14 魔法少女×クレインさくら
クレインたちは全滅した。
無数の蝙蝠型魔法少女とカナリーを撃破したが、無尽蔵とも思える魔力を備える大魔女ガルによって、戦いの乙女たちは無残に散っていったのだ。
銀雪を解決するために作られた対銀雪静雷砲『大和』による攻撃は、そんなガルにトドメを刺そうとするさくらに直撃しさくらは戦線を離脱した。
さくらがすべての魔力を失い、鳥化してしまうと500年もの間張り巡らされてきた【金の魔法陣】が解除され、葵町を中心に日本国内でしか降らなかった銀雪が全土に降雪。
そしてそれは、海を越えて海外にも及んだ。
未曾有の事態に世界中が対応に追われ、温度を持たない銀雪によって人々は次々と【羽根化】してゆく。
二発目の旧型大和砲を発射したミリオンもまた、未体験の緊張に覆われていた。
「藤崎指令! 発射した旧型大和が……猛スピードでこちらに向かってきます!」
「なんだと!?」
宙を浮く、これまで視えざる敵だったガルに【旧型大和砲】が有効だと知り、早急に二発目を放ってすぐだった。
スタッフの報告に藤崎はモニターを凝視する。
「あの……黒い少女が大和砲を従えて、やってきているというのか……!?」
信じられない事態に藤崎は思わず目を見開いた。
銀雪は羽根病の病原体を持つ雪状の菌を降らせる未知の天体現象。
本来、それを解決するために作られたものだ。
ミサイルや光線の形をとっているが、それらは決して兵器ではない。
藤崎本人としては軍に入隊した経験はあるが、部下であるスタッフたちは違う。
つまりただの開発局員、ほぼ一般人である自分とは違うのだ。
つまり、『大和砲は兵器ではない』。
それなのに、明らかにこれまで視えなかった『敵』がそこに現れた。しかも未知の力を携えて、である。
再度言う。
藤崎を除いた局員はみな、戦闘員でも兵士でもない。
だからこの事態において藤崎が執れる指揮とはこれしかなかった。
「総員今すぐ避難しろ! すぐにだ、ここから離れろォ!」
一瞬、静まり返る局内。
「そんな、大げさですよ……藤崎対銀雪責任官長」
権財寺が苦笑いで一度言ったが、藤崎が真剣で言っているのだと誰もが思った。
「局長兼指令の権限において命令する! 直ちにここを放棄し、避難しろ! わかったな!」
ほんの少しの間のあと、局内は騒然となった。
「逃げろ!」
「でもまだデータの保存が……」
「俺が離れたらこれ誰がやるんだよ!」
「いいから行くぞ!」
普段から避難訓練を徹底されていない彼らは、避難命令が出たときでもスムーズに動けるはずがない。
「お前たちどけ! 先に私を通せ! どけよクズども!」
……特に研究しかしてこなかったような、権財寺のような人間は。
「私さえ生きていればまた新型の大和を開発できるんだぞ凡人ども! わかったらさっさと道を開けろ! おい、早くしろぉお!」
権財寺が我先にとほかの局員たちを割って進もうとしていた時だった。
聞いたことのない音と、見たことのない光が正面のモニター群を丸く包んだのだ。
「ごきげんよう。はじめまして。人間たち……」
正面モニターのある壁面をまるくくりぬき、藤崎達の前にガルが現れた。
「な、なんだあれは」
「人間? なんで? なんで浮いてるの!?」
「とにかく報告だ!」
「報告ってどこに!?」
「どこでもいいよ! 早く!」
混乱し、喧騒に包まれるスタッフたちは突然現れた宙を浮くフランス人形のような姿に慄いた。
「こうしてみると、食事をする時以外で人間をじっくりと見る機会はあまりありませんでしたね。それに食事をするときはほとんど羽根化しておりましたし。こうしてみると、なるほど滑稽で興味深いかもしれません」
パァンッ!
突如鳴り響いた銃声。
パニック状態だったスタッフたちの動きが止まった。
我に返った者は、まずガルを見た。
ガルは弾かれたように頭を背に反らしている。
その状況から誰かがガルに対し発砲したのだとわかった。
そして、撃ったのは……
「なにをしている! 今のうちに総員退避だ! 早くしろ!」
藤崎だった。
「指令! なにやってるんですか! 相手は人間……」
「《アレ》が人間に見えるのかお前は?」
「えっ……」
硝煙を立ち昇らせながら銃口を向けている先のガルがゆっくりと顔を上げると、脳天に小さな穴を空けた彼女が無表情のまま藤崎を睨んでいた。
「やはり面白い生き物ですね。人間は。この状況で恐れる者や逃げ惑う者に紛れ、敵意剥き出しで攻撃する……。しかもそれは自分のためでなく他人のため。まるでクレイン達のようです」
「……クレイン、だと?」
「うわあああ! 銃で頭撃ち抜かれて生きてる!」
「逃げろー!」
「人間じゃない!」
ガルは藤崎を残して逃げようとする局員たちをちらりとも見ず、無言で手をかざした。
「!? なんだ、ドアが勝手に閉まった!」
「……開かない! 開かないぞ!」
藤崎は局員たちの声を聞き、何が起こっているかまではわからなかったがその原因が目の前のガルにあることを確信する。
「……なにをした貴様」
「なにを? 《ただの魔法》です」
「魔法……だと!? 馬鹿にしているのか?」
「貴方こそ、そんなちっぽけな武器で私と対峙しようなどと、馬鹿にしているのですか?」
ガルの額の穴はみるみる塞がり、口からなにか出し手の平に乗せた。
「なん……だと!?」
「こんな小さな鉛の弾など。先ほど放ったビームやミサイルでしたらまだ有効でしたのに」
藤崎の見ている前でガルの手のひらの弾丸が浮きあがり、藤崎に目がけて飛んだ。
「ぐああ!」
弾丸は藤崎の銃口に当たり、彼の手元で爆発した。
両手を血まみれにしながら、だらんと垂らした藤崎はそれでもガルを睨み付ける。
「お前が……銀雪を降らせているのか」
「ふむ。貴方がこの中で最も優秀な人間のようですね。私が降らせているといえば少し誤解がありますが、そのようにとらえてもらって結構です。随分と遅くなりましたが、これからは思う存分人間を食えるというものです」
「人間を……喰う、だと」
『人間を喰う』というフレーズに、ドアが開かずパニックになっていた局員たちが凍り付いた。
「食う? だ、だれが……」
「銀雪って、視認できる病原菌じゃ」
「視認できる病原菌? プルンネーヴェはそのように人間からは言われているのですか。ということは羽根化した状態を病だと思っているのですね。
……それはそれは。幸せなことです」
「どういうことだ」
両手の痛みに脂汗を掻きながらそれでも藤崎は睨み付ける眼差しを弱めなかった。
自分がガルを話している間に局員たちを逃がそうという想いで、わざと彼はガルから話を聞きだそうとしていた。
「プルンネーヴェ……貴方方人間が『銀雪』と呼ぶそれは、病原菌でもなんでもありません。あれで貴方たちの動きを止め、肉を食べやすくするための仕込みのようなものです」
「仕込み……だと!?」
「そう。貴方方人間は私達の食糧である以外、なにものでもありません。例えば」
ガルは局員たちを押しのけ、我先に逃げようとしていた権財寺に手を翳した。
「なっ、なんだぁ!? なんだよこれぇ!?」
すると権財寺は体ごと宙を浮き、ふわふわとガルの下へと引き寄せられる。
「ぼ、僕は信じないぞ……こんな!」
「信じなくて結構ですよ」
権財寺の体にガルの手が触れる。
「ぎ! ……ひっぃ、あ」
一瞬で権財寺の肌や髪が真っ白になってしまった。
「権財寺!」
藤崎が叫び、動かない腕を伸ばそうとしたその時だった。
ガルの口から巨大な嘴が出現したかと思うと、大きく口を開き権財寺の頭を齧りとったのだ。
バギン、という音とともに。
「なっ……!?」
「ひいいいい!」
「ご、権財寺さんが食われたぁあああ!」
局内に悲鳴と怒鳴り声が入り交じる中で、ガルは喉を『ごきゅん』と鳴らし、権財寺の上半身を飲み込んだ。
「久しい人間の味です。もう少し若い方が好みですが、よしとしましょう」
密閉された局内。人を喰う未知の生命体。無力な自分。
藤崎は敵意も戦意も失ったりはしなかったが、初めてここへきて自分が【何と戦っていた】のかを知った。
ただの天体現象でも、不治の病原菌でもない。
人間を食料としてしか見ていない、【人類の敵】がそこにいたのだ。
「あの少女たちは、ずっとお前と戦ってきたというのか」
苦悶の表情のまま投げかけた藤崎の言葉に、ガルはほんの一瞬考えたのち口を開いた。
「あの少女……。クレインのことですか。その通りです。正直、面倒で強力なクレインがいたのですが貴方たちが作った《この》兵器のおかげで死んでくれました。やはり潰える運命にある生物とは、窮地で自死する修正を持つのですね」
「この兵器……?!」
ガルの後ろで静かに浮いたまま静止している旧大和砲弾がその顔をのぞかせていた。
「どういうことだ!」
「人間とは知りたがりなものなのですね。厳密に言えば、光線状のものです。一番最初にあなた方が放った」
――新型大和砲……!?
