠めから見上げた魔法陣から、足が6本……つまり3人の魔法少女が見て取れた。


ぼたんの顔が強張り、十四松に乗る足に力が篭る。



「ぶっ飛び! またクックーがきたよ!」


遠くを見渡すように、掌をおでこにあてたさくらが楽しそうにはしゃぎ、それが余計のぼたんを緊張させた。


「クックー!? どれのことさ?」


目を細めてぼたんも遠くの魔法少女たちを注視する。


次第に全体が現れてきた魔法少女の中に一人、見たことのある姿。



「あれはこないだの上級魔法少女!?」


「つーよいんだよねー、あいつー!」


拳をパンパンと打ち鳴らし、さくらは笑った。



「じゃあ、さくらはクックーから行くね! ……えっと、ぼたんさくらの足を思いっきり蹴って」


さくらはそう言いながら、ぼたんの前に立つと右足を上げて踵を差し出した。


「ほんっと、この状況でよく思いつく」


緊張に身体を振るわせながらも、ぼたんは笑って見せた。


さくらと二人ならば、不思議となんとかなるような気がしたからだ。


「ほら、あっちまで運ぶから両足を乗せるさ」


さくらに背を向け、同じように足の底を上に上げると、その上に乗れとぼたんは言う。


「うっしし~」


さくらは十四松に軽く飛び乗ると、バシバシと叩いて合図を出した。


「ほら、行きな! 『煉瓦れんが』!」


いつしかさくらが見せた『ぶっ飛びさくらロケット(さくら命名)』よりももっと高速で、魔法少女たちへと飛んでいくさくら。


クックーを除く、あと二体の魔法少女はそれを目で追うことができず、気づけば炸裂する衝撃派に身体を飛ばされていた。



「くっ! またお前っちか……6人目のクレイン!」


「ええー!? さくらのことそんな覚え方してるのー? ちゃんと覚えてよぉ」


クックーは手に持っていたマジカルスティックでさくらの肘鉄をガードした。


奇襲されたクックーの加勢に入ろうと、二人の魔法少女がほぼ同じ動きで振り返った。


だが、彼女らはクックーの元へと行くことをせず正面の一点を見詰めたまま固まる。



「残念だけどさ、あっちは生憎お取込み中ってことで」


二人の魔法少女の前には、ぼたんが立ちはだかった。


「なぜあなたひとり?」

「なぜあなたひとり?」


二人の魔法少女は、片方の頭に束ねた髪の向きが違うだけで、それ以外は全く同じ外見。


「声までハモってくれて、双子の魔法少女ってわけさね」


「質問に答えてないわ」

「質問に答えてないわ」


少し伏し目がちに双子の魔法少女を見下ろしたぼたんは、退屈そうに指の爪をいじり言う。



「魔法少女が二人かと思ってさすがのうちもびびったけど、双子なら二人で一人分の強さだって相場が決まってるんさ」


「あ、そう」

「あ、そう」


双子の目つきが変わる。明らかな敵意だ。


その視線を感じ取ったぼたんが、コツンと十四松の下駄同士をぶつけ『土器かわらけ』と詠った。


ぼたんが口上を詠うが早いか、双子の魔法少女はぼたんの前から消えた。



「なんでこう……速さ自慢の輩がこうも多いさね」


ぼたんがその場で小さく飛び上がると、たった今ぼたんが居た場所に二つのカマイタチが起こる。


「そういうのって過信だって、ばあちゃんが言ってたんさ」


跳んだぼたんは逆さに立っていた。


逆立ちというわけではなく、まるで天地が逆転したかのように、逆さに立っている。


逆さになっているのにも関わらず、ぼたんの二つのおさげは地面に向かってぶら下がらず、まるで自分の足元に地面があるかのようだった。


その姿に一瞬だけ驚きの色を見せたが、すぐに双子は敵意を戻しぼたんを睨む。


「怖い怖い。あっちはあっちで苦戦しそうなんでさ、こっちはとっとと片づけさせてもらうさ」


逆さのままで空中を歩くぼたんは、そのまま真横に歩き始めるも、そこでも重力が地に従うことはなかった。


「マギ・カルチョーフォ」

「マギ・カルチョーフォ」


マギ呪文を唱えた双子は、二人とも左手をぶんぶんと振り回し、ぼたんへと振り下ろす。


双子の手がゴムのように伸び、ぼたんを襲う。


ぼたんはというと、涼しい顔で『黄土おうど』と詠った。


