01 その少女、さくら
一片の雪が、春の暖かい風に乗って町に舞い降りた。
暖かい日差しの中でも溶けずに地上に落ちた雪は、アスファルトの路面の上なのに溶けることもなく形を留め、自分を見つけて欲しいと言いたげに空を見上げている。
「ママー、雪が降ってきたよ」
少女が部屋の中から窓の外を指さし、奥で昼食を作っている母親にそう言うとどんどんと飛び跳ねてはしゃいだ。
「外に出ちゃだめよー」
奥からジュウウとフライパンでなにかを調理している音と一緒に、母親が少女に外に出ないように注意し、忙しそうに冷蔵庫を開け閉めしている。
「わかったー」
少女はそう答えたものの、窓の外で次々と舞降る雪景色に興奮を抑えられなくなり、足音を忍ばせ母親に気付かれないように玄関のノブを回して外に出た。
「わあ……きれい」
少女の前に広がったのは、桜舞う中に空からひらひらと舞い落ちる雪景色。
瞳を輝かせて少女は小走りに近くにある公園を目指した。
「あいちゃ~ん、お昼ご飯よ……」
手に持ったおぼんの上に、オレンジジュースとオムライス。黄色い卵には娘が喜ぶようにとケチャップでネコの絵が描かれており、母親の愛情が伺えるようだった。
「あいちゃん?」
コトリ、とテーブルにおぼんを置いて母親が部屋を見渡すと娘の姿がない。
トイレやバスルームなど隠れていそうな場所を見るが娘は見当たらなかった。
まさかと思い玄関の靴を見た途端、母親は一瞬にして顔を青ざめさせ、慌ててドアを開ける。
「あいちゃん……あい!?」
ドアの外は桜の花びらと、白い雪が踊るように降り続く美しい景色が広がり、母親はさらにもう一度、「あい!」と絶叫した。
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『気象庁及び警察庁から警告。銀雪警報が発令されています。銀雪警報が発令されています。解除のアナウンスが発令されるまで絶対に外出はしないでください。繰り返します。銀雪警報が発令されています。住民の皆様は、速やかに室内に避難し外に出ないようにしてください。間違って外にいる住民は、すぐに屋内に避難してください』
町に点在したスピーカーから雪景色に変わる町中に聞き慣れないアナウンスが響き渡り、道には人の姿が消えた。
「もしもし警察ですか?! うちの娘が……あいが外に出てしまいました! どうか、どうか助けて!」
発狂したように甲高い声で母親が警察に通報し、切迫した様相で部屋中を駆け回る。
急いでいたからかテーブルに膝をぶつけ、テーブルに置いたオムライスにオレンジジュースが零れてしまい、ケチャップで描かれたネコがぼやけた。
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公園の真ん中で少女は美しい桜と雪に空を見上げていた。
初めて外で見る本物の雪に、心を踊らした少女は嬉しそうに笑い公園を駆ける。公園のブランコに座り、少女は「ゆーきやこんこん、あらーれやこんこん」と歌い出しこの状況を大いに楽しんでいた。
「……なんだろ、あれ」
ブランコに揺られ、頭や肩に雪をほんのり積もらせながら少女の視線の先を追ってみると、空に町を埋め尽くすような大きな白い魔法陣があった。
そして、そこから雪が降っているのだと、幼い彼女にも理解ができたのだ。
「かわいいお靴ー」
彼女の言葉が何を指しているのか更に注視してみると、彼女が見詰める魔法陣の一部分から黒いドレスシューズが現れ、次第にそれは足首、すね、スカートの裾……と姿をはっきりとさせる。
しばらく見ていると、ついに全体の姿が露わになった。
「ごきげんよう……」
遥か上空に浮いているその人物の声が彼女に聞こえるはずもないが、少女の耳にははっきりと聞こえた。
「こんにちはー」
無邪気に少女が返事をすると、空に浮かんだそれはにっこりと微笑みを返し、少女を見下ろしている。
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【それ】とは、フリフリのついたフランス人形のようなドレスを来た金髪で色白の少女の姿をしていた。
服に装飾されたフリフリと同じものが装飾された日傘を差し、ニコリと微笑んだまま目を見開くと、少女を睨むと不可思議な衝撃を受け少女はブランコから落ちてしまった。
「きゃあっ」
尻餅をついて痛みに短い悲鳴を上げた少女が見上げると、先ほどまで空に浮いていたはずのそれがすぐ目の前に立ち、少女をニコニコと見詰めている。
「あなたはだぁれ?」
「私? 私は……魔法少女よ」
「魔法少女?」
ゆっくりと歩みを進め、魔法少女と名乗ったそれは少女と距離を詰め始めたその時だった。
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ギィンッ、という何か金属がぶつかり合うような激しい音と火花が散った。
「間に合った!」
突然の激しい音に思わず目を瞑った少女が再び瞳を開くと、黄色い背中が自分の前に塞がり、目の前にいたはずの魔法少女を視界から隠している。