「それが私の同胞とクレインのひとりを直撃しまして。あれがなければ恐らく私の命はなかったでしょう。その点では人間、貴方方に感謝しないでもありません」
「な、なんということだ……!」
藤崎の噛んだ唇の血が滲み、顎を伝って落ちた。
新型大和砲に反対していたとはいえ、発射してしまったことは事実だった。
あの時、自分が強引にでも止めていれば……、藤崎の悔しさはどこへ向かえばいいのかもわからず滞留する。
「さて、おしゃべりも飽きましたし、空腹を満たすこともできました。競争相手のクレインもくる気配がないことですし……」
二度、ガルが辺りを見回しひまわりがついてきていないことを確認すると、わずかに口角を上げ薄く笑った。
「そろそろ殺して差し上げましょう。人間」
視界は暗闇に閉ざされている。
なのに体を揺する感覚に、彼は気が付いた。
「おい、鴇。起きるんダナ、鴇」
今度は確かに声が聞こえる。
間違いなく自分の名を呼ぶ声だった。
「う……」
久しぶりに出す声は掠れていて、喉の奥がゴロゴロとする感覚がする。
「鴇、起きろって言ってるんダナ!」
怒気を孕んだ声の直後、鴇の頭に強い衝撃を受け反射的に彼は目を開けた。
「痛っ! なにするんだ……?」
唐突に開いた視界。白く銀雪が降り積もる世界が目に飛び込み、鴇は言葉を詰まらせた。
「ここは……。そうだ、魔女……ガルは?! さくらは……戦いはどうなった!」
ようやく我に返り、ここまでのことを思い出した鴇は叫び、さくらやクレイン達の姿を探そうと辺りを見回す。
「落ち着くんダナ、鴇」
その声に振り返ると、つばきの魔具・遅松がそこにいた。
「お前は魔具の……」
「おいらは遅松ダナ。それに、おいらだけじゃないんダナ」
「なんだと?」
遅松の言葉の通り、彼の周りには他の魔具たちもいた。
鴇を含め、みんな武器形態ではなく非戦闘時の鳥状態だった。
「なんでお前たちはそれぞれの武器の姿をしていない? それにクレインたちは……」
不安に表情を硬め、鴇はクレインたちを目で探した。
「みんな死んだんダナ」
クレイン達の姿を探している鴇に、遅松の冷淡とした言葉が突き刺さる。
「死んだ……だと?」
「そうダナ。みんな大魔女ガルに殺されたんダナ」
「殺された!? それじゃあ戦いは……」
「絶望的ダナ」
クレイン達がみんな死んだという話に、鴇は凍り付いた。
それとは即ち、自分たちの……クレインやさくらの敗北を意味している。
「だけどまだ敗けたわけじゃないんダナ」
遅松は他の5体の魔具たちと共に鴇の周りへと集まった。
「まだおいら達には【切り札】があるんダナ。ひまわりが命を懸けて守った……【切り札】が」
絶望の淵に立たされ、この世の終わりを憂いそうになっていた鴇に、遅松の言葉が少しの潤いを与えた。
【切り札】という言葉に心当たりがあったのだ。
「まだ生きているクレインがいる……」
「そうなんダナ。それに、鴇。キミが生きていることもまた【切り札】の一つって言ってもいいんダナ」
そこまで遅松の話を聞くと、鴇は確信めいたものを感じた。
「……さくら、か」
遅松は大きくうなずいた。
「だがさくらは鳥化し、魔力を失った。生きているとはいえ、戦力として復活できないはずだ」
「……大魔女クレインが、なぜオイラたちを6体に分けて六鶴に託したのか。そして、なんで魔力を失ったのか」
「与作に姿を見られたからじゃないのか」
「もちろん、魔力を失う直接的なきっかけになったのはそれなんダナ。だけど、それ以外にもあった」
「話が見えない。一体どういうことなんだ」
「大魔女クレインは、この日が来ることを予見していたんダナ。確かに魔力を無くす原因は与作に鳥化した姿を見られたから……ではあるけれど、あれを見られた時点で大魔女クレインにはほとんど魔力がなかったんダナ。
金の魔法陣と6つの魔具を作り上げた時点で大魔女クレインの魔力は底を突きかけていた。魔女にとって魔力とは生態エネルギーの一つダナ。だから底をついてもいずれは回復する。だけど大魔女クレインの魔力はほぼマイナスに近い状態……。
魔力の回復をできても全快するまでには数百年かかったんダナ。だから実質的には鳥化した姿を見られて魔力を失ってもあまり変わりなかった」
「なぜそこまでしてお前たち魔具に魔力を注いだ?」
遅松はのんびりしたままの口調で答える。
「一つは、特定の家系とはいえ6人もの人間に魔力を行使できるほどの道具……【魔具】を作った余波。金の魔法陣も相当な魔力を使ったはずダナ。
だけど、大魔女クレインの本当の目的はそこじゃなかったんダナ」
「目的はそこじゃない……?」
「最初から大魔女クレインは、さくらを【切り札】にすることを決めていたんダナ。まだ生まれてきてもいない、お腹の子に。そして、魔力を失った自分の次に大魔女に君臨するであろうガル。
ガルがいつかさくらと対峙するとき、さくらが勝てるとは限らない。だから、オイラたち魔具にある仕掛けをしていた」
次第に遅松が言っていることの意味を理解し始めた鴇は、遅松の話に口を挟まなくなっていた。
「オイラは持ち主であるつばきが死んだときにこの記憶がすべて解放されるようになっていたんダナ。他の魔具たちが人格や記憶、情報を持たされていなかったのは、【オイラたちの仕組まれている切り札】が誰にも漏れないようにだということだったんだとオイラは思うんダナ」
「その仕掛けを発動するにはどうすればいい? 俺はなにをすればいいんだ」
「……さすがなんダナ。もう自分の役割と、オイラたちの【切り札】の意味をわかったんダナ」
そう話した遅松と後ろで並んだほかの魔具たちは、その場から外側へどいた。
そこには鳥化し、眠ったままのさくらがいた。
「オイラは傘。空松は帯。十四松は下駄。チョロ松は扇子。百々松は簪。一松はキセル……。
これら6つの魔具は6人のクレインがひとつずつ持っていたんダナ。決して6つの魔具をひとりが持つことはなかった」
「それが解除のキーになるということか」
「解除……違うんダナ。これは【復活】なんダナ」
さくらの頭には百々松。右手には一松。左手にチョロ松。足元には十四松。腰には空松がそれぞれ立つ。
「鴇、キミはクレインが復活した後で彼女に従ってほしいんダナ」
「なぜだ、お前がいれば……」
「……オイラたちは今日、この日のために創られ、生まれた存在なんダナ。今キミと話しているのが、オイラが人語で話せる最後になるんダナ。だから、オイラたちが再び魔具として変化したあとのことを、頼みたいんダナ。鴇」
鴇は自分のことをまっすぐ見つめる遅松に対し、「断れるわけがないだろう」と静かに言った。
「そういうと分かってて言ったんダナ。キミは、この先もさくらと生きてほしいんダナ。つばきやひまわり、ふじ、きく、ききょうにぼたんたちのぶんも」
「荷が重いな」
「さくらとならできるんダナ」
「……行くのか?」
遅松は、一度強く、深くうなずいた。
「大役だが、承る。こんなことを俺が言うのもあれだが……。さくらを頼む」
遅松の後ろで次々と魔具たちが武器の形態に変わってゆく。
そして、遅松もまた光に包まれ、傘の姿に変わっていった。
「最後まで戦えるという栄誉を、俺が背負えるのか。それを一緒に探してくれ、さくら」
鶴の姿のままで眠るさくらを包むように、強烈な光が彼女の全身を包んだ。
光の中から徐々に形を作り、現れたのは白金の髪に羽根と水晶菊の簪、大きく肩を出した着物装束と金の向日葵の刺繍が施された帯。
巻いた帯には、淡い紫色の藤が描かれた扇子が刺さっており、椿の柄の傘を背負い星形の装飾がなされた青いキセルを片手に持っている。
足元は高い下駄……ぽっくりを履いており、そのぽっくりにも鮮やかな牡丹の柄が描かれていた。
「これは……」
思わず鴇は見惚れてしまった。
この世に生を受けて間もない鴇だったが、間違いなく目の前に現れたそれは、これまでの人生で最も美しいものだったと断言できた。
「……鴇。行きましょう、貴方の力が必要なのです」
「さくら……じゃない、のか?」
外見があまりにも変わってしまったがゆえに、一見してそれがさくらであるのかどうかすらわからない。
だが明らかに声がさくらのそれとは違うことに鴇は気が付いた。
そして目の前のきらびやかな女性は、鴇の問いに答える。
「遅松が言ったでしょう。これは【復活】の魔法……。つまり、さくらの復活ではなく【私】の復活なのです。……尤も、仮初の時間だけの復活ですが」
「私の復活……だと? まさか、お前は」
「この名を名乗るのは憚りますが、あえてこの場ではこう名乗っておきましょう。
私は『大魔女クレイン』。ナハティガル唯一にして至高の存在」
「馬鹿な! 俺の知っている大魔女クレインの姿ではない!」
鴇の言及に大魔女クレインは笑う。
「それはそうです。この姿は私の『全盛期』の姿ですから。魔力を失ったあの頃とはわけが違うのですよ」
「……っ!」
他にも言いたいこと、聞きたいことは山ほどあったはずだが鴇はすっかり黙ってしまった。
彼女の笑顔が、あまりにもさくらと似ていたからだ。
「遅松から、お前……いや、貴女に従うように言われている。俺は何をすればいい」
「言ったでしょう? 一緒に来てくれればそれでいいのです」
「馬鹿な、俺が一緒に行くだけでなんの……」
「ひとまず、というお話しです。とにかく、参りましょう。……この世界、いえ。
少女たちが守りたかったこの世界を守るために」
大魔女クレインの放った《少女たち》というフレーズを聞き、鴇は7人のクレインを想った。
――そうか。やはり、貴女はクレイン。彼女たちに名を分けた本家だけある……というわけか。
「私のこの状態は一時的なもの。時間が来れば再び魔具として散らばります。そうなったとき、もう一度希望が現れるでしょう」
「もう一度、だと? お前がガルを斃すんじゃないのか」
「そうできればそうします。ですが、時間がそれを許せば……の話です。いますぐ直接対峙できれば、ガルの殲滅は容易いでしょう。ですが……」
「とにかく時間がない。そういうことだな。わかった」
桃色のひよこ姿の鴇は、大魔女クレインの肩に乗ると彼女の耳元で言った。
「だったら行こう、すぐに」
「ええ」
大魔女クレインは鴇の声に頷くと、光の尾を引いてガルの魔力の余韻を追った。
「魔具が結集し、私がこの世に再び召喚されたということは少女たちが戦いの中に殉じたということ。そうならないことを願ってはいましたが、もしもそうなったときの切り札としてこの復活の魔法を仕込んでおきました。
その中でも鴇、貴方の存在だけは想定外でした。だから私はすべてを貴方とさくらに託すことができます」
「俺と……さくらに、だと?」
「じきにわかるでしょう」
「……」
牡丹下駄は高速の移動を可能にする。
ガルですらミリオン本部に到着するのに30分を要した。
だが大魔女クレインは、たった2分ほどそこへと辿り着いたのだ。
権財寺が下半身を残して無残に食い捨てられ、ガルの刃が藤崎や彼の後ろで逃げ惑う局員たちに向けられていたその直後。
振り返らずとも分かるまばゆい光のような魔力。
ガルはその魔力を知っていた。そして同時に自らの感覚を疑った。
その魔力を持つ魔女がここにいるはずがないからだ。
――ここにいるはずなどあり得ない……。いえ、ここにではなく『この世』に【存在】するはずがないのです。
