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02 強襲アーキオプタリスク




ここはどこであろうか。



見渡してみると、赤く縁に金色の装飾がなされたカーペット。それにぼんやりとオレンジの光を浮かばせるろうそくの明かりが壁や柱に点在している。



よく見てみると西洋の騎士の甲冑、大きな獣の剥製、派手な彫刻がほられた台座。皮のソファは6名ほど座れるほど大きさだ。



さらに進んでみると、奥の部屋には大きなシャンデリアと長い長いテーブル。背もたれの高い椅子が立ち並び、上品なテーブルクロスが敷かれている。


人気がないのかと思えば、よくよく見てみると長いテーブル沿いの椅子に数人の人影がうっすらと見える。



うっすらとしかそれが確認できないのは、大きなシャンデリアが照明の役割をはたしていないからである。



テーブル上に規則正しく一定の距離でもって置かれているキャンドルの光だけがぼんやりと周りを照らし、それでやっとそこに人影があると分かる程度だった。



「ヒル マイナが死んだ」




人影に近づいてみるとそれらは、いつか見た西洋の少女たち……。そう、【魔法少女】のそれであった。


「数えきれないほどの仲間が、死にました」



魔法少女たちは無感動に、無感情に淡々と話す。時折カチャカチャとカップソーサーにカップの底が当たる音が聞こえる。


どうやら数人の魔法少女がお茶を楽しんでいるようだ。



「人間は無力なのに、《プルン ネーヴェ》を感知する能力には長けている。どこに降らせても最早人間は出てこない」



「だったらどうしゅゆ?」




「どうするもこうするもないっち。あたちらは人間を羽化して、食べなければ死ぬっち。このまま放っておいたらただあたちらが滅ぶだけっち!」



「……もう、もう沢山の仲間が人間の魔女によって殺され、私達ナハティガルも破滅の危機に瀕していると言っていいでしょう。それほどまでに私達一族は減ってしまった……種の存続も本格的に危ういのです。こうやって【魔法によって人間の姿を借りなければ】、生きていけない屈辱。私達はもう深刻な危機に直面していると言っていいでしょう」




「形のあるものは必ず滅ぶ。人間に限らずとも、生命とはそうあるもの」


奥の小部屋から力のない声が、頼りなくも威厳を放つ、ある種矛盾したトーンで魔法少女らへと浴びせた。

「これはこれは……また達観したご意見を」


呆れた雰囲気を漂わせ、フランス人形のようなカールの巻いた紙の少女が言った。


大人びた声色は、その可憐で上品な外見と少し温度差があるようにも思える。



「だけど大魔女様ぁ~! あたちたちが黙って消えていく意味はないっち!」


 そばかすに茶色のくるくるとした髪の少女が、トントンとテーブルにステッキの底を当てて興奮気味に食い下がり、不満を露わにした。



「大体、魔女の数もしゅくない(少ない)し、この長い戦いで人間の数はバカみたいに増えて、カナリーたち魔女や魔法少女は減ったしゅ。

本来カナリーたち魔女は7人いなければならないのに、今はたったの3人っしゅ!

下位の魔法少女から魔女に昇格さしぇよーにも、魔法少女の数自体がしゅくなす(少なす)ぎてカナリーみたく超強い魔女を拾えないっしゅ!」




カナリーはクリスマスツリーのように、星やキラキラのリボンのついたバサバサの髪をはためかせて奥に鎮座する大魔女に対し強めに言った。


「……言うでないカナリー。どちらかが滅びる道ばかり見るより、私達ナハティガルが人間と共存する道を模索するのだ」



「それは貴方の理想でしょう大魔女。なぜそのようなお考えになるのか、今更問いはしませんが……。私達ナハティガルが人間を食料とする限り、彼らとの共存など叶うはずがありません」


「ガル、カナリー、クックー。お前たちの言うことは分かる。だが理想こそが我らを救うのではないか」



ガルと呼ばれたのは丁寧な口調で喋っていた魔法少女だ。

カナリーの話から察するに、ここにいる3名の魔法少女とは『魔法少女の上位』である《魔女》というらしい。



「あたちはそれでも言わせてもらうっちよ!」




語尾に「ち」をつけて話す魔女クックーは、テーブルに置いたカップを鳴らして立ち上がる。


平行線で進むこの不毛な議論に苛立ちを隠せないようだ。



「下等なただの食料である人間ごときにあたちらが滅ぼされるなんてまっぴらごめんっち! こうなればあたちが残りの魔法少女たちをかき集めて人間界に侵攻し、支配し返してやるっちよ!」


興奮が収まらないクックーに対し、「馬鹿なことを」と返したのは意外にもガルだった。


「馬鹿!? なにが馬鹿っち?!」



「私達にはそれが出来ない理由があるでしょう。プルンネーヴェの降る一帯でしか私たちは活動できない。プルンネーヴェがない場所では私たちは魔法少女の姿を保てなくなるのです。それはなにを意味するか……」


「本体を人間に目視されれば普通の魔法少女なら死ぬっしゅ。カナリーたち魔女であっても魔法力を無くし、再び魔法少女に戻ることは叶わなくなるしゅ。

それはカナリーたち魔女にとっても【死】と同じ意味っしゅ」



クックーの愚かな行為を戒めようとしているのか、カナリーもガルの話に便乗する。カナリーは悔しそうに唇を噛みしめ、手の持ったステッキを力いっぱいに握り行き場のない怒りの矛先を定められないでいた。