状況の理解が出来ずにいる少女の後ろに更に何者かが降り立ち、少女の肩を抱く。
「怖かったね、お姉ちゃんが連れてってあげるからおうちに帰ろうね!」
少女が振り返ると、今度は淡い紫色の着物のようなドレスに身を包んだ高校生くらいの見た目の少女がいた。
「お姉ちゃんも魔法少女?」
「え? う~ん……ちょっと、違うかな」
少女を抱きかかえた紫の少女が大きく飛び上がり、どこにでもなく「ぼたん! お願い!」と叫ぶ。
「はいな、おまかせあれ!」
「わあっ!」
側面から更に高く飛び上がり現れた赤い影に空中で少女を受渡し、紫の少女は《魔法少女》に身体を向けた。
「ひまわり! あんたまたぶっこむんじゃないよ!」
「わかってるよ、ふじちゃん!」
ひまわりと呼ばれた、《魔法少女》と正面から向き合っている少女の姿もまた高校生くらいで、真っ直ぐ魔法少女を睨みつけ腰の帯に触れ何かを伺っているようだった。
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魔法少女と呼ばれたそれは、口から自分の身体と同じかそれよりも大きい鋭く尖った、鳥の嘴のような口を広げ、中におろし金の様に連なった牙を覗かせていた。
それはまるで、ここが地獄の入り口であるかのようにぬるりと濁った光を放ち、喉元へ続く闇へ誘っている。
「ひぇ~」
キセルを咥えた青い着物風ドレスに身を包んだ、やや背の高い別の少女が魔法少女の後ろに降り立ち、ひまわりと挟むような構図。
「相変わらずキモいですね、魔法少女の本体って」
口からぽわん、と煙を吐きながらやや楽観的に話す彼女に、ひまわりは魔法少女から目を離さずに言った。
「一気に片付けるね、ききょう」
「わかっていますよ、ひまわりさん」
魔法少女は、彼女らに挟まれているのを理解すると大きく出した嘴をずるりと中にしまうと、差していた傘を畳地面に先を立てる。
「クレイン……」
呻くように魔法少女がひまわりらに言い放つと、魔法少女の足元に魔法陣が現れ、光が魔法少女の髪を浮かした。
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『マギ・ロティール』
狭い部屋で反響するするエコーを余韻にした声で魔法少女がそれを唱えた直後、魔法少女の周りに間欠泉の如く炎が噴き出しひまわりとききょうを襲った。
ききょうは素早く後ろに飛び退き、ひまわりは腹から腰に巻いたリボンのように大きな結び目が特徴の帯に触れながら『蒲公英』と魔法少女と同じエコーのついた声で叫ぶ。
「ぐ、クレインめ!」
魔法少女に向かってひまわりの帯が凄まじいスピードで襲い掛かったかと思うと、パァンッと花火のように火花を散らし、魔法少女はたまらず垂直に飛び上がりそれを避けた。
「ありゃりゃ、そりゃ駄目だろぉ」
魔法少女が飛び上がった上空に、白い着物の影。
「きくちゃん!」
「あいよー!」
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ひまわりが呼ぶ声に返事と一緒に強烈な拳を見舞い、魔法少女は頭から地面に激突したかと思うと衝撃で大きなクレーターを作った。
『女郎花!』
きくは頭に刺した櫛を抜きながら詠い、地面への激突から体勢を立て直せないでいた魔法少女に向けて櫛の先を振る。
櫛から無数の棘が魔法少女を襲い、魔法少女の体中に次々と突き刺さった。
「ぎゅぅええええええ!」
この世のものとは思えない絶叫を上げ、魔法少女は血にまみれてゆく。表情は苦悶と憎悪が入り混じり、先ほどまでの穏やかな顔はどこにも見当たらなかった。
「おまたせみんな!」
紫の少女・ふじと赤の少女・ぼたんがその場に舞い戻った。先ほどの女の子を家まで送り届けたようだ。
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「誰がとどめいく?」
「趣味悪いよ、ふじ」
扇子でパタパタと顔を扇ぎながらふじが悪ふざけな言葉を放ち、すかさず隣のぼたんがそれに突っ込みを入れた。
見下ろす彼女ら5人の視線の先に、無数の棘に磔にされ真っ赤な血に染まった魔法少女の姿があった。
魔法少女は憎しみに満ちた顔で5人を睨み、歯を食いしばる。
「……後味悪くなるから、早くやろう」
ひまわりがぽつりと言い放ち、次の魔法に備えて帯に触れた。
「ビチュアアアアア!」
突然、魔法少女の腹を突き破り、巨大な鳥が出現しひまわりに襲い掛かった。
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「なっ!」
余りに急な出来事にひまわりと他の4人は迎撃が遅れる。
「しまっ……」
「死ねェエエエエクレインどもォオオ!」
鳥化した魔法少女があの凶々しく尖った嘴を大きく開け、ひまわりを飲み込もうと襲い掛かった。
「ひまわりーっ!!」
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『マギ・テルミドール』
