第7話 悪役令嬢の反省。
正直に言って。主人公の歌は期待外れだった。下手ではないのだ。上手いは上手いのだが、何か物足りないというか。声帯が大御所声優なだけあっていい声してると思うし、粗削りだがみがけば光る才能の原石のようなきらめきを感じた。だが、何度も何度も原作ゲームやアニメで流れた声優による歌唱に比べてしまえば声質の似た素人が上げた歌ってみた動画のような、ちょっと上手いカラオケ程度の歌声でしかない。
「どうでしたか? 今のが私の本気の歌声です。この期に及んでわざと下手に歌った、なんて失礼千万なこと抜かしやがったら容赦なくぶっ飛ばしますよ。これのどこがあなたより上手いのですか?」
「それは、でも、あなたはまだ入学前だし……」
「入学試験であなたが披露した歌に劣ると感じましたか?」
あまりにも気合いの入った熱唱のせいでちょっとずり落ちてしまった眼鏡を上げながら、彼女の真剣な瞳が私を貫く。
「それは、たぶん、私の方が上手かったと思うけど……」
「それが全てです」
『Perfect Harmony-君と僕の完全調和-』は育成要素のある乙女ゲーである。3年間に渡る学校生活の中でメヌエットはパラメータを伸ばし、一定の数値に達するとイベントが起こる。勿論学校生活イベントにおいてステータスが低ければ悪い結果が出ることもあるし、それによっては攻略対象の好感度が上げられずバッドエンドにもなり得る。
「何故あなたが御自分の才能をそこまで卑下するのかは理解できませんが、いい加減人並み以上に上手い程度の自覚は持つべきです。でなければ周囲に失礼ですよ。あなたは自分なんて、自分なんてと根拠のない身勝手な自己憐憫に浸ってられりゃ気持ちがいいでしょうけど、それに付き合わされる周囲は堪ったもんじゃないです」
彼女の言葉がグサグサと私の胸に突き刺さる。何も知らないくせに! と、カーっと熱くなりかけたけれど、それは私も同じ。私は主人公のことをゲームとアニメでしか知らない。こんな彼女を私は知らない。
「あなたはあなたのために1か月近く時間をかけて一生懸命作った親方を、親方の作ったギターを侮辱した。あなたにそれを贈りたいと思い、莫大な予算を惜しみなく投じた公爵の真心を踏み躙った。それを申し訳ないと思わないのであれば、俺はあなたを軽蔑します」
怒りに燃ゆるメヌエットの視線。なんと言ってよいのか分からず困っているイカルガさんの視線。そして、私の身を案じつつも彼女の言うことの一切を否定しないお父様の視線。ボロボロと涙がこぼれた。後から後から止まらなかった。悲しいでも、悔しいでもない。自分で自分が情けなかった。恥ずかしい。私は私が恥ずかしい。
「……ごめんなさい。お父様、ごめんなさい! わたくしは、間違っていたのですね!」
「全てがとは言わないが、そうだね。等身大の自分を正しく客観視できないという点では、間違っていたところもあった。だが、それに気付けたのならば、これからは直していけばいい」
「……はい! はいっ!」
愚かな私を、不出来なバカ娘を優しく抱き締めてくれるお父様。今度こそ、私は恥も外聞もなくお父様の腕の中で泣き崩れた。
――
「大変お見苦しいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、俺、私の方こそすみません。貴族のお嬢様に向かって」
「いえ、いいんです。むしろ感謝しておりますわ。あなたに叱って頂けなかったら、わたくしはきっとこのギターの持ち主に相応しくない愚かな女として、新入生歓迎会で大恥を掻いていたに違いありませんもの」
楽器を使うのではなく、楽器に使われる。それは恥だ。私はお父様の想いもイカルガ様の気持ちも、ううん、それ以外の、フォルテ様やアルトたちの優しさを、無自覚に踏み躙っていた。それが心底情けない。
「私からもお礼を言わせてくれ。まさかとは思ったが、本当に娘のためにここまで言ってくれるとは思わなんだ」
「では、私からは恨み言を言わせてください。いつ公爵が娘を侮辱するつもりかと激昂するか、気が気じゃありませんでしたので」
「まあ、そうなった時は俺が頭でもなんでも下げてやるさ」
ドっと和やかな笑いが起こる。
「イカルガ様、本当に申し訳ございませんでした」
「なんのなんの。もう己を責めるのはよしなさいお嬢さん。さっきもヌエが言ったが、俺は音楽に関して嘘は吐かん。あんたの歌声は素晴らしいもんだった。今すぐには難しいと思うが、自信を持つんだ。あんたにこのギターを作ったことが、間違いじゃなかったと思わせてくれ」
「ありがとう、ございます」
きっと今日のこの日のことを、私は一生忘れないだろう。この世界は乙女ゲームの世界だけれど、それだけじゃない。私は才能がないと誰からも後ろ指をさされる筈の悪役令嬢に生まれ変わったけれど、それだけが私の全てではなかったのだ、と。