次の瞬間、土の壁がぼたんの前に現れ伸びてくる腕を防いだ。



「手が伸びるって……地味な魔法さね」


土の壁に掴まり、ぐるりと遠心力をつけるとその慣性を利用し、双子に攻撃を仕掛ける。


双子の放った腕は土の壁に阻まれ、ぼたんの動きに対しすぐ対応できないかと思われたからだ。



「!!」


攻撃を仕掛けようと土の壁の影から飛び出したぼたんの視界に、あるはずのない顔があった。


「首も伸びるのよ」

「首も伸びるのよ」


声だけが重なってぼたんの耳を捉え、反射的にその顔を振り払おうと平手を見舞う。


ぼたんのイメージに反して、蛇の腹のように伸びた首から生えた顔は、ぼたんの平手打ちであっさりと弾かれた。


だが、たった今弾いたはずの顔はまだ目の前に存在し、ニタリ、とぼたんに笑う。


「キモいさ!」


ぼたんが不快の言葉を反射的に吐いたのが早いか、笑った顔がぼたんの顔面に頭突きを食らわし、ぼたんは後方へ弾かれる。


「痛ッツ……!」



弾いたはずの顔面が目の前にあったのは、実に単純なトリックであった。


双子の顔面がただ前後に重なっていただけである。



それ故、ぼたんが前の顔面を弾いたところで後ろに控えた顔面が攻撃した……というわけだ。



「我ながらくだらない戦法にかかったさね!」


直撃を食らった鼻を押さえると、チン! と音を鳴らして鼻血を出しきる。


コンと十四松を鳴らして、ぼたんは空中を蹴り頭突きを見舞われた方の魔法少女に空中で回し蹴りを食らわし、その反動を利用しもう一方の……


「くだらない人間にくだらないと言われるなんて心外だわ」

「くだらない人間にくだらないと言われるなんて心外だわ」


もう一方の魔法少女の顔面に回転蹴りを放とうと慣性を付けたぼたんの右足首を、土壁を追っていたはずの腕が巻き付き、攻撃を封じられる。


「んなっ!?」



「双子が二人で一人分? 馬鹿ね」

「双子が二人で一人分? 馬鹿ね」


ハモる声と同時に今度はぼたんの左腕ががっしりと掴まれる。


完全に自由を奪われたぼたんは逆さ磔に近い恰好で、自分に向けて振り下ろされるびゅんとしなる足をぎりぎり視界で捉えた。


「うっ!」


電撃を浴びたような衝撃が額に走り、その衝撃が去った直後に襲う痺れ。



そしてゆっくりとやってくる痛みは、徐々に大きさを増しながらじんじんとぼたんの頭を鳴らした。



「私達は二人で三人分よ」

「私達は二人で三人分よ」


「うるさい! いちいちハモんなし!」


掴まれていない左足の膝を折り曲げ、腰の位置ほどに上げると『駱駝らくだ!』と詠い、思い切り踏み抜く。


空中なのにも関わらず、ぼたんの周りが大きく振動し、それにあてられた双子の手も掴む力が緩んだ。



狙って生んだ隙にもう一度強く空中を踏み、ぼたんはその場から即座に離れ、距離を離そうとする。


『マギ・ストゥラッチャテッラ』

『マギ・ストゥラッチャテッラ』


双子の足が魔法によって突然、何本も増え逃げようとしたぼたん目がけて襲い掛かった。


「ヤバ……っ」


ドドド、と鈍い音が連続してぼたんの体から響き、瞬間的に何十発もの突撃を受けた彼女の体は放物線を描いて吹き飛ばされた。


ぼたんの正面からは激しい打撃から立ち上る煙、明らかに形勢はぼたんの不利である。


「たった一人で私達二人に勝てると思った? クレインめ」

「たった一人で私達二人に勝てると思った? クレインめ」


白目を剥き、飛ばされるままのぼたんはそのまま空中から地面に落ちてゆく。


追いかけてとどめを刺せば全てが終わると思われたが、双子の魔法少女はぼたんが落ちていく様を黙って見つめていた。



「……はっ!?」


地上に激突する寸でで意識を回復したぼたんは、即座に宙返りをすると、空中に見えない足場を作って体勢を整えた。


「危ない危ない……ちょっと意識飛んでたさ」


双子魔法少女を見上げるぼたんの額からは一筋の血がつたい、綺麗なままの彼女らとの劣勢具合を浮き彫りにした。


(やばいなし……、余裕とか言って揺さぶりかけてやろうと思ったけど、完全に裏目に出たんさ。とにかくあの波状攻撃がやばい、あれをどうにかしないと……)