「それに人間の世界には《金の魔法陣》があります」


《金の魔法陣》という言葉をガルが言った途端、3人が奥の大魔女を見た。



奥の大魔女は、卵色のカーテンで姿こそ分からないがぼんやりと灯りの燈るオレンジ色の光でそのシルエットだけが映っていた。



「金の魔法陣の解除はしない。これまでもこれからも……」



クックーが「ちっ!」と舌打ちをし、その場を離れようと大魔女とは逆方向に踵を返した。

去っていくクックーは、捨て台詞の様に「せめて金の魔法陣さえなかったら……ここまで深刻なことにはならなかったっちのに……!」と言って消えた。



「大魔女。お分かりですか、この事態を招いているのが全て貴方の一存であるということを。貴方がどれほどそれを重要視し、強いていても貴方がその天寿を終えれば金の魔法陣は無力化するのです。そうなれば、私たちは……言わずともお分かりでしょう」



「カナリーたちナハティガルは、人間世界では人間たちが『銀雪』と呼ぶ……プルンネーヴェが降る中でしか魔法を行使できなしゅ。しかも年々弱まる魔法力と少なくなる仲間たちのせいでプルンネーヴェを降らせられる範囲も狭いしゅ。

おまけに人間どもはこの長い年月の中でプルンネーヴェを予測する知恵をつけしゅ……。

そろそろ《ナハティガル》と《人間》のどちらがか弱く、儚い存在かを理解してほしいもんだしゅ」



大魔女は、その問いには答えず。ただ沈黙を通すのみであった。




ひまわりは、校庭を眺めていた。


授業は日本史だったが、ひまわりが得意で且つ興味がある科目は強いていうなら生物。

ひまわりの成績といえば、中の中……平均点そこそこだ。



授業を机にかじりついて聞かなければついていけないほどの劣等生ではない。その余裕が無意識に出ているようだ。



「なぁに見てるの?」


「わあっ!」


ぼんやりと窓の外にある工程を眺めていたひまわりの横顔に、至近距離でさくらが急に声をかけた。


思わずひまわりは大声で驚いてしまい、クラス中の注目を浴び、「な、なんでもありません!」とおどけて見せる。



「鶴賀さん」




教師からの注意に自分が呼ばれていると気付かないさくらは、ひまわりの机に手をつきひまわりが見つめていた校庭を、だんだんと足を鳴らしながら見詰めながら、




「ねぇねぇ、なに見てるのってば!」


「ちょ、さくらちゃん! 早く席に戻ってって!」



ひまわりが慌ててさくらを促すも、さくらは遠くを見渡すかのように手の平をおでこにあてて窓の外に向けて目を丸く見開く。



そうこうしているうちに教師が二度目の「鶴賀さん!」というコールをした。



倉庫番のように手押しでさくらを彼女の席に押し戻し、「すいません!」となぜかひまわりが謝る。さくらは「どこどこ~」とそんな状況も理解している様子はない。



クラスの生徒がその様子に思わずクスクスと笑い、その声がひまわりの羞恥心を煽り席へとまた戻らせた。



校庭では、2年β組の男子がソフトボールをしていた。



「ねぇひまわり、ひまわりの好きな玉木くんってあの中にいるの?」




最後に放ったさくらの一言に教室内の時間が一瞬止まった。


「……? みんなどうしたの?」



事態が呑み込めていないさくらの言葉を引き金に、クラス中が「ええええ~!」という歓喜にも似た歓声が上がり、生徒達から一斉に注目されたひまわりは石化した!



「ええ~! ひまわりって玉木が好きなのぉ!」

「御鶴木って、玉木がタイプなんだ?」

「うっわ、マジで?! 超青春じゃん!」

「なんかβ組のときばっか外見てるって思ったんだよねー」



さくらは「おー! ひまわりってば人気ものー」とはしゃぐように喜ぶ。



(お、終わった……私の高校生活は、たった今……終わった)


風もないのに石化したひまわりははらはらと砂になっていった……。








「んもぉー!」


「ありゃりゃ? お牛さんがいるのかにゃ?」



放課後、ひまわりはきくと共に体育館と本校舎の間にある自転車置き場で今日の話で盛り上がっていた。


……とは言ってもひまわりの一方的な憤りを話しているだけだったが。



「信ッッッッじられない!」


「ありゃぁ、また溜めたねぇ」



ひゃひゃひゃと笑うきくに対しひまわりは「笑ってる場合じゃないよ!」とさらに被せた。



「クラス中に私が玉木くんのこと好きだってバラされたんだよ! 死にたくもなるよ、ほんっとに!」


「どさくさに紛れて好きだってカミングアウトしちゃったにゃぁ」


「うっ……」


一瞬言葉に詰まるひまわりは、「と、ともかくとして……」と話の流れを一旦リセットしつつも、きくに不満を更に爆発させる。


「あのさ」




折角盛り上がっているところに誰だとばかりにひまわりが背後を振り返る。



「あっ!」



肩を耳の高さまで上げて怒っているひまわりの背中に声をかけたのは、件の話の的である玉木本人であった。


「ありゃっ!? ちょっときくりんは水戸黄門の再放送を見なきゃだから、先帰るね!」


明らかに一瞬、したり顔を見せたきくが気を利かして素早い動きで帰っていった。


「ちょっ、あ……きくちゃん!」



「ちょっと、いいか? 御鶴木」

「え、あ! うん、な、ななに?? 玉木きゅん」



焦り過ぎて「玉木くん」と呼びたいところが「玉木きゅん」と噛んでしまった。今のところ全て裏目である。



「御鶴木ってさ、今なんか部活やってる?」


「え!? あ、ううん、やってない!」




玉木きゅんはほっとしたように息を吐くと、「今うちの部ってマネージャーいなくて困ってんだよ」と言って笑う。


ひまわりの胸から『キュン』という忌々しい音が聞こえた気がした。これは確実に恋の音であろう。


「あ、じゃあ! ち、違……、困ってるんなら、その、仕方ないっていうか、いや別にやりたくないとかって意味じゃなくて、マネージャーってのがどんな仕事かわかんないのもあるし、でもそれを見過ごして断るくらいなら、あ! 玉木くんのことがそのあのどうとかとかじゃなくて、えっと別に変な意味じゃ」