ひまわりが飲み込まれようとしたその瞬間、どこからか魔法を唱える声が5人の耳に触れた。
誰も振り返る間もない、ほんの少しの間。……秒数にすれば一秒にも、一秒の半分にも満たない僅かな、僅かな時間。
ひまわりを飲み込まんとしたその鳥の化物は血の花火となり、肉片を飛び散らせて四散した。
花火となりその身を消滅させた鳥の代わりにそこに現れたのは、長い髪の桜色の着物ドレスを身に纏った、5人が見たことのない少女の姿。
「あ……」
薄らと笑みを浮かべた桜色の少女は、拳を股の下に真っ直ぐと伸ばしたままひまわりの顔に視線を合わせた。
「誰……あなた……」
唐突な出来事に言葉を失っているひまわりを代弁するように、ぼたんがその見知らぬ少女に尋ねた。
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桜色の少女は、雪と桜の花びらに吹かれながらひまわりから目を逸らさずに立ち上がると、肩にかかった魔法少女の肉片を払い腰に手を当てて言う。
「あたしは鶴賀さくら。6人目のクレインなの、仲良くしてね」
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魔法少女×クレイン さくら
神威遊
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今月の銀雪予報は普段とあまり変わらない……よく言えば平和。悪く言えばいつまで経っても一向に減らない内容であった。
「これでも昔に比べたら大分減ったものよ」
たった今私が語ったことの出鼻を挫くように否定した言葉を放ったのは、御鶴木ひまわりの母・やまぶきだ。やまぶきはテレビのニュースが映し出す銀雪予報をボーっと見ているだけのひまわりにそう言いながら朝食のパンが乗った皿を彼女の手前に置いた。
「ふぅ~……ん」
いつもの朝。ひまわりは昨日のさくらと名乗る少女のことを考えながら、やまぶきの話すことなど上の空の様子。
それでも手は勝手にバターとマーマレードを塗り、パリリと小気味のいい音でもってパンにかぶりついた。
「なに? 考え事?」
何を考えているかわからない娘の様子に対し、やまぶきは呼びかけるが反応は相変わらず上の空のまま。
「……だけど食欲だけはあるのね。ご立派」
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ぼーっとしているのにむしゃむしゃとパンとスープをぺろりと食べ干す娘の姿に、やまぶきは呆れ顔で笑った。
「ねぇ、お母さん」
「やっと喋ったわね。なに? サッカー部の彼となにかあったの」
ぶほっ! と口の中に含んだスープと一緒に咳き込んだひまわりにやまぶきは「なによ汚いわね!」と慌てた。
「たた、玉木くんとは別にそんなそういう訳でも仲でもなくてなんていうか彼は私のことなんか見てないしそれ以前に好きとか好きじゃないとか」
「わかった、わかったわよ! その玉木くんのことじゃないのね?!」
とか言いながら母やまぶきは、ひまわりの意中の男性の名前が『玉木くん』という名前だと知り、内心はしたり顔をしている。
「……で、なに?」
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ひまわり自分が噴き出して汚したテーブルを拭きながら、「クレインの6人目のことなんだけどさ」と切り出した。
「6人目? ああ、鶴賀の家よね」
鶴賀……その名を聞いたひまわりは先日の少女が名乗った【鶴賀さくら】のことを思い浮かべ、彼女に対する違和感を感じていた。
「それってさ、さくらって名前?」
「さくら? ……さぁね、あそこは元々【クレイン】の家系と付き合いが薄かったから。私達がクレインやってたころも鶴賀のクレインは滅多に現れなかったし」
――だとしたらなんで今頃私達の前に現れたのかな。
やまぶきが「けど突然どうしたの? 鶴賀のクレインと会ったの?」と聞き返したがそれに被せて「行ってきます」とひまわりは家を出た。
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ひまわりは高校2年生の17歳。とある県にある葵町という町に住んでいた。
銀雪が訪れ魔法少女が現れる時以外は、ごく普通の女子高校生だ。
そのため、当たり前だが普段は普通の高校生として学校に通っている。
家から学校までは直線距離で2キロほど離れたところにあり、彼女は毎日歩いて通っている。
今日の通学中のテーマといえば、やはり【鶴賀さくら】の存在である。
イヤホンから流れる人気アイドルグループの曲に乗って思い浮かべるあの姿。
目の前に突然現れ不敵な笑みを向けた見知らぬ少女。
音楽とそのイメージが同調し、好きな音楽がまるでさくらのBGMのように重なってしまい、思わずひまわりは耳に差したイヤホンを抜いた。
「ひまわりー」
イヤホンを外すのが分かっていたかのようなタイミングで、彼女の背中を何者かの声が呼び止めた。
「きくちゃん」
その声に振り返らずとも何者であるか察したひまわりは、明るい声で返事をした。