「私達を馬鹿にした罪は重いわ。楽には死なせない」

「私達を馬鹿にした罪は重いわ。楽には死なせない」


足首まである長いスカートから見えるつま先は何本も見え、まだ魔法の効力が切れていないことを分かりやすく視覚情報に訴える。


ぼたんの思考の中で、これは正攻法でまず勝ち目がないという結論づける助けになった。


「生憎さ。うちは気楽がモットーでね。楽に死ねないなら暴れるしかないんよ」


「そう。じゃあその締まりのない顔をひきつらせてあげる」

「そう。じゃあその締まりのない顔をひきつらせてあげる」


ぼたん目がけ、双子の魔法少女が螺旋を描きながら突進し、一体どちらがどのタイミングで攻撃を仕掛けるのかをかく乱する。


(どっちさ!? 一体どっちから来る?!)


ぼたんは構えるが、先ほどの攻撃の衝撃がまだ残っており、ただでさえ螺旋を描いて迫る双子の魔法少女たちが曇って見える。


ほんの一瞬、ぼたんはさくらを見た。


さくらはクックーを相手に、遠目でも一目で分かるほど激戦を繰り広げている。


「なにを勘違いしたの? たった一人でなにが出来る!」

「なにを勘違いしたの? たった一人でなにが出来る!」


さくらを一瞬見た隙に、双子は更に加速し彼女らの頭と胴体に遅れて手足が後方に置いて行かれるように伸びていた。


このまま行くと、双子のロケットのような頭突きと目一杯勢いをつけた手足がぼたんを襲うだろう。


ただでさえダメージの大きいぼたんが今これを食らうとひとたまりもない。



たった一撃でも致命傷になり得るのに、それが二撃畳みかけるように襲うのだ。






「あなたは一人じゃないから」


一人で泣きじゃくるぼたんの頭を撫でて、やまぶきが言った。


「私達がいるわ。それに、もう少しの間頑張れば、ひまわりもきくもききょうやふじだって、クレインとして一緒に戦う日が来る。ぼたんはただそれがほんの少し早かっただけ」


やまぶきの優しい言葉にもぼたんは泣き続けるままで返事をしない。


同じ歳の娘ひまわりを持つやまぶきや他のクレインもその姿を見て他人事とはとても思えなかった。


「うちは、最初からひとりなんさ。だから別に今更群れて馴れ合おうとかは思わんなし。魔法少女との戦いにはうちの足が必要さね? 心配しなくても一緒に戦うさ。けど、銀雪が降る下以外ではうちに干渉しなんし」