「うん! やる!」



ひまわりの自動読み上げロボのような言い訳を遮ったのは、さくらの声であった。


その声にハッとしたひまわりが顔を見上げると、玉木きゅんの前にさくらが立っており頭を何度もコクコクと振っている。



「……えっ?」


「やってくれるのか? やったぁ~、助かったよ! 御鶴木、ごめんな変なこと頼んでさ。今決まったから忘れてくれよ!」



「……えっ??」




玉木きゅんが去っていった後もしばらくひまわりは立ち尽くしていた。


というかまた石化していた。



「……」


「ん、ひまわり? どうしたの?」



「あわわ」


「あ、しゃべった」



さくらが石化したひまわりを覗き込むと、ひまわりは徐々に人に戻りつつさくらの顔を見返す。


次第に人の色を取り戻してきたひまわりの目には、大粒の涙がたまり、恐らくは滲んでいる景色の中でさくらを睨んでいた。



「ひまわり? なんで泣いているの?」




「大ッ嫌いッ!」



そうさくらに言葉を投げぶつけ、ひまわりは走った。



「え、なんでなんで?! なんで大嫌いなの!」



定石通りに運ぶのならば、ここで追いかけないものだが、さくらはその並外れた身体能力でひまわりの前に立ちはだかる。



「さくらちゃんの……そういうところだよ! 最ッ低!」



ぼろぼろと涙を流しながらひまわりは行く道を邪魔するさくらを払いのけた。




道端に足跡のように「うぅ……馬鹿ぁ……」と落としながら去るひまわりの背中を、さくらだけが見つめていた。



「ぶっ飛び……」








「ふじってさ」



二人だけの道。二人だけの椅子。二人だけの世界。


マフラーで口元を隠しながらパーカーのポケットに手を入れ、片方の腕を少年の腕に絡ませるふじがそこにいた。



ふじと腕を組む少年の名はかけい さく。柔らかい笑みを浮かべて歩くその佇まいは、隣にくっついて歩くふじのツンとした表情と不思議な色のコントラストを醸した。



「なによ」

朔に呼ばれたふじは、なにか都合の悪いことを質問される予感がしたのか、思わず組んだ腕に力が入る。



「なんで銀雪警報の時だけは会えないの?」




朔は勘のいい男だった。


不治の名を呼んだ時、不意に力んだ腕の力も、銀雪警報のフレーズを聞いたふじの、一瞬止まった時間も。


それがなにかを知らずとも、彼女にとってなにか特別なものがあるのだと。



実際、朔の問いに「――ッ!」と言葉を失ったふじに朔はなにか確信めいたものを感じた。


「いや、だって銀雪警報の時に外に出ちゃ駄目だってみんな知ってんじゃん!」


「そうだけどさ、でもそれだったら別に一緒にどっちかの家にいてもいいんだし。別に会えないってしなくても」


「朔は大学生だからわかんねーんだって! あたしはみんなと違って働いてんだよ? 銀雪で休みになった日はその疲れを癒す貴重な日なんだよーだ」


「僕といると疲れは癒えない?」



ふじは朔の一言に「……そんなことは、ない……けど」と歯切れの悪い言葉でぶつぶつと呟く。


「なんか僕に隠してない?」



「隠してるわけ……」




クレイン達にはそれぞれ事情がある。



各家庭の各クレインは、代々続いてきた六鶴の掟から外に出れば普通の少女なのだ。


そのため、その掟に縛られて私生活に支障をきたすことが多々ある。


それの際たる例がこれではないだろうか。



【クレインは他の人間にそれと知られてはいけない】




――つまり、クレイン達は自分たちがクレインだと知られてもいけない。変化の瞬間を見られてもいけないのだ。


この長い歴史の中では当然、見られてしまったクレインもいた。知られたクレインもいた。


そのクレイン達がどうなったか?



なに、死んだり怪我をしたりするわけではない。それよりももっと単純なものだ。




【変身能力と魔力を失う】




子を持てばそれらはもう一度クレインのものとして復活はするのだが、復活するのは子にのみ。


もっと単純明快に説明すると、もしも朔にふじの正体がバレれば、彼女はクレインとして戦うことが出来なくなるというわけだ。



「隠してるわけないじゃん! 女にしつこく聞くと嫌われるよ!」


「はは、それは怖いなぁ」



ふじの揺れ動く覚悟を察したのか、ふじを困らせたくなかった朔はそれ以上の詮索をやめた。



「そんなことよりさ、あたしディズィープライマルに行きたい!」

朔の前に回り込んだふじがどこからか雑誌を取り出し、朔の前に広げる。


そこには女の子が大好きな巨大テーマパーク、ディズィープライマル。通称《夢の国》の特集ページが見開きで掲載されていた。



「そうだね。もうすぐ付き合って一年だし、記念に行こうか」




「ほんと?! やりぃ~!」



ふじはガッツポーズを取るとうれしそうに跳びはね、嬉しそうに顔を満足そうに染め、その姿はさながらお伽噺に出てくる兎のようでもあった。


「絶対、ほんとにほんとだかんね! 絶対に二人で行くかんね!」



何度も「やったー!」と跳びはねるふじを朔はいつまでも見ていたかった。



だが、それは思わぬことで途切れることとなる。




『緊急銀雪警報! 緊急銀雪警報! 葵町に予測外の銀雪が降ります! 外にいる方はすぐに屋内へ避難してください! 銀雪予報で観測できなかった銀雪が降ります! 時間はいまより二時間後、前後する可能性もありますのですぐに非難してください!』




