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第34話 迷走、開始。

お待たせしました。

第5幕以降は不定期更新となります。

 『悩んでてもしょうがないことは時間が解決してくれる』というのは大抵の場合有効な手段だが、そんな悠長なこと言ってられない状況というのはどうしてもあるわけで。


 親方を好きになっちゃったかもしれない問題における根幹は、俺の意識が男だった前世に引きずられていることだ。俺は男なんだから男なんか好きになるわけないじゃん、という気持ちと、現世の俺は女の子なんだから男の人を好きになって当たり前じゃん、という意識の板挟み。それが俺を苦しめている。


「ヌエちゃん? おーい」


「……」


「ダメだこりゃ」


「……純潔とか、捨ててみようかなあ」


「!?」


 であればショック療法的に、たとえば親方と寝てみるとか。物理的に純潔を失ってみるとか。とにかく、今の自分は女の子なのだ、と強引にわからせてしまえばクヨクヨ悩む必要もなくなるかもしれない。少なくとも、自分が男であるという意識は薄れるかも。


 暴漢に誘拐され性的に襲われかけた時の恐怖は今でもトラウマになっている。だが同時に、間一髪のところで助けに来てくれた親方の力強い逞しさもまた強く印象に残っているのは確かだ。正直に言おう。べらぼうにかっこよかった。心の底から男として憧れた。同じ男として(ここ大事


 後は階段から落ちて強く頭を打ってみるとか。そうすれば前世の記憶を忘れることができるかもしれない。さすがに命の危険もあるのであまりやりたくはないが。中途半端に前世の記憶があるせいで、どっちつかずの中途半端な状態になってしまっているのがどうにも困り者だ。


 たとえばこの世界がなんかのアニメや漫画の世界で、その未来を知ってる、みたいなアドバンテージがあれば話は別だが、現状俺にはそういった転生者知識や転生チートみたいなものは何ひとつとして備わっていなかった。あっても扱いに困るだろうが、何もないよりはマシのはず。それなのに何もない。本当にただ、前世の記憶があるだけのごく普通の女の子に過ぎない以上、なんの役にも立たない前世の記憶なんて、むしろあるだけ邪魔なのでは? という気がしてくるのだ、段々。


「ヌヌヌヌエちゃん! 早まっちゃダメだ!」


「? 何がですか?」


「何がって、今のだよ今の!」


「今の?」


「無意識だったの!?」


 謎にアワアワしてる工房のおっさん職人をスルーして、俺はそろそろ昼飯の準備に取り掛かる。工房の職人たちは働き盛りの食べ盛りな上数が多く、簡単な昼飯の支度を人数分するだけでも重労働なのだ。


「ディアン爺、買い物行こ!」


「ワン!」


 立派な首輪をつけた老犬を伴い、俺は買い物に出かける。秋の街並みは日差しこそまだ夏の名残を感じさせるものの、吹く風は冷たく冬の訪れを予感させた。そういえば、この世界にもクリスマスがあるらしい。異世界なのに不思議、とも思わなくもないが、楽器の種類が豊富だったり八百屋や魚屋の品揃えがスーパーマーケット並みに豊富な時点でそれはお察しか。


「おうヌエ、買い出しか」


「あ、親方。お疲れ様です」


「ん。俺も行く」


「いいんですか?」


「ああ。荷物持ちが要るだろう」


「何も親方直々じゃなくたって。誰かに頼みますよ」


「いや、いいんだ。ちょうど手が空いたところだからな」


「それじゃ、お願いします」


「ああ。ちいっと待ってろ」


 親方とはまともに話すことができてる。顔も見れないとか挙動不審になるとかそういったことは特になく、お互い表面上はいつも通りだ。とはいえ、ふとした瞬間に意識してしまうことはちょっぴりある。今とか。


(ふたりっきりで、お買い物……)


「ワン!」


(ふたりと1匹で……)


 どうした俺の心臓。まるでデートに浮かれる乙女のようなフワフワ具合じゃないか。しっかりしろ。『好きになっちゃったのだからしょうがない』とか『恋は気付けば落ちているもの』とかよく言うが、なんだろうな。こんなにもままならないものだとは思わなかった。己の感情を制御できないなんて初めてだ。これがいわゆる恋愛脳というものだろうか?(たぶん違う)

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