クレインが次世代組で揃ったその日、ぼたんはひまわりたちの前でそれだけを言った。


後はなにも口を出さず、銀雪の前だけ姿を現す。



誰もぼたんがいつもどこにいるのかも知らなかったし、携帯電話の番号やメッセージIDを知っていても、必要以外の要件でリーチすることはなかった。


「次の銀雪は岩手さ。15分前にちゃんと来るから、うちには連絡しないでほしいんさ」


ぼたんは、いつもひとりだった。


好んでひとりになっていた。



もう誰かを宛てにして。


もう誰かに期待して。


裏切られるのも、放っておかれるのも、ぼたんはごめんだった。



だから、ぼたんは最初から期待しない。最初から、他人と距離を空ける。


必要以上に親しくもならない。


ぼたんはひとり。


ずっと、ずっとひとりぼっちだった。



「ぼたんや、お前はなんで一人でばかりおるんさ」


ある日、駄菓子屋のばあちゃんが尋ねた。


ぼたんは母の死後、身寄りが無かったため、駄菓子屋のばあちゃんに引き取られた。



だが、駄菓子屋に通っていた頃のぼたんとは、すでに別人と言ってもいいほどになっていた。


さっぱりとしていて、人見知りではあるけれど、おもいやりを持った優しい子。



それ以前の印象と言えばこういった感じであった。



だが、母親が死んでからのぼたん……クレインになってからのぼたんからは思いやりや優しさが極端に薄くなり、人と距離を取るようになった。



決して本心を言わず、関心も示さない。


誰とも付き合わず、ひとりで出来る遊びしかしなくなった。


気付けば、ぼたんは本当にひとりになっていたのかもしれない。


けれど、ぼたんはそれでよかった。


誰かと関わるのは煩わしい。裏切られるくらいなら誰も信用などしない。


求められたことは求められた範囲の中でやる。



たった一人きりで生きていくことは不可能だが、寄り添わないで生きていくことくらいはできる。


ぼたんはそれでよかった。


それこそが自分なのだと疑わなかった。


そこに孤独感や寂しさなどはない。……ないと言い聞かせてきた。


ぼたんは、ひとりでいることに満足していた。





「うちが……」


不可避の螺旋攻撃。


喰らえば致命傷にもなりえる大ダメージを負うだろう。



だが、正面からぼたんはしっかりと構えると、それを受け止めようと十四松から魔力を開く。


「うちがひとりで……なんで悪いんさぁあああ!」


障壁系魔法陣を正面に展開する。


ぼたんの瞳からは、自分でも理由のわからない涙が零れた。


「ひとりで死ね!」

「ひとりで死ね!」


衝突の瞬間、双子の魔法少女が言った言葉を拾った。



ギィッ……ン!!



一つの強烈な衝撃音。


それを追いかけるようにドドドドドという、爆発にも似た凄まじい轟音。



これが双子の螺旋攻撃によるものだというのは、私でなくとも誰の耳にも分かることだろう。



だが、それを受けたはずのぼたんは、耳で受け止めたその轟音以外にはなんの衝撃も痛みもない。


一瞬、ぼたんは自分が死んだのかと錯覚した。



轟音の後、余りにも静かであったからだ。


もしかして、自分は自分で自覚しない内に死んでしまったのではないだろうか。



だがそれは、次の瞬間全てを否定した。



「ひとりじゃない!」


「え……!?」



さくらの力強い声。絶対的な自信と確信溢れる宣言。


だがさくらの言葉は、それだけで留まるはずもなかった。



「ぼたんはひとりじゃない! さくらがいる!」


正面から双子の攻撃を受け止めたさくらからは、シュウシュウと煙が立ち上り、少し焦げた香りがぼたんの鼻を通った。



ぼたんの視界には、さくらの後ろ姿しか映らなかったが、それでもぼたんには見えていた。


さくらが不敵な笑みでいることを。



「さくら……! なんで」


「さくらがぼたんを守るって、言ったもん!」


「でもどうやってあの魔法少女を」


そこまで口にしたぼたんがさくらをよく見ると、体中ボロボロだった。それは、双子の螺旋攻撃を受け止めただけではあり得ないほど全身に及んでいる。


「おたく、まさか」



「ぼたんは、さくらが守るんだ!」


もう一度力強くさくらが言い放ち、その直後さくらの両手が強く光を放つ。



『……マギ・グリエ!』



両手の強い光は瞬時に轟炎に変わり、周囲をオーブントースターのように熱くさせた。


「マギ・グリエだと!?」

「マギ・グリエだと!?」


その言葉を宙に残し、双子の片方が炎に包まれて地上に墜落してゆく。


だが誰もその一撃を目で追えなかった。


「レイヴン!」


「あ、そんな名前だったんだ」


遠めから見ても分かるほどに墜落した片割れの魔法少女は、戦闘不能であると分かった。



瓦礫を巻き起こす音を立て、墜ちたレイヴンと呼ばれた双子の片方が瓦礫の煙から姿がはっきりと視認できた時、悲痛な声でさくらの拳を免れた方がもう一度「レイヴン!」と叫んだ。