突然の町内アナウンスが響き、空気がピーンと張り詰めるのが分かる。


「銀雪警報!? なんで!」



ふじは耳を疑った。なぜなら銀雪は今の時代、ほぼ9割は予想できるとされている。


だから銀雪予報が成立するのだ。


そのため、このような予想外の銀雪警報は珍しく、アナウンスで言っている通りこれは即ち『緊急事態』なのだ。



「ふじ、早く逃げよう!」


「先に逃げて!」


ふじが叫び、手の持った雑誌を丸めてカバンに詰め込むと朔とは逆方向に駆けようとした。


「ふじ!」




ふじが振り返ると、朔が心配そうな顔で見詰め、その眼でなにかを語ろうとしているようだった。



「……ごめん」


ふじのごめんの一言で伸ばした手の先をおさめた朔は、表情を少し曇らせると続けようとした言葉も一緒に飲み込んだ。


「帰ったら、ディズィープライマルの話の続きをしよう!」


大きく背中で頷いて、ふじは走り去っていった。



「ふじ……」



「ふじっち!」


「きく!」



ふじが駆けていると道中できくが合流した。



「緊急銀雪警報だって」


「ありゃま~珍しいよねぇ」


「……っんと、空気読まねーんだから魔法少女の奴ら!」

「ありゃ? もしかしてゴキゲンななめ?」



ふじはふんっ、と鼻の先端を突き出すとスマートフォンを取り出すとききょうにコールをする。



『ふじさん、ごきげんよう』


「ききょう、銀雪はどっち!?」


『まさか緊急の銀雪とは思ってもみない事態ですね……。銀雪の気配は葵ツリーの方角ですわ』


「わかった。じゃあ現場でね」




葵ツリーとは、葵町の象徴的なモニュメントでありことあるごとにここで行事を催す。

ツリーというだけあって、モミの木のような巨大なモニュメントだ。


葵町でこのツリーを知らない住民は皆無であり、葵ツリーと言われただけで彼女らは自分がどこに向かうのかを完全に把握できた。



「こないだみたいに外に出ている人いなきゃいいけどねぇ」


「そんなん見つけてから考えればいいだろ。とにかく変身するよ!」


「りょーかいでぇす」




ふじときくはそこに誰もいないのと、どこからか誰も覗いていないことを確認すると「チョロ松!」と魔具のひよこを呼び出し、同時にきくも「百々とどまつっちゃ~ん」と呼ぶ。


きくのスマートフォンにぶら下がっていた緑色のメッシュが入ったひよこがぱたぱたと「オッケー!」と答え、ふじのチョロ松も「いくぞふじ!」と檄を飛ばす。



『変化!』




二人がハモるように『変化』というと、チョロ松は巨大な扇子に。百々松は透き通った大きな水晶の付いた簪櫛へと姿を変え、二人はそれを手に取ると頭上高くに構えた。



『百花繚乱!』



眩い光が二人を包み、ようやく視界が晴れた頃、二人の姿はクレインへと変わっていた。



「とっとと片付けて、ディズィープライマル旅行の打合せしなきゃ」


「え、マジ? いいなぁ~彼氏がいる人は」



そう言ってクレイン姿のふじの胸元を見ながら(きくもふじくらい胸があったら……)とか戦う前とは思えないほどの、ほのぼのとしたことを考えていたのだった。




「ほら、飛ぶよ!」


「はりゃっ!? りょーかいっ!」


ふじがきくの手を掴むと、持っていた扇子を開き地面に向かって大きくひと振りした。







ふじときくが葵ツリーに到着すると、すでにひまわりとききょう、それにぼたんが居た。



「さすがに葵ツリーでは人目につくかもしれませんわね」



すでにクレイン化していたききょうは、魔具であるキセルの吸い口を深く吸うと『湊鼠みなとねずみ』と詠った。


次にききょうが大きく息を吐くと、口から煙がもくもくと吐き出され外から彼女らが見えなくなる。



「さぁ、これで魔法少女も私達も見られる心配はございませんわ」


ふぅっ、と最後のひと煙を吐き、ききょうは来たるべき銀雪に備え空を見た。



「……あら? そういや鶴賀さんとこのさくらちゃんは?」



ぼたんが背伸びをしながらひまわりに尋ねた。六鶴家には既に、ひまわりの家である御鶴木家にさくらが居候していることは知れ渡っていたからだ。




「知らない」


「知らないって……。あ、そういうことね」


なにかを悟ったようにぼたんはあくびをし、面倒そうに空を見上げた。



「まぁ誰がこようと、ぶっ潰してやるっての!」


ふじの苛立ちを含んだ一声を合図にしたかのように、一片の雪がひらひらと舞い落ちた。



そして、一片の雪は無数の雪となり、空にかかった大きな魔法陣から吹雪のように辺り一面を一瞬にして雪景色にする。



「すごい量の銀雪ですわね……! これでは普通の人間なんてひとたまりもありませんわ」



ききょうが言うことは尤もであった。


月に数度ほど発表される銀雪予報。その時に降る人体に有害な視認できるウィルス『銀雪』。


この銀雪に一定時間晒された人間は、『羽根病』と呼ばれる不治の細菌病にかかり肉体的活動に重度の制限がかかる。これが直接死に直結はしないが、ステージ4まで進行した場合、一生瞼すら動かすことも出来ずに過ごすことになるのだ。