そう思いながら振り返るガルの首から上がガラスが粉々に割れるように砕け散った。
「……人間たち。今のうちにお逃げなさい。彼女の頭部が再生すればまた魔法で閉じ込められますよ」
大魔女クレインは光を放ちながら藤崎達の前に現れた。
銀雪を纏い、妖艶に現れた絶世の美女の姿にパニックになっていたはずの局員たちは釘付けになる。
「早くなさい。見ての通り、私も人間ではありません。魔女同士の戦いに巻き込まれてはその命、今度こそ一たまりはありませんよ」
凛とした物言いで最初に我に返ったのは藤崎だった。
「お前たち、今ならドアが開くはずだ! 早く逃げろ!」
藤崎の声で静まり返っていた局員たちは再び騒ぎ出し、放たれたドアから雪崩のように脱出してゆく。
「あなたもお逃げなさい」
大魔女クレインは優しい声でただひとり逃げようとはしない藤崎に向かって言った。
「……見届けさせてくれ。私はここで死んでも構わん」
「ダメですよ。貴方にはこの戦いの歴史を伝える義務と使命があります。ここで死ぬことは私が許しません」
大魔女クレインの言葉に、藤崎は震えた。
元軍人でもある藤崎は、職業柄無神論者でもあった。
神とは精神の中に宿るものなり。
そう教え込まれ、そして自身もそう部下たちに教えてきた。
ミリオンに配属してからもずっとそうだ。
でなければ兵器を扱えない。大和砲を兵器ではないと言っておきながら、藤崎は一歩間違えば充分兵器になりえるとわかっていた。
それが、彼が神を信じない理由だ。
だが藤崎は目の前に存在する尊い美しさを放つ大魔女クレインを、初めて目で認める神であると認識したのだ。
それは藤崎の全てを赦し、全てを託すような口調だった。
震えの次に頬から落ちる涙。
藤崎はそれでも大魔女クレインに、「私には見届ける使命がある! 目で見たものを伝える義務が!」と叫んだ。
「……ならば見届けなさい。この世界の未来を」
大魔女クレインは強く言い終えた後、わずかに笑った。
その笑みに、藤崎は強くうなずく。
直後、バキバキという音を立て、ガルの頭部は瞬時に再生した。
「やはりカナリーを取り込みましたか」
「……まるで最初から知っていた。と言わんばかりの口振りで。ごきげんよう、大魔女クレイン」
再生したガルの顔は、憎しみも悲しみも怒りも喜びも、なにもない表情。
その静かすぎる表情にこそ、ガルの黒く湧き上がる闇の瘴気が孕んでいる。
「まさか貴方と再び会う日が来るとは」
「会えてうれしいですよ。ガル」
「心にもないことを」
ガルの背後に死神がふわりと現れ、背後に倣わせた旧型大和ミサイルを真っ二つに裂いた。
「再会したばかりで恐縮ですが、餞別にお受け取りください……大魔女クレイン」
ガルはその場から瞬時に離れ、その代りに二つに分断されたミサイルが爆発する。
「ここで大和砲を爆発させるとは!」
藤崎が屈みながら爆風に吹き飛ばされまいと足を踏ん張った。
次に銀雪(魔力)を無効化する粒子が立ち込める。
「我々ナハティガルには中々効くでしょう。大魔女クレイン」
「なるほど。私も下に見られたものですね、ガル」
大魔女クレインは、帯に挟んだ扇子を取り出し、一振りの下その粒子を吹き飛ばした。
「これは……!」
「マギ魔法とは別のベクトルで作り上げた魔具による【色彩魔法】。今の私はナハティガルであり、ナハティガルに非ず。オリジナルのクレインなのです」
「……なるほど。全く不愉快な存在ですね。相変わらず貴方は!」
大魔女クレインはガルを追い、大きく空いた壁の穴からミリオンの外へと飛び出てゆく。
「魔法……空飛ぶ少女……人類の敵。何も知らなかったのだな、私という人間は」
空。
相も変わらず銀雪で白く染める街々を足元に、大魔女クレインとガルは対峙していた。
漆黒の闇を背負い、大魔女クレインに対し冷酷で野性的な敵意と殺意の眼差しを向けるガル。
敵意と殺意は感じられないが、強い意志を感じる眼差しをもつクレイン。
死んだはずのクレインを目の前にして、ガルは内心焦りを覚えていたい。
度重なる部位回復。
さくらの一閃を始め、クレインたちから負った様々なダメージ。
それを回復するために使った治癒魔法で、ガルの魔力は全力の三分の一程度になっていた。
だが対峙する大魔女クレインはどうだ。
城の奥で隠居をしていたときには到底感じ得なかったレベルの魔力を有している。
量らなくとも分かる、絶対的な魔力差。
ここへきてガルの分が悪くなったといっていいだろう。
「……参りましたね。まさか最後で貴方が出てくるとは」
大魔女クレインは手に持ったキセルで煙を深く吸い込んだ。
光と化した煙をぷぅ、と吐き出し妖艶に笑って見せる。
「私はわかっていましたよ。きっと貴方が最後にやってくるのだと」
もう一口キセルを咥え、煙を吸い込む。
「随分と余裕がおありのようで」
「誤解させてしまっているようですね。これは今持っている魔力を【送り込んで】いるのです。消して嗜好というわけではありませんよ」
「なにをいっておられるのです? ……まあいいでしょう。こちらとしても貴方が出てきた以上、手段を選べませんので」
大魔女クレインの目の前に巨大な魔法陣が突如現れ、収束した光源が一気に噴き出した。
「……やはり効きませんか」
そういったガルは大魔女クレインの背後にいた。
大魔女クレインは傘を開いて魔法陣からの光線を防いだのだ。
「では続いてこれをどうぞ」
周りに降り荒んでいた銀雪の一粒一粒が蜂となって一斉に襲い掛かった。
傘でそれを防ぐことはできないと悟った大魔女クレインは、簪を両手にとり小さな群れを作る蜂へと投げ放つ。
爆煙を上げてこまかな敵は一匹残らず吹き飛んだ。
「これは!?」
爆煙が晴れ、次の動作に映ろうとした大魔女クレインは突然体の自由が奪われ、ぴくりとも動けないことに気が付く。
よく見れば彼女の手足に白い粘着質の強い、ビニールテープのようなものが巻き付いていた。
「動きを封じればどうでしょう。どのように脱出されますか、大魔女クレイン!」
無言で、両手両足に力を入れるがビクともしない。
力で振り払うのは無理であると判断した大魔女クレインは、手足や頭とは違う腰に力を入れる。
「莫迦なことを。今の私には『六鶴の少女たち』がついているのです。このような策は無駄……」
孔雀のように八方に飛び出したのは大魔女クレインの帯だ。
一本一本がよく切れる刀のように鋭く尖り、ガルの施した蜘蛛の糸を瞬時にして断ち切る。
「くっ……! これも効かないとは!」
ガルの攻撃をことごとく迎撃する大魔女クレインはまっすぐな瞳をガルに向け、その場から動きはしなかった。
「……なぜ、私に対してなにも攻撃をしないのです」
ガルは大魔女クレインが防戦一方であることに気が付いた。
大魔女クレインがここへやってきてから、よくよく思い返してみると攻撃をしているのは自分のほうだけである。
あらゆる攻撃を防ぎ、躱すだけで大魔女クレインはガルに攻撃をする素振りを一切見せない。
「どういうつもりだ。攻撃もしないであのガルを……」
大魔女クレインの肩に乗った鴇もさすがに心配になり、耳元で尋ねる。
「鴇、貴方はそのまま待ちなさい。その時が来れば貴方に課せられた使命がわかるはず」
「……信じていいのか」
「信じなくとも、その時はやってきますよ。鴇」
この状況とはあまりにも不釣り合いなほど、やさしい口調だった。
穏やかで、母性に溢れる暖かな声。
そのアンバランスな大魔女クレインの口ぶりに鴇は複雑な心境になりながら黙るほかない。
「貴方が私に攻撃しないのは勝手ですが、その調子を続けていても人類はただ滅びるのみです。こうしている間にもプルンネーヴェは人間たちを次々を羽根化し、我々ナハティガルの食糧になっていくだけですよ」
「どれだけ人間を羽根化したところで、もはやそれを食いきれるほどのナハティガルは残っていないでしょう」
大魔女クレインの返答にガルの表情が変わった。
眉を吊り上げ、眉間にしわが寄る。
誰が見ても分かる、【憤怒】の表情だった。
「誰のせいでこうなったとお思いか! 貴方の張った金の魔法陣! クレインたち! そして大魔女として貴方が命じた数々の愚かな命! そのせいで我々ナハティガルがどれだけ減ったのか!」
「……ナハティガルは自身では種を増やすことができない。ただ食べて生きるだけの存在。虚しい存在なのです」
「どの口が!」
たまらずガルは大鎌で襲い掛かった。
その柄をキセルで受け止めるが、怒りに我を忘れるガルは続ける。
「一体なぜ!? 何故《貴様》は、我らを捨てた! 我らの種を……誇り高きナハティガルを何故捨てることができた!」
「ナハティガルには【愛】がないでしょう。夫を愛し、子を愛し、隣人を、自然を、すべての生命を愛す。それを知らない、知りもしない私たちはこの世界で【存在してはいけない生命体】なのです」
「それは侮辱かっ! 大魔女クレイン! 我らは強く、誇り高く、そしてすべての生命の頂点に立てる存在だったはず! か弱き人間ごときが持つ【愛】などに目が眩んだ貴様を大魔女と崇めたのが間違いだった!」
「ならば聞きますガル。貴方は人間と交わり、さくらのような【子孫】の繁栄を望むのですか」
「望むわけがないだろう! 馬鹿にするな!」
ギィン……! と金属が衝突し、さらに二撃目の鎌が大魔女クレインを襲った。
大魔女クレインは逆の手の傘で再度受け止める。
「だから私たちは【滅びるべき種族】なのです。それは人間のためではありません。この世界の、秩序のために!」
「秩序は我らにある! やはり貴様はどんな手を使ってでもこの私が殺す!」
『マギ・オーダー・アポカリプス!』
空全体を覆うような超巨大な魔法陣。
ガルが初めて呪文を詠唱した召喚魔法は、その強大さからこの世の終わりを連想させる。
「ガル……。このような強大な力を持ち、他の生命を狩り、子孫を生むわけでもなくただ生きながらえる我々はか弱き存在なのです。
人間やそのほかの生命体のように、他と他を赦し合い、触れることで新しい生命を呼ぶ。
私は与作との出会いでそれを知りました。そしてさくらを体内に宿したとき、ナハティガル史で誰も感じたことのない感情を得たのです」
「たわけた話はもういい! 貴様は死ねぇええ!」
「ナハティガルは人間と共存ができた……! なのに私はそれを諦め、この種を滅ぼすことばかり考えてきました。今思えばそれこそが愚かな判断だったのかもしれません」
「なにをいまさら!」
「人間とナハティガルの共存……これこそが」
「黙れナハティガルの恥さらしめ!」
超巨大な魔法陣からこの世のものとは思えないほどに巨大な、黒い鎧と紫色の瘴気を放つドラゴンの顔が現れ、すべてを焦がすような圧倒的な慟哭を放った。
「あ、あれは……!?」
ミリオンの壁に空いた穴からその様子を見ていた藤崎は、悪夢のような大きさなの怪物に思わず声を漏らした。
我が目を疑いに疑ったが、何度目をつぶっても瞼を開ければそれはある。
「世界が……終わる、のか……?」
ガルの二撃目の鎌が大魔女クレインの傘を弾き、その一瞬、彼女は無防備な体勢になった。
最初から三撃目に備えていたガルはぐるりと鎌を回し、無防備になった大魔女クレインの胸から腰に掛けて容赦なく振り下ろした。
「クレイン!」
その一閃に鴇が叫ぶ。