「あ……鳥化しちゃったね」


再起不能で横たわるレイヴンは鴉の姿であった。


そして、ぼたんとさくらに鳥化した姿を見られてしまった為に、その身は徐々に溶けてゆく。


「クックー様!」


魔法少女がさきほどまでさくらと戦っていたはずのクックーを向くと、大声で叫び呼ぶ。


忌々しそうな顔でクックーは、さくらたちを見下ろし、普段とは違う少し低い声で唸るように言った。



「……クロウ、あたちは行く。後は頼むっち」


「はあ!?」


クロウという名だと判明した魔法少女が、クックーに対して疑問を投げる言葉を言おうとしたのも聞かず、背後に出現させた魔法陣の向こうへと消えた。


「……ぐぐ、マギのクレインめ……一体どんな手品を使ったというの!」


「手品?」


さくらが首を傾げてクロウの言葉を反芻し、さくらから距離を取ったクロウは「とぼけるな!」と激昂した。


「貴様がマギ呪文を使うとは知っていたが、マギ呪文の中でも上級魔法である『マギ・グリエ』をなぜクレインである貴様が扱えるというの!?」


「なんでって言われても……なんか使えるから」


「なんか……だって!?」


「それより……さ」


さくらがクロウの頭上を指さして、きょとんとした様子で言った。


「それより……?」


さくらの指を追って自らの頭上を見上げると、右足を高く振りかぶったぼたんが居た。


「な、に……!?」


「残念。おたく、ゲームオーバーさ」


「やめろぉおおおおお!」



『大鶴奥義 牡丹ぼたん



空を真っ二つに切り裂くような一筋の閃光と共に、ぼたんの高く振りかぶった足が振り下ろされた。


クロウはまるで牡丹の花が茎から落ちるように二つに裂かれ、断末魔を上げる。


「ただで死ねるかァァア!」


もはや上半身だけとなったクロウが、最後の気力でもってさくらへと魔力を推進力にし、突進してゆく。



予想していなかった事態にさくらの顔が一瞬真顔になったが、すぐにクロウの視界は闇に沈んだ。



さくらの前に立ち、十四松に込めた魔力をクロウに叩きつけ、結果、クロウの半身は粉々に散る。



「……さくらはうちが守るって言ったさ」



「……ぶっ飛びぃ」


二つに分かれたクロウは空中で粒子分解され、死んだ。


ぼたんが振り返ると、さくらは満足そうに笑っていた。



体中傷だらけ、そして魔装(服)もボロボロ。


自分よりもよっぽど傷ついているさくらを見て、ぼたんはかける言葉を探すが見当たらない。



ただ、さくらは嬉しそうに笑っていた。


「ね? ぼたんはさくらが守るっていったでしょ?!」


「……そうさね」





某日。



AOIストアのクレープ屋の前で、またひまわりときく、それにさくらがクレープに舌鼓を打っていた。


甘いクレープをぺろりと食べたさくらはぴょんぴょんと跳ねながら、また店先に立つ。



「すいませーん! ストロベリースペシャルアイスとメープル付! ひまわりぃーお金!」


「ちょ、さくらちゃん! もう3つ目だよ、ていうかなんで私がお金……」


とひまわりが言い終わる頃には、3つ目のクレープを受け取っていたさくらは、笑顔で手を差し出す。



「ぶっ飛んでおいしーね!」


ひまわりが口を尖らせて「最後だからね!」と財布を空けると、みるみるうちに顔が青ざめてゆく。



「おりょりょ? もしかしてひま……」


「ごめん、きくちゃん……ちょっとお金貸して! 明日返すから」


きくは腰に手をあてて鼻息を吐き、自慢げに言った。


「ふふんっ! きくりんの財布は切手しか入っていないのだ!」


「き、切手ぇ!?」



嬉しそうにぺろぺろとクレープを食べているさくらの後ろでクレープ屋の歯が派手に出たスタッフが、「お客人、クレープ代はまだでゲスか?」と尋ねた。



「あ、あのあのあの……」


ひまわりがあたふたと手をバタバタし、きくが腰に手をあてて高らかに笑い、さくらはクレープぺろぺろ。


それを眺めながら出っ歯のスタッフの表情が敵意に変わってゆく。


「いくら?」


そんなスタッフの前に、ツインテールの少女が立ち、千円札を出した。


「あ、あとその小倉カスタード」


ひまわりたちはその後ろ姿に思わず固まった。



「あれって、もしかして……」


「ありゃりゃ……本当に仲良くなっちゃったんでぇすか?」


さくらは嬉しそうに叫んだ。


「ぼたん!」


「ご、ごめんぼたんちゃん……今度絶対返すからっ!」


ひまわりが慌ててぼたんに言いに行くが、ぼたんは財布からお金を出しながら「いいんよ。このくらい」と、笑いこそしなかったが、ひまわりたちが見たことのない柔らかい表情で言った。



「4900円でゲス」


「はいな……って、高っ!」



ぼたんはクレープを持ってひまわりたちのところへやってくると、照れ臭そうに一言こう言った。


「い……、一緒に食べてもいいなんし……?」


きくが『もちろん!』と言おうとしたのを、さくらが口を塞いだ。


もごもごと苦しそうにしているきくに気付かず、ひまわりは、



「うん! 一緒に食べよ」



と向日葵の笑顔で返事をした。


「……ありがとさ」


ぼたんの笑顔はまだまだぎこちなかったが、近いうちにきっともっと本当の笑顔で、彼女は笑ってくれるだろう。


「うっしし~」


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