この病気は、この銀雪と呼ばれるウィルスからしか感染せず、そのため銀雪が降る日は外に出てはいけない。それがこの世界でのルールとなっていた。


そして、銀雪にはもうひとつ、《普通の人間》には知られていないことがある。




「来た!」



ひまわりが大きく叫んだ。



彼女が叫んだ先には大きな魔法陣。その魔法陣から巨大ななにかが現れ始めたのである。


「……嘘」


呆気にとられた様子でぼたんがぽつりと言う。


うつぶせで水面に浮いた人間を水中から覗いたように、顔と胸や爪先などの体の前正面が魔法陣の中央から現れた。



しかし、問題はそれではなく現れた魔法少女の大きさだ。普段現れる魔法少女は人間と同じくらいの大きさだが、今回現れた魔法少女は10階建てのビル一棟ほどの巨大なものであった。



「ありゃりゃ~あ……」



ぽかんと口を開けたままのきくは言葉を失い、その場にいた5人はそれぞれが目の前にゆっくりと現れる巨大なそれに経験したことのない圧迫感を感じている。


そう、《人間に知られていないこと》とはこのことだ。




【銀雪の降る一帯にしか現れない魔法少女の存在】である。



「アハハハハハッ! これだけプルンネーヴェを降らせればすぐに人間を喰うことができるっち!」


巨大な魔法少女と共に現れたのは、魔女・カナリーだった。


「アーキオプタリスク! 折角お前を呼んだっち! 派手に人間たちの城を破壊して嫌でも羽根化してやるっち!」



魔女クックーは全貌が現れた魔法少女・アーキオプタリスクに「さぁ全てを破壊するっち!」と命令を下した。



「あいや~……あれだけバカでっかかったら、さぞいっぱいの人間を食べられるだろね」



ぼたんが遠くを見渡すように掌を伸ばして見渡すような格好を取った。



「そんなこと絶対にさせない!」




ひまわりが気合十分に言ったが、「だけどあんなのどうやって戦うっすか」とぼたんが尋ね、ひまわりは返す言葉を失くした。

「一点突破……じゃ、どう考えても無理だよな」


ふじが額に汗を滴らせて不安げに話す中、アーキオプタリスクは口を大きく開けると



『マギ・タルティーヌ』



「ぼたんちゃん!」


「はいな!」


アーキオプタリスクが口から魔法を行使すると確信した瞬間、ひまわりはぼたんを呼び、その声に答えると同時にぼたんはひまわりを抱えてその場から消えた。


躑躅つつじ!』



実際には、ぼたんは消えたのではなく、彼女のぽっくりの形状をした下駄型魔具によって魔法を発動し、超高速でその場から移動したのである。


高速で移動した先とは当然……


「行っといで、ひまわりぃ!」



アーキオプタリスクが口から魔法によるなにかを放出しようとしたその時、ぼたんの超加速によって辿り着いたひまわりが腰の帯に手をかけて叫ぶ。



蜜柑みかん!』



ひまわりの目の前で帯が大きく広がったかと思うと、その直後凄まじい速さで回転しひまわりを守る絶対的な防壁となった。

空気が張り詰めたキーンという尖り切った針の先のような音が数秒鳴った直後、アーキオプタリスクの口から極太の光線が放出され、そこから離れていたクレインたちもその光線が放つ光に思わず掌で目を隠した。




だがひまわりの瞳に不安の色などはただの一片もなく、正面から魔法光線を受け止めるべく意志の強い眼光で睨みつけたまま光線はひまわりを襲う。



「やらせるかあああ!」


更に回転を上げ、ひまわりの行使した防御系魔法『蜜柑』は光線を押し負けることなく弾いてゆき、自分の背後にある町を護るのに必死だった。



「ほら行くよ、きく!」

「ひぇ~あんなのにきくりんの魔法が利くとは思えないんですけどー!?」



ぼたんほどのスピードはないものの、ふじも移動系の魔法『夏虫なつむし』を詠い、扇子を扇いで起こす凄まじい風でアーキオプタリスクの元へと急いだ。



「本当にふじさんの夏虫は楽ですわ……」


「居心地はい~んだけどぉ~……移動先の目的が憂鬱過ぎるぅ~」


「ちょっとあんたら! あたしはタクシーじゃないんだかんね!」





戦いの中で、誰もあれ以上さくらについて触れなかった。



それもそうである。これまで彼女たちは5人で戦ってきた。先の戦いで急にさくらが戦力として加わっても、彼女にチームプレイが乱されることを思えばこのメンツでやるほうが彼女たちにとってはやりやすいからである。


……つまりは、むしろさくらには『来てほしくない』、そう言いかえてもいいというわけだ。



と、私が『さくら来てほしくない問題』について語っている間にふじたちはアーキオプタリスクの元へ辿り着き、その後頭部に向けてきくがふじに乱暴に投げられた。



「ぅあ~りゃりゃ~! 扱いが雑すぎだってぇ~え!」


涙をちょちょぎらせながら、空中で勢いの止まらないきくは、頭に着けた簪櫛を取り水晶の付いていない棒の方を握るとそのかんざしに向かって詠う。



玉蜀黍とうもろこし!』




きくが魔法を詠うと、簪はみるみる内に巨大化し、その大きさはなんとアーキオプタリスクの頭ほどの大きさへと変化する。



「ありゃりゃ……ちょっとデカすぎたかぬん……」


「あたしが追い風送ってやっからフルスイングでいけ!」

ふじがそう言って『露草つゆくさ!』と詠い、強烈な風をきくの簪に向けて送る。


きくはそれに乗せて、思い切り巨大化した簪を振り抜いた。



「おりゃああっ!」


キャラ的にここは『ありゃああっ!』にして方が良かったかな? ときくが思ったのは内緒にしておくが、ともかくきくの小さな体からは考えられないほど巨大な玉突きバットを、思い切りアーキオプタリスクの後頭部に振り抜くと……