だが大魔女クレインは傷口から光を散らしながら鴇に向かって笑いかけた。
「鴇、頼みますよ」
「な……に……!?」
キラキラと光を散らしながら大魔女クレインは消えてゆく。
「殺した! 殺してやった、二度も大魔女クレインを!」
空を仰ぎながらガルは叫ぶ。
空ではアポカリプスが轟音を轟かせながら徐々にその姿を現そうとしている。
「……終わった。すべてが……終わった」
それを見ていた藤崎がその場にひざまずき、この世の終わりを憂う。
絶望と失望が彼の全身を覆い、これまでの人生で最も自分の無力を呪う。
そして、彼は自分自身を呪いながら死ぬことを悔いた。
「藤崎指令」
うなだれる藤崎の背後で声がかかる。
アポカリプスが出現しようとしている轟音の中でもその声ははっきりと聞こえた。
力なく振り返ると、彼の背後には佳音が肩に手を乗せて藤崎をのぞき込んでいる。
「半知……!?」
「私だけじゃないですよ」
藤崎の後ろには先ほど逃げたはずの局員たちがいた。
「藤崎指令。終わりじゃないです。終わりじゃ……。私たちが信じれば……ううん。祈れば、きっと」
佳音の言葉と、強く頷く局員たち。
藤崎の表情はすぐに元の強い意志が伝わる表情に戻った。
「そうか。すまなかったな。目の前に神がいるのに、それでも祈らないなど、それこそ……無力だ。私たちには祈りの力がある。これこそ、古来から信じ伝えられた私たち人間の根源であり、……力だ」
世界の終わりを迎えるはずだった藤崎の中の世界は、一変した。
この世界は変わらず続く。
それを信じさせてくれるのは同じ人間、仲間。
祈りとは、人間の信じる力なのだ。
ガルが空を仰ぎ、大魔女クレインを殺したことに鬨を上げている最中で彼女の両腕を掴む力があった。
「大魔女クレイン! 貴様はまだ……」
半分消えかけている大魔女クレインは優しくガルに笑いかけた。
「……残念ですが、私はすでに死んでいます。なので二度殺したことにはなりませんよ」
「ならば今度こそ完全にこの世から消してやる!」
自由を奪われた両腕に代わって黒い鎌がぎゅるぎゅるとガルの頭上で回転し、今にも大魔女クレインに襲い掛かろうとしていた。
「ガル……。貴方に言い残したことがあります。私は人間にばかり愛を向けていました」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! もう二度とこの私が【愛】などという言葉を耳にすることはない! 今ここで貴様を完全に消し去る!」
「今となっては後悔ばかりです。いくら私に魔力がなくとも、この身を捨ててでもナハティガルに愛を説き、愛を……いえ、貴方たちを『愛する』べきでした。しかし、それをすれば私はいいとしてもさくらに危険が及びます。さくらにばかり【愛】を向けてしまったことは後悔しかありません。
……だから、今貴方に私の【愛】を受け取ってもらいたいと思うのです」
構わずに続ける大魔女クレインに対し、ついにガルは顔を鳥化させ憎悪と殺意を究極的に上げた。
「愛など食えぬもの、ナハティガルが欲するわけがないだろう!」
ガルの咆哮と共に回転する鎌が大魔女クレインに襲い掛かる。
それでも大魔女クレインは言った。
最後の言葉を。
「【愛】を喰らいなさい。大魔女ガル」
「死ねえぇええ!」
次の瞬間、眩い光がガルの視界を奪った。
そして直後、桃色……いや、桜色の銀雪が舞っているのに気が付いた。
「……? プルンネーヴェ……」
色の違う銀雪に驚いたが、すぐにガルは大魔女クレインを捉えていた方に目を移す。
「クレイン……さくら……」
ガルの目に映ったのは、眉を吊り上げ大きな瞳に涙をいっぱいに溜めたさくらの姿であった。
「なんて……顔をしている……のです」
ここにさくらがいることに驚かなければならなかったはずだが、不思議とガルはさくらの表情におかしくなった。
「ごめんね……みんな。ごめんね……ナハティガル」
ボロボロと大粒の涙を流すさくらは桜刀形状になった鴇を振り抜いた格好で、ガルを見つめていた。
「ああ……そうなのですか。……そう、なのですね」
すべてを悟ったガルは、自分の命がもはや終わっていることに気が付いた。
「【愛】を喰らえ……とは、貴方らしい……。大魔女クレイン……」
縦に真一文字に斬られたガルは、虫の息も絶え絶えに小さく零した。
マギ系魔力を無力化する桜刀で両断されたガルは再生も回復もできるはずもなく、手足の先から黒い塵になってゆく。
そんなガルをさくらは強く抱きしめた。
「なにを……」
「ごめんね……ごめん……。さくらがもっと早く貴方たちを愛してあげたら……」
「離しなさい……貴方はナハティガルの敵……」
「さくらは半分ナハティガルだもん。もっと早く、そのことに気が付いてあげたら……こんなにみんな死ななくて済んだかもしれないのに。
さくら、ナハティガルをやっつけるのになにも感じなかったのに、ひまわりやふじ、ききょう、きく、つばき、ぼたんが死んじゃったのはすごく悲しかった。
でもね、だから気が付いたの。みんながみんなを愛せば……みんなみんな仲良しになれたかもって。みんなみんな、仲良く、おなか一杯一緒にご飯食べれたんじゃないかって……」
「貴方がた親子……は、本当に身勝手で……自己中心的なことを……言う……」
さくらは声をあげて泣いていた。
ガルを力いっぱいに抱きしめながら泣いた。
そんなさくらの胸の中で、ガルは塵になってゆく。
「【愛】なんて……くだらない……無用の産物……です。我らナハティガルに……は、そんなものなど……」
「ごめんね。ガル……、大好き。愛してるよ」
「馬鹿なこと……を」
ガルは遠のいてゆく意識の中で死を感じながら、やはり【愛】などくだらないと思った。
【愛】に殺される自分を情けなくも思った。
ただその中でもただひとつ、確かな感触。それに包まれながら彼女は思ったのだ。
――思い切り抱きしめられる心地よさを。
「なにが……起こったんだ」
局員の誰かが呟いた。
生きているモニターが辛うじて肉眼よりも近くガルとクレインの戦いを捉えていたが、さくらがガルを斃した一連の流れは注視していた彼らですら理解の速度を超えていた。
「さくらちゃん……」
ただ一人、佳音だけは後ろ姿でさくらを認めた。
「そっか……やっぱり、KickKickはヒーローだったんだね」
佳音の瞳からは、決壊した川のように涙がとめどなく流れ落ちる。それは、姿が見えないきくたちの最後を予感した涙でもあった。
「ゴォオオォオオオオ……!」
ガルは斃したが、彼女が残した最後の召喚獣が雷鳴よりも強烈で恐ろしい咆哮をあげる。
その咆哮は空を伝い、全世界に響き渡っているのではないかと思わせるほど絶望的な響きであった。
「えらいものを遺していったもんだな、大魔女ガルも」
桜刀の鴇がさくらに呟く。
涙を拭ったさくらは、空を見上げ規格外も規格外の巨大さに「ぶ、ぶっ飛び……」と漏らした。
アポカリプスはすでに身体の半分を現している。
「なんとしても全身が召喚しきってしまう前に斃したほうがよさそうだな」
「さくらにできるかな……鴇兄ちゃん」
「俺は兄じゃない。それに、今のお前ならばできるだろう?」
鴇の言葉にさくらは自らの体を見回した。
「すごい……!」
さくらの装束、着物の柄が大きく変わっていた。
以前は桜色の無地だったが、今の彼女の着物型装束には、向日葵、桔梗、菊、牡丹、藤、椿といった花柄が施されており、全体を包むように桜の花びらが舞っている。
それにさくらの周囲には明かりを灯したように広範囲に渡って桜色の銀雪が舞っていた。
「ねぇ、鴇兄ちゃん。このピンクのプルンネーヴェって……」
「お前の魔力に反応して着色されたプルンネーヴェだ。お前の無尽蔵に増大した魔力が俺を媒介しプルンネーヴェの性質を変えている。俺が以前降らせていた【紅いプルンネーヴェ】と同じ性質を持っているようだな」
「紅いプルンネーヴェと同じ性質ってことは……マギ魔法をやー! ってできるってこと?」
「やー……? まあそういうことだ」
さくらはアポカリプスを見上げ、笑った。
「じゃあいける!」
『マギ・アクアパッツァ』
さくらがマギ呪文を唱えるが、なにも起こらない。
「……なにをしている」
「あ、あれ? もういっかい!」
『マギ・アクアパッツァ』
……
……やはりなにも起こらなかった。
「あれ、あれれ?? どうして?」
さくらが唱えたのは、葵町駅前でのサイクロプス戦で見せた【巨大化】の呪文だった。
いわゆる目には目を、という精神で唱えたというわけだが……。
「そうか。お前らしいが、あの召喚竜に対し同じ大きさまで巨大化できるのか」
「わかんない」
「わかんないか。……わかんないって言ったか?」
鴇が危惧した大きさの問題はさておき、それよりもさくらが使えなくなったマギ魔法のことが重要だった。
「そもそも大魔女クレインからの魔力を得たからと言って都合よく鳥化から人間態に戻れるものなのか?」
「おなか減った」
「……考えるに、今のお前は以前のお前とはなにかが決定的に違うのではないか」
「わかんないけど、あのおっきいトカゲだけはなんとかしないと……みんな死んじゃう!」
大魔女クレインの魔力でなんとか復活できたさくらではあったものの、肝心の魔法が行使できないのであれば意味がない。
ガル討伐は鴇が変化した桜刀でトドメをさせたが、目の前で姿を現せつつある邪神竜アポカリプスを斃すには魔法の力が不可欠だ。
それなしでは戦うことすらままならない。
「ひまわり……さくらは絶対にあのおっきいトカゲやっつけるよ! でも、どうすればいいかわかんない……ねぇ」
着物に刻まれた向日葵の絵柄に話しかける。
だが向日葵の柄はなにも答えるはずもない。
「ねぇ、ぼたん。ぼたんは物知りだからわかるよね? ね?」
次に牡丹に話しかけるがやはり無言だった。
「おい、やめろ。さくら……そんなことをしても……」
「ううん。きっとみんなが教えてくれるんだ。だって、さくらは……ひとりで戦えない。みんながいるから戦えるんだもん! そうだよね、きく! つばき!」
さくらは続いて藤や桔梗の柄に話しかけた。
そうしているうちにもアポカリプスは空を全て覆うような巨大な身体を見せつつある。
「さくら! 気持ちはわかるがいい加減に……」
鴇がその状況に焦りを垣間見せたが、彼の中のとある気づきが言葉を詰まらせた。
「……その柄は、復活後に現れた柄だな」
「うん! 母様がくれた最後の形見!」
「わかったぞ……マギ魔法が使えなくなった理由」
「え?」
刀状態のままで鴇は辺りを見回した。
どこを探しても大魔女クレインが持っていた6つの魔具はない。
大魔女クレイン自体は、6つの魔具がさくらという器の元に集まった条件で具現化したいわば【仮初の実態】だったと思われる。
彼女がしきりに「時間がない」といっていたのは、彼女の復活は一時的なものだったのだろう。
仮に本気でガルと戦っていたとしても、ガルを斃す前に時間切れになってしまっては仕方がない。
だから大魔女クレインは自らの魔力を体内の鳥化してしまったさくらに注入していた。
考えてみれば、紅い銀雪と同じ性質の桜雪が降っている影響下でそもそもマギ呪文が行使できるわけがない。
それよりもむしろ、状況的にマギ魔法そのものを失ったのだと考えるのが妥当だろう。
結論として、さくらの身になにが起こったのか?