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下鶴きく。ひまわりと同じく17歳の少女で、やまぶきが言っていた【クレイン】の一人だ。冒頭を読み返していただければ、彼女があの場にいたことが分かるだろう。
「ありゃりゃ、冴えない顔だねー……。けど、まぁ血色は良いからお腹いっぱい食べたみたいだぁね」
コロコロと首を振って笑うきくは、肩までの髪を揺らした。
その揺れる髪を見てひまわりは、(やっぱりもう少し長い方が女の子っぽいかな)と思ってしまう。
なぜならばひまわりは、ボーイッシュなショートカットで、耳も半分見えている。これまでの人生で好んでこの髪型をしてきたのだが、それを悩ませる理由が彼女にはあったのだ。
「ん~……その顔は、どっちだぁ? 玉木っちのことかにゃ? 」
「玉木くんは関係ないって!」
【玉木】……とは、聞き覚えのある名前である。どこで聞いたか……。
ヒントは、ひまわりのこの反応にあった。
そう、玉木くんとはひまわりが密かに恋心を抱くサッカー部の同級生である。
「あ~りゃりゃ~? そんなこと言っていいんですかねぇ~」
ひまわりの顔を覗き込み、彼女の反応を楽しもうとするきくを避けようとひまわりは歩む速度を速める。
「おおっと、ごめんごめん! 許してってばぁ~、ほらあのことでしょ!? あの鶴賀さくら!」
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背中を追いかけながら謝るきくに肩から下げたカバンの紐を引っ張られ、ひまわりは眉をやや吊り上げたまま「うん」と不機嫌そうに答えた。
ひまわりにとって玉木くんの一件は、朝一番から母親にも突っ込まれており、ピンと張った琴線は過敏になっていたようだ。
「……鶴賀のクレインなんて、私達一度も会ったことないもんねぇ」
やはりきくもひまわりと同じことを考えていた。いや、きくだけではない。他の4人のクレイン達もきっと同じ疑問を持っているに違いない。
「私達の世代でなにか大きな災いが起きる……って」
考えている最中で無言のひまわりの横顔にきくがまた一言投げかけた。
「六鶴が揃わないのに、大きな災い……ねぇ」
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大鶴、鶴丸、鶴野、御鶴木、下鶴、そして鶴賀……。
これらは全てとある一族の名字である。
彼女らが【六鶴】と呼んだ6つの家系は、見ての通り名字に必ず【鶴】の字が入り、【魔具】と呼ばれる魔力を内蔵した道具を操り、着物のようなドレスに身を包んだ【クレイン】という戦士へと変身する。
そう、彼女らが時折口にする【クレイン】とは【六鶴】である彼女らが【魔具】も用いて戦士に変身した姿のことなのである!
「クレインの仕事もしんどいだけだし、下手すりゃ死ぬし、もうやめたいなぁ」
……戦士に対する熱量が私と彼女らとでは若干温度差があるようだ。
「早く辞めたければとっとと子供を産んで、その子がクレインとして魔法少女を倒せるまで育てなきゃダメだかんね」
ひまわりが溜息混じりに言い、それに相槌を打ちきくが「現状それに一番近いのはふじだけかにゃ」と笑う。
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「そうだね」
「あ! もしかしたらひまわりも玉木きゅんと元気な赤ちゃんを~」
よせばいいのにきくは再度ひまわりをからかう魔法の呪文「玉木きゅん」を詠唱した。
「きくちゃ……ん?」
「はっ! 殺気!? さらばなりひまわり殿! また会おうぞ!」
ひまわりの殺気をいち早く察知したきくは、素早い動きでひまわりを追い抜いてゆく。
「ちょ、きくちゃん! 絶対許さないからぁ!」
二度もからかわれたひまわりも流石に今度ばかりはきくを追いかけるために、全力で駆けていった。
しかし、私は見てしまったのだ。そんな彼女らの背中を見守る一つの影に……。
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「イッエース! 子猫ちゅわんたち! 今日も元気にビンビンしてるかな!?」
自称バイリンガルで通っているひまわりの在籍する2年α組の担任、林堂はなよなよとした猫なで声で、どちらかといえば自分が猫だと主張しているのではと誤解するような挨拶をクラスの生徒に散らした。
「ビンビンって、それセクハラじゃないんですかー!」
「教育委員会に通報すっぞ!」
「イエス! イエス! イエース! 教育委員会も僕の子猫ちゃんには手出しさせないよ!」
クラスの誰かがふと思った。
――日本語が通じないのはバイリンガルとは関係ないよな……。と、
(結局、あのさくらってクレインのこと話せなかったじゃない……きくちゃんのバカ)
林堂の胡散臭さが漂うバイリンガルさを強調する挨拶は、ひまわりのクラスでは日常であった為、今朝に限ってひまわりが特別なにかを感じることはない。