「ぎぃああああああああ!」



と遠吠えのような悲鳴を上げ、痛みに苦しんだ。

「うるっせ!」



町中に轟き、コンクリートがその振動に波打つ。


アーキオプタリスクの絶叫はそれほどまでに恐ろしく町中に響いた。



稀に見る銀雪の吹雪と、ききょうが行使した煙の魔法で外の様子が見えない住民たちは、アーキオプタリスクの雄叫びに誰もが何事か窓に貼り着いた。


クレインと魔法少女たちの様子が見えるはずもなく、音の正体は雷の一種だとほとんどの住民が自己完結するのだった。




しかし、その耳をつんざく叫びを近距離で見舞われたクレイン達は一斉に耳を塞ぎ、痛みにも似た音の衝撃に動きを奪われる。



「めっちゃめちゃ頭痛かったっぽいじゃんか!」


ぼたんがビリビリと髪を震わせて眉間に皺を寄せて話し、ひまわりが「次来る前に仕留めなきゃ!」と叫ぶ。



ひまわりが見るに、アーキオプタリスクは痛みで動きを止めているものの、この痛みを怒りに変換して先ほどよりも強力な魔法を放出するのではないかと。


そう考えるからこそ、ひまわりの言ったことは正しかった。




「させないっち。そうはさせないっちよ」




「……ッ!?」



魔女・クックーはひまわりの正面で浮遊しながら見下した。


クリクリとした可愛らしい瞳とグリーンの瞳、長い睫毛に淡い桃色頬。白黒のチェスの盤を思わせるドレスに身を包んだクックーは、その風貌からは想像もつかないほど冷徹な目でひまわりを見詰めている。



「いつのまに……!」



一瞬間を置いて状況を理解したひまわりは、目の前にいるクックーを始めて見るのに、前進から皮膚をぴりぴりと刺激するようなプレッシャーに後ずさりをしそうになる。



「あたちたちナハティガルは年月を経る毎に魔力が弱くなっていくのに、なんでお前たちクレインは世代を重ねる度に魔力を強くするっち」


声を発すればこれもまた可愛らしい少女の声だが、その声に含まれる冷たい感情……。昆虫が言葉を発しているようなその言葉の一つ一つの尻に、ひまわりは背中に冷たいものが走った。



――この魔法少女……ヤバい!




心の中でひまわりはクックーに対する危機感を、本能的に感じ取った。


正面からやりあえば、間違いなく敗ける。


それだけは明白に感じたのだ。




「アーキオプタリスクは扱える魔法も少なく、その扱える少ない魔法も単調な攻撃系ばかりっち。だけど、それでもそれを補っても余りあるこの巨躯があれば、クレインの一人や二人殺すことが出来ると思ったっちけど……」



「ひまわり!」




ひまわりに起きている危機的状況に気付いたふじが、クックーに飛び掛かろうとしたがクックーが手をかざしただけでその場から弾き飛ばされた。


「あっぐっ!」


細かな血しぶきが舞い、ぼたんにキャッチされたふじはクックーを睨みつけながら鼻を押える。


「馬鹿な……、呪文なしで魔法なんて……!」



「アーキオプタリスク。タルティーヌの魔法を今度はそっちの連中にお見舞いするっち。あたちはこの黄色いクレインを始末するっち」



《黄色いクレイン》と聞いて自分のことだと察したひまわりは、魔法行使に備えるため帯に手を触れる。


ひまわりが帯に触れようと、自らの腕を腰に当てた際、腕が小刻みに震えているのが分かった。


無意識的にひまわりの本能が、『今この魔法少女と戦ってはいけない』と言っているように思えたからだ。


しかし、彼女に後戻りなど出来るはずはない。それは即ち【死】それを意味するからである。




「さぁ、選ぶっち。圧死? 焼死? 爆死? 憤死? 轢死? 長く苦しむのがいいっちか? それとも即死がいいっちか? 選んだところでお前達クレインには最も辛く、もがき苦しむ死しか与えないっちけど」


クックーが手に持つステッキをひまわりに向け、それに対しひまわりの全身が強張る。



「とりあえずその面倒な魔具を身体から切り離してあげるっち」



「ひまわり! ちょっと誰かひまわりんとこ行かないとヤバいって!」


ふじが叫ぶがききょうがそれに対し「行きたいのはやまやまですが、このお山のような魔法少女をどうにかしませんことには……」と、アーキオプタリスクのパンチやキックを避けつつ答えた。


ひまわりの緊急事態に応援を促したふじも、ききょうと同じくアーキオプタリスクの攻撃を避けながら距離を詰めるのに精一杯で、自分自身もひまわりの元に駆けつけられないジレンマを感じていた。