「【色彩魔法】での復活……」
「しきさい?」
「六鶴の少女たちは魔具に込められた【色彩魔法】の魔力によって魔法を行使してきた。そしてそれらの魔具は大魔女クレインが創ったものだ。最初から大魔女クレインは、マギ魔法とは種類の違う魔法を作り出し……それを魔具に込めたんじゃないのか」
自分でそこまで口に出し、鴇は大魔女クレインが与作に姿を見られる前の段階で、すでに魔力を使い果たしていたということを思い出した。
ナハティガルの中でも唯一、無尽蔵ともいえる膨大で途方もない魔力を持っていた大魔女クレインが、たった6つの魔具を作り上げるために(金の魔法陣もあるが)その魔力を使い果たしてしまうものだろうか。
「答えは簡単だ……。マギ魔法とは違う、【色彩魔法】を創り、それを魔具に込めることで人間にも魔法を使えるようにした。だから彼女は魔力を使い果たしてしまった。彼女がこの状況をある程度予測して魔具を創ったとするのならば、さくらにそれが集結することも想定していたはず」
「よくわかんないけど……それってさ、鴇兄ちゃん」
さくらは首を傾げながら言った。
「さくらはナハティガル(魔法少女)じゃなく、本物のクレインになったってこと?」
「そうだな。お前はもう魔法少女じゃない。七人目のクレイン。正真正銘の、クレインになった」
『ゴォオオオオオ!』
二人の会話を遮るアポカリプスの咆哮。完全に姿を現すのは時間の問題だ。
「だが浮かれてはいられないぞ。俺の考えた正しければお前の体内には6つの魔具に込められた【色彩魔法】の魔力が宿っている。それはマギ魔法ではないからこれまでの詠唱法では扱えない。知っていると思うが、六鶴の少女たちは幼いころから魔法の訓練を受けているから扱えたが……もごっ」
鴇が話している最中でさくらは彼の口をふさいだ。
「わかったよ鴇兄ちゃん! さくらは《ちゃんとクレインとして戦えばいいんだね?》 だったら……もう大丈夫。やっぱりね、さくらはひとりじゃない」
「さくら……」
「行こうみんな!【七人で戦う】、最後の戦いだ!」
「俺が抜けてるが」
鴇が冗談交じりに言った言葉に、さくらは大まじめに叫んだ。
「鴇兄ちゃんとさくらは二人で一人!」
「物は言いよう……だな」
口ではそういったものの、鴇にはこれまで感じたことのない種類の押し寄せる感情を覚えていた。
これで死してもなんの悔いもない。
――さくらは、俺を自分の一部だと言った。これ以上の至福があるか? いや、もしこの先何百年、何千年、未来永劫に生き続けたとしても、この瞬間以上の幸福など訪れるはずがない。
「勝算はあるのか? さくら」
「勝算ってなに? 勝ち負けってこと? 鴇兄ちゃん、そんなこと気にしてたのー?」
「どうなんだ、答えろ」
さくらは、アポカリプスの全体像を見つめ、笑った。
「さくらはあのでっかいトカゲをやっつけた後、おなか一杯ごはんを食べることしか考えてない」
「……愚問だったか。どうやら臆病なのは俺の方だったようだな。俺はお前の一部。お前の魔具だ。さくら、お前にすべてゆだねるさ」
「うっしし! みんな、ぶっ飛んで行っくよー!!」
さくらはそのまま屈むと太ももとかかとに力を込めた。
「……ぼたん、お願い」
『はいな。脚のことはうちにお任せあれ』
牡丹柄が光り、さくらの跳躍は音速を超える。
「スーパーぶっ飛びさくらロケットスペシャルぅうー!」
身体中から紫色の炎を撒き散らすアポカリプスの腹の部分へと瞬時に届くさくらは、肉眼では到底捉えることのできない速度で邪悪な炎を回避し、アポカリプスの頭部へと向かう。
「なるほどな。みんなと一緒、とはそういうことか」
「うっしし!」
アポカリプスの炎は、ひとつひとつがまるで意思を持っているかのように、さくらへと的確に襲う。
だが音をも超える今のさくらには、それらの炎など止まっているも同然だった。
「んー邪魔だなぁこのファイヤーたち! 熱いし、……ふじ、全部ふっ飛ばしちゃおう!」
『こういう邪魔なやつをまとめて吹き飛ばすのってあたし好きなんだよな』
藤柄が光り、さくらが両手で周囲を払うようにすると台風のような強風が吹き荒れ、さくらが行く動線上の炎を全て払った。
「んむ! 視界りょーこー!」
戦闘機の直線的なスピードと、鳥のような自由が利くしなやかな旋回は、唯一無二の姿だった。
そのうえ、彼女を押す強力な風も加わりぐんぐんと遠く見えていたアポカリプスの頭部へと近づいてゆく。
『ゴォオ……!』
「いっ!?」
その時、こちらを向いたアポカリプスとさくらは目が合った。
直後、強烈な稲妻が身体中から放電し、バチバチと激しい音を上げながらさくらを襲った。
『ゴォオ……』
電熱から立ち上った黒く焦げた煙がさくらと周囲を包んだ。
『ありゃりゃぁ~。爆発するだけじゃなくってぇ、避雷針。っていう使い方もできるんすよねぇ、きくりんってば器用さんだから』
菊柄が光りを放ち、大きな水晶付きの簪がアポカリプスの首の厚い皮に突き刺さっている。
黒く焦げた煙はその簪から立ち上っていたのだ。
「きくー、さんきゅー!」
『さくらはん、右やで! 右に旋回しなはれ!』
つばきの声がさくらを導き、さくらが進むはずだった方角に竜巻が起こった。
「おおーさっすがつばき!」
『あの竜巻の風利用して一気に上までいきまひょ!』
「うん!」
さくらは急停止し、突然発生した竜巻に向け両手を突き出し手のひらを開いた。
まるで傘を正面に広げるように。
その瞬間、正面から受ける強風の力でさくらはアポカリプスのほぼ全体が現れた首の背へと上昇する。
『ゴァアアアアァア!』
アポカリプスの叫びが天変地異のような轟音となって響く。
上昇する風の力を利用し、桜刀でアポカリプスの首を傷つけたのだ。
アポカリプスの体躯と比べ、羽虫のようなさくらだったが桜刀は明らかに効いていた。
「効いてる! 鴇兄ちゃん効いてるよ!」
「いくら俺たちがカトンボのようなサイズだからといって、奴からすればマギ魔法を無力化する桜雪と桜刀は猛毒だ。それに【色彩魔法】が加わればもはや鬼に金棒だな」
「違うよ! それをいうのなら『ぼたんにチョコホームラン』だって!」
「何も言うまい」
二人がそんなやりとりをしている最中でも、さくらが斬った傷口からは溶岩のような血が噴き出している。
「すっごーい!」
「思った以上に戦えるぞ、さくら。このまま頭を目指すんだ」
『さくら、上からカマイタチが来るさ!』
「あい!」
空中を蹴り、軌道を無理やり変えるとたった今いた場所に鋭い衝撃波が走った。
『私の出番だね、さくらちゃん!』
向日葵柄が光ったかと思うと、さくらの腰の結び目から帯が走り、向かう首の背、頂上付近の引っ掛かりに巻き付くとさくらを体ごと引っ張った。
「なにこれ気持ちいーい!」
首の背はさらに雷鳴と風が強く、ぼたんの脚では腹部で見せた速度と自由度は出なさそうだった。
そこでひまわりの帯は大いに役に立ったのだ。
「ひょー!」
繰り返し襲う稲妻を簪を避雷針にして回避し、次へ次へと帯を伸ばしさくらを引っ張ってゆく。
これだけ進んでいるのに、まだアポカリプスの頭部は遠くに見える。
だがそれでも、確実に進んでいることだけは確かだった。
「わあっ!」
稲妻や炎に気を取られていたさくらに風で飛んできた瓦礫の破片が衝突した。
ぼたんの脚と違い、帯での直線的な移動も祟ったのだ。
『さくらさん! 息を吸って後方に思い切り吐くのですわ!』
ききょうの声にさくらは飛ばされる体勢を無理やり整え、飛ばされている方向へと息を吐いた。
桔梗柄が光り、さくらの口からは青い煙が吐き出されそれは雲の如くその場に漂った。
そしてさくらの体をクッションのように受け止めたのだ。
「やわらかー! ききょうのおっぱいみたい!」
『ふじさんのほうがカップは上ですわ……』
ききょうの煙のおかげでダメージと飛ばされた距離を最小限に抑えたさくらは、口に滲んだ血を手で拭う。
『さくらさん、もう一度煙を体に吐きコーティングいたしましょう。そうすればこのようなことがあっても吹き飛ばされたりはしないはずです』
「わかった!」
『あたしの風も使いな。この強風に太刀打ちはできないけど帯で移動するときの軌道を変えることはできるはずだ』
「わかった!」
さくらは、確かに六鶴の少女たちといた。
そこにいるたった一人で強大な邪神竜に向かってゆく少女は、姿は一人でも六人の仲間がいる。
――これが約束の世代……か。
さくらの片手に握られた鴇は、思った。
さくらの周りには桜雪が降り、それが皮膚や鎧鱗に触れただけでアポカリプスのそれは変色する。
鴇が言い放った『猛毒』という例えは実に正確だったといえる。
アポカリプスという怪物にとっての『猛毒』は、人類にとっての希望だった。
そして、鴇にははっきりと視えていたのだ。
さくらと共に大いなる敵に立ち向かう、六人の少女たちの姿が。
七人のクレインたちの姿がはっきりと。
「行こう! みんな!」
『絶対に討ち取るさ、さくら!』
『あーしは最初っから勝てるってわかってたし!』
『ぶっ殺してやろうぜ! あたしたちの力で!』
『おりょ? きくりんは暑苦しい展開は苦手なんすけどねぇ……。けど、ヒーローはピンチになってこそ超強いっていうじゃないっすかぁ』
『大きく豪華な外見なものほど中身や安いまがい物……というのは大抵の物事に於いて相場ですわ』
『さくらちゃん……。みんなが笑顔で生きるこの世界を守ろう!』
「……うっしし!」
「さくら、すべての魔力を俺に込めてこいつの頭を切り離せ! 頭と胴体が離れればこの世界に存在し続けることは難しいはずだ! ……できるな!」
「とーぜん! だってさくらは……『クレインさくら』だもん!!」
「よく言った……! だが気を付けろ、すべての魔力を俺に収束させるということは、その瞬間お前自身に宿る魔力がゼロになるということだ。
そこを突かれるとヤバイぞ」
「大丈夫だよ鴇兄ちゃん! さくらは《もう死なない》!」
《もう死なない》と言ったさくらの言葉に、鴇は確かな意志を感じ、それは確信に変わった。
「そうか、ならば行け! さくら!」
稲妻、暴風、竜巻、炎……
さまざまな障害を躱し、さくらは鴇の檄を背にずんずんと頭へと近づいてゆく。
ぼたんの脚、ひまわりの帯、ふじの風、ききょうの煙、つばきの傘、きくの簪――。
どれひとつをとっても不要なものなどない。
むしろどれかひとつでも欠ければそこまで辿り着くことすら困難だっただろう。
いや、辿り着けていたとしてもその時点でさくらは満身創痍だったはずだ。
だが実際のさくらはどうだ。細かな傷や小さな打撲があっても、満身創痍とは程遠く万全な状態だといえる。
やがてアポカリプスの頭部付近まで到着したさくらは、邪神竜の鼻先数メートルまで接近し、対峙した。
「まだなんもしてないけど、アナタがこっちにきちゃうとみんなが大迷惑しちゃうんだ。召喚獣なんだから死なないはずだし、ちょっと痛いかもしれないけどごーいんに帰ってもらうかんね!」
さくらは大きな声でアポカリプスに対し宣言した。
「バカ……さくら!」
わざわざ挑発して見せるような態度に鴇が思わずさくらを制止しようとしたその時だ。
『ゥォオゴァアアアアアアアアッッッ!』
すさまじい慟哭。
さくらの目の前で大きく開かれた口からは赤黒い瘴気と炎、衝撃波が一気に吐き出されさくらはそれをまともに浴びてしまった。