つまり、ひまわりは林堂を無視してやはり考え事に耽るのみであった。
「トゥデイはハッピーなニュースをエブリワンにプレゼンしよう!」
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林堂の言っていることはもはや解読不可能なほど崩れきっているものの、次に続く言葉でクラスの生徒達は一斉に沸き立つ。
「転校生を紹介するよ! ヘイ、ミスさくら!」
突然の転校生紹介に一瞬どよめくクラスの中で、ひまわりだけが『さくら』というキーワードに反応し、反射的に黒板側の扉に首を振った。
転校生、転校生、とどの生徒も隣同士でひそめた声で噂する中、勢いよくドアが開いた。
ガタン! と破壊音と一緒に『さくら』と呼ばれた転校生は、軽快な足取りで颯爽とひまわり達の前に姿を見せた。
「こんにちは! 初めまして鶴賀さくらです! えっと……あ、17歳なんでよろしく! これからぶっ飛んでいくんで仲良くしてね!」
クラス中に響き渡るほどの大きな声でさくらは自己紹介をし、林堂がさくらが入ってきたドアに駆け寄り「マイガッ! クラッシュしてるじゃないですか!」と盛大に壊れ、枠から外れたドアを見て頭を抱えた。
わああっ、沸き立つ教室はさらさら長い髪が美しく、足首も腰も細く顔の小さい、完璧なプロポーションのさくらを歓迎する。
カッ、踵を鳴らしさくらはひまわりの席まで迷わず歩いてゆくとひまわりの席の前で立ち止まった。
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思わずひまわりは立ち上がりさくらと見つめ合う。
ひまわりの目には懐疑的な色と、警戒している色が右と左とで違う色を見せた。
「なんだよ、御鶴木と知り合いか」
「ひまわり、転校生さんと友達?」
クラスの生徒が思い思いの言葉を飛ばせる中、鶴賀さくらという知らないクレインを前にひまわりは僅かながら敵意を見せる。
だが一方のさくらは、挑戦的でも好戦的でもなく、ただただ好意的な笑みでもってひまわりを見つめていた。
「御鶴木ひまわり……だよね? 今日から友達だね!」
そう言ってさくらはひまわりに握手を求めて手を差し出した。
「……!? い、いきなり人の事気安く呼び捨てるような人と、急に友達になんてなれないって!」
差し出された手を無視してひまわりはさくらを睨んだ。
「なんで?」
「なんでって……私の言ったこと聞いてなかったの?! あなたみたいな人とは余計に友達になれない!」
さくらは寂しそうな顔をして「そうかぁ」とだけ答え、空いていた机へ勝手に座った。
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さくらがひまわりの高校に転校してきたというニュースは、他のクレイン達の間でも大事件となった。
これまで十数年間、葵町から離れ姿を眩ませた鶴賀家。
鶴賀家が行方を眩ませた理由は明白であった。
六鶴家で代々伝わる言い伝え。
『6人のクレインが同じ年に生まれた時。6人のクレインがクレインとして成長した時。大きな災いが起こる』
遥か昔から六鶴家に伝えられるこの予言。これまでは六鶴家の子が同じ年に生まれたことは無かった。
だがひまわり達の世代で、ついにそれは現実となったのだ。
全員が、同じ年に生まれ同じ歳で成長し、そしてクレインとなった。
【大きな災い】……これに我が子を巻き込ませまいと危惧し、鶴賀家は子が生まれてすぐに行方を眩ませた。誰にも、どこに行くのかも告げず唐突に消えたのだ。
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クレインの歴史は古い。母の代も、祖母の代も、曾祖母の代も、その前も前の前も……。
六鶴家には必ず女児が生まれ、クレインとして生きることを約束される。
六鶴家の娘は、クレインとして選ばれた子が嫁ぐことは許されず夫は必ず養子に入らされる。
これが六鶴家を代々守ってきた約束なのだ。
……だが時は経ち、クレインとして魔法少女と戦うことは使命として受け入れつつも、六鶴家の掟や訓示は時代が経つにつれ、各家族の中で薄れていっていた。
その最たる例が鶴賀家だったというわけだ。
【大きな災い】にかわいい我が子を立ち向かわせたくない。むしろ、クレインという運命を拒んだのだ。
だが、その選択も他の六鶴家は攻めなかった。それどころか探しすらもせず、それも一つの結論なのだと納得したのだった。
……それなのに、鶴賀を名乗るクレインが突然現れた。
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「きたよ」
葵町には大きな川が流れている。そこを渡す橋もまた一個の町としては大きなものだ。
片側が3車線ある橋は、大きい代わりに葵町を渡す橋がこれだけな為、車線が多く設けられているのだ。
そんな橋の下の河川敷といえばもっぱら野球少年や、犬の散歩、老人の集いやテニスなど広く使用する人間に門戸を広げていた。