「ありゃりゃ……さっきは遠距離からバラバラに距離を詰めたから攪乱出来たんだけどねぇ……」


きく、ふじ、ぼたん、ききょうの四人は正面に立ち塞がるアーキオプタリスクの巨大さに阻まれ、ひまわりの姿を目視することすら困難な状況だった。



今までに類を見ない巨大な敵に、余りにも小さな四人。



彼女たちからすれば、それは敵と言うよりももはや壁に近かった。



アーキオプタリスクだけでも絶望的な戦力差なのに、ひまわりたった一人が魔法少女と対峙している。



ひまわりの【死】を予感させるのには充分な材料だといえよう。



「ひまわりのことは諦めたほうがいいかも、みたいな」


ぼたんがアーキオプタリスクから目を離さずにそれを言うと、「ちょっとぼん、本気!?」と珍しくきくが激しく反応した。


「仕方ないっしょ……この状況的に」




「仕方なくない! ひまわりが死んじゃうなんて絶対イヤ!」



しかし、そう言っている間にもひまわりの窮地は差し迫っている。もう一刻の猶予すらも許されない。



「そうだ! さくら……さくらがいる!」


「鶴賀さくらですか? あのクレインは信用できませんわ」


「そんなこと言ってる場合じゃないよぉ! この状況、唯一打破できるのはあの子だけじゃん!」



アーキオプタリスクが「うおおお……」と轟音を響かせながら攻撃を緩めない。


なんとか魔法行使だけは阻止しようと、常に物理攻撃を仕掛けているために四人も同じく魔法を詠う余裕はなかった。


そんな状況の中、たとえきくだけでもそこを離れるのは危険な行為。


ひとつ間違えば4人全員の命に関わるかも知れなかった。


「誰かさくらの携帯知らない?!」


そんな中でのきくの問いに誰も答えなかった。


それは『さくらを呼びたくない』からではない。



『誰もさくらの携帯など知らなかった』のだ。



つまりは、返事のしようがない。……ただそれだけだった。



それだけなのに、たったそれだけのために、ひまわりは死んでしまう。



そうきくの脳裏に過った時、彼女は無意識に叫んでいた。

「さくらあああああっ!!」




「見つけた~~!!」



「……!?」



誰もが耳を疑った。遠くに聞こえたその声は、徐々に近づき自分たちの足元で止まり、次に「みんなぁああ~~!」と見上げながら手を振っている人影。



「さくら!」


「嘘!?」



さくらは満面の笑みで、頭上高く戦っているクレインらに大きく手を振ると、両手の掌を拡声器の傘のようにした。



「プルンネーヴェの気配がするのに、みんながどこで戦っているのか分からなくって!」



「いいから! 早く変化してひまわりを助けてよ!」


ふじが大声で叫び、その呼びかけにさくらは不思議そうな顔をして目でひまわりを探した。


さくらはすぐにひまわりを見つけると、これまたにんまりと笑う。


「わかった!」



さくらは右手を胸に当てると、その手を自分の頭の上へ高く上げた。そして自ら上げた掌を見上げながら、変化の魔法を詠う。



『百花! 繚乱!』



桜色の光と花びらが彼女の周りを包み込み、さくらの全身は真っ白に光り輝いた。


かと思うと、舞い踊る花びらたちが彼女の体に纏わりつき、それがクレインのドレスへと変わる。


そして、最後にはさくらの長い髪に花びらが巻き付いたかと思うと、それを二つの束に分け、ツインテールのようになった。


光がパァッと粉々に弾け飛び、変身の完了したさくらがひまわりを見下ろすクックーを睨んだ。

「クレインさくら 参上!」



さくらが、右足のももを思い切り高く上げ、それと同時に腰を落とす。そして、上げた足の踵をまた思い切り地面に叩きつけ、バネのようにクックーの元へ突進してゆく。



「ぶっ飛びさくらロケット!」


「……はっ!?」


ぶっ飛びさくらロケットという超ダサいネーミングと共に跳んださくらは、一瞬でクックーの懐へと到達し、想定外のスピードにクックーの表情ですら追いつけなかった。



次にドォッと打撃の音でさくらの頭突きがクックーの身体にめり込み、くの字に折れ曲がったクックーと共に勢いのまま飛ぶ。



「……さくら……ちゃん」



呆気にとられたまま固まるひまわりの視線は、クックーと一緒にロケットと化すさくらに釘づけになった。



「ぐぅぅ……なんだっち、お前は……」


「さっき自己紹介した! クレインさくらだよ!」


「そういうことじゃ……ないっち!!」




空中でさくらを弾くように引き離すと、クックーはミゾオチ辺りを押さえながらさくらを睨んだ。



「……? じゃあなにが聞きたいの?」




「クレインは6人……確かに、そう考えれば不思議はないっち。だけど、その魔力はなんだっち!」


「おかしなことを聞くのね? クレインなんだから魔力くらいあるっち」



どさくさに紛れて語尾の「っち」を使われたクックーは、背後の無数の魔法陣を出現させ、「悪ふざけは嫌いっち……。答える気がないなら直接その身体に聞くっち!」魔法陣がオレンジ色のぼんやりと光を放つ。


『マギ・アメリケーヌ』



クックーの背後にある魔法陣から無数の矢が次々とさくらに放たれた。


「わあっ!」


容赦なく襲い掛かる矢の嵐を避けながら、さくらは拳を握ると魔法を唱える。



『マギ・グランキオ!』



両の拳に白い光が集中し、素手で襲い掛かる矢を次々と打ち落とし、クックーの表情を更に驚愕のものとした。



「たっのし~! ねぇねぇ、もっと増やしてよ!」




眉間に皺を寄せたクックーが『コンポジション』と唱えるとさらに魔法陣が増え、光の矢の数も一斉に増え、猫一匹分も入る隙のないほど夥しい矢が真直線にさくらに向け降り注いだ。