「ぐぅう……!」
それはさくらの手に握られている鴇としても同じこと。
刀の姿をしているとはいえ、苦痛を感じることができる鴇は息苦しさと放出される熱に思わず声を漏らす。
「うー……!」
さくらもまた腕をクロスさせ、それに耐えた。
綺麗な桜色の髪の先がそれに中てられ、チリチリと焦げる。
彼女の装束も傷だらけになった。
だがそれでもさくらはアポカリプスの慟哭を正面から受けて耐えてみせたのだ。
『ゴォオ……』
ようやく落ち着いたかと思いきや、アポカリプスの喉が禍々しく光を放ち、この慟哭とは比べ物にならない魔力の塊を放出しようとしているのがわかった。
「さくら! 逃げろ!」
鴇がさくらに向かって叫ぶがさくらも鴇に負けないくらいの大きな声で答える。
「逃げない! さくらは、絶対に逃げないんだ!」
「馬鹿な! なにも正面から食らわせなくとも頭と胴体を切り離せば……」
さくらは抑えた声で「ダメ!」としっかりと答えた。
彼女の確固たる態度に違和感を感じた鴇は、落ち着いてアポカリプスの顔を観察した。
「お前……この状況でそれを思いつくか……」
鴇はさくらの考えていることがすぐに理解ができた。
確かにアポカリプスにとってさくらと桜刀は猛毒なのかもしれない。
鴇がいうように、全力の魔力を桜刀に収束させれば首を切断することはできるかもしれなかった。
だがこの超巨大な首回りと、硬い鎧鱗を纏った首を一刀にして分断できるだろうか。
さくらはこの状況下で、鴇が講じた案が『この場でもっとも安全な案』であることを肌で感じ取ったのだ。
すなわち、さくらに及ぶ危険が最小限で遂行できるかもしれない一案である。
しかしさくらが取った行動は違った。
【鎧鱗に覆われていない内部にダメージを与えるのが最もアポカリプスを斃せる可能性がある】
そう思ったのだ。
もちろん、さくらは予めそれを知っていたのではない。
アポカリプスと正面から対峙し、潜在意識が直感として彼女に伝えたのである。
つまり、それはこういうことだ。
【アポカリプスが鎧に覆われていない口内に一刀を喰らわせる】
さくらは、アポカリプスの口内が鎧で覆われていないという確信がなかった。
だが、先の慟哭でそれは確認した。
――アポカリプスの口内は、鎧に覆われていない剥き出しの状態である。……と。
「お前わかってるのか! 確かにお前の考えていることが最もこのバケモノを斃す最善策だ! だが魔力を放棄した状態で正面から【アレ】を受ければ死ぬ! 耐えられない!」
アポカリプスの喉に光が集まってゆく。
すぐにでもそれは放出しそうだった。
それでもさくらはその場から動こうとはしなかった。
代わりに、桜刀を自らの頭上に高く構える。
「さくら! ダメだ! 避けろ!!」
「鴇兄ちゃん……。大丈夫、大丈夫だからさくらを信じて」
「やめろ! さくら!!」
さくらの周りに降る桜雪がすべて桜刀に結集し、さくらの持つ魔力が刃に収束してゆく。
着物の向日葵、菊、桔梗、牡丹、藤、椿の柄が消え、鴇とひとつになった。
キィーン、という金属が遠くで振動するようなか細い音が振動し、やがて風のない湖のように一切の音を黙らせる。
さくらの魔力が完全に桜刀に移されたという証だった。
「さくら! 死ぬな! 今からでも……」
「鴇兄ちゃん、集中して。この一撃で全部……全部終わるんだから」
「……くっ! ひとりじゃ死なせんからな、さくら!」
「うん……さくらと鴇兄ちゃんは二人でひとつだから、死ぬときは一緒。でも、それはここじゃないもん」
『カァア……!』
アポカリプスの口が開いた。
そして、闇色の超弩級の破壊光線が放出された。
遠く離れた藤崎たちからもはっきりと視認できるほどの大きさ。
見る者すべてがそれに絶望を抱かざるを得ないほど、禍々しく悪夢のような光だった。
実際に、その破壊光線は街をまるごとふたつ削り取り、空に浮かんだ雲すらもすべて消し飛ばした。
街の港から海へ届いた光線は軌道線上の水を蒸発させ、さながらモーゼの十戒を思わせる非日常的な光景を押し付ける。
アポカリプスは自らの吐いた破壊光線でさくらを葬ったと、若干の闇の光をよだれのように零しながら、大きく開いた口を閉じようとした。
『……ッ?!』
アポカリプスは召喚獣ながら、明らかに驚いた表情を見せた。
確かに葬ったはずの、さくらがそこにまだ立っていたからだ。
真っ黒に焦げ、衣服もほとんど燃えてなくなり、露出した肌も肉を削がれ、至る所がめくれ上がり誰が見ても立ちながら死んでいる死体のようにしか見えない。
だが獣であるアポカリプスは本能的にさくらが生きていることを知っていた。
そしてそれを最も物語っていたのが瞳だ。
真っ黒になった姿の中、唯一光を放つ瞳。
アポカリプスは、なぜさくらが立っていられるのか理解できない。
海を割り、街を根こそぎ抉り取るほどの破壊光線を至近距離から正面で受けて生きているはずがない。
知能が乏しい邪神竜でも野性的な勘でそのくらいはわかる。
そう、《目の前の生物》が【生きているはずがない】のだ。
アポカリプスをさらに不可解にさせた要因がもうひとつある。
それは、完全に破壊光線から開けた視界に現れたさくら。
さくらの体である。
自分が相手をしていたのは、たったひとりの人間だったはず。
なのに、アポカリプスの目には《七人》の少女の姿があった。
さくらの体を守るようにしがみついて守る、6人の少女。
6人の少女たちは、さくらがアポカリプスに再び目を向けたのと同じく立ち上がった。
そして、さくらが構える桜刀に手を添える。
「……我ら七鶴、ここに在り…………!」
アポカリプスの視界で、ゆっくりと振り下ろされた一筋の刃。
直後、右の視界と左の視界が縦にずるりとずれた。
『ヒグゴゴボオオォオオォアオォオ!!!』
アポカリプスの頭部は縦に二つに両断され、断末魔とともに漆黒の粒子となって魔法陣の中へと消えてゆく。
ゆっくりと吸い込まれ、形をなくしてゆくアポカリプスをぼやける視界で見つめながらさくらはこの戦いが終わったのだと直感的に悟った。
「さくら……よくやったな。お前は、いや……お前たちは、誇りだ」
鴇の声が遠く聞こえる。
さくらの魔力がすべてなくなり、空から真っ直ぐに墜落してゆく。
魔力がすべて尽きたのに、鳥化しないさくらは自分が人間になったことを知らずにいた。
ただ墜ちてゆきながら薄れてゆく意識の中、遠くで救急車のサイレンが聞こえてくる。
なにも考えることのできないさくらはただひとつだけ思っていた。
――ああ、おなか……減ったなぁ……。
「あの少女を絶対に受け止めろ! 絶対に、絶対に死なすんじゃない!」
「あの子は救世主よ……! 私たちを救った救世主! 絶対に絶対死なせちゃだめ!」
騒然とする現場で、ミリオンが手配した救急隊とレスキュー隊が総動員で墜ちるさくらを救おうと必死になった。
空中で浮かべたいくつかのバルーンで衝撃を殺し、さくらが落ちた地上には大きなクッションが敷かれた。
こんなにも手際よく手配できたのは、藤崎を含めたかかわった者たちが『死んでも救う』という強い意志で前もって動いた結果であった。
魔法少女でも、クレインでもなくなった、『少女さくら』はたくさんの人間の目に触れた。
誰もが目を背けたくなるような状態のさくらを見つめ、佳音は涙を流しながら「ごめんね、ごめんね、さくらちゃん」と何度も繰り返し手を握った。
「私は魔法など信じられるはずもない日常に生きてきた。銀雪にしてもそうだ。あれは決して超常的なものなどではなく、学説的に科学として説明できるものなのだと。だからいつか必ず解明でき、私たち人間の力で解決できるのだと。
だがね。おかしな話だが今は魔法を信じている。そして、魔法を望んでいる。この小さな少女が守った私たちの世界……もう一度生きてほしい。そんな奇跡……いや、魔法を私は……信じているんだ」
「それがきっと、祈りなのだと思いますよ藤崎指令」
泣きながら佳音は言った。
救急隊が様々な器具で瀕死のさくらを見るが、明らかに症状は死に向かっていた。
懸命に延命処置を施そうとする隊員を見つめながら、まず藤崎が祈りの手を組んだ。
次に佳音が祈り、その場にいた百人以上の人間へと次々と祈りは連鎖してゆく。
彼らの思いはひとつ。
――どうか、この少女を救いたまえ。
そんな彼らを眺めるように地面に突き刺さっていた桜刀の鴇もまた、死の淵に立っていた。
アポカリプスの破壊光線を正面から受けたのは、さくらだけではない。彼もまたそうだ。
――死ぬときは一緒……か。それもまた幸福の形なのかもしれんな。
さくらに向かって祈りを捧げる人間たちをぼやけ、滲む視界で見つめながら幸福のまま死ねる贅沢に鴇は心の中で笑みを浮かべた。
さくらと鴇の意識が途切れたその少し後。
銀雪が完全に止み、空は嘘のように晴れやかに澄み渡っていた。
「人間のみなさん。聞こえていますか」
そんな太陽の光に交じって、祈りを捧げる藤崎達に女性の声が届いた。
最初は誰も、それが幻聴だと疑った。
だが次第に幻聴などではなく、本当に聞こえてくる声だと知る。
「私と与作さんは驚いています。この世で魔法を使えるのは、私たちナハティガルや魔法界の召喚獣だけだとばかり思っていました。
さくらの潜在的な魔力は全盛期の私を凌駕していて、それがなぜかずっと不思議でした。その謎がいま解けたような気がします。
人間には信じる力……それが起こす『人間だけが持つ魔法』があるのだと。
ひとりひとりの持つ魔力はわずかですが、それらが多く集まった時、ひとつの強大な魔法となるのです。
黄泉と呼ばれるこの世界もまた、ひとつの世界で貴方たちの魔法が届いたのです。だから、もしも許されるなら最後まで勇敢に戦い、倒れたこの娘……さくらに。最後の魔法を与えてください。
いったいどれだけの祈りが集まればいいのか、私には見当もつきませんが……。きっと、貴方たちにならさくらに最後の魔法を与えるだけの魔力を集められるはずです。あつかましいですが、これが最初で最後の私の願い……いえ、祈りです」
人間たちはその声に耳を傾け、ひとり、またひとりと立ち上がった。
そして考えるのだ。
自分にはいったい何ができるのか。
「私はミリオンの権限を最大限に使い、全国に発信する準備をする」
藤崎は強いまなざしで佳音を見つめると、佳音もまたそれに同意するように頷く。
「お手伝いします。藤崎指令、私もインターネットで呼びかけてみます。……KickKickがそうしたように」
その日のうちに、銀雪の脅威が去った全国各地に藤崎がその権限を過剰発動ともいえるほど行使し、さくらという少女の戦いを伝えた。
佳音もまた藤崎に協力する傍ら、インターネットで日本のみならず全世界にさくらのことを発信し、伝える。
それはあの場にいた誰もがそれぞれ、各々ができる範囲で伝え、走った。
彼らが伝えた、頼んだのはただひとつ。
『さくらに祈りを捧げてほしい』
どこからともなく聞こえた大魔女クレイン……いや、お鶴の言葉を誰一人として疑わずに信じた。
信じることが魔法であるのならば、『自分たちも魔法使い』なのだと奮い立たせたのだ。
さくらと6人の少女が魔法で傷つき、戦ったのであれば、今度は祈りという魔法で救うのだと……。
そして、世界は祈った。
