表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

第4話 悪役令嬢の仰天。

「あの、メヌエットさん。あなた、どうして工房で働いていらっしゃるの?」


「給金がよかったので」


「国立音楽学院に入学なさらなかったのは何故ですの?」


「学費が支払えないもので」


「でも! あなたの歌声があれば特待生にだってなれたでしょう!?」


「なれたかもしれませんし、なれなかったかもしれません。それに、初対面のお嬢様にそこまで買いかぶられる理由が解りませんが?」


「それはその……噂で。下町に凄く歌の上手い子がいるって」


「では、それは私以外の娘でしょう。工房以外で歌を披露したことは一度もありませんから」


 別室で採寸されながら、私は酷く混乱していた。何故? 何故? 何故乙女ゲームの主人公である筈の彼女が楽器工房で働いているの? 何故入試に来なかったのかは判ったが、そうなった過程がまるで理解できない。原作通りであれば彼女は『いつか本当のパパとママに私の歌声を届けたい。有名になれば迎えに来てくれるかもしれない』という夢を抱いて国立音楽学院への進学を決める筈なのに。PHは世界が滅びないタイプの乙女ゲーだ。別に主人公がバッドエンドを迎えようが魔王が復活したり隣の国が攻めてくるわけじゃない。そういう意味では彼女が職人の道を選んだところで誰も困らないけれど、だからといってはいそうですかと流してしまうには衝撃が大きすぎた。


「それに、特待生に選ばれるためには主席になることが必須条件だと聞き及んでおります。あなた様が見事主席の座に輝いた以上、いずれにせよ私が特待生になることはなかったでしょう。ああ、別に責めているわけではありませんよ? そもそもが私の意思で受験しないことを決めた以上、何を語ろうとたらればの話に過ぎません」


 私のせい? 私が主席の座を奪ったから? 違う。彼女の言う通り、因果関係が逆だ。私が主席になったから彼女(しゅじんこう)が落ちたのではなく、彼女が受験に来なかったから私が七光りの力で繰り上げ主席になれただけ。であればなおさら理解できない。運命の悪戯か、はたまた神の見えざる手が介入したのか。


「あの、妙なことをお尋ねするかもしれませんが、その……」


「?」


 言えない。ひょっとしてあなたも転生者ですか? だなんて。訊けるわけがない。もし違っていたらとんだ赤っ恥だし、本当にそうだったとしたらそもそも彼女が悪役令嬢である私を知らないわけがない。すっとぼけている風でもないし、本当に彼女は私を知らないのだろう。


「終わりました」


「え? ああ、そうですか。えっと、その……」


「何か?」


「……なんでもないです」


 結局何も分からなかった。あまりにもしつこく彼女の身の上を探ろうとすれば『私の人生をどう生きようと私の勝手でしょう』と気分を害してしまう可能性もあるし、何より金持ちお嬢様の嫌味と取られたら困る。見方を変えれば今の私は『わたくしはパパのお金で悠々と学校に通わせてもらってるけど、あなたは?』なんて遠回しに言ってるようなものだ。喧嘩を売られている、などと誤解されてしまったら彼女も気分が悪かろう。


『リン、一体どうしたというのだ。彼女は知り合いか?』


『いえ、知り合いというわけではありませんが、でも……』


 実際、お父様にも不審に思われてしまった。店の外に連れ出され、上手く事情が説明できなくて口ごもるしかない私に『よく解らないことであまり困らせないでくれ』とため息を吐かれてしまう程に。楽器職人のイカルガは原作ゲームにチラっとだけ名前が出てくる程度のモブキャラだが、優れた楽器職人である以上、公爵家御用達の職人の気分を害してしまい仕事を蹴られてしまえば笑い者になるのは公爵家の側である。


「どうしよう……」


 これから先、私は主人公なしで3年間の乙女ゲーム生活を送ることとなる。婚約者であるフォルテ王子が表面上は愛想笑いを浮かべていても内心私を嫌っている問題。義弟のアルトが本当は妾である母親を捨てたくせに都合のいい時だけ自分を利用したお父様を恨んでいる問題。宮廷楽団長の息子であるソプラ様のスランプ問題。大臣の息子であるメッゾ様が抱えている持病問題。それら全てを主人公の手を借りることなく悪役令嬢の私が解決できるだろうか。いや、そもそも彼らは悪役令嬢である私なんかが尽力したところでそれを受け入れてくれるだろうか。


「どうした? 浮かない顔をしているな、リン」


「いいえ、そんなことはありませんわお父様」


「彼女に何かされたか? であればイカルガ殿に抗議せねばならぬが」


「いいえ! それは断じて違いますわ! ただその、わたくしにも思うところがあるというだけで。年頃の娘というのは複雑なものなのです!」


「そうか。ならば深くは突っ込むまいが、何か困ったことがあれば遠慮なく言いなさい。私たちはお前の味方なのだからね」


「ありがとうございます、お父様」


 楽器工房を後にする際、1匹の野良犬が工房の傍にいるのを見かけた。あれは原作ゲームにもちょっとだけ登場する老犬のディアンだ。主人公であるメヌエットが孤児院時代にお世話していた犬で、孤児院訪問イベントの際に攻略キャラと一緒に犬の散歩をするイベントがあるのだが、どうやらちゃんとメヌエットに懐いているようだ。筋書きが激変してしまっても変なところだけゲームに忠実なんだな、と思いながら公爵家の馬車に揺られ自宅に戻る。ゲーム本編が始まったら運命力とか世界の修正力みたいなものが働いて、どう頑張っても何も悪いことしてないのに主人公に破滅させられるかも、と戦々恐々としていたのがバカみたいだ。頑張って愛想笑いを浮かべたものの、私の気持ちは晴れないままだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