「すっごい弾幕! ぶっ飛びぃ!」



さくらのハイテンションに共鳴するように両の拳は、キィーンと針の先の音で光り、凄まじい速さで矢を打ち払ってゆく。





「ちょっとあれ、すごくない?」



アーキオプタリスクと交戦中のぼたんがクックーとさくらの戦いを見て思わずそう感嘆し、一瞬油断したのかアーキオプタリスクのパンチをすれすれで躱した。



「よそ見してんじゃないよぼたん! さくらに感動するのもいいけど、気を抜いたら死ぬよ!」



黄朽葉きくちば



ふじに向けて振りかぶったアーキオプタリスクの腕を、黄色い帯が巻き付くとその手の自由を奪う。




「みんなごめん! 心配かけちゃった!」



当然、それはひまわりのアシストだった。ひまわりはアーキオプタリスクの背後から帯を引きながら「そんなに持たないから、早く!」と4人に促す。



「みなさん、鉄御納戸てつおなんどを詠いますので思い切りやってくださいませ」



ぼたん、きく、ふじの前に立ったききょうがくるりとキセルを回し、キセルを持った手を真っ直ぐ前に指すと、『鉄御納戸』と詠った。


キセルの先から煙が立ち込め、それぞれがその煙を潜ってアーキオプタリスクに攻め入ってゆく。



「鉄御納戸! 鉄みたいに防御力上がるからこれ助かるんだよねぇ!」


嬉しそうにそう言いながらきくが簪を両手に構えて『琥珀!』と詠い、橙のオーラを纏った簪でアーキオプタリスクに攻撃した。


滅紫けしむらさき!』


続いてふじが縦に回転しながら扇子を刀の様に一閃走らせ、


団十郎茶だんじゅうろうちゃ!』




ふじの強烈な一閃で血しぶきを上げながら上昇したアーキオプタリスクの頭を、ぼたんが思い切り踵落としを見舞う。


「がっばああああ!!」



ぼたん会心の一撃で急降下してゆくアーキオプタリスクの真下で、ひまわりがそれを待ち構えると真っ直ぐに睨み、大きく息を吸った。



「御鶴木ノ奥義!」



腰に右腕を引き、左手でその手首を押さえ、力を蓄える。


そして、墜ちてくるアーキオプタリスクに向けて頭上高く右手を真っ直ぐ伸ばし叫んだ。



向日葵ひまわり!!』


「ぐごっ!?」


ひまわりの魔具である帯がアーキオプタリスクの脳天に突き刺さり、次の瞬間アーキオプタリスクの巨大な身体が花火の様に弾け飛んだ。



アーキオプタリスクの代わりに、大きな向日葵の形を模した帯が雪景色に咲く、不思議ながら美しい光景を呼んだのだった。



「た、倒せた……」




「アーキオプタリスク!? やられたっち……?!」



さくらに魔法を仕掛けながら、クックーは絶句した。そして、唇を噛みながらさくらを再び睨みつける。



「また……また、ナハティガルの愛しい家族を……!」


「ほらほらまだまだぁ!」



さくらは反撃に転じようともせず、ただ楽しそうに矢の雨を迎撃するばかりだ。



「またすぐに来るっち……。マギの魔法を操るクレイン……さくら!」


「っえぇ!? もしかしてもう帰るの?!」




クックーは「ちっ」と舌打ちをするとその場から消失した。少しの間、魔法陣と光の矢は残ったが、ほどなくしてそれらも無くなった。



「……ちぇ、終わりかぁ……」



「さくらー!」




クックーが消えてすぐ後、5人がぞくぞくとさくらの元へと集まり、それぞれがさくらをまじまじと見つめる。



「ごっめーんみんな! プルンネーヴェの降る場所がわかんなくて」


「プルンネー……なんだそりゃ」



ふじがさくらの言う言葉に首をかしげると、「プルンネーヴェ……銀雪のことですわ」とききょうが口を挟んだ。



「銀雪? あ、うんうん! それそれ」


「それにしても鶴賀家はこの17年間、どんな修行をすればこんなに強くなるんすかね」


ぼたんが呆れたような、感心したような様子で呟いた。



そんな3人の隙間からきくが誰かの腕を引っ張りながら、「ちょいとごめんよ」とおっさんのような言いぐさで言う。


「ほら、ひまわりっ!」




「ちょ、きくちゃん!」



無理矢理引っ張り出されたのはひまわりだ。



口を尖らせてひまわりはさくらと目を合わせようとしない。



「あ、ひまわり!」


そんなひまわりの表情や態度も読まずに、さくらはひまわりの前に立った。



「あのね、あのね、なんでさくらのこと『大嫌い』って言ったの? さくら、頑張ってひまわりに好きになってもらえるように頑張るから、嫌いにならないで!?」


「……え?」


確信犯だと思っていたさくらの意外な言葉に、ひまわりは驚いた。



「さくらね、ひまわりのお手伝いが出来ると思ったから、さっかーのまねーじゃーになるって言ったの。違うかった? ひまわり」



「……ううん」




「あんたがはっきり玉木きゅんLOVEっていわないからでしょぉ?」



意地悪な笑みできくがひまわりの脇を肘でつっ突くと、バツの悪そうにひまわりはさくらに向き直った。



「……わたしも言いすぎたよ。ごめんね、大嫌いじゃないよ」



「じゃあ、ひまわり……さくらのこと好き?」



「うん、……助けてくれてありがと」



「やったあ! うわぁん、嫌われたかと思ったー!」


嬉しそうに叫ぶと、さくらはひまわりに抱き付き、くるくると手を取って踊った。



「ちょ、ちょっと……さくらちゃん! 痛い、痛いって!」




「ふじさん、さくらさんさっき銀雪のことを『プルンネーヴェ』と言いましたよね」



「ん、ああ……プルンなんとかって、言ってたっけ」



ききょうがふじに耳打ちで話し、ほんの少し間をあけると声を更に低くした。



「プルンネーヴェとは、魔法少女側が『銀雪』を呼ぶ時に用いる言葉なのです……」



ふじは無言でききょうを見詰め、ゆっくりとさくらに目を移す。



「魔法少女……?」












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