とはいえ、余り大きな町とは言えない葵町ではこの河川敷の幾つかある広場は、夕方にもなるとめっきり人気が無くなる。
当然、この町に住むクレイン達はそれを知っていた。だから、さくらをここに呼び出した……というわけだ。
「やあ! えっと、鶴賀さくらだよ! こんちは!」
緊迫した空気だというのに、敢えて空気を読んでいないのか、それとも分かっていないだけの天然なのか。
さくらは元気いっぱいに待ち構えた5人に手を振った。
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「わざとらし……。あれが鶴賀の?」
ふじは先の戦闘で会っているはずなのに、今初めて会ったような素振りを見せた。
「まぁ……そのようですわね」
続いてききょうがふじの言葉に相槌を打ち、しゃがみ込んで草虫をつついているぼたんは興味無さそうにさくらの顔すら見向きもしない。
「ありゃりゃ~こりゃすごいアウェイの空気……。鶴賀のクレインには同情するけど、まあこの空気もしゃあないよねぇ」
どちらにもつかず、と言った態度できくが指だけが出た制服のセーターの裾からさくらを指さした。
「……」
自分のクラスに転校してきたさくらに、ひまわりはただ無言で視線を投げかける。やはりなにかを見抜こうとしているのだろうか。
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さくらはその場で大きく飛び上がった。誰もが警戒していたからさくらを見失うことはなかったが、唐突に動いたさくらの挙動に5人は身を強張らせた。
さくらはふじの目の前に着地すると、にんまりと口元を上げパッチリと大きな瞳でふじを見詰めている。
ふじはというと、さくらがいつなにをしてきても反応できるようにパーカーのポケットに入れていた手を抜いていた。
「鶴丸ふじ!」
さくらが放った言葉は、ふじの名前であった。思わずふじはその不意な発言に「はぁ?」と間の抜けた返事をしてしまう。
次にさくらは広報に宙返りをし、ひまわりやさくらとは違う高校の制服を着たききょうの手前に降り立つと、170センチ以上はある長身のききょうの顔をしたから覗き込んでまたニコニコと笑っている。
「鶴野ききょうだよね!」
「わたくしの名前……」
ききょうがさくらにそれについて問おうとするのにも構わず、ききょうの目の前からさくらが消え、しゃがんだぼたんの前に同じようにしゃがみ込んで目線を合わせて笑った。
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「大鶴ぼたん!」
「……はいな」
さくらが次に移動しようとするのを遮るように、さくらの目の前に二本の白い足がはだかった。
「とーぜん、わたしの名前も知ってるんだよね?」
「もちろん! 下鶴きく!」
満足そうにさくらは言うと、撥ねるようにその場に立ち直り、ぐるりと5人を見渡して「どーぞよろしく! クレインのみんな!」と敬礼のようなポーズで挨拶をした。
「……どーも」
それに返事をしたのはぼたんだけであった。
「あれ?」
クレイン達のそれぞれの反応が思っていたものと違っていたさくらは首を傾げた。
「仲良くしてくれないの?」
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「空松」
ひまわりが呼ぶと、彼女のカバンにぶら下がっていたひよこのマスコットがパタパタと羽をはためかせ、ひまわりの肩に乗った。
「魔具!」
それを見たさくらは興奮気味にはしゃぐ。その様子に5人の間に違和感が走る。
「確かに魔力を持っているピ 彼女はクレインに間違いないピヨ」
ピヨピヨと超かわいい声でひまわりの肩に乗った『空松』はさくらを見て言った。
「……クレインには間違いなさそう。ってことは本当に鶴賀のクレインってことか。けど」
ひまわりがさくらに向かって違和感の理由を聞こうと、空松を見て「かわいいかわいい!」とはしゃぐさくらを睨む。
「あなた、魔具はどうしたの?」
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5人にピンと張り詰める緊張感。その緊張感の中心にいるはずのさくらはその空気を感じていないのか、それとも無視を決め込んでいるのか。
特に表情や態度を変えることなく、ニコニコと笑っている。
「鶴賀のクレインっていうんなら、うちらと同じ魔具を持ってるってことだかんね」
ぼたんの喋っている最中にモヒカンの髪型をしたひよこが現れ、彼女の丸まった背中に止まる。
見渡せば他の3人にもそれぞれ髪型の違うひよこがパタパタと現れた。
「まさか知らないわけないだろ? 6人に6つの魔具。これがなければ私らは変身も出来なければ魔法も扱えないんだ」
疑心の色に染めた瞳でさくらを睨むふじ。ふじの横顔の側でパタパタと小さな羽をはためかせている前髪が一本だけやたら長いひよこが「やっちまいなピ つべこべ言わせる前に黙らせるピ!」と横やりを入れた。