たったひとりの少女が、たったひとつの魔法を最後に使うために。
結果は、どんな創作よりも信じがたいものだった。
ガルやカナリー、クックーを含むすべての魔法少女……ナハティガルたちを合わせても途方もないほどの魔力が、集まったのだ。
世界を作り変えてしまうほどの、魔力。いや、魔法。
それは、祈りによって……完成する。
そしてその魔法をどのようにして、さくらが受け取ったのかは……誰も知らない。
――とある朝。
「朝から食べすぎじゃない?」
「んぐっ! もぐもぐ、むごっ! っぽはっ!」
「ほら牛乳あるから飲みなさい。喉を詰まらせますよ」
「おいひい! 母様のごはん最高……!」
「それはどうも……ありがとう。でも、いくらなんでも食べ過ぎよあなた。ちょっと、与作さんもなにか言ってくださいな」
「ん? まあ、食べ盛りってやつじゃないのか。いいじゃないか、どうせ年頃になれば勝手にダイエットとかして腹いっぱい食べなくなるんだ」
「そうかもしれませんけど、今太っちゃったらそのダイエットだって諦めてしまいません?」
ははは、と奥でネクタイを絞め直す一家の大黒柱はよく焼けた健康的な肌と、人懐っこい笑顔を浮かべて娘と妻のやりとりに笑った。
「ほら、さくら。遅刻するからそろそろ食べるのやめなさい。今日から二年生なんでしょう?」
「んごっ、んっんっ! ごちそうしゃまぁ~!」
長い髪を二つ括りにした少女さくらは、隣の空席に置いたカバンを乱暴に取ると駆け足で玄関に向かう。
「ねぇねぇ鴇兄ちゃ~ん! いつまで寝てるのぉ~? 学校遅れちゃうよ!」
「兄ちゃんって言うな! 俺は弟だ! さくら姉と違って俺はもう朝飯も支度も終わってんの! 放っておいてくれ!」
ぶー、と膨れた頬をして「ずるーい」と声を投げるとキッチンにいる母に向かってさくらは言った。
「ねー母様ぁ~! なんで鴇兄ちゃんはさくらよりも近い学校なのー! 同じ時間に授業始まるのに家出るのさくらのほうが早いなんてなんかずるーい!」
「知りません! その学校は貴方が選んだんでしょう? なんでそんな遠い学校にしたの!?」
「……え? うーん、なんでだっけ」
「おーい、さくらー。電車やばいんじゃないのかー」
「わわ、ぶっ飛び! いってきまーす!」
キッチンでやかましく玄関の閉まる音を聞きながら、母はため息を吐いた。
「まったく……あの調子でちゃんと大人になれるのかしら。心配だわ」
「君が母親になれたんだから、大丈夫さ」
父が笑いながらそういうと、「どういう意味です? それ」と厳しい顔で母が言った。
「おっと、俺もやばいかなー……っと。あ、今日お弁当いらないっていうの忘れてたね、ごめん」
「ええっ! なんでそれを今言うんですか!」
「ごめんごめん……じゃあ行ってきます。ぶっ飛びーっと……」
「ちょっと! ああもうっ! みんなして……」
5つも離れた駅の高校に通って1年。
すぐに慣れると思っていた電車通学だったが、さくらはいまだに慣れない。
二年生にもなってこの調子なのが証拠だ。
毎日毎日、遅刻ギリギリで電車に飛び乗り、夏も冬も電車に飛び乗る頃には汗で制服をぐっしょり濡らしている。
「明日こそは……一本早い電車にの、乗るぞぅ……」
このセリフももはやお決まりになっていた。悲しいのは、毎日このセリフを言っていることを本人が気づいていないことだろうか。
電車の車窓からは春をうららに告げる桜並木が見えている。
綺麗で透き通りそうな空と、緑と、桜の淡い桃色。
それらのマリアージュにさくらは目を奪われた。
思えばじっくりとこうしてさくらを見るのは高校生になってから初めてかもしれない。
そんなことを考えつつ、ギュウギュウの満員電車の窮屈さも少しマシになってゆく気がした。
風に揺られて歌うような桜の木々がさくらに笑いかけ、あらためて彼女は自分の『さくら』という名前が好きだと実感する。
「ねぇ、あんた」
つり革にぶら下がり、窓の外をにやにやと眺めるさくらを呼ぶ声がした。
「ほへ?」
さくらが目を落とすと、そこには胸の大きい長いストレートの髪を束ねた、さくらと同じくらいの年齢の少女が座席からこちらを睨んでいる。
「あんた、誰?」
唐突で意表を突く質問にさくらはもう一度「ほへ?」と返す。
その間抜けな返事に少女は明らかにイラついた表情を見せ、「だから、あんた誰だって聞いてんの」と同じ質問を繰り返した。
「さくらは、さくらだよ。鶴 さくら」
「鶴……さくら?」
少女は少し考える。
「初めて聞く名前……だよな」
「??」
「あんたさ、どっか会ったことない? あたしと」
「え、どうだろ? わかんないけど、初めてじゃない気もする」
「どっちなんだよ!」
「ほへ」
満員電車の中で少女の声が人込みに吸われてゆく。
「……まぁいいや。あたしは千代丸 ふじ。また多分会うような気がするから覚えておきな」
「千代丸……ふじ? うん、ふじだね! わかったー」
「軽いやつだな……ん」
少女はなにかに気づいたのか、ズボンのポケットをまさぐりスマホを取り出した。
そして画面を見ると「あ、朔……」、そう呟き露骨に表情が優しくとろけた顔に変わった。
「恋人ぉ?」
「う、うっせ! あんたにゃ関係ないだろ、さっさと降りろよ!」
ふじがさくらにそうけしかけるのと同時に、さくらの通う高校のある駅へ到着するアナウンスが流れた。
「あ、降りなきゃ!」
さくらが電車を飛び出し、振り返ると扉が閉まるところだった。
かすかに見えたふじはやはりスマホを見てにやにやしている。
なぜだか自然に笑みをこみ上げ、さくらは笑顔のまま改札へつづく階段を駆け上がった。
さくらの高校の門から両サイド二本の桜の木がのぞき込むようにして登校する生徒たちを見ている。
そして門番のように女性教師が門の前に立っており、早くはいれと生徒たちを急かしていた。
「オラー! お前たち、走るっち! 閉門まであと5分しかないっちよ!」
「わわ! 最悪だ、よりによって始業式当日の門番が九九先生なんて……!」
最近は門番の教師などあまり見かけないが、九九という教師は、女性にも関わらず体育会系で自ら率先して門番をしている。
生徒たちの間では、九九教師が門番の日は『はずれの日』と呼ばれているくらいだ。
「あ、お前! さくらぁ! またギリギリっちか!」
語尾に「ち」がつく妙な喋り方が、陰でかわいいなどといわれているものの、反面ゴリゴリの体育会系というギャップがいつも生徒たちを混乱させている。
「ご、ごめんさぁーい!」
タッチの差でなんとか間に合ったさくらが下駄箱に靴を入れ、スリッパを両手に持ったまま靴下で教室へ走る。
「ちょっと貴方」
「は、はい?!」
落ち着いた物言いに妙な迫力を持つ女教師に呼び止められ、さくらは足踏みをしながら止まる。
「貴方、二年生ですか? 急いでいるからといって廊下を走るのは感心しませんね」
やけに鋭い目でさくらを睨むと、無言でスリッパを履きなさいと意思表示をした。
「ご、ごめんなさい……ガルシア先生」
「……よろしい。では行きなさい」
九九教師とはまた違った意味で苦手だという生徒も多い、ガルシア教師は世界史の教師だ。
日本に来てまだ数年だというのに、やたらと流暢に日本語を話す才人として、一部の女子(なぜか女子にだけ)から人気がある。
「うぉー! 遅れるぅ~!」
さくらが二年生の教室のある三階へ駆けのぼり、自らのクラスへ急いでいると見たことのある後ろ姿が目に入った。
その後ろ姿もまた、急いでいるようだ。
「ねえねえ!」
「おりょっ!? なんすかぁ、きくりんは今急いでんすよぉ!」
「えっと、もしかしてC組?」
「ありゃ? なんで知ってるっすか? もしかして某国のスパイ? 岡っ引き?」
「ほへ? わかんないけど、さくらも今日からC組なんだよぉ! よろしく!」
背の低い幼児体形の少女は、大きな口で笑う。
「このタイミングで自己紹介とはオモシロスなー。それに一人称が自分の名前ってところにそこはかとない腹黒さも垣間見えるっす。
きくりんも一人称は自分の名前だから同じ香りがするっすよ! 下百々 きくっていうんで、以後お見知りおきをー」
「うん! さくらっていうんだ! 鶴 さくら!」
そうして二人はスライディングするように足元を滑らせながら揃ってC組の教室に飛び込んだ。
「セ……セーフ……っすなぁ……」
「ぶっ飛びぃ……」
「どぅお~くぉ~ぐぁ~(どこが)セーフなんでしゅかあ!?」
滑舌の悪い幼顔の担任教師が教壇から、教室に飛び込んできたきくとさくらに向けてドスの効いた声で言った。
「金成先生が担任?! あ~りゃりゃぁ……最悪す」
「二年生になって初日からスライディング遅刻とはいい度胸でしゅねぇ。よしゅ、貴方たち二人には今日一日、休み時間は教室の掃除を命じましゅ。しゅしゅしゅ、光栄~でしゅ?」
「助けて大岡越前ん~……」
きくがショックでスライムのようになる横でさくらは、えへへと笑っていた。
「さて、みなしゃん。新年度、二年生になってのクラス替え! 新しい仲間と勉学に励もうではないでしゅか! さ・ら・に……転校生までいるんでしゅよ!」
きくとさくらが席に着いたあと、金成教師は転校生の存在を仄めかし、それと同時に教室内から「おおー!」と歓声が上がった。
「笑いと食の都、大阪からの転校生! カモーンヌ!」
教室の生徒たちが注目する中、恥ずかしそうに教室に入ってきたのは、目が細く、ポニーテールの髪型がかわいらしい少女。
「遅賀 つばきですぅ。よろしゅうに」
ぺこりと頭を下げた姿に、クラスのお調子者男子が「大阪からきたならなんかボケろー」やら「一発ギャグやれ!」などヤジが飛んだ。
「こら、やめなしゃい! 大阪から来たからってお笑い芸人ってわけじゃないんでしゅから……」
「先生だって転校生のこと『笑いと食の都からきた』って紹介したじゃーん!」
「うっ!」
つばきは俯いてなにもしゃべらなくなってしまった。
「ちょっとみんなひどいよ! 初めての学校で緊張している子にそんなこと! 謝ってよ!」
「おお、優等生のひまわり委員長は言うことが違うねー!」
「そ、そんなつもりじゃないよ! とにかく遅賀さんに悪いでしょ! 謝ってよ男子!」
ショートカットで色黒な少女と言い合うお調子者軍団。
黙る転校生。
教室内はちょっとしたカオス状態になっていた。
「やかましわボケェ!」
そんなカオス状態を一喝し、空気を変えたのは転校生のつばきだった。
クラスの生徒が全員つばきに注目すると、つばきはアルミの灰皿を一枚ずつ両手に握っている。
「今日という日にどんなボケかましたろうかと思って徹夜で考えたんや……。でもあれこれやりたいことが浮かびすぎて決まらんかった」
教室中が「え?」という雰囲気に包まれる。
それでもかまわずにつばきは続けた。
「考えすぎて逆になにがおもろいんかわからんくなるパターンや。スク水で登場して体張ったところアピろうと思ったけど、それやったらただの出オチやし後がもたん……。
せやったらむしろトークで笑かしにかかったろかいと思ってたら、は?? ギャグしろ? ボケろ? お前らどて煮にして牛すじとこんにゃくとでコトコト炊いたろかい!
ちゅうか担任がいきなり噛み噛みキャラってなんやねん! ボケづらいわ! 色々考えてきたのに教師が天然でボケてたらわしどないせぇっちゅうねん!?
