表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/37

第35話 攻防、開始。

 なんでもない日常風景でも、あなたと一緒なら輝いて見える、的な現象をカレー味の唐揚げ記念日と呼ぶとか呼ばないとか。親方とふたり並んで秋の街を歩く。ディアン爺は気を利かせてちょっと先を歩いていた。元野良犬なだけあって頭のいい犬だ。いや、肝心なのはそこではなく。


「今日のお昼は鮭のバター焼きですよ」


「そうか。楽しみだ」


「……」


「……」


「夕飯は何が食べたいですか?」


「肉ならなんでもいい」


「分かりました。そんじゃ鶏のテリマヨ焼きとワカメのスープでも作りましょうか」


「ああ。楽しみだ」


「……」


「……」


 間が持たないというか、会話が続かないというか。親方は元々職人気質の寡黙な人だ。ベラベラ喋り続けるタイプじゃないし、俺もそんなに会話が得意な方ではない。だから、場を盛り上げ続けるのは不得手だった。


 いや、別に無理に盛り上げる必要はないんだよ? 沈黙が苦にならない関係ってあるじゃん。熟年夫婦よろしく。無理に言葉を交わさなくても、通じ合ってる仲というか。そこまでの境地には達してないけど、俺も親方もそこまで口数が多い方じゃないから、自然とそんな感じに落ち着いただけ。


「……手とか、繋いでみましょうか」


「!?」


「いや、なんというかその、試しに? ほら、ダメだったらすぐに手を離せば済むだけの話じゃないすか」


「……勝手にしろい」


「そんじゃ、勝手にしますよ」


 荷物持ち用のカゴを持つ手を切り換えて、ムスっとした赤い顔で差し出されたイカルガ親方の手。ゴツゴツしたドワーフの職人らしい、大きな手だ。俺はヤケクソでそんな親方の手を取ってみる。小さくて白い女の子の手だ。


「……」


「……」


 恐る恐るというか、壊れ物を扱うようにというか。親方の大きな手が俺の小さな手を包み込む。吹き抜ける秋の寒風も相俟ってか、それは殊更に温かく感じられた。


「俺って彼氏できたことまだ一度もないんすよ」


「知ってらあ」


「孤児だから、親と手を繋いだ記憶もないんすよ」


「……そうかよ」


 手を繋いで歩く。10歩ぐらい歩いたところで、手の繋ぎ方を恋人繋ぎにしてみる。


「おい」


「物は試しッスよ、お試し」


 そのままもう10歩ぐらい歩いてみる。更に10歩。もう10歩。


「気持ち悪かったりしません?」


「別に。お前の方こそ気持ち悪いんじゃねえか? 若い小娘がこんな親爺と手え繋いで往来を歩くなんてよ」


「別に不快感や嫌悪感はありませんよ。そもそも、嫌だったら最初から手なんか繋ぎませんて」


「ああ、そうかよ」


 俺は立ち止まり、親方と繋いだ手をまじまじと見下ろす。親方も繋がれた手をじっと見つめている。


「ワン!」


「おっと」


 いつの間にか追い越していたディアン爺に呼び止められ。気付けば当初の目的である魚屋を通り過ぎてしまっていた。一体何やってるんだろうな、俺ら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