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【魔具を持っていない。】
例えクレインだとしても、魔具を持っていない魔法使いほど危険なものはない。
葵町のクレインは6人。六鶴、もしもさくらが六鶴でなければ魔法少女の仲間だと断じられるのは免れない。
突然現れた【鶴賀】を名乗るクレインをそうですかと信用するわけにはいかないのだ。
「……疑わしは罰する。少々残酷なようですが、こちらも遊びではないので」
言葉だけを聞けば丁寧だが、その言葉を発するききょうの声に隠れる威圧は明らかに殺意を含んだものであった。
5人のクレイン達がさくらを見詰める目は、すっかり敵意に満ちたものに染まっていた。
さくらの顔から笑みが消え、無表情になる。
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「本性だすかこの化け物が!」
ふじが魔具のひよこに向かって「チョロ松! 行くよ」と話しかけ、チョロ松と呼ばれたひよこは「アイサー!」と返事をした。
さくらはポケットからなにかを取り出すとその場に俯き、寂しそうな佇まいを見せた。
その変わり振りに思わずふじの動きが止まる。
「なんだよ行くんじゃないのかピ!」
臨戦態勢で勢いを殺されたチョロ松は叫んだ。
「……これ」
さくらの手には、白いグローブがあった。さくらはただそれを見つめて、黙っているだけだ。先ほどまでの陽気な笑顔はどこにも見られない。
「もしかして……」
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「ちょっと! ひまわりぃ!」
「大丈夫、きくちゃん」
ひまわりはさくらに近づくと彼女が持っていた手袋を一緒に見詰めた。さくらの横顔は喪失感と深い悲しみの井戸に顔を突っ込んでいるようだ。
ただ、視線はそのグローブにだけあった。
「もしかして、それ……魔具なの?」
「うん……遅松って言うんだ」
「死んでいるの?」
「ううん、死んだら私、変身出来ないし魔法も使えないから。ただ、ずっと前の戦いで大きなダメージを負って。
魔具として形を残したまま人格と鳥化能力を失った……」
そこに居た誰もさくらを想った。代々六鶴家には魔具が引き継がれ、青春をまるまる魔具と共にする。だからこそ、家族の一員でもあり仲間でもあるのだ。
――もしも、わたしの魔具がさくらと同じようなことになってしまったら。
それを想像するだけで、さくらの気持ちを察するに充分であり、それはクレインにしか分かち合えない感情でもあるといえる。
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「ずっと一緒に戦ってきたから」
――そういえば、初めてさくらと出会ったあの銀雪の公園。よくよく思い出してみたらこのグローブをしてたかも。
ひまわりはそれを思い出すと、さくらの寂しそうな顔に納得が出来た。
「久しぶりに鳥化してる魔具見ちゃったからちょっとテンション上がっちゃった。ごめんね、ひまわりの魔具なのにね」
「ううん」と返事をしたひまわりに、さくらはもう怪しい敵ではなかった。一人の、悲しいことを背負う新しいクレインの仲間。それだけだ。
「きくちゃん」
「うん、わかってるってぇ!」
俯いたままのさくらにきくとひまわりが手を差し伸べる。視界に二人の手が入り、さくらは頭を上げると、きくとひまわりは初めてさくらに対して笑った。
「じゃあ、これから一緒に魔法少女をやっつけよう!」
「ありゃりゃ、疑い晴れればもうズッ友認定? ひまわりはわかりやすいすな」
「うるさいな!」
さくらは二本差し伸べられた手を交互に見ながら「う~ん」と唸っていた。
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「どうしたの?」
「う~どっちの手を掴もうか……」
「ありゃりゃ、なにで迷ってんのぉ」
「ひゃっ!」
きくが笑うと同時にさくらはひまわりときくに同時に抱き付いた。
「これでみんな友達ぃ~! ぶっ飛びで嬉しい!」
「ぶ……ぶっ飛び!?」
余りにも無邪気に笑いじゃくるさくらにひまわりときくも一緒に声を出して笑った。
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「鶴賀さくら……どう思うよききょう」
きくとひまわりはさくらを連れて先に帰ってしまった。河川敷にはふじとききょう、それにぼたんが残る。
彼女らの姿を柿のように熟れた橙色が照らし、高架の柱影と黒色とのコントラストで姿を眩ませるようだった。
「どう思うと言われましても……ふじさんはどうお想いですの?」
「質問に質問で返すなって。……正直、胡散臭いと思うよ」
「けど、一人増えれば戦力としては助かるかんね。見たっしょ? 鶴賀さくらのあの強さ」
足元に落ちていた木の枝を振り回し、周囲に生えた雑草や花を散らしながらぼたんが言った。その一言に、二人は無言にならざるを得なかった。
「それに……さ」
二人が何も発しないのを確かめると、ぼたんはぽつりと後に続ける。