というわけで大阪の伝統芸能を見てください。ポコポコヘッドです」
そういってつばきは両手にもった灰皿の底で自らの頭をポコポコと叩き始めた。
めちゃくちゃ痛そうだ。
「どないや! これが大阪名物ポコポコヘッドや! パチパチパンチはTPO的に問題ある思うたからやめたけど、これやったら満足やろ! ほら、どないや! 笑え、笑え自分ら!」
「や、やめなしゃい遅賀さん……ちょっと!」
必死でポコポコヘッドを披露するつばきと、必死でそれを辞めさせようとする金成教師。
コミカルな画にクラス中に大爆笑が巻き起こった。
「わー! おもしろーい!」
手を叩いて喜ぶさくらと、教壇横のつばきの目が合った。
「……あれ、あんたどっかで会わんかったっけ?」
「え? また言われたなぁ……。でも、確かに会ったことある??」
「あんた、大阪来たことは?」
「にゃい」
「うーん……んなら気のせいやろか」
そう呟きながらつばきは、奥に用意された空席にかけた。
教室の窓からも満開のさくらが見渡せる。
新しい生活の中に、なぜか懐かしさを感じていたさくらの今日という日は、妙にそんな桜の花々を見つめることが多かった。
「高校二年生といえば、修学旅行でしゅ。修学旅行が終わればみんな嫌でも進路を考えなければならない時期になりましゅね。そこで、今日から二年生の貴方たちには、こんなテーマを考えてもらいたいんしゅ」
金成教師が一番前の生徒にプリント用紙を配っていった。
前から順に回ってきたそれを受け取ると、プリントには『今、叶えたい願い事』と見出しがある。
「将来の夢とか、こうなりたいとかいろいろあると思うんしゅが、自分にできそうだとかできなさそうとかそういうことは一切考えず、今叶えたい願い事を書くんでしゅ。そして、三年生になるときにその願い事を見返して今後の自分の進路に役立ててほしいんでしゅ」
金成教師がそういうものの、クラスの男子生徒を中心に「そんな子供みたいなの書けねーよ」と騒ぐ。
「子供じゃないからでしゅよ。子供でも、大人でもない、一番不安定な今だからこそそれを書くことに意味があるんでしゅ。あーだこーだ言わなくていいから書きなしゃい!」
教室内の生徒たちは、シャーペンのヘッドを顎に当てて天井を見る者や、ペンを回しながら物思いにふける者、髪をかき上げたまま考え込む者、様々だった。
そんな中でさくらはなんの躊躇もなく、そのテーマについて書ききった。
「……よぉーし!」
「はーい、じゃあ後ろからプリント回収ねー。これは三学期の終業式で……」
金成教師がプリントを回収し、その後体育館での始業式の後、その日の行程は午前中で終わった。
「鶴さん」
先ほど男子から「ひまわり委員長」と呼ばれていた少女、ひまわりがさくらの名を呼んだ。
「抹茶ボルケーノ~、ほうじ茶スプラッシュ~、青汁ジェノサイドぉ~」
鼻歌交じりに帰り支度をしているさくらはそんなひまわりの声に全く反応しない。
「鶴さん……ねぇ、鶴さんってば!」
「トドメはタピオカホロコースト~」
「ねえってば!」
肩をたたかれ、初めてさくらは自分が呼ばれていたことに気が付いた。
「ほへ? さくらになんか用?」
「なんか用って……何度も呼んだのに」
「あーごめーん! なんだか、鶴って呼ばれるの慣れてなくて。さくらのことは「さくら」って呼んで? だったらわかりやすいんだぁ」
「そうなの? ……じゃあ、さくら……ちゃん。さくらちゃんって前はA組だったよね? 私は御空木ひまわり。前のクラスでクラス委員長やってたから男子からはそんな風に言われてるけど、私のことも「ひまわり」って呼んで」
「ひまわり……ひまわり?」
さくらはひまわりの名前を聞いて、少しだけ考え込んだ。
「どうしたの、さくらちゃん」
「ううーん……。今日はなんだかこういうの多いなぁ……。聞いたことあるんだーよーねー」
「あはは、ひまわりなんてよく見かける名前だもんね。きっと気のせいだよ。だって、私はさくらちゃんと一年生の時、一度も話したことないんだもん」
「そっかー。でも、さくら、ひまわりと仲良しになれるような気がする!」
「えっ? う、うん。嬉しいな、そういってもらえると」
「そんでー、さくらになんかあるんでしょ?」
ひまわりはポン、と手をたたき「そうだった」と言った。
「さくらちゃんってさ、もしかして葵町に住んでるの?」
「そうだよ! なんで知ってるの?」
「実はね、一年生のときから時々帰りの電車で見たことがあったから」
「え、え、そうなのー? さくらは全然気づかなかった」
「さくらちゃん、いつも寝てるから……」
ひまわりは文字通り向日葵のようにまぶしく笑った。
「そういえば、朝の電車で見たことはないなぁ……」
ひまわりがそういって少し考え込んだが、当然である。さくらは毎日遅刻すれすれなのだから。
「じゃあーみんな一緒っすな!」
ひまわりの後ろからきくがにょきっと顔を出し、自らを指さす。
「きくりんも葵町なんすよねぇ~」
「ええっ!?」
叫んだのはさくらではない。まったく見当違いの方から聞こえたものだった。
「あーしも葵町やねんで! 葵町!」
転校生のつばきだ。
四人は顔を見合わせて驚いた。
「なんか運命的なもの、感じちゃうね。せっかくだし、一緒に帰ろうよ!」
ひまわりの一声で四人は一緒に下校することにした。
四人は並んで駅までの道のりを歩きながら、不思議な感覚を覚えた。
「なんだか……変な感覚っすなぁ」
「あら、きくはんも? 奇遇やね、あーしもやねん」
「ええっ、みんなも!? 実は私もなんだ。なんか、こうして四人でいるのって初めてじゃないような……。それにだれかまだ足りないような気がするんだ」
ひまわりの一言に少し複雑な表情をしながらも、四人が四人とも同じ感覚を覚えていた。
どこかで会ったことあるような気がする。
だが間違いなくつばきとは初対面で、ほかのメンバーとも今日初めて話した。
「……」
自然と沈黙が続く中、駅に着いた四人はそのまま電車に乗った。
「あ……」
彼女らの正面に座っていたひとりの少女がさくらを見て声を漏らす。
「ほへ? ……ああっ!」
朝、電車で話しかけられた胸の大きな少女である。
「さくらちゃん、知り合い?」
「うん。今日の朝友達になった、ふじだよ!」
「っておい、いきなり呼び捨てかよ!」
ふじはぶすっとしながらも、しきりにさくらたち四人を見ていた。
そして四人も同じく、ふじの存在が気になっている。
互いに理由もわからないまま、電車は2つ目の駅で止まった。
「まったく、なぜわたくしのような貴賓に満ちた高貴な人間が庶民と同じ電車になど乗らねばならないのかしら。爺に早く帰省から帰るように言わなくてはなりませんわ」
独り言というのには、いささか大きなトーンで背の高い、パーマ髪の女子高生が乗り込んできた。
「まったく、狭くて臭い空間ですわ。ここに3駅先まで乗らなくてはならないなんて……あんまりですわ」
乗客たちが示し合わせたかのようにその高飛車な女子高生から目を逸らした。
怖いなどという感情からではなく、ただただ面倒くさそうだから、という理由からである。
「なんですの、貴方方は……?」
ふじを含めた五人は思わずその少女に見入ってしまった。
視線に気が付いた少女はすぐに文句を言おうとしたらしいが、本人も五人の顔ぶれをみて黙ってしまった。
「……なんちゃってゴージャス」
「な、なんですって! もう一度おっしゃいなさい! なんちゃってゴージャス!? あなたのようなちんちくりんの小学生にそんなこと言われる筋合いはございませんわ!」
「きくりんが小学生だってぇ! なんてこと言うんすかぁ! こう見えてもきくりんお尻には自信あるんすから! ほれほれ!」
「なんとミニマムな……。ご両親がかわいそうですわ!」
「はあ~あ!? うちのパパスもママスも超プリティー体形だっての! そっちみたいなババア体形乙って感じすな!」
「ちょ、ちょっとやめなよ!」
「せやで、っていうかよう初対面で自分らそんな全力の喧嘩できるな!」
つばきが何気なしに放った『初対面』という単語に、六人は理由もなく黙った。
「わたくしは一野ききょうと申します。みなさんとは初めてお会いした気になれないのですが……どこかで」
「ねーねー、そんなことよりさ。ききょうも葵町?」
「え、ええ……。わたくしの自宅は葵町ですわ」
「あれ? そうなんだ。あたしも葵町だよ」
ききょうに続きふじまでもが葵町だという。
気味の悪い感覚と偶然に、再び沈黙が訪れる。
だがなぜだろう。気味が悪くはあるが、不思議と嫌な気分ではない。むしろ嬉しいような、複雑な感情が彼女らを包んだ。
「なんなんだろうね……この感じ」
「なんだかくすぐったいような、そんな感覚ですわ」
『次に到着いたします駅は、葵町。葵町駅です』
葵町の改札を出る頃には四人だった少女たちは六人に増えていた。
さすがにこれ以上こんなことはないだろうと、駅を出た矢先のこと。
葵町駅前にあるゲームセンターを横切ろうとした六人たちの前に、ジャージの上着を羽織ったツインテールの少女がチョコのお菓子を咥えながら現れた。
突然現れたのではなく、丁度その少女がゲームセンターから出てきたところをばったり出くわしたようだ。
「……」
少女は黙ったまま六人を見つめた。
「まただ……」
ふじが呟いた。
六人と少女。計七人の少女たちは、やはり既視感に包まれた。
「えっと……あの」
ひまわりがなにか話しかけようとした時、ツインテールの少女は手に持ったビニール袋から六本のチョコ菓子を取り出し、ひまわりに手渡した。
「え、これ……」
「今UFOキャッチャーで取った。食べる?」
「わーい! これチョコホームラン!」
チョコホームランに飛びついたのはさくらだ。
続いてきくが飛びついた。
ほかの少女たちは一本ずつチョコホームランを手に持ったままツインテールの少女を見つめた。
「うちは大十四 ぼたん。大体いつもこのゲーセンにいるから。……じゃ」
「あ、待って! あの……どこかで」
そのまま背を向けて歩いてゆくぼたんに、ひまわりが呼び止めようとする。
だがぼたんはプラプラと手を振っただけで、振り返りもせずに言った。
「お互い、今ここで会っただけさね。これから会う機会もあるだろーから、そんときはよろしくさ」
あっさりとした出会いと別れ。
七人の見知らぬ少女たちは、ひとりひとりそこから帰っていった。
誰もがきっとすぐに……明日にでもまた会えるような気がしていた。
ただひとり、その感情に慣れないひまわりは駅前に一人立ち尽くし、この妙な既視感と不思議な感覚について考え込む。
「なんなんだろ……これ。お母さんに聞いたらわかるかな……」
人一倍真面目で融通の利かない性格のひまわりだ。
考えれば考えるほど袋小路に陥ってゆく。
つまり、正解とは程遠い場所へ考えるほどに遠のいてしまう。
「うーん……!」
辺りは次第に薄暗くなってきていた。
「おーい、御空木―!」
それに気づかせてくれたのは、少年の声だ。
声のした方を振り返ると、体つきのしっかりした日焼けで真っ黒になった少年が手を振っている。
「玉木くん!」
「……よかったぁ、御空木って帰るの超早いからさ」
「ど、どうしたの玉木くん……」
「あのさ、どうしても御空木に伝えたいことがあって」
オレンジ色に染まりかけている空。
それが丁度玉木少年の顔を陰で隠していた。
そのおかげで玉木少年の顔が真っ赤に染まっていることにひまわりは気づかずにいれた。
「あの……さ……その」
「伝えたいこと……?」
もじもじとしている玉木少年の背中を押すものはなにもない。
玉木は想いを告げる言葉を口から出すには自らの力しかないと分かっていた。
だから、必死に言おうとした。
「玉木くん……えっと、笑わないでね」
そんな玉木少年にひまわりが話しかける。その声は、普段となにも変わらないはずなのに、優しさと慈しみに溢れ、まるでひまわりではないようだった。
「この世界ってすっごく、綺麗。あの夕日も、葵駅の風景も、なにもかも全部。誰かが守った世界が、私は好きなんだ」
ひまわりは自分でも驚いた。
この状況で、一体自分はなにを言っているのだ。
思わずひまわりは口を手で押さえて玉木に謝った。
「ご、ごめん玉木君! なんで私こんなわけのわからないこと……」
「いいんだ。おかげで気が楽になった」
もじもじと言葉を口にする勇気がでなかった玉木はそこにはもういなかった。
ここにいるのは、意思を強く持った一人の少年だ。
「御空木。俺は御空木ひまわりが好きだ!」
校舎の窓ガラスにオレンジ色の夕日が反射して、空の広さをさらに広く見せているようだった。
さくらたちの通う高校の職員室で、金成教師は今日配った『今叶えたい願い事』というテーマのプリントを、生徒一人ずつ見ていた。
「ん、これは……」
「どうしたのです? 金成先生」
「あ、ガルシア先生でしゅか。いえ、今叶えたい願い事ってテーマでうちのクラスの生徒にいろいろ書いてもらったんでしゅがね……」
「今時の連中はろくなこと書いてないっち。ねぇ、ガルシア先生」
「……ふふ。なかなか面白いことが書いてありますよ、九九先生?」
「面白いこと?」
カバンを肩にかけ、帰ろうとしていた九九教師はガルシア教師に言われて金成教師の下にやってきた。
そして、ガルシア教師と共にそれをのぞき込む。
「今叶えたい願い事がこれでしゅか……。ある意味、もうこれは叶ってると言っていいかもしれませんね」
三人の教師が見つめるそのプリント用紙にはこう書かれていた。
『今叶えたい願い事』
2年C組 鶴 さくら
みんなが元気で笑って暮らせる世界!
(あと、おなか一杯ごはんが食べられる世界)
世界を作り変えるほどの強い想いを魔法というのなら
その魔法をあなたなら、どう使いますか。
END