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「魔具はいいとして、あの魔法……おかしくなくなくない?」
「マギ呪文……」
ききょうが独り言のように呟き、ふじがわしゃわしゃといらだつように頭を掻きながら、面倒そうに「あ~! やめた!」と叫ぶ。
「どうしたのさ、ふじ」
「もういい! 考えるだけメンドーだっつうの! なんかやらかしてから考えればいいじゃん。もし鶴賀が敵なら……」
「まぁ、そうですわね」
「うちら全員でやりゃあ、竹ぼうきで庭掃くより簡単に片づけられっしょ」
解散の音頭もなく、ふじを先頭に3人は河川敷を後にした。
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「仲間が増えるっていーねいーねー」
きくが嬉しそうにさくらと手をつなぎ彼女が好きな外国人メタルバンドの鼻歌を歌う。彼女の小さな外見とはギャップがあり、中々珍妙な絵である。
「きくちゃん、そんなぶんぶん振り回しちゃ……」
「いーね! いーね!」
「いーね! いーね!」
ひまわりが注意をするが、きくはやめるどころかさくらまで一緒に歌い始めてしまった。
だけども楽しそうな2人を見てひまわりは、ふうっ……と一度溜息を吐くと注意するのをやめ、後ろから遠足の途中のような二人の背中を眺めるに徹した。
――家業でやってるけど、そうだよね……。死んじゃうかもしんないんだもんね。
まだ17歳。まだ17歳である。
そんな若い乙女たちが、命を賭して人知れず戦っている。なんという悲劇か、それとも活劇として爛々と目を輝かせるか……。
それを思えばこのひまわりの背中ですら、重い重責を背負っているようにも見える。
だからこそ、なにもない……魔法少女も銀雪も降らない普通の日は、こうして目一杯はしゃいでもいいではないか。
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「じゃあ、ここで! ばいばーい!」
きくがひまわりとの家までの分岐で二人に別れを告げた。
「あ! さくら!」
「ん」
帰ったかと思えば振り返り、両手の人差し指を立ててさくらに向けて差した。
「いーね!」
「いーね!」
すかさずさくらも同じポーズできくと同じセリフをハモらせる。すっかり仲良くなってしまったようだ。
「じゃあ、あたしもここで……」
「うん」
ひまわりも同じく別れの合図を出し、さくらと別れた。
「……」
「……」
「……」
「……」
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さくらに別れを告げたはずだが、さくらはいつまで経ってもひまわりの後ろをついて歩く。同じ方向なのかと思い、しばらくは気にしなかったひまわりだったが……。
「あの、さくらちゃん?」
「ん、なに? ひまわり」
「……ここ、うちの家なんだけど」
ひまわりに言われて見上げると、なんの変哲もない普通の一軒家。茶色の屋根と白の壁の二階建て……。どこからどう見ても普通の家である。
「っへぇ~! ここかぁ」
「……さくらちゃんは帰らないの?」
そう言ってひまわりが振り返った先には、さくらの姿がない。
「あれ?」
「ただいまー」
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「ちょ、ちょっとダメだって! なにしてんのよ!」
ひまわりが慌てて止めに走る。さくらはひまわりの家のドアを開けてずかずかと入っていってしまった。
一歩遅し、ひまわりよりも二人分の距離を開けてさくらは先を越したのだ。
「ちゃんと自分の家帰らなきゃ! さくらちゃん!」
「どうして? もう連絡はしてあるわ」
「れ、連絡ぅ?!」
さくらとひまわりがそんなやり取りをしていると奥から「おかえりー」とやまぶきの声がした。そして、すぐに小走りで玄関へとやってきた。
「お、お母さん! あの、この子は友達でその鶴……あ、違う! えっと駿河? って名前で今日転校してきてそれで帰りに丁度たまたまそこで、そこの門で」
「ひまわり、嘘下手?」
「え!? なにを……っ、誰のせいでこんな!」
「なにやってんのひまわり。早く入りなさいよ! ……よく来たわねさくらちゃん」
「そう、さくらって名前でさ……え? なんで名前知ってるの?」
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やまぶきは眉を下げて呆れ顔で溜息を一つ。テンパる娘に向かって言った。
「鶴賀の奥さんから連絡があったのよ。『来たるべき時に向けて娘を預ける決心が出来たから』って。けれどさくらちゃんのご両親は、お仕事の関係でしばらく海外にいるからうちで預かることになったのよ」
「なんだ、そっか。……ええええっっ!」
「あはは! ひまわり面白いっ!」
「なんて声出すのよ! あんた落ち着きなさい!」
まさかまさかの展開にひまわりの思考回路はショート寸